83. 零式格闘艇 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
飛田は、あの盛大な集団公開処刑の一回目が終わったあと、三分だけくれた。 たった三分。
この時間の長さが、やたらと微妙だ。 人間として立て直すには短すぎるくせに、さっき自分がもう少しで昼飯と尊厳をまとめて模擬艙の中にぶちまけるところだったんじゃないか、と真面目に疑うには十分長い。
艙蓋が開いたとき、ずらっと並んだ連中は、全員それぞれの流派で惨めな格好をしながら這い出してきた。
Dは典型的な「口だけ生きてて、魂は中に置いてきた」タイプだ。 片手で艙縁をつかみ、もう片方の手で額を押さえ、顔色はちょうど連邦税務署に三ラウンドほど搾られた直後みたいに真っ白だった。
「先に言っとくけどな」 Dが言う。 「さっきのは俺の腕が悪いんじゃなくて、宇宙が個人的に俺を敵視してるだけだからな」
「宇宙の見る目は悪くないわね」 蘭が横で手袋を直しながら、実務報告みたいな声でとどめを刺した。
「おい、人が死にかけてんのに、もうちょい情けとかないのかよ?」
「だってまだ死んでないし」
ハーヴィーは反対側からゆっくり降りてきて、足が床を踏んだ瞬間、まず目を閉じて大きく息を吸った。 胃袋と停戦協定を結んでいる最中、という顔だ。
ロイはそれよりさらに真面目で、その場にしゃがみ込んで模擬艙の外殻を観察し始めた。 さっき壁に向かって回転しながら突っ込んでいったのが自分だと認めさえしなければ、まだ何か取り返しがつくとでも思っているように。
エヴリンは艙口の縁に腰を下ろしていて、顔色はまだ少し悪い。 アイダがその前にしゃがみ込み、低い声で呼吸のリズムを整えてやっていた。 アカリはもう端末を引き出してさっきの姿勢ログを見始めていて、表情は、さっき自分がほとんど宇宙サラダになりかけたことなど忘れて、ただのデータ収集に来た研究者みたいに集中している。
そしてジェスは——
こいつは数少ない、「ぱっと見いちばん平気そうな人間」だ。
左目尻にどうしても消えない火花みたいな苛立ちが滲んでいるのと、艙から降りるときに床をぶち抜く勢いで踏みつけた足の力さえ無視できれば、の話だけど。
ジェスはまだ感測用のゲルが付いたままの手袋を振り払い、そのまま真っすぐこっちを見る。
「星野」 そう呼ばれる。 「さっき、ずいぶん楽しそうに笑ってたじゃないか」
「まあね」 私は言う。 「本当はもっと楽しくなれたわよ。あなたのあの大回転が、もう半回転多かったらね」
ジェスは目を細めた。
「死にたいのか?」
「いいえ」 それについては正直に答える。 「ただ、あなたが飛ぶと、本当に『性格が起動中』って感じになるから」
ジェスの口元がぴくっと引きつる。 「今ぶん殴るか、空の上でぶん殴るか」で葛藤しているのが、見ていて分かるくらいには。
そのとき、前の模擬艙から真紀が降りてきた。
着地の動きがやたらと安定している。 さっき空域で飛んでいたときと同じだ。静かで、切れがあって、余計な揺れが一つもない。 他の連中みたいに露骨な生理反応もない。せいぜいこめかみに汗が張り付いていて、呼吸が普段より少しだけ深いくらいだ。
本当に、嫌な女だ。
こっちはさっき、宇宙に椅子で一周ぶん殴られてきたばかりなのに、真紀だけ、ちょっと早足で階段を下りてきただけみたいな顔をしている。
真紀は一度、私を見た。
「思ってたより、安定してた」
危うく自分の唾で噎せそうになる。
「……そのセリフ、もうちょっと声量しぼれない?」
「無理」
「私、何かあなたに恨まれるようなことした?」
「した」 真紀は平然と言う。 「さっき、わざとらしすぎた」
反論しかけたところで、中央制御区から飛田の声が飛んできた。
「休憩終わり。全員、艙に戻れ」
