84. 艦内白兵戦タクティクス 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
飛行テストが終わった後、私は正直、飛田艦長が少なくとも半日はくれると思っていた。ばら撒いた魂と胃袋と、シミュレーター艙の中に置き忘れてきた惨めな自尊心を、拾い集める時間くらいは。
甘かった。
雪風という艦が「休息」という二文字にここまで敵意を抱いているとは、まだ見くびっていた。
午後、保安部訓練区画の自動ドアが私たちの前で左右に開いたとき、最初に浮かんだ感想は「新しい課程が始まる」ではなかった。
——連邦軍って、本当に人を一つの死に方から、そのまま次の死に方へ送り出すのが好きなんだな、だった。
飛行シミュレーターのほうの空気は、金属と冷気と、吐き出しかけた尊厳の匂いがした。
ここは違った。
ここには、もう少し重い鉄の匂いがあった。防滑床のゴムの匂い、装備用のオイル、乾燥しすぎた循環空気、そして言葉にしづらい何か——「ここに足を入れた瞬間から、体面は期待するな」という文言を粉末にして、訓練室全体に撒き散らしたみたいな匂い。
スペース自体は広いのに、飛行区画みたいに「格好つけたくなる」開放感はなかった。
壁際に標準装備ラックが一列並び、戦術ヘルメット、訓練用拳銃、シールド、収納ケースが整然と並んでいる。その整然さは、若干怖さを伴う整然さだった。中央のフロアには白線で区画が引かれ、闘技場を軍用規格で輪切りにして並べたようだった。前方にはホワイトボードが立ち、その横に連邦標準戦闘装甲服の展示架が据えられている。黒とグレーの外殻が天井灯の下で冷たい光を返していて、どう見ても「安心しろ」と言ってくる類のものではなかった。むしろ、「これを着てなお生き残れないなら、それは装備のせいじゃない」と無言で告げているようだった。
Dは入ってきてすぐ、口笛を吹いた。
「おお、いい雰囲気だな」彼は言った。「刑務所と、と殺場と、学校の体育館がうまく交配して生まれた優良種って感じだ」
「その比喩は色々間違ってる」ハーヴィーがこめかみを揉んだ。顔色は飛行課のときよりだいぶマシになっていたが、声にはまだ地獄観光帰りの疲れが残っていた。
「違わないわ」蘭が冷たく言った。「かなり正確」
思わず笑いかけて、すぐに笑いを飲み込んだ。
訓練区の反対側から出てきた男は、あまり彼の前で機嫌よく笑いたくなるタイプではなかったからだ。
竹中曹長。
保安部部長。
あの国中部のガキどもを、「ここを遊園地だと思うな」という顔ひとつで叩き伏せてみせた男。
飛田艦長が、人間と機体をまとめて宇宙に投げ込み、「自分で戻って来られるか試せ」と言っている旧エースパイロットだとしたら——竹中曹長は、全く別種のものだった。
彼は、門に似ていた。
出入り口としての門ではない。
後ろで何かが燃え始め、血が流れ、人が無理やり突っ込もうとしたときに閉まって、ついでに挟み殺しにくる類の門だ。
整えすぎているほど整った保安部の勤務服を身につけ、袖口も肩章も一切の乱れがない。腰には共用端末と訓練区の権限カードが下がっている。歩幅は速くもなく、表情に怒気もない。でも前方のあの区画に一歩立った瞬間、空気そのものが自動的に引き締まった。
不思議なものだ。
怒鳴り声もいらず、机を叩く必要もない。
ただそこに立っているだけで、「今このタイミングでくだらないことを言ったら、自分ごとホワイトボードに釘で打ち付けられる」と、自然と思わせてくる。
真紀は私の右斜め前に立ち、背筋を真っ直ぐにしていた。こういう場ではどう立つべきか、生まれつき知っているような立ち方で。白いライトの下で見るその横顔は、冷たく澄み切っていて、睫毛が落とす影まで規律を持っているように見えた。一瞥してからすぐに視線を逸らした。こういう不適切なタイミングで、彼女の「過剰に決まりすぎた姿」を意識するのは、得策ではない。
ジェスは腕を組んでいて、飛行課の「噛みついてやった」余熱をまだ身体に残しつつも、さっきより明らかに集中していた。人を直接叩き壊せるものに対して、彼女はいつも、非常に不健康で、しかし非常に誠実な興味を示す。
アカリはいつの間にか端末を録画モードに切り替えていた。
アイダとエヴリンは少し後ろ寄りに立ち、アイダは場を、エヴリンは展示架の装甲服を見ていた。
