66. お手上げ状態 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
翌日、あまりにも楽しみにしているように見えないよう、私はわざと数分遅れて家を出た。
駅の出口に着いたとき、真紀はすでにそこにいた。
彼女は出口のそばに立っていた。壁にもたれることも、端末をいじることもなく、「誰かを待っています」というわざとらしい動作も一切なく、ただ静かにそこに立っていた。オフホワイトのハイネック、カーキのパンツ、濃い色のジャケットを腕にかけていて、全体的に「今日はただ用事で出てきただけ」という言葉をそのまま着ているみたいだった。
問題は、彼女がああいう顔をしているということだ。
だから、どれだけ地味な格好をしていても、周囲の景色が自動的に半歩後ろへ退いてしまう。
私は二秒ほどその場に立ち止まった。
真紀は私に気づくと、まず上から下まで一度視線を走らせ、私が最低限「外に出られる人間」の体裁を整えていることを確認してから、言った。
「遅刻じゃないね。」
「その言い方、褒めてるように聞こえないんだけど。」
「褒めてないから。」
そして彼女はきびすを返して歩き出した。
私は後を追い、数歩進んだところで訊いた。「最初はどこ行くの。」
「車両の現物確認。」
「そんなに本格的な感じ?」
「じゃあ、何だと思ってたの。」
「せめて最初にコーヒーくらい飲んで、今日がそんなに――」
彼女は振り返らず、一言だけ放った。
「星野。」
「はい。」
「黙って歩いて。」
……了解。
でも、彼女の耳の付け根がまた赤くなっているのは、ちゃんと見えた。
だから、この勝負は私の負けじゃない。
* * *
「中古の車源」と聞いて私が想像していたのは、せいぜい整備工場か展示センターか、港区の外れにある民間バイク屋くらいだった。
だが、真紀が最初に私を連れて行った場所は、外観からしてすでに、普通のバイク屋とは違っていた。
そこは、過剰なくらい控えめな灰色の建物だった。入り口には目立つ看板もなく、ただ簡素な金属プレートに、こう書かれているだけだった。
『東港機動車両整備展示センター』
私はうなずいた。
「名前が退屈だ。安全だね。」
真紀は「うん」と言った。
「だから、ここを選んだ。」
近づいていくと、私が最初に気づいたのは車ではなく、地面だった。
建物の脇に開発標示板が立っていて、権利関係の情報がはっきりと書かれていた。
『土地管理:九島地所株式会社』
私の足が止まった。
「……ちょっと待って。」
真紀は私がどこで引っかかるか最初からわかっていたみたいに、残酷なくらい平静な口調で言った。
「うん、土地は向こうのもの。」
「この建物も?」
「賃貸も管理も。」
私は口の端をひくつかせた。
「まあいいや。土地だけなら。まさか人間まで――」
言い終わる前に、入り口の受付端末が点灯し、画面の下に一行が浮かび上がった。
『決済および金融サービス:九島銀行システム対応』
私は黙り込んだ。
真紀も黙っていた。
彼女は気まずいわけじゃない。私が自分で消化するのを待っているだけだ。
私はその一行を見つめてから、ゆっくりと真紀のほうへ顔を向けた。
「……あんたたち九島家は、『目立たない』の定義を、『入り口に直接旗を立てない限り目立たないと言える』に書き換えてるの?」
真紀は正直だった。
「だいたい、そんなところ。」
私は視線を奥へ移した。
展示センターの後方は大きなガラス張りになっていて、港区の方向が見渡せた。遠くには物流ラインと大型クレーンのシルエットが見える。壁に貼られた輸送提携先のリストの中に、また一つ名前を見つけた。
『九島商事株式会社』
なるほど。
土地は彼らのもの。
金融システムも彼らのもの。
輸送資源と貿易の流れも、彼らのもの。
