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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
253/332

74. 雨夜の首都高速  2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

雪風号ゆきかぜごうの艦影を。


それは静かにそこに停泊していた。巨大で、氷のように冷たく、まだ始まってもいない戦争の中から、一足先に伸びてきた手のようだった。


その瞬間、乗車してからずっと亜紀先輩の顔に張り付いていた、嘘くさいほど柔らかな笑みが、音もなく消えた。


彼女はドックの入り口で車を停めた。


エンジンの振動は続き、雨粒は窓ガラスを滑り落ちていたが、車内の空気は、誰かが別のハッチを開けたみたいに、一気に冷え込んだ。


彼女は顔を向け、私を見た。


それは、姉が妹の友人を見る目じゃなかった。 それは、九島家の人間が、未来に影響を与えかねない不確定要素を見る目だった。


「星野霜、このことだけは絶対に忘れないで」


声は高くない。でも、さっきまでの笑いを含んだどの問いかけよりも明確で、硬かった。


「真紀は、ただの私の妹じゃない」


彼女は少し間を置き、私の肩越しに、車外の雪風号を——あるいはもっと遠くの何かを、同時に見透かすように視線を投げた。


「九島重工の、未来の統率者よ」


私は何も言わなかった。 言えなかった。


この一秒になって初めて、私は肌で実感したのだ。自分はただ厄介な、曖昧な関係に巻き込まれただけだと思っていたが、実際に私が手を伸ばして触れたものの背後には、一人の人間だけが繋がっているわけじゃない。


彼女の名前、立場、一族、未来。 そして、私がまだ全貌を掴みきれていない、何か別のもの。


亜紀先輩は再び私に視線を戻した。その瞳は、不気味なほど静かで冷たかった。


「もしあなたが単なる遊び半分のつもりなら、あるいはこれを退屈しのぎの挿話程度にしか思っていないのなら」彼女は言った。「今すぐ手を引くことを勧めるわ」


私の指先が、膝の上で音もなくきつく握り込まれた。


「もしあなたが、あの子の成長の妨げになるなら、星野霜——」


彼女の口調は、一切上がらなかった。 それでも、その言葉が落ちた時、窓の外のどの雨音よりも重く感じた。


「私は容赦なく、あなたを排除する」


車内が静まり返った。


雨だけ。 エンジンだけ。 夜の闇の中に沈黙してそびえ立つ雪風号だけ。 そして、私の胸の奥で、さっきからずっと上手く吐き出せないでいる、あの空気の塊だけ。


「さあ、着いたわよ」


亜紀先輩は、あのニコニコした仮面をまた被り直した。つい先程まで私を助手席に釘付けにしていたあの会話が、酸欠で見た幻覚だったんじゃないかと錯覚するほどの早業だった。


片手でハンドルを握り、もう一方の手はシフトレバーの横に無造作に置かれている。計器盤の冷たいブルーの光に照らされた横顔は、非現実的なほど整っていた。ワイパーはまだ規則正しく左右に動いて、ガラスの上の水痕を削り取っては、すぐに新しい雨水に塗り直されていく。そのリズムは、感情を一切持たないカウントダウンのようだった。冷静で、機械的で、私のことなど毛頭考えていない。


「でも、そんなに心配しなくてもいいわよ」彼女は横を向いて私を見た。口元の優しすぎる弧は、精密加工された部品のようだった。「真紀は、あなたが思ってるほど脆くないから」


私が口を開きかけ、これが慰めなのか、忠告なのか、それとも糖衣で包まれた次の一刀なのかを判断しようとしている間に、彼女はもう何事もなかったように続けていた。


「それに、感情なんていうものは——」彼女の指先がハンドルを軽く叩く。私がまだ書き終えていない答案に、拍子を合わせるみたいに。「あなたたちで、ゆっくり育てていきなさい」


……彼女の口からその言葉が出ると、決して許可証のようには聞こえない。 むしろ、観察期間の延長だ。 見張りがサーチライトを少しだけ横にずらして、丁寧にこう告げているようなものだ。「歩いていいわよ。でも、私はまだ見てるから」


結果として、私は口を滑らせ、余計な一言を言ってしまった。


「それは、経験談ですか?」


言った瞬間、自分をグローブボックスに押し込んで窒息死したくなった。


車内が一瞬、静まり返った。


エンジンが低く震え、雨粒が屋根とフロントガラスを叩き、港湾区外縁の光が水蒸気越しに差し込んで、彼女の横顔を明暗半分に切り分けていた。亜紀先輩は二秒ほど黙った。私が頭の中で三種類くらいの死に方を検討し終える頃になって、ようやく口を開いた。