ロイは、いつもの「正式な授業が始まると自動でフルシリアスになる」モードに入っていた。
アッシュは相変わらず淡々としていて、この世で彼を本気で驚かせるものがどれだけ残っているのか、疑わしく見えた。
竹中は回りくどい言い方をしなかった。
ホワイトボードの前に立つと、マーカーを取り上げ、こちらを一巡見渡した。
「先に肝心なことを言っておく」竹中は言った。「新兵に教えるときは、防御を先に、攻撃はそのあと、というのが俺のやり方だ。だから、俺のカリキュラムはこういう形になる」
そう言うと、いきなりホワイトボードに大きく三文字を書いた。
一課目。
ペン先が一瞬止まり、下に書き足された。
装甲服の基礎認識。
瞬きをした。
……いや、保安部の授業が容赦しないのはわかっていた。
それでも、この出だしには、どうしようもない既視感があった。
飛田のほうは、いきなり宇宙に放り出して「高速の中で宇宙ゴミにならない方法」を体に叩き込ませるスタイルだった。
竹中のほうは、きわめて真面目な顔で「棺桶の蓋の開け方」から始めるタイプだ。
Dも似たところに行きついたらしく、わざと声を落として、そのわりに全列によく聞こえる音量でぼそっと言った。
「終わった……板書できる大人だ」
「今この瞬間、彼に目をつけられても不思議じゃないな」ハーヴィーが低く返した。
「冗談だろ。俺、これでも教育への情熱は人一倍——」
「それを世間では『生存本能の欠如』って呼ぶのよ」
笑いかけたところで、ちょうど竹中が展示架を軽く叩いたので、意識がそちらに引き寄せられた。
「これが連邦軍標準戦闘装甲服」竹中は言った。「コア戦術コンピュータ M.K.I.O. 搭載」
彼は胸部装甲を指の関節でコツコツ叩いた。人間味のない硬質な音がした。
「こいつは独立したガス濾過・循環システムを持っている。神経ガスや催涙ガスを使われても、完全に無効化できる。それに、光束兵器に対する耐性コーティングもしてある。この点に関しては、連邦も帝国も変わらん」
アカリは即座に顔を上げて、入力を始めた。
ロイは頷きながら、これら全てを頭の中のフォルダにひとつずつ押し込んでいるようだった。
エヴリンは装甲服を見つめ、少し真剣すぎる顔をしていた。本当に自分があれを着たとき、どうなるのか想像しているような目だった。
私はといえば、連邦軍の「将来の戦場」のイメージがいかに現実的かを噛みしめていた。
高度なテクノロジー、独立した循環機構、コアコンピュータ、対光束コーティング——英雄プロモーション映像に使えそうな単語が並ぶ。だが竹中曹長が前に立って説明すると、全体の空気は自動的にこう変換される——うん、装備はどれも良くできてる。でも、お前が死んだときには、やっぱり誰かが報告書を書く必要がある。
次の一言は、その現実主義を徹底していた。
「だからな」彼は言った。「相手を殺る一番手っ取り早い方法は、二つだ。ひとつ、火薬式の銃。もうひとつ、近づいて斧で叩き割る」
訓練室全体が一瞬、息を飲んだ。
そして私は、心の中でこの授業の結論をまとめた。
連邦軍のテックツリーは、コア戦術コンピュータから対毒ガス機構、対光束塗装に至るまで、きわめて真面目に枝を伸ばしている。だが戦術的な結論は、ひどく素朴に古代人にも理解できる領域へと回帰する——撃つか、斬るか。
文明の進歩とは、本当に論理的だ。
「感熱式気化爆薬か?」
声を上げたのはDだった。
横目で彼を見た。
これが、この人間の厄介なところであり、面倒なところでもある。
普段は一番ふざけて見えるのに、要点を最初に掴むのも、たいてい彼だ。さっきの一言は邪魔ではなく、艦内戦で一番嫌らしい部分をきっちり噛んでいた。
竹中は彼を一瞥し、頷いた。
「ああ。感熱式気化爆薬。学校でも習っただろう。一度散布されたら、そこは発火厳禁になる」
そこで、彼はにやりと笑った。
……正直に言って、その笑みは少し怖かった。
血走った意味での怖さではない。
「これから非常に教育的なものを見せてやる」というタイプの怖さだ。
竹中は身をかがめ、足元の黒い金属ケースを開けた。
蓋が上がった瞬間、ほぼ全員の視線が無意識のうちにその中へ落ちた。
一振りの戦斧が、そこに収まっていた。
博物館に飾られているドキュメンタリー用の古い斧ではない。
