78. 二人きりの夜間当直 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
昼食は、ひどく質素だった。
席に着いて、盆の上にあるその清潔で、無駄がなく、感情の欠片もなく、明らかに「人生を楽しむ」ためではなく「燃料を補給する」ために用意された配膳を見た瞬間、雪風の厨房は朝だけ良心が発揮されていて、今になってようやく普通の軍艦水準に戻ったのかと思いかけた。
「落差激しすぎない?」私はスプーンを持ったまま、思わず言った。「朝は旧地球和風文明圏で、昼は一気に後方理性社会なんだけど」
向かいのジェスは、露骨に「現実に裏切られた」顔をしていた。
「せめてあの肉入り味噌汁、もう一回くらい拝めると思ってたのに」
Dが盆を持って座り、妙に静かな声で、しかし内容だけは残酷に言った。
「朝の幸福を、常態と勘違いしたんだよ。それが人生のミスだ」
「その台詞、さっきおかわりしてた人間が言っても説得力ゼロだからね?」私は彼を見ながら言った。
「おかわりじゃない」彼はフォークで自分の盆を指した。「将来の不測事態に備えた熱量備蓄だ」
「言い方が完全に『このあと外甲板で全裸ダッシュ』コースなんだけど」
ジェスが白目を剥いた。
「この艦なら、何が起きてもおかしくないわよ」蘭が横で冷たく言った。
あまりに当然みたいに言うので、しばらく反論の言葉が出てこなかった。
午前の第一回見学と第二回の分流を終えた時点で、私たち実習生はだいたいバラバラ寸前だった。肉体的にへとへとというより、一〇〇人超の中学生に精神を往復で擦り減らされて、「今もう一回『先輩、ここって反応炉ですか』って訊かれたら、その子を名簿の中に押し込める自信がある」という微妙な領域に入りかけていた。
そこへ、昼食も半分終わらないうちに、保安班と交代の陸戦隊員が食堂に入ってきた。
その瞬間、学生組はまとめて二秒ほど黙った。
怖くてではない。
コントラストが、あまりにもひどかったからだ。
背が高く、分厚く、重く、色も濃い。肩幅は艙門の補強材に転用できそうで、歩くだけでブーツ底が床を叩く音まで一段深かった。いわゆる「筋トレでいい身体になりました」ではない。「本当に装備を背負ったまま艦内交戦区域に突っ込んで人を引きずり出してきそう」な、陸戦隊系の猛者だった。制服は彼らの体にとって、布ではなく戦術警告に近かった。
その一人が、私たちのテーブルのそばを通りかかるとき、いかにも重そうな装備箱を、何の気なしに床へ降ろした。
ドン。
その音を聞いた瞬間、自分の盆を見下ろして、「今からでも午前中の小鬼たちに黙祷を捧げるべきなんじゃないか」という衝動に襲われた。
「……急に中学生たちに線香上げたくなってきた」私は素直に言った。
隣の真紀は顔も上げず、淡々と返した。
「今やっても早いわ。午後に走り回り始めてからでも遅くないわ」
「その言い方、ちょっと怖いんだけど」
「現実的って言って」
ジェスは頬杖をつきながら、保安部員たちと陸戦隊員が隊列名簿と動線を引き継いでいく様子を眺めていた。その顔には、敬意と恐怖と、少しのざまあみろが混ざっていた。
「やっとわかった。竹中曹長が昼前まで人間の形を維持してた理由。後ろにこういうのが控えてたからなんだ」
Dが付け合わせを一口かじり、のんびり言った。
「言い方が、夜間交代用の重機の話みたいだな」
「何か文句?」
「ないよ。的確だ」
そこへ、アイダとエヴリンも盆を持って来て座った。アイダは腰を下ろすなり、まず一口汁を飲み、それから視線を交接風景のほうへやった。
「午後の中等部は、保安部と陸戦隊の混成で引き継ぐって。私たちは前導からいったん外れる」
その一言を聞いて、ほとんど昇天しかけた。
「じゃあ、もしかして私たち午後は休――」
「ないわ」
答えたのはアイダではなく、アカリだった。
彼女は別の端に座り、食事中でさえ動きに無駄がない。人の希望を潰すときでさえ、作業手順を読み上げるみたいに正確だった。
「エレナ少佐、昼の前に午後シフトを組み終えてる」
手に持っていたスプーンが、空中で止まった。
「……今、すごく嫌な予感がした」
「今日、その台詞の回数、ジェスに追いつきつつあるぞ」ロイが低く言った。
「だってこの艦、本当に全力で『予感システム』の有効性を立証してくるから」私は言った。
アカリが、感情を一切動かさずに判決文の残りを読み上げた。
「午後、学生組は分流。一部は後方支援区画の見学、一部は機関区画の外縁待機。で、あなたは――」
彼女は私を見た。
「あなたと九島真紀、陸戦隊訓練場割り当て」
二秒、黙った。
それから、静かにスプーンを置いた。
「……何だって?」
ジェスが最初に噴き出した。ひどく容赦のない笑い方だった。
「わあ、星野、おめでとう。『高リスク小鬼回収員』から、『高リスク本人回収員』に正式昇格だ」
「笑えない。全然笑えないからね」私は睨みつけた。「なんで私なの」
