79. イレギュラー・パルス 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
黄色接触信号が正式に警戒図へ標記されると、艦橋の空気は一変した。
混乱ではない。
むしろ、逆だった。より秩序が増した。
もうこれは「夜間当直中に学生二人がおかしなものを見つけた」という話ではなく、雪風の艦橋当直システムが正式に引き取った案件になっていた。マンニ大尉はレーダー席に戻り、飛田艦長は中央席に入り、当直士官は通報フォーマットと後列船団の変針ルートを整理している。全員が動いていて、全員が違うことをしていて、それでいてお互いの動きがぴったり噛み合っていた。
不思議な感覚だった。
昼間に艦橋を見たとき、ここは頭脳みたいだと思った。でも本当に何かが起きてみると、神経束のほうが近いとわかった。一か所だけが考えているのではなく、各節点がそれぞれ処理して、最後に一つの判断へ収束していく。
マンニ大尉がディスプレイを見つめながら、素早く報告した。
「目標は引き続き低速漂流、能動推進なし。後列船団第三補給列、安全距離を確保。十七号輸送艦は固定架異常の確認を継続中、同一の脱落物かどうかはまだ未確認」
飛田艦長は中央席にもたれ、主ディスプレイから目を離さずに、短く言った。
「前方を一回り掃いてくれ」
「はい」
マンニ大尉が前方空域の副スキャン層を重ねると、レーダー画面のデータが一気に密になった。もともと比較的すっきりしていた暗い画面に、薄い航跡と相対信号マーカーの一層が加わる。私の視線も前方へ移り、数秒後に真紀が低く口を開いた。
「前方九時方向、アイドリング信号あり」
彼女が示した区域を見ると、船団識別コードより弱いが、前方のやや側面に安定して掛かっている低速光点があった。
マンニ大尉も同じタイミングで掴んでいた。
「確認。民間運輸コード」
飛田艦長が顎を少し上げた。
「呼んでくれ」
通信士官はすでに回線を繋いでいた。内部静音が解除されると、外部短距離通信が出た。数秒後、向こうの返答が来た。速かった。速すぎて、少し後ろめたさが滲んでいた。
民間運輸会社の小型作業船だった。
その説明は、罵倒したくなるほど単純で、しかし単純すぎてかえって本当らしかった——外部装着コンテナモジュールの固定異常により、変針修正の際に固定点が外れ、隊列外縁に脱落した。現在アイドリングで航路を修正中で、回収に戻るところだという。
聞き終えた瞬間、胸の中で張っていた力が半分ほど抜けた。
正体不明の目標ではなかった。
敵性接触でもなかった。
どこかで本当に大きな何かが起きたわけでもなかった。
だが次の瞬間、もう一つのことに気づいた。最終的に民間運輸会社のモジュール異常だったとしても、さっきの緊張は無駄ではなかった。
あの漂流物を先に捕捉していなければ、後列船団は元の隊形のまま進み、それでも本来いるべきでない場所に現れた物体が、いずれ誰かの障害になっていた。
飛田艦長は通信の報告を聞き、二秒黙り、それから平坦に言った。
「先方に通知。モジュールの位置はこちらで標定を共有する。十分以内に回収航路の申請を完了すること。申請なしに主船団外縁へ自己判断で入ることは認めない」
「はい」
通信士官がすぐに動いた。
マンニ大尉はそこで軽く背もたれに寄りかかり、さっきの息をようやく吐き出したように、私たちのほうへ顔を向けた。
「わかったか? 夜間当直で一番よく遭遇するのはこういうやつだ。八割は最終的に敵じゃない」彼は一拍置いて、口の端を上げた。「でも、その八割を全部前の二割と同じだと思ったら、艦が終わる」
この一言は、非常にマンニ大尉らしかった。
上品でも、飾りもない。でも、ひどく正確だった。
飛田艦長がそのとき中央席から立ち上がり、こちらへ来た。
「次は勝手に判断するな」みたいな艦長式の一言が来るかと思っていた。だが彼はまず私の手元の当直ボードを一瞥し、真紀が書き足した判定根拠を見てから、頷いた。
「悪くない」
たった二文字だった。
それでも、胸の中でまだ少し引っかかっていた緊張が、本当にその二文字でほぐれた。
飛田艦長は識別票を指の間で一度回し、淡々としていたが、明らかに本気で言っていた。
「判断が崩れなかった。異常を最初に掴んで、敵情報告に飛びつかず、かといってノイズとして流しもしなかった。それで十分だ。夜航当直は誰が一番格好いいかを競うんじゃない。誰が一番、小さい問題を大きくしないかを競う」
真紀を見て、それから私を見た。
「二人の分担もよかった。九島は収束が速い。星野は補いが効く。この組み合わせは使える」
聞き間違いかと思った。
……飛田艦長が今、私たちの組み合わせを正式に「使える」と評価したのか?