値切ろうなんて考えたやつは、一人もいない。
さっき、私たちは十分すぎるほど思い知ったからだ。 この男は「学生と一緒に教育の友好度について語り合う」タイプじゃない。 模擬空域でこっちがぐるぐる回っているのを眺めながら、「もう二周回れば、どこが悪いか自然と分かる」と心の底から信じているタイプだ。
全員が再び艙に収まるとき、空気は一回目とはっきり違っていた。
一回目はただの混沌。 二回目は、恥をかいたあとの真面目さが、うっすら混じっている。
私はもう一度肩ベルトを締め、指先を操縦桿にかけ直す。 一回目のときより、ひどく鬱陶しい種類の「冷静さ」が一枚、余計に乗っていた。
飛田には、もうだいたいバレている。——私が「完全な素人」じゃないことが。
そして、もっと面倒なのは、真紀にもバレているってことだ。
つまり、これから「平均的に運の悪いだけの落ちこぼれ」を装う難度が、「頑張ればギリギリいける」から「ご愁傷さま」にランクアップしたわけだ。
「全員、通信確認」 飛田が言う。
一斉に応答が返ったあとでも、彼はすぐには発艦させなかった。 代わりに、簡略化した戦術図を共用ウィンドウに映し出す。
「二回目は、ただの姿勢慣熟じゃない」 そう告げる声は、乾いて短い。 「基本的な追尾と離脱を入れる。目標は俺を撃ち落とすことじゃない。まず、『視界に俺を捕らえた瞬間に、自分から墓碑名簿に突っ込んでいかない』ことを覚えるのが目標だ」
Dがチャンネルの奥で小さくぼやく。 「慰め方うまいよな、この人」
飛田は、聞こえたのかどうか、とくに反応しない。
「零式の癖を叩き込め」 彼は続ける。 「訓練機じゃない。お前たちの粗相を帳消しにしてくれるオモチャじゃない。連邦が本気で人間の命を焚べるために作った標準戦闘艇だ。主翼根の二十ミリ九九式プラズマ砲二門、近距離で一秒まとめて叩き込めば、だいたいの目標は二つに割れる。機首の七・七ミリ脈衝レーザー砲二門は、線を探し、牽制し、試射するためのものだ。度胸試しにばら撒くためのもんじゃない。理解したか?」
「了解!」
返答はさっきより、ずっと揃っていた。
「よし。第二陣、発艦。起動」
模擬空域が、再び開く。
今度の私たちは、一回目みたいに揃って宇宙ゴミになりにはいかなかった。
もちろん、いきなり全員が連邦のエースに昇格したわけでもない。
ただ少なくとも、洗濯機に初めて放り込まれた猿みたいな有様からは、一歩くらいは前に出た。
Dは最初の二回転をなんとかやり過ごしたあとで、「慣性と喧嘩するな」という、トイレのドアに貼っておいたほうがいいくらい単純な真理にようやく気づいたらしい。 ロイの保守的な航路にも、かろうじて「形」らしきものが出てきた。相変わらず交通法規と交際中みたいな飛び方ではあるけれど。 ハーヴィーは予想外に持ち直して、チャンネル内で、死にかけている人間特有の低い声で他人をツッコむ余裕すら出てきた。
ジェスの問題は、相変わらずジェスらしかった。
こいつは飛べないわけじゃない。
むしろ、逆だ。天分はある。
問題は、その天分に牙が生えていることだ。
追尾に入った瞬間、こいつは無意識に噛みつきにいく。 詰めたくなる。押し込みたくなる。推力をもう一段上げたくなる。 まるで、機体に自分の性格の火が聞こえないなら、その零式は自分のものじゃないとでも言いたげに。
こういう飛び方は、見ていて魅力的だ。 そして、死ぬのも早い。
真紀は、その真逆を行った。
視界の中で動く真紀の零式は、冷えすぎているくらいに、無駄がない。 いちばん速くはないし、いちばん派手でもない。ただ、一つひとつの修正が、全部「半拍早く考えてあった」みたいに見える。 他の連中が空中で生き延びようとしているとき、こいつだけは空中で計算している。
腹立たしい。
……そして、綺麗だ。