「まさか」


顔にはまだ笑みが乗っていた。目には、笑いなど一かけらもなかった。


「私はもう、とっくに籠の鳥だもの」


その一言は、羽根一枚ほどの重さもないくらい軽く聞こえた。


なのに、落ちてきた音は、さっきの「排除する」より重かった。


私は一瞬、どちらに驚くべきなのか判断がつかなかった。彼女が本当に答えてくれたことにか。それとも、天気が悪くて港に水たまりができそうだと言うのと同じくらい平坦なトーンで答えたことにか。あるいは、その言葉を口にした時の声に、被害者意識のかけらもなかったことにか。


あれは、嘆きじゃない。 陳述だった。


柵の内側に立つことに慣れきった人間が、ふと顔を上げて外を眺め、それから礼儀正しくこう告げてくる。「勘違いしないで。あなたが空だと思っているものは、必ずしも本当の空とは限らないの」


喉が渇いて、慰めの言葉一つすら出てこなかった。


必要ないからだ。 必要なら、彼女は今ここに座っていないだろう。


「さあ、早く降りなさい」


彼女は顎をしゃくり、前方を示した。


「あなたの友達が、もう待ってるわよ」


その言葉で、「籠の鳥」の残響から現実に引き戻された私は、示された方向へ目を向けた。フロントガラスの向こうは、雨と港湾区の光でぼやけ、濡れた地面に照明が長い光の帯を引いている。遠くのドックの入り口は、開いた鋼鉄の喉みたいで、その奥が何を飲み込んできたのか、あまり知りたくない深さだった。


私はシートベルトに手を伸ばした。


指先がドアハンドルに触れた時、彼女がふと何かを思い出したみたいに、ゆっくりと一言付け足した。


「真紀によろしくね」


……この一言が、今夜聞いたどの言葉よりも恐ろしかった。


私は振り返って彼女を見た。


亜紀先輩は相変わらず、完璧で、礼儀正しくて、隙のない笑顔を浮かべていた。刃を仕込んだあの思い出話も、脅しと警告が入り混じったあの問いかけも、金属みたいに冷たい「籠の鳥」という一言も、すべて最初から存在しなかったみたいに。


そして次の瞬間、彼女は本当に私を車から追い出した。


ドアを開けた途端、雨夜の湿った冷気が容赦なく顔に叩きつけてきた。


私は港湾区の風に一発張られて、九島家の私設心理尋問室から現実に送り返されたような気分だった。船渠入口の水たまりに足を突っ込んだ瞬間、冷たさに危うくその場で直立不動になりかけた。背後の黄色いポルシェ911は、二秒も停まらないうちに、ドアが「バン」と鳴ったかと思うと、何事もなかったみたいに港湾区外縁の光の流れに滑り込んでいった。


テールランプが雨の中に細い赤い二本線を引き、やがて鋼鉄と霧の重なる光の中へすぐに消えた。


私はその場に立ったまま、動かなかった。


見送りたかったからじゃない。 自分が今経験したのが先輩の便乗だったのか、それとも財閥本家がスポンサーを務めるサバイバル面接だったのかを、頭の中で確認するのに、三秒ほど必要だっただけだ。


雨はまだ降っていた。


首都南区の高架よりも冷たく、まっすぐだった。港の雨は都市の雨とは違う。都市の雨はまだ多少気を遣ってくる。ガラスや、軒先や、標識に当たって、どこか生活の匂いを纏おうとする。港の雨は違う。半分暗く沈んだ天頂から一直線に落ちてきて、鋼板、レール、コンテナ、ハッチ、クレーンに叩きつける。まるで海全体が、見えない手を使って、これから出港するすべての者を、いらいらとノックしているみたいだった。


私は顔を上げた。


そして初めて、雪風号を本当の意味で見た。


資料上の艦名でもなく、配属表の文字でもなく、朝食の席に積まれていた、人間を艦内消耗品に仕立てたくてたまらないマニュアルの束でもない。


艦そのものだ。


それはそこにあった。


巨大な船体がドックの奥に停泊し、灰白色の装甲外殻が雨夜の中で無機質な冷たい光を放っている。艦首は刃物のように斜めに暗闇を切り裂き、艦腹両側から露出した構造層とメンテナンス用通路が幾重にも重なって、巨大生物の肋骨を裏返しにしたみたいだった。上層甲板は後方へ向かって積み重なり、レーダーマスト、センサーアレイ、通信塔、武装モジュールが、霧とサーチライトの下に鋭く、沈黙した輪郭を描き出していた。