「午前中、一番走ってたからでしょ」真紀がようやく最後の一口を飲み込み、ナプキンで手を拭きながら言った。「危険地帯の縁まで追いかけるのがそんなに得意なら、ついでに『どうやって生きて帰るか』も覚えてこいってことじゃない?」
「じゃあ、あんたは?」私は納得がいかずに見た。「あなたはなんで一緒に?」
真紀は一瞥をよこした。
「あなたを見てろって言われたから」
その場で言葉が詰まった。
ジェスが「おお〜」と声を上げた。妙に長く、妙にわざとらしい。
Dはそれに合わせて俯き、必死に笑いを誤魔化していたが、肩が軽く揺れていた。軽く、ではあるが。
真紀の顔から、からかいの気配を探し出そうとしたが、無駄だった。彼女は本当に、いつもの制度めいた冷たい声で、「事実」を述べただけだった。
だからこそ、問題だった。
彼女がそういう意図じゃないほど、周りは勝手に想像を膨らませる。
そして当事者の私は、その全部を「聞こえなかった顔」でやり過ごさなきゃいけない。
本当に、この艦はどこを歩いても鍛錬場みたいだ。
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昼食後、学生組と保安組の正式な引き継ぎが終わった。
主通路の合流点から見下ろすと、午前中あれだけ好奇心で雪風全体を爆撃していた中等部の子供たちが、すでにもっと密な隊列に組み直されていた。保安部員の立ち位置はさらに近く、陸戦隊は要所にそのまま差し込まれている。印象は明白だった――午前中が「ソフト管理」だとしたら、午後は「まだ走る気なら、まず視線で打ち抜く」フェーズだ。
陸戦隊の班長格らしい男の一人は、腕を組んで通路脇に立っているだけで、何も言わずに、別方向へ抜けようとしていた中等部男子二人を、自発的に隊列へ押し戻していた。
その様子を眺めながら、私は心の中で小鬼たちに一本、見えない線香を立てた。
命を落とすからではない。
午後の自由意志が、完膚なきまでに殺されるだろうからだ。
だが、人の冥福を祈ったところで、自分の解放が手に入るわけではない。
午後、私は本当に真紀と二人で、陸戦隊訓練区画に連れて行かれた。
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雪風の陸戦隊訓練場は、艦内やや中後部寄りの大型モジュール区画にある。生活区と主通路を抜けて近づくほど、空気の匂いは学生の好きそうな場所から遠ざかっていった。食堂の湯気も、居住区の洗剤と布の匂いも消え、代わりにゴムマット、金属、汗、潤滑油、そして「体力が足りなければ、これから確実に恥をかく」という種類のストレートな気配が増えていく。
中へ一歩踏み込んだ瞬間、元気のいい怒鳴り声が飛んできた。
「背中を立てろ! 足並み揃えろ! 走ってるのか、床に謝ってるのか、どっちだ!」
反射的に半歩止まった。
真紀が横を通り過ぎながら、平板な声で言った。
「今さら後悔しても遅いわよ」
「なんで私が後悔してるってわかるの」
「全身に『なんでここにいるの』って書いてあるから」
……そんなに読みやすい?
訓練場の中には、かなりの人数がいた。輪番の合間に鍛えている陸戦隊員、記録の受け渡しに来た勤務服姿の士官、そして、明らかに「現実体験」と称して引っ張り込まれた私たちのような学生たち。場内は幾つかの区画に分かれ、基礎体力、近接格闘、低重心障害通路、装備の着脱と搬送、そして端には「人生観を疑わせる」懸垂訓練架まで見えた。
私たちを受け持つことになったのは、神代という姓の男だった。顔は「無意味な雑談に人生を浪費したことが一度もなさそう」なタイプで、声は「幻想を蹴り飛ばす専用」に聞こえた。
彼は私と真紀を一度見比べ、端末へ目を落とした。
「学生組か」
「はい」真紀が先に答えた。
私は半拍遅れて、「……はい」と続いた。
神代班長の視線が、私たちの間を行き来した。嫌になるくらいプロフェッショナルな目だった。見ているのは「人」ではなく、「今日持つかどうか」だった。
最後に彼は小さく頷いた。
「九島、基礎は合格。お前――」
私のほうを見た。
「無理はするな。遅れそうなら言え。ただし、余計な動きはするな」
「なんか、私、今ので『自爆しそうなタイプ』って診断された気がするんですけど」つい返した。
神代班長は事務的に言った。
「目がそう言ってる」
真紀が横でごく軽く鼻を鳴らした。
すかさず振り向いて睨む。
「今、笑ったでしょ」
「笑ってない」
「笑った」
「笑う要素はあったと思うけど」
……いい。
こうして、まだ一歩も走らないうちに人格から一層剝がされた状態で、午後の陸戦隊訓練が始まった。
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最初の二十分は、ウォームアップと基礎ステップだった。
ウォームアップと言っても、軍艦のウォームアップは学校の校庭にあるそれとは違った。ここには柔らかいストレッチバンドも、「各自無理のない範囲で」もなかった。あるのはただひとつ――「これから日常より狭く、硬く、滑りやすく、うるさい環境に身体を突っ込むから、その前に関節と重心を叩き起こせ」というだけの話だった。