心の中で自分に向かって盛大に舌打ちし、ついでに推力を安全域の手前まで落とす。
今は、こいつの飛び方に見惚れてる場合じゃない、星野霜。 今は、「普通の人」を演じ切れるかどうかの、生死がかかった場面だ。
――そのとき、前方から飛田が切り込んできた。
さっきまでの私たちが、それぞれ宇宙とのあいだに違う条文の和平条約を結ぼうとしていたとしても、飛田の零式だけは、まるで別のものだった。
あれは飛んでいない。
空域の中に、文字を書いている。
転向、偽装離脱、カットイン、逆向きスリップ、失速縁ギリギリの短い出し入れ。 どの動きも、飾り気がない。 派手に見せる欲望を何度も研いで削り落としたあとに残る、「効率」だけがそこにある。
このとき初めて、「エース」という言葉が、ポスターに印刷されるための誇張じゃないことを、私はちゃんと理解した。
あの零式が私たちの編隊の中を抜けていくとき、例えるなら、まだこねきれてすらいない粘土の塊を一刀両断していく刃みたいだった。
チャンネルが、一気にざわつく。
「右上! 右上!」 ロイが叫ぶ。
「右上にいるのは分かってるっての! なんで次の瞬間にはもういねえんだよ!」 Dが怒鳴り返す。
「ジェス、単独で噛みつくな——」 ハーヴィーが言いかけた瞬間——
「指図すんな!」 ジェスはもう推力を一気に踏み込んでいた。
次の瞬間、視界の中をジェスの機影が鋭く掠める。 ほとんど飛田の離脱軸にぴったり重なる角度で前方に噛み付きにいく。 角度は獰猛で、同時に美しかった。だが飛田は、ジェスがそこに飛び込んでくることを最初から計算に入れていたかのように、機首をわずかに沈める。 そして零式の全体を、あたかも進路を間違えたような素振りで、ジェスの腹下の死角へと滑り込ませ、逆手の短い点射を一発。
ジェスの機体外周に、判定用の火花が一瞬で散った。
「命中。模擬撃墜」
チャンネルが〇・五秒だけ、妙に静かになる。
続いて、ジェスが教範には絶対載らないような、非常に完成度の高い罵り文句を一つ吐いた。
危うく笑いかけた、その瞬間。 左側の視界を、飛田の影が掠めた。
近い。
身体のほうが先に動く。 右手で操縦桿を押し込み、左手で推力を半段抜く。 目玉ごと引きちぎられそうな慣性の向きに逆らわず、その力を利用して、機体を無理にねじるのではなく、少しだけ「だるさ」を残したまま内側へ折り込む。
教範にはあまり載らない動きだ。 少なくとも、学校が最初に教えたがる類いのものじゃない。
もっと、別の男が昔、訓練艙の外で、火のついていない煙草を咥えながら、吐きそうになっている新人たちに言っていた言葉に近い。
――機体と力比べすんな。 「ああ、そっち行きてえ」と思ってるのは、あっちのほうなんだって、思い込ませろ。
私の零式は、飛田の尾部の端をかすめるように、視線の外へ滑り抜けた。
食いつきはしなかった。
でも、予想どおり一太刀で切られることもなかった。
次の瞬間、チャンネルに飛田の声が入る。
「星野」
頭の皮膚が一瞬で粟立つ。
「はい」
「飛ぶことだけ考えろ」
それだけ。 たった三文字。追及も、種明かしもない。 声の調子も、ただ計器を軽く叩いて確認しただけ、というくらいに平板だ。
だからこそ、余計に嫌な感じがする。
見えていないわけじゃない。 見えている。でも、今はまだ口に出さない――その保留だけが、そこにある。
すぐあとに、真紀の声が入る。 冷たいのに、妙に整った、あの声音で。
「もう一回でも気を散らしたら、次に爆ぜるのはあんた」
助けてくれているのは分かる。 が、聞いた感じとしては「死ぬならもっと効率よく死ね」と言われているのと大差ない。
……うん。実に、真紀らしい。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




