83. 零式格闘艇 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
二回目の後半に入るころには、もうごまかすのがかなり難しくなっていた。
別に、急にヒーローぶりたいわけじゃない。 ただ、飛田の飛び方が、あまりにも質が悪い。
隠そうと思えば思うほど、こっちの動きの皮をナイフで一枚ずつ剥いでくる。 最後には、何かしら「本当にできること」を使わないと、生き残れないところまで追い詰めてくる。
そしていったん真面目に飛び始めると、身体の記憶は、私の口よりよっぽど正直だ。
目一杯までは引かないようにしても、本能的に、規格外の角度を使って切り込みをかけ始めてしまう。 機首の七・七ミリ脈衝レーザー二門で先に線を探し、軽く押さえて、相手の反応を引き出す。 変向してくる瞬間に、微調整の推力で咬みつく――ほんの一瞬だけ。
当たりはしない。もちろん、そんな簡単に当たりはしない。 でも、「まったく触れないわけじゃない」距離に入ってしまうと、自分でもやっかいになってくる。
真紀も、すぐに合わせてきた。
いや、合わせたというより、こいつは、私が何をやっているかを理解した。
「星野」 彼女が私信チャンネルで呼ぶ。
「何よ」
「もうやめなさい」
「それ、命令? それとも講評?」
「両方」 短い間のあとで、声がいつもより少し低くなる。 「あんたが飛べ。出口は、こっちで見る」
胸のあたりが、変に締め付けられた。
本当に、面倒くさい。
この女、普段は人を壁に追い詰めるような喋り方をするくせに、たまにこういう真っ当なことを一言だけ差し込んできて、こっちの胸の奥で何かが情けなくざわつく。
「……そういう言い方されると、ヤミ金に目をつけられた気分なんだけど」
「心配しないで」真紀は言った。「あんた、今のところ、そこまでの高金利をつける価値はない」
くそ。
さっきちょっと湧きかけた変な感情が、本人の手で瞬時に潰された。
二回目が終わるころ、私たち十一人は、飛田にそれぞれ別々の手法で整備され直された部品みたいに、地面に並べて置き戻された。
艙蓋が再び開く。 私は一回目ほど惨めな降り方はしなかったが、手のひらは汗でべたべただった。 ジェスは模擬艙から跳び降りてきていて、顔には怒りと興奮がごちゃ混ぜになったような表情が浮かんでいる。負けたくせに、負け方にだんだん中毒になっている博打打ちに似ていた。
「アイツ、人間じゃねえ」 ジェスが言う。
「その評はだいぶ高いな」 艙縁に手を置きながら、ハーヴィーが返す。 「大抵、そのランクは税務官か伝説級にしか出さない」
Dが足を引きずって近づいてきて、魂が抜けたような顔で言った。
「今の俺の見解だとだな、『全員合格』ってやつには二通りしかない。ひとつ、連邦が奇跡を必要としている。もうひとつ、連邦が艦長を取り替えるべきだ」
「直接提言してきたら?」 蘭が言う。
「いや、俺はもう少し長生きしたい」
飛田が中央制御区から降りてきた瞬間、全員、黙った。
その静けさは、「怒鳴られるのが怖いから」ではない。 さっき、この男が能力だけで「口答えできる余地」を一枚薄く削り取っていったのを、全員が見ていたからだ。 ここから先でまだ吠えれば、それはもう教育されてもなお吠え続ける、訓練の足りない哺乳類にしか見えない。
飛田はまず、ジェスを見た。 その視線は長くはない。が、それだけで、ジェスの口元に残っていた獣じみた気配が、ほんのわずかにしぼむ。
次にロイ、ハーヴィー、アカリと視線を流し、最後に私の前で止まる。
「星野霜」
背筋が、自然と少し伸びた。
「はい」
「こっちに来い」
その場の空気が、一瞬で「死ぬに値する」くらい重たくなる。
振り返るまでもなく、背中に刺さってくる十本の視線の温度が分かる。 特にジェス、その「ほらな、やっぱり何か隠してたろ」という熱のこもった凝視は、ほとんど後頭部に穴が開きそうだった。
飛田は、零式の外殻模型の横まで私を連れて行くと、そこで足を止め、横目で私を見る。
近くで見ると、その目は表面上の気だるさほどには弛んでいない。 そこには、ベテランのパイロット特有のものがある――あまりに多くの機体、多くの動作、多くの「生き残った者」と「そうでなかった者」を見てきたあとに残る、識別力だ。
彼は余計な前置きもなく、顎を少し上げた。
「最後の一輪、お前は少し前を飛べ」
一瞬、意味が遅れて入ってくる。
「……私が、ですか」
「ああ」 飛田は淡々と言う。 「もう、人の後ろに紛れ込むな」
それだけだ。
暴き立てもしない。問い詰めもしない。 説明すらしない。ただ、私を、それまで辛うじて紛れ込めていた集団から、あっさり前に引きずり出す。
二秒黙ってから、どうにか返す。
「了解」
飛田は私を一瞥し、さらに一言だけ足した。
「今度は、ちゃんと見ておく」
……よかった。
その場で尋問されるより、こうやって先に帳簿につけておいて、あとでまとめて精算するほうが、この男らしい。
彼は踵を返す。
「戻れ」
私はその背中について歩きながら、心境としては解剖台の上に載せられる前の実験動物にそこそこ近い、と思う。
整列位置に戻ると、ジェスが真っ先に前へ出てきた。
「どうだった」 目が、火薬の匂いを嗅ぎつけた犬みたいに光っている。 「何て言われた?」