重心を落とし、左右へスライドし、短距離の前方ダイブ、転がって障害物をかわし、半蹲踞からの立ち上がり、そこから装備を持っての転身。
十分経たないうちに、大腿が交渉を始めた。
「踵、浮かすな」神代班長が前で怒鳴った。「ここは陸じゃない。艦の上だ。浮いた足元に慣れると、本番で真っ先に転ぶのはお前だ」
「了解……!」歯を食いしばって答えた。
隣の真紀の動きは、腹立たしいほど安定していた。
力技で押し切るタイプではない。標準的で、節制されていて、無駄がない。一つ一つのターンと踏み込みが、事前に寸法を測ったみたいだった。同じ軍校指定のジャージを着ているはずなのに、彼女が動くとそれは「優等生仕様の生存フォーム」に見える。私が動くと、「公共の場で派手にすっ転ばないことを目標にした市民」寄りだった。
どこからともなくDが現れ、ちょうど私たちの組が障害物を抜けるところを目撃した。
彼はコーンで区切られたラインの外から、わざとらしく口笛を吹いた。
「星野、今の顔、重力の存在を強制的に理解させられてる猫みたいだな」
「黙れ!」低い障害物を越えたところで、返事をしたせいでバランスを崩しかけた。「あんた、なんでここにいんの?」
「資料のお届けに参りました」板バインダーをひらひらさせながら、心底楽しそうな顔をした。「ついでに、まだ生きてるか確認しに」
「本当に心配なら、遺言の代筆でもしなさいよ」
「いいよ。内容はもう考えてある」
「何よ」
「『生前は大変努力したが、床との摩擦係数には最後まで屈した』」
真紀が私の横を通りざま、足も止めずに冷たく言った。
「だいぶ正確ね」
……この二人、ある意味で本当に相性がいい。
どちらも、人がすでに十分ひどい目にあっているときに、さらに一刀足して仕上げてくるタイプだ。
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そこから先は、もっとひどかった。
神代班長は、「実習生」と名がつく以上、基礎ステップだけで終わらせる気がなかったようだ。すぐに私たちを二人一組の搬送+遮蔽物切り替え課目に放り込んだ。名目上は「艦内の狭い空間でも互いに足を引っ張らないために」とのことだった。
結果の組み分けは、予想通りだった。
私と真紀。
「……なんで、またあんたと組むわけ?」思わず声を潜めた。
真紀は訓練用ソフトシェルの装備箱を受け取りながら、平坦に言った。
「他に誰と組みたいの?」
「そういう問題じゃなくて――」
「星野」一瞥してきた。「集中して」
即座に口をつぐんだ。
怒鳴られたわけでもない。ただ、彼女がこういうモードに入ると、全体のリズムが変わる。より集中して、より乾いて、普段みたいに余裕で私をからかってくる真紀とは、少し違う。
そんなわけで、次の二十分ほど、私たちは神代班長の「もっと低く」「もっと速く」「ドアに引っかかるな」「ターンで相方にぶつかるな」「その装備箱は長年の恋人じゃない、抱きつくな」という指示を浴びながら、人格を一本線みたいに押し潰されていった。
唯一の救いは、真紀が本当に「安定」していたことだ。
優しく支えてくれるという意味ではない。あくまで真紀らしい安定だ――角にぶつかりそうになれば「左」と一言、重心が浮きかければ「落として」、動作が半拍遅れれば無言で肩を取って正しい位置に戻す。その一つ一つが、道具を修正するみたいに正確で素っ気ない。
そして厄介なことに、こういう余計な情緒の一切ない接触が、一番心拍数を乱してくる。
特に、彼女が背後から私の肩を押さえ、低姿勢の遮蔽物位置まで押し下げてきたとき、頭に最初に浮かんだのは「フォーム、大丈夫かな」ではなく――
近すぎる、だった。
その一瞬で気がそれたせいで、案の定、神代班長に指名を食らった。
「星野。今、何考えてた」
「な、何も!」
「何もないなら、目線を訓練に戻せ。ここは恋愛相談所じゃない」
訓練場が一瞬、静まり返った。
次の瞬間、どこかの陸戦隊員が先に吹き出した。
そこで本気で蒸発したくなった。
「違います! 別に――」
「声をもう少し張ったら、艦全体が知るわね」真紀が横から冷たく言った。
怒りで呼吸が詰まりそうになりながら、彼女を見た。
「今くらい、ちょっとは庇うとかないわけ?」
「何を?」彼女は平然としていた。「事実として、あなたは分心してたでしょ」
「……ほんっっとうに、同志愛ゼロね」
「同志愛は、恥を隠すためのものじゃない」
Dは遠くから肩を震わせていた。もはや人間離れした震え方だった。
この艦に何かあったら、私は真っ先にDの生死を確認する気がする。ただひとつの理由は、もし彼が生き延びた場合、今日のことを一生覚えているからだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




