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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
227/322

65. 愛車選びは慎重に 1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

翌朝、一階に下りると、九島真紀はすでにダイニングテーブルの占領を完了していた。


ただの「早起きして勉強」というレベルじゃない。


ひと目見ただけでわかる。この女、昨夜部屋に戻ってからそのまま寝たわけじゃない。ある事柄を「脳内の構想」から、「行政システムを騙せる完成品」へと進化させていたのだ。


テーブルの中央には彼女のタブレット、紙の資料が二部、三色の付箋、そしてエンジンパーツの洗浄に使えそうなほど真っ黒なコーヒーが置かれている。彼女自身は窓際に座り、髪をまとめ、袖口を少し捲り上げていた。その姿は、小型の戦略会議でも開く直前みたいで、あとはテーブルに国旗でも突き立てれば完璧だった。


私は階段の入り口で二秒ほど立ち止まった。


「……あんた、車を買うつもりなの? それともクーデターでも起こす気?」


真紀は顔も上げなかった。


「違いは、後者のほうがより多くの署名が必要になることくらいね。」


「どうも。ちっとも安心できない答えをありがとう。」


私は歩み寄り、彼女の向かいに座った。一番上に置かれた紙のタイトルには、几帳面な字でこう書かれている。


『校外居住期間における個人用機動車両の購入および運用実現性プラン』


その一行を三秒ほど見つめてから、私は顔を上げた。


「これ、わざとこんな退屈なタイトルにしたわけ?」


「そう。」彼女は言った。「ゴミみたいな公文書に近ければ近いほど、安全だから。」


理にかなっている。


この世で最強のステルス塗装は、黒色塗料でもステルス繊維でもない。「誰も二ページ目をめくる気が起きない行政の紙くず」に見せかけることだ。


私は目を落としてページをめくり、思わず目尻を引きつらせた。


「……章立てまでしたの?」


「生徒会の連中は、馬鹿なんじゃなくて、暇だから。」真紀は二部目の資料をこちらへ押しやった。「暇人の対処法として一番いいのは、隠すことじゃない。彼らよりも面倒なプロセスを組むこと。正当性、資金源、駐輪場所、用途証明、これを全部先に塞いでしまえば、難癖をつけようにも、せいぜい文法ミスを指摘するくらいしかできなくなる。」


「あんたの生徒会に対する悪意、ちょっと私怨入ってない?」


「悪意じゃなくて、経験。」


その言葉は信じられる。


なにしろ、彼女は九島だ。その姓を背負っているだけで、子供の頃から「組織内の暗闘」を見てきた回数は、私が一生かけて見るメロドラマの総数より多いはずだ。


次のページをめくると、一枚の画像が現れた。


灰黒色で、極端に車高を落とした大型二輪。ホイールの縁が冷たいブルーの光を放っていて、全体的に「もし一発の砲弾が、優雅に地を滑ることを覚えたら、たぶんこんな形になる」というような外見をしていた。


その画像を見て、私は思わず口の端を引きつらせた。


「……真紀。」


「なに。」


「こんなのが二十二番の前に停まってたら、隣の二十四番、元帥邸の『政治家は押すな』のインターホンでさえ、私兵を住宅街に乗り入れたんじゃないかって疑うと思うんだけど。」


真紀はようやく顔を上げ、静かな顔で言った。


「だから、今日の最初の一言として言っておく。オリジナル版は買っちゃ駄目。」


「オリジナル版?」


彼女は指先で画像をトンと叩いた。


九島技研工業くしまぎけんこうぎょう、雷神シリーズ、鳴神なるかみ。デュアル・プラズマ動力コア、前後ツインエンジン、全輪リニア駆動、神経同期コックピット、チタン・カーボン複合重装甲、それに――」


彼女は一拍置き、朝食のメニューでも読み上げるような平坦な声で続けた。


「隠蔽式内蔵機関砲。」


私は黙り込んだ。


「……あんたんち、普段から何作ってんの?」


「厳密に言えば、うちの家じゃなくて、グループ傘下の予算消化がやたら得意な部門。」


「ああ、よかった。家内制手工業じゃなくてグループ企業なんだ。急に安心したよ。」


私はもう一度、画像に目を落とした。


安心するわけがない。


こんな車、「ちょっと足代わりに買いたい」なんてレベルじゃない。「誰かがこれに乗って校門を突破してきたら、今日はクーデターの日だったかと疑う」レベルだ。ホイールの氷のような青い光の輪、常軌を逸した装甲殻、獣の肩のラインのように低く構えた車体、そしてどう見ても「目立たない」という言葉とは無縁の存在感――これが民生品だと言うなら、正直、民生の定義を書き直したほうがいい。