この時、私はようやく少しだけ理解した。なぜ昨日ハーヴィーが、あんなにきっぱりと「九島銀行の学生クレジットラインには絶対手を出すな」と言ったのか。一度そこに足を踏み入れれば、単に一つの銀行を使うという話じゃない。九島というシステム全体が、お前のタイヤの跡がどこへ向かうかを見張ることになる、という話なのだ。
私は息を吸った。
「じゃあ、もし今日ここで私が車を買ったら――」
真紀が続きを引き取った。
「地所が、あなたがどこで見ているかを知る。金融が、あなたがどう払うかを知る。商事が、車がどう運ばれるかを知る。港区のシステムが、その後の整備と通行がどこへつながるかを知る。」
「……これは企業じゃない。生態系だ。」
「私もそう思う。」
私はこの時初めて、普段口先で流している「九島家」という言葉の実体を、具体的に感じ取った。
一つの会社でも、一つの金持ちの苗字でも、設定資料の中の名門テンプレートでもない。
それは、網だ。
普段は見えないけれど、一歩足を踏み入れた瞬間、自分がずっと踏んでいた地面も、かざした端末も、目に入った看板も、当たり前だと思っていた便利さも、すべてがずっと前から名前を持っていたことに気づかされる。
その名前は、九島という。
私はつい、真紀を横目で見た。
「あんた、小さい頃からこの中で育ったの?」
彼女は前を向いたまま、表情を大きく変えなかった。
「うん。」
「息が詰まらなかったなんて、お疲れさま。」
彼女はごく軽く笑った。
一度だけ。
それから言った。
「だから、せめてあなたが選ぶ一台は、あなた自身で決めたものにしたかった。」
この一言は、さっきまでの資本の網の震撼教育よりも、よほど過分だった。
なぜなら、それはさっきまでの、あの空を覆うほど巨大な九島の網を、一気に、ひどく小さくて、私的で、そして本気の一つのことへと収束させてしまったからだ。
彼女は私に九島の便宜を使わせたいわけじゃない。
あの網の真ん中で、私が自分で決めたと言える場所を、一つだけ用意しようとしているのだ。
私はすぐに言葉が出てこなかった。
ちょうどその時、港区のほうから風が吹いてきた。潮の匂いと金属の匂いを含んで、歩道の角を回り込んで流れてくる。ちょうど乗換駅から溢れ出た人の群れがこちらへ押し寄せてきて、私は肩を押されて少し横に流された。
次の瞬間、真紀の手がごく自然に伸びてきて、私の手首を掴んだ。
「危ない。」
力は強くなかった。ただ、しっかりと私を自分のほうへ引き寄せただけだった。
私は体勢を立て直した。
でも、彼女はすぐには手を離さなかった。
私は視線を落とし、私の手首を掴んでいるその手を見つめた。頭の中が、自分らしくないくらい静かになった。
一秒。
二秒。
それから彼女も、この姿勢が少し長すぎることに気づいたらしく、指先が動き、離そうとした――
私は魔が差したように、手を返して、その手を直接握り返した。
軽く。
でも、しっかりと。
真紀は、はっきりと固まった。
彼女は顔を上げて私を見た。その目には一瞬、完全な空白があった。あの理路整然として、手順が明確で、車の購入プランすら八ページの文書に仕上げてしまうシステムが、私のこの型破りな一手で、小さくバグを起こしたみたいだった。
心臓がうるさいくらい速く打っていた。でも、口だけはいつも通りの調子を装った。
「……人、多いから。」
真紀は二秒ほど私を見ていた。
それから、耳の付け根がゆっくりと赤くなっていった。
彼女は手を引かなかった。
ほとんど聞き取れないくらいの声で、ぽつりと返した。
「うん。」
結構だ。
これはもう、単純に「車を見に来た」では済まない。
私は、九島地所、九島銀行、九島商事の痕跡が刻まれた展示センターを見上げながら、九島の勢力網がどれほど常軌を逸していようが、もうどうでもいいと思った。
「まず中古と展示上がり整備済みのエリアを見る。」彼女は言った。「本当に条件が合えば、その時に他の話をする。」