マンニ大尉が横で一言付け足した。業界の真理みたいな声だった。
「艦橋で一番怖いのは、虚報じゃない。本当に警戒すべきときに警戒しないことだ。今夜みたいなのは、記録に一本足しておくほうがいい。見逃すより一万倍まし」
当直士官も記録に注記を入れ、公務的な口調で言った。
「後続の引き継ぎ完了。民間運輸船は偏航回収を申請済み。本艦は黄二の予備警戒を解除、通常観測を継続」
この一言で、事が本当に着地した。
何もなかったわけじゃない。
正しく処理された、ということだ。
飛田艦長は、これをそれ以上の教訓講座にするつもりもなさそうだった。ただ手を私たちのほうへ向け、結論を下すように言った。
「今夜は一回、合格ってことにしておく」
そう言って、また少し気の抜けた様子に戻り、中央席へ歩きながら、さらりと付け足した。
「喜びすぎるな。艦橋で最初に合格するのは大抵、その後により多くの仕事が来るという意味だから」
……なるほど。
これは非常に雪風らしい一言だった。
マンニ大尉は最後のレーダー交叉標記を片付けながら立ち上がり、ヘッドセットを首に掛け直した。
「残りは流れ通りにやれ。また黄色灯が来たら、さっきと同じように情報を先に整理して、自分で自分を脅かすな。何かあれば、俺たちはまだいる」
ふと気づいた。「俺たちはまだいる」という一言が、艦橋ではどんな慰めの言葉よりも慰めに聞こえることに。
そして、彼らはまた出て行った。
本当に出て行った。
飛田艦長が先に降り、マンニ大尉と当直士官も一緒に去った。ドアが閉まると、さっきの多人数による仕事の密度が、夜間当直本来の静けさへゆっくり退いていった。
ただ、今度の静けさは、前とは違った。
前の静けさは、夜航とはそういうものだという静けさだった。
今の静けさは、何かがすぐそこを通り過ぎた後、空間全体が呼吸を元のリズムに戻していくような静けさだった。
私はその場に立ち、手元の当直ボードを見下ろした。
さっきのページには、時刻、方位、接触標記、初期判定、発生源の比較、後続引き継ぎ記録が加わっていた。字は少し急いでいて、欄外には書き損じかけて訂正した跡もある。ページ全体は、とても綺麗とは言えなかった。でも、本物だった。
授業で書き写した例文ではない。模擬訓練の仮データでもない。私が初めて、この艦の艦橋の上に残した、正式なものだった。
笑いたくなった。
得意になった笑いではない。
「案外、振り落とされなかった」という笑いだ。
隣の真紀がそれを見ていたのか、淡々と訊いてきた。
「今、何が嬉しいの?」
私は当直ボードを胸に抱えた。
「艦橋から追い出されるほど恥をかかずに済んだのが嬉しい」
「さっきは確かに際どかった」
「ちょっと」
「でも、落ちなかった」彼女は平静に後半を続けた。
彼女を見て、二秒こらえて、結局笑い出した。
「今のって、慰めてくれてる?」
「違う」
「じゃあ何?」
彼女は視線を前の主ディスプレイに戻し、声を落とした。
「事実の校正」
……そうか。
確かに、真紀らしい。
でも、さっきの接触信号を経た後では、彼女のこういう冷たい言い方が、前ほど言い返したいとは思わなくなっていた。正確に言えば、どの一言が本当に刺しているのか、どれがただ彼女の話し方の癖なのか、少し分かるようになってきていた。
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