96.戦術長 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
真紀に半ば引きずられるようにして二人部屋に戻ってきたとき、私の魂は三割ほどしか肉体に残っていなかった。 残りの七割のうち、一部は艦橋に置かれたまま飛田の教材展示にされ、もう一部はあの忌々しい兵装名の羅列に引っかかり、「超高エネルギー正負電子対消滅崩壊砲」の文字を辿りながら、ゆっくりと冥府へ向かって這い進んでいる。
ドアが閉まるなり、私は制服の上着を脱ぐ暇もなく、椅子に身を投げ出した。
「思うんだけど」私は机の天板を睨みつけながら、医療ポッドから抜け出してきたばかりのような虚ろな声を出した。「連邦海軍武装開発部の連中って、精神構造に深刻なシステムエラーを抱えてるよね」
真紀がドアの鍵を掛け、ついでにデータパッドを机に置いた。
「どの部分が?」
「ネーミングセンス」私は力なく手を上げて身振りを作った。「まともな人間は、大砲の名前に呪文みたいな文字列を使わない。あんなの兵装名じゃない。召喚儀式だよ」
真紀は上着を脱ぎ、首を傾けて私を一瞥した。
「暗唱できていたじゃない」
「あれは暗唱とは呼ばない」私は無表情のまま言った。「瀕死状態での反射的な痙攣だ」
彼女はすぐには答えず、歩み寄ってきて、私が今日持ち帰った教本、マニュアル、それにいつの間にか飛田に押し付けられていた補充資料を、一つ一つ机に広げ始めた。 紙と電子データが入り混じった兵装資料の山を見て、ただ呼吸が重くなるのを感じた。
「……何する気?」
「明日を生き延びる手伝い」
「なんで私が処刑台に上がるみたいな言い方するの?」
「似たようなものだから」
あまりにも自然に答えるものだから、抗議する気力すら削がれてしまった。
真紀は端末を机の隅に立てかけ、雪風の兵装一覧表を呼び出した。 そして、あの『雪風号艦橋実務』――そう、飛田がただの小道具だと言い放ちながら、結局私たちの部屋に押し付けてきたあの骨董品――を、兵装インデックスのページまでめくる。
私はゆっくりと顔を上げた。
「……ちょっと待って」
「何?」
「その本、ただの小道具だって言ってなかった?」
真紀はページをめくる手を止め、ひどく静かに答えた。
「後でまた押し付けられた」
「……」
「ご丁寧に一言添えてね」彼女は顔色一つ変えずに後半を継ぎ足した。「『夜になれば、星野が必要とするだろう』って」
私はまるまる三秒間沈黙した。 そして、両手の中に顔を埋めた。
「飛田って人間、絶対に艦長じゃない」
「じゃあ何?」
「制服を着た教育型悪魔」
真紀が、ようやく低く笑い声を漏らした。
その音はとても軽く、指先でガラスの縁を弾いたような、小さくても容易に意識を持っていかれる響きだった。 鬱陶しい。 自分がすでに混乱の極みにあるときに、隣に座っている人間がさらに心を乱すような笑い方をするのは、控えめに言って精神汚染だ。
「よし」彼女はデータパッドを私の前に押しやった。「まずはこれから」
びっしりと並んだ項目の群れを見て、再び胃がキリキリと痛み始めた。
「今から?」
「他にいつやるの?」
「今日の私の脳味噌は、すでに労災認定レベルなんだけど」
「なら負傷したまま前線に出なさい」
「あんたはルームメイトなの? それとも督戦官?」
真紀は少し考えた。
「今日はとりあえず、督戦官」
……上等だ。 私の部屋には、公私混同して人を追い詰めるのがひどく上手い女が住み着いている。
あの夜を言葉にするなら、大体こんな感じだ。
最初は、単に兵装データを復習しているのだと思っていた。 一時間後、自分が実は連邦海軍兵器廠の先祖代々と死闘を繰り広げているのだと気づいた。 二時間後には、雪風という存在は艦船ではなく、鋼鉄と火薬で編み上げられた記憶力の悪夢そのものなのではないかと疑い始めた。
「もう一度」
真紀は私の向かいに座り、データパッドを手に、夜のニュースキャスターのように平坦な声で言った。
「九九式・全自動多連装宇宙空間対空誘導弾垂直発射システム」