それは動かなかった。 だが、ただそこに停泊しているだけで、常軌を逸した圧迫感を放っていた。


「学校実習」などという生ぬるい言葉には到底収まりきらない何かが、ついにその本当の質量を目の前に突きつけてきたかのようだった。そして、冷たくこう告げているのだ。これまでのことはノーカウントだ、ここからが本番だと。


なぜ亜紀先輩が、よりにもよってあの艦影が見えた瞬間に、「九島重工の未来の統率者」という言葉を口にしたのか。その理由が、今なら少しわかる気がした。


なぜなら雪風号と真紀は、ある忌まわしい意味において、実はよく似ているからだ。


どちらも、一見静かだからといって、本当に無害なわけではない。 どちらも、気まぐれに近づいて、少し心が動いたからといって、適当に触れて、また何事もなかったように引き下がれるような存在ではない。


そう考えると、車の中からずっと胃の奥で渦巻いていたものが、さらに重く沈み込んだ。


……本当にありがとうございます、先輩。 港までの送迎に、精神的ダメージのオプション付きとは。


「おい——星野!」


嫌というほど聞き慣れた声が雨を裂いて突き刺さり、雪風号と九島家のコラボレーションによる窒息フルコースから、私を現実へと引き戻してくれた。


声のした方へ視線を向けると、ドックの入り口で待っている人間たちの姿がようやく目に入った。


二十二番地の連中はほぼ全員揃っていた。 ジェスが一番前に立ち、明らかに常識的な重量を超えている箱を抱えていた。レインポンチョのフードは半分ずり落ち、顔には相変わらず「こっちはとっくにキレてんだよ」と「あと一歩遅かったら公開処刑にしてやる」の中間のような、凶暴な表情が張り付いている。彼女は私を見るなり、まず眉をひそめ、それから私の肩越しに後ろをちらりと確認した。私がどこか変な場所から、五体満足で返品されてきたのかどうかを確かめるみたいに。


「あんた、道端にでも捨てられたわけ!?」ジェスは声を張り上げた。「そこで港の悲劇映画みたいな顔して突っ立ってないで、さっさと荷物運び手伝え!」


……上等だ。 いつものノリ、いつもの粗暴さ。 私は一瞬だけ安心した。 少なくとも、自分がまだ生きている証拠だ。


アイダ先輩は横の雨よけの下に立ち、端末のボードを手にしていた。運ばれてきた荷物をチェックしながら、いかにも大人びた、そしていかにも人をこき使うのが上手い口調で言った。


「星野、ぼんやりしない。戦術プロテクターのラベルが貼ってある箱、先に左の登録ゲートへ運んで。遅れると列がもっと長くなるわ」


言い終えてから、彼女は顔を上げ、私を一瞥した。その視線は一瞬だけ私に留まり、何かを察したようでもあり、今は聞くのが面倒だと思ったようでもあった。「あなたがさっきまで面倒事に巻き込まれていたのは大体わかるけど、とりあえず今は仕事をしろ」というその成熟した態度は、正直、下手な慰めよりもずっとありがたかった。


ドワイト・"D"・バークリーは、傍らでしゃがみ込み、箱の固定バンドを整理していた。私の足音を聞いてようやく顔を上げ、いつも通りの平坦な声を出した。


「顔色が最悪。車酔い?」 「……違う」 「じゃあ、尋問されたんだ」 「なんでもかんでも検死報告書みたいに言うのやめてくれない?」 「ふうん」Dは頷いた。「じゃあ、されたんだね」


……この世界には、空気を読む必要のない人間が確かに存在する。彼女たちは空気を読まず、直接解体するのだ。


アカリは彼女の横に立ち、B-147の規格と実際の荷物の寸法を照合していた。彼女は眼鏡を押し上げ、冷静な視線で私を、そして遠くの、車が走り去ったばかりの車道を順に見渡した。声は平坦だった。


「降車後から心拍数が高め、歩幅が不安定、肩と首に明らかな硬直が見られる」アカリは機器の数値を読み上げるように言った。「会話の内容が、中から高程度の心理的ストレスを与えたと推測される」