「命は大事に、無謀な運転はやめましょう、って」
「嘘つけ」
「なら、そっちも詮索やめなさい」
ジェスが歯を食いしばる。 表情は、「この人間を今すぐ分解して中から小型エンジンが出てこないか確認したい」と言っている。が、まだ実行に移してはいない。 真紀が横に来て、私を一度だけ見てから、ただ淡々と言う。
「最後は、前を飛べって?」
私は口を尖らせた。
「盗聴器でも仕掛けてるか、読唇術でも会得したの?」
「あんたの顔に、全部書いてある」
「それ、人格への重大な侮辱なんだけど」
「あんたの人格は弾力があるから、大丈夫」
……ありがとう。まったく慰められない。
飛田が再び中央の制御台に立ち、最終ラウンド用の戦術画面を開く。
「最後の一回は、生存回数は見ない」 彼が言う。 「ルールは同じだ。十一人、無限復活。誰か一人でも俺に一発当てれば、全員合格。さっき二回で、お前たちは少なくとも一つだけ学んだはずだ――一機ずつ出てくれば、ただの自殺」
Dが後ろで小声で足す。 「その授業料、めちゃくちゃ高かったけどな」
飛田は気に留めるふうもなく、続ける。
「だからこの一回は、自分で何とかしろ。『一個の隊』としてだ」
これが、どんな戦術解説よりも厄介な一言だった。
問題を、まるごとこっちの顔面に投げ返してきたからだ。
さっきまで好き勝手に飛んでいた十一人、口だけは銃より速い連中が、限られた復活回数の中で、「飛田に触れる局面」を捻り出す。 難易度だけ聞けば、性格の違う猫を十一匹並べて、今から整列行進を覚えさせろと言われるのと大差ない。
アカリがまず戦術画面を見上げ、指先で素早く何度か図を切り替えた。
「正面から追えば、一人ずつ分解されるだけ」 彼女が言う。
「それは分かってるっての」 ジェスが腕を組む。 「問題は、どうやってアイツにミスさせるかだろ」
「彼はミスする必要はない」 真紀が口を開いた。
その声が乗った瞬間、場の音が本当に静かになる。
優しいからじゃない。 さっきの二回で分かったからだ――この女がこの調子で喋り出したときは、たいてい他の連中がまだ見えていない残り半分を、もう頭の中で埋めている。
真紀は戦術板を見つめながら、淡々と続ける。
「飛田艦長の機動は私たちより高い。判断も速い。単機のテンポは完全に上から押さえつけてくる。撃ち当てたいなら、追いつくんじゃない。彼が選べる脱出線を、一つしかないところまで削る」
「そんな真似、できるか?」 ハーヴィーが眉をひそめる。
「できなくても、やるしかない」 真紀は言う。 「どうせ、死なない」
Dが顔を上げる。
「『どうせ死なないから』を、こんなに合理的な口調で言われたのは初めてだ。急に命の相場が暴落した気分なんだが」
「事実、今の命は安い」 蘭が冷ややかに言う。
思わず吹き出しそうになる。
真紀は戦術図を三層に切り替えた。
「第一波は、命中は狙わない。彼に線を切らせればいい」 そう言って、指で三つの端末アイコンを示す。 「ロイ、ハーヴィー、アッシュ、正面圧縮。あなたたちは飛び方が安定してる。欲をかかないで。彼に早めに線を切らせるだけでいい」
ロイはしかめ面のまま頷いた。 ハーヴィーは深くため息をつくが、否定はしない。 アッシュはただ「了解」と短く応じた。
「第二波、D、エヴリン、アイダ、アカリ、蘭。側面から切り込む。追うんじゃない。彼が安全圏に戻る角度を潰す」
「俺も第二波?」 Dが素で驚いた顔をする。
「うるさいから」 真紀は平然と言う。 「視線が、半秒はそっちに行く」
「……今の、褒め言葉になってる?」
「なってない」
笑いを堪えるのに、ちょっと苦労した。
ジェスがもう、あからさまにイラついている。
「で、私は?」
真紀はジェスを一瞥する。
「第三波」
「トドメ役か?」
「咬殺」 真紀は言う。 「前の二波で内側に追い込んで、最後の一口をあんたがやる」
ジェスの口元が、ゆっくりと上がる。
その笑みは、柔らかくはない。むしろ危うい匂いがある。だが、妙にこいつには似合っていた。
「その台詞は気に入った」
それから、真紀はこちらを向く。
「星野、あんたは私と内線を回る」
心臓が、いやな跳ね方をした。
「……どうして、いちばん面倒なのがいつも私なの」
「あんたなら、届くから」
さっきまでのどの刺々しいセリフより、これが一番たちが悪い。
声を張ったわけでもない。 大げさな抑揚もない。 ただ、「できる」と知っている事実を、そのまま投げつけてくる。 しかも、それを言っている本人の顔が、あまりにも落ち着いている。航程の数字を確認するみたいに。
だから、余計に効く。
咳払い一つして、視線をずらす。
「人を見る目、間違ってるといいけど」
「心配要らない」 真紀は言う。 「私が信じてるのは、飛び方であって、人格じゃない」
……はい、いつものムカつきが戻ってきました。 ありがとう、九島真紀さん。無事、許容量ギリギリの「普通の嫌な感じ」に戻してくれました。
飛田は私たちの分担を最後まで聞いていても、口を挟まない。 ただ一言だけ確認する。
「相談は済んだか」
「はい」 真紀が答える。
「よろしい」 飛田は言う。 「艙に乗れ。お前たちが、かろうじて『編隊』に見えるかどうか、見せてもらおう」
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