私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「……三種類の弾種」
「名称は」
「対空誘導弾……『秋水』。対空散弾……『ウォンバット』。対艦大型誘導弾……『パルジファル』」
「用途区分は」
「秋水は標準的な対空迎撃。ウォンバットは近距離での広域迎撃および対ミサイル密集散布用。パルジファルは……」
私はそこで言葉を詰まらせた。
真紀が目を上げる。
「ん?」
「……私、パルジファルって名前、嫌い」
「好き嫌いは聞いていない」
「でもこれ、高級レストランの限定スイーツみたいな響きじゃない?」
「で、用途は?」
「……対艦重打撃」
「よろしい」
彼女はそう言うと、端末を指でなぞった。簡単な家計簿の記帳を終えたばかりのような、平然とした顔だ。
私はたまらず彼女を睨みつけた。
「なんであんたは、全然疲れてない顔をしてるわけ?」
「今日、飛田に捕まって兵装名を暗記させられたのは私じゃないから」
「そういう他人の不幸を喜ぶ態度は、良心に欠けてると思う」
「自分で戦術長を引いたんでしょ」
私は机に突っ伏した。
「なんだか、あのくじ引き自体に問題があったんじゃないかって疑い始めてる」
「あったよ」
私は勢いよく顔を上げた。
「は?!」
真紀は私を見て、相変わらずあの薄い表情のまま言った。
「問題は、君のくじ運が悪かったってこと」
「……」
危うくペンを投げつけるところだった。 惜しくも投げなかった。 今の私は身体が虚脱していて、少し大きな動きをするだけで、せっかく頭に詰め込んだ兵装名がそろって脱走しそうだったからだ。
机に広げられた資料は、見れば見るほど敵軍の布陣図に見えてくる。 主砲、魚雷、垂直発射システム、近接防御、対空散布、姿勢制御連動制限、艦首中軸射界、艦腹補助砲列、エネルギー分配優先順位……
私はずっと、「戦術長」という三文字の重点は「戦術」の方にあると思っていた。 今はわかる。 重点は実は「長」の方だ。 なぜなら、それがつくとすべての名前が長くなるからだ。
「シモ」
真紀が不意に私を呼んだ。
「何?」
「魚雷発射管を開放したとき、起動してはならない兵装は?」
考えるまでもなく、本能で答えた。
「艦首中軸主砲」
「正式名称」
「……」
「正式名称で」
私はゆっくりと顔を上げ、彼女を見た。
「あんた、飛田になってる」
「なっていない」
「なってる」
「飛田なら、もっと楽しそうに笑う」
……妙に説得力があるのが腹立たしい。
歯を食いしばり、古代の禁呪じみたあの名前をもう一度口にした。途中で自分でも眩暈がしてきたが、真紀はひどく静かに聞いていて、私が言い終えるのを待ってから頷いた。
「よし。まだ生きてる」
「私への基準、低すぎない?」
「三時間前、教材に成仏させられかけた人間への基準としては、低くない」
口角が引きつった。 次の瞬間、真紀が小さなカップを私の手元に押し出した。
「飲んで」
見下ろす。 黒い液体。熱く、湯気が立っている。 即座に警戒した。
「これ何?」
「コーヒー」
「なんで工業用冷却液みたいな見た目してるの?」
「濃く淹れたから」
「私を殺す気?」
「違う。深夜まで持たせる気」
あまりにも堂々と言うものだから、「深夜まで持たせる」が拷問の延長戦ではなく思いやりの一種であるかのように聞こえた。
カップを両手で包み、匂いを嗅いだ。 ……よし、少なくとも本物のコーヒーではある。 ただ、砲身の清掃にも転用できそうな濃さだ。
一口飲んだ瞬間、顔中の筋肉が中央に寄った。
真紀はそれを見て、目の奥にごく薄い笑みをよぎらせた。
「不味い?」
「不味いとかいう次元じゃない」私はなんとか言葉を絞り出した。「これ、軍規レベルの貫通力がある」
「効くならそれでいい」
「人間の味覚について、根本的な誤解をしてない?」
「してない」彼女はさらりと言った。「あんたはこれから、近接防御チェーンも暗記するんだから」
カップを握り潰しかけた。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