私をここまで完璧に数値化してくれてありがとう、と言いたかったが、私が口を開くより先にジェスが盛大に目を剥いた。


「当たり前でしょ、こいつはさっき九島先輩の車から降りてきたばかりなのよ。あの状況で笑って戻ってこられる奴がいたら、そいつはただの変態よ」 「少しは言葉に気をつけなさい」アイダ先輩が顔も上げずに言った。 「これでも十分気をつけてるわよ」 「いいえ、あなたの普段のそれは気をつけてるんじゃなくて、まだ殴り殺されていないだけよ」


二人のやり取りを聞いているうちに、雪風号と亜紀先輩に押し潰されそうになっていた胸の奥の息苦しさが、なぜか少しだけ軽くなった。


そして、真紀の姿が目に入った。


彼女は他のメンバーより少し後ろ、ドック入り口の街灯のそばに立っていた。シンプルな防水ジャケットを羽織り、黒髪は港の湿った空気を吸って少し重たげに見える。顔の表情はいつも通りだった。淡く、静かで、何も語らず、自分から何かを口にするつもりもない顔。


だが、彼女の視線は、私が車を降りた瞬間からずっと、私から離れていなかった。


問い詰めるわけでもない。 名前を呼ぶわけでもない。 ジェスのようにいきなり噛みついてくるわけでもない。 彼女はただそこに立ち、私を見ていた。


なぜだろう。私の脳裏には、よりによってこんな時に、亜紀先輩がさっき言ったあの一言が、空気を読まずに蘇ってきた。


『あの子は、あなたが今日少し近づいて、明日には何事もなかったみたいに引き下がれる、そういう相手じゃないってことよ』


……頼むから、今はやめてくれ。 せめて、私がまだ雨の中に立っていて、ズボンの裾がずぶ濡れで、背後に九島家の高圧的な質疑応答の余震が残っているこんなタイミングで、その言葉を掘り返さないでほしい。


私は覚悟を決めて、彼女たちの方へ歩き出した。


靴底が水たまりを踏み砕き、港湾区の冷たい白い照明が上から降り注いで、全員の影を短く押し潰している。彼女たちに近づけば近づくほど、雪風号はより大きく、より重く、表情のない鋼鉄の壁のように私たちの頭上にそびえ立った。だが、近づけば近づくほど、私ははっきりと意識させられた。これから乗り込むのがどんな化け物であれ、少なくとも今ここに立っている人間たちは、私と一緒にそれに乗り込む連中なのだと。


この考えは、ちっともロマンチックじゃない。 むしろ少し恐ろしい。 なぜなら、連邦軍の文脈において「一緒に乗り込む」というのは、決して「一緒に船旅に出る」なんていう可愛らしい意味ではないからだ。


「どうしたの?」


真紀がようやく口を開いた。 声は高くない。いつもと変わらず、感情の起伏は読み取れない。それなのに私は、このたった一言が、さっきの港の入り口の雨よりもよっぽど人のバランスを崩す力を持っていると、情けないことに実感していた。


私は彼女の目の前で立ち止まり、半秒ほど沈黙した。


ほんの一瞬だけ、亜紀先輩のさっきの「妹」「統率者」「遊び半分なら手を引け」「排除する」というフルコースを、一言一句違わず全部ぶちまけてやろうかと思った。ついでに、九島家は脅迫教育を食前のマナーか何かと勘違いしているんじゃないか、と文句の一つも言ってやりたかった。


だが結局、私は視線を少し横に逸らし、ひどく乾いた声でこう返すにとどめた。


「……お姉さんが、よろしくって」


空気が一拍、止まった。


ジェスがまず「はあ?」と声を漏らした。 Dが顔を半分上げた。 アカリの手が止まった。 アイダ先輩でさえ、ようやく端末のボードを少し下げた。


真紀は私を見つめたまま、何も言わなかった。


次の瞬間、彼女はとても軽く、とてもゆっくりと目を閉じた。何かを押し殺すように、あるいは何かに耐えるように。再び目を開けた時、元々感情の起伏が少ないその顔に、ごく僅かな、ほんの一瞬の、しかし間違いなく本物の「呆れ」が浮かんでいるのを、私ははっきりと見て取った。


「……そう」


彼女はただ、その一言だけを返した。


なぜだろう。私は急に、さっきよりもさらに不安になった。


なぜなら、私にはまだ到底理解できない九島家姉妹のコミュニケーション方式において、この「よろしく」という言葉は、十中八九、一般的な意味での「よろしく」ではないと、強く疑っていたからだ。


そして私は、不運なことに、すでにその間に挟まれてしまっている。


雨はまだ降っている。 雪風号はまだそこにある。 そして、友人たちも、皆ここにいる。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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