舞台小道具みたいな、現実味のない巨大武器でもない。
とても実用的だった。
実用的すぎて、背筋が冷たくなった。
全体が冷硬な金属の質感をまとい、刃の角度は潔く、飾りは一切なかった。タングステン鋼と炭素合金の構造が、ライトの下で控えめで陰鬱な光を返している。美術デザインではない。徹底した機能主義——こいつが造られた目的はひとつ。距離が近く、相手のヘルメットの反射まで見えるような状況で、「何か」を効率よく割るためだ。
竹中はそれを持ち上げ、もう片方の手でケースからシールドを引き出した。
「MK 標準六号戦斧」彼は言った。「素材はタングステン鋼と炭素合金。同じく、対光束防爆シールドがセットになっている」
ジェスの目が、わずかに光った。
その光り方は、天真でも興奮でもない。「やっと獲物と呼べる相手が出てきた」と認めた猟犬の目だった。口元がほんの少しだけ動き、「これなら、いける」とでも言っているようだった。
真紀は表情を変えなかったが、よく見ていた。
それが格好いいかどうかではない。重心、柄の角度、刃の傾き、防爆シールドのカバー範囲と切り返しやすさ。その一つ一つを計るような視線だった。彼女が本気で何かを見ているときは、いつも少し行き過ぎている。それは普通の集中ではなく、「呼吸のタイミングまで計算に入れているのでは」と疑いたくなる種類の集中だ。
Dは、正直に短く息を吐いた。
「これ、本当に標準装備の範疇なんですか?」彼は訊いた。
「保安部にとってはな」竹中は言った。
「連邦の『標準』の定義、思ってたより攻撃的だなあ」
「安心しなさい」蘭が冷たく口を挟んだ。「少なくとも、あなたが斬られるとき、相手が使っているのは正規品だってことよ」
「ありがとう。全く慰めにならない」
また笑いかけた。
正直、蘭本人が気づいているのかどうか怪しいが、彼女のこの冷たい一言の能力も、艦内戦には向いていると思う。相手を斬りそこねても、少なくとも一拍は相手の思考を凍らせるだろう。
竹中は戦斧をケースに戻し、蓋を閉め、再びこちらを向いた。
「俺は飛田艦長ほど酷くはない」彼は言った。「だから、今日は軽く手慣らしをさせてやる」
その一言を聞いた瞬間、反射的に思った——よかった。少なくとも、いきなり正式なシミュレーションの中で斬り合いをさせるわけじゃない。
だが次の秒で、喜んだ自分を殴りたくなった。
竹中がポケットから練習室の権限カードを取り出し、ひょいと手を上げて、いちばん前に立っていたDに放ったからだ。
Dは本能的にそれをキャッチし、カード面を一瞥してから竹中を見上げた。
「……俺に?」
「午後に中等部のガキどもどもがあっちで授業を受ける」竹中は言った。「あまり派手にはやるなよ」
訓練室全体が、半拍だけ静まり返った。
Dの手にあるカードを見てから、竹中のいかにも事務的な顔を見て、心の中には一言だけが浮かんだ。
ああ、と。
こんな露骨な示唆も、そうそうない。
これのどこが「あまり派手にするな」だ。
どう見ても、「お前たちが騒ぐのは知っている。特にお前だ、ドワイト・"D"・バークリー。だから場は先に渡しておく。だが、事態をレポート三枚で済む範囲に収めてみせろ」という意味だ。
これは授業ではない。
条件付きの黙認だ。
そして何より恐ろしいのは、D自身もそれを理解しているという事実だった。
彼はカードを二本の指の間でくるりと回し、顔を上げたとき、その笑みはまるで「ある程度の小規模災害が公認された」人間のそれだった。
「了解、曹長」彼は言った。「文明的に、切磋琢磨させていただきます」
誰も信じていなかった。
本当に、空気でさえ信じていなかった。
ハーヴィーは額を押さえた。
ロイは何か言いたそうにしたが、最終的には命を大事にすることを選んだ。
アカリはDのカードに一瞥をくれ、その目にははっきり「保険データを先にバックアップしておくべきか」という文字が浮かんでいた。
エヴリンは、今のやりとりにどれだけの危険成分が含まれているのか、まだ評価中のようだった。
アイダは「やっぱりそう来るか」という顔で、ほんの少しだけ肩をすくめた。
ジェスは小さく鼻を鳴らした。
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