「うん。」私は彼女の後について歩き、声を落として訊いた。「よく来るの?」
「来ない。」
「じゃあ、なんであの人たち、あんたが次の瞬間にこのビルを丸ごと買収するんじゃないかって顔してたわけ。」
真紀は足を止めなかった。
「たぶん、ここの土地が九島地所で、決済が九島日連で、港区の物流が九島商事と繋がってるから。ここまで名前が連なってると、知らないふりをするのも難しいのよ。」
私は二秒ほど黙った。
「……あんたんち、本当に面倒くさいね。」
「同意する。」
これが九島の恐ろしいところだ。
彼女は、時間割でも読み上げるみたいな平坦な口調で、土地、金、貨物、港区をすべて串刺しにする構造を説明しながら、それが面倒だということもさらっと認めてしまえる。
以前の私が「九島家は大きい」と理解していたのは、せいぜい名門、財閥、金持ち、権力者、そのくらいだった。
今日、初めて本当の意味でわかった。
あれは「大きい」んじゃない。「完結している」のだ。
展示センターに一歩足を踏み入れただけで、床の下も、決済端末も、整備システムも、港の外を走る物流車も、すべてが九島の二文字と無関係ではないかもしれない、そう思わされるほどの完結さだ。
この感覚は、気持ち悪い。
貧乏人が金持ちを見るときの引け目じゃない。もっと「空気にも株主がいたのか」という種類の吐き気に近い。
でも真紀は私の隣に立ったまま、私が何を考えているかわかっているのかいないのか、特に説明もせず、自分の家の勢力網について場つなぎの言葉を並べるでもなく、ただ視線を目の前の車に戻した。
「これは最初に外す。」
彼女は濃いグレーの二輪機動車両の前で足を止め、しゃがんでタイヤの縁を見た。指先で外装の継ぎ目を押さえる。
「なんで。」
「前のオーナーがサスペンションを変えてる。腕は悪くないけど、純正じゃない。」彼女は顔を上げて私を見た。「こういう中古は慣れた人間にとってはプラスでも、あなたにとってはそうじゃない。今のあなたに必要なのは、予測できること。個性じゃなくて。」
言い方が自然すぎた。天気の話でもするみたいに。
問題は、今の真紀がタイヤのカバーに手をあてて、もう片方の手でデータパネルを指しながら、黒髪を肩の脇に垂らして、ひどく集中した顔をしているということだ。もう少し照明が綺麗だったら、ここは車の展示センターじゃなくて、どこかのハイエンドな広告撮影の現場だと思っただろう。
私はどうにか意識を引き戻した。
「つまり私には個性は要らない。」
「あなた自身がもう十分個性的だから、車に補ってもらう必要はない。」
「……それ、攻撃に入る?」
「事実に入る。」
結構だ。
車を解体しながら、ついでに私も解体してくれた。
そこからさらに二台を見た。
真紀の車の見方は、怖いくらいだった。
素人が一周して「なんかよさそう」と言うような見方じゃない。本当に見ている。
タイヤの摩耗が均等かどうか、フレームに細かい補修跡がないか、整備記録のパーツ交換サイクルが妥当かどうか、バッテリーの健全度と出力カーブ、サスペンションの戻りが過剰じゃないか。前のオーナーの使い方の癖すら、ハンドルの端の削れ方からだいたい読んでしまう。
隣で分析を聞いているうちに、私はふと、ひどく危険なことに気づいた。
……これ、もう普通の車選びじゃない。
普通の車選びは、こんなふうに予算を計算してくれたり、リスクを説明してくれたり、外見に騙されかけた私に「それはあなたに向いてない」と一言添えてくれたりしない。
これはどちらかというと――
誰かが、あなたのそばに長くいることになる何かを、あなたよりも真剣に選んでいる、そういう感じだ。
しかも、私自身より細かく。
この考えが頭に浮かんだ瞬間、私はもう少しまずいことになった。
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