「つまり、あんたの言いたいことは――」


「外観のロジックは参考にしていいけど、軍用スペックには手を出さないこと。」真紀は別の表をめくって見せた。「本当の低調プランは、『民間仕様化、非武装化、非同期化、非装甲化』よ。」


私は瞬きをした。


「雷獣から皮を剥いで、合法的に公道を走れる骨組みだけにするみたいに聞こえるけど。」


「だいたいそんなところ。」彼女は淡々と言った。「オリジナルの鳴神には、学生が絶対に手を出せない問題がいくつかある。第一に、デュアルコア・プラズマ推進は出力過剰。第二に、全輪リニア駆動は高強度のメンテナンスが必須。第三に、神経同期インターフェースには医学および軍事許可が必要。第四に――」


「第四に、機関砲がついてる。」


「そう。」


「第四の理由、一番上に持ってくるべきだと思うんだけど。」


「一般人にとってはね。」彼女は私を見た。「でも、九島技研の開発シーケンスにとっては、そうじゃない。」


私は手を上げて額を押さえた。


素晴らしい。またしても思い知らされた。金と技術を持った人間は、本来自然であるべきではないものを、ごく自然な背景として処理してしまうのだ。


真紀はタブレットを私の方へ向けた。


「だから、プランを三層に分けた。」


画面には、はっきりと分類が示されていた。


Aプラン:純民間仕様の中古車。  外観は普通。濃色塗装。シングルコア・ハイブリッド動力。標準的な後輪駆動。同期装置一切なし。メリットは最も安価で、名義変更が容易で、最も目立たないこと。デメリットは、性能が通勤と近距離の二人乗りにしか耐えられないこと。


Bプラン:展示上がり整備済み車両。  九島技研の民間派生型。一部のフレーム設計とサスペンションの安定性は維持しつつ、軍用機能はすべて排除。出力制限あり。メンテナンス記録完備。価格は中程度。デメリットは、ブランドの出所を深く探られると少し面倒なこと。


Cプラン:技研内部から流出した合法的な退役テスト車両。


この一行を見た瞬間から、頭皮が痺れ始めた。


「待って。」私は即座に手を上げた。「ストップ。Cプランって、聞いただけで卒業前に規律室送りにされそうな代物なんだけど。」


真紀は顔色一つ変えない。


「だから、非推奨にしてある。」


「事情聴取確定みたいなプランを、なんで大真面目にリストアップしてんの?」


「何も考えていないわけじゃない、ただ高調すぎると判定しただけだってことを、あなたにわからせるため。」


……この女は本当に正直だ。時々、いっそ嘘をついてくれたほうがマシだと思うくらいに。


私はもう一度下に目を通し、最後はBプランのところで指を止めた。


「つまり、あんたが実際に推してるのはこれね。」


「そう。」彼女は言った。「展示上がりの民間仕様版。理由は三つ。第一に、価格が抑えられる。第二に、車体の安定性が高いから、あなたみたいな初心者でも振り落とされにくい。第三に、『ちょっと高そうだけど、軍需品には見えない』外見をしていること。」


「その形容、すごい的確だね。」


「それに、できれば旧モデルがいい。」真紀は下にスクロールした。「最新型は駄目。最新型はナンバーを取った瞬間、悪目立ちしすぎる。むしろ旧型のほうが安全。特に、発売から一、二年経って話題性が落ち着いていて、かつ機構が安定しているモデル。」


私は彼女が算出した予算の切り分け方を見た。


昨日よりもさらに細かい。


総額だけでなく、貯金、長期休暇の補助差額、個人の生活費の節約分、今後の実習手当の予想補填額と、直接分解されている。そして、枠で囲って特別に強調された一行があった。


『ローン不可、実家からの援助不可、学院名義での前借り不可。』


私はその一行を見つめ、一秒だけ動きを止めた。


真紀は私を見ず、ただコーヒーのカップを半センチほど脇にずらした。私が何も言わなくても体面を保てるように、わざと余白を残してくれたみたいだった。


私は低い声で言った。「わざわざ枠までつけて。」


「そこがデッドラインだから。」彼女は平然と答えた。「手を出せないなら、どんなプロセスにも触れさせる隙を与えちゃいけない。」


私は「うん」と応じ、先へ読み進めた。


「で、お金は足りるの?」


「安全圏ぎりぎり。」彼女は言った。「あなたの手持ちの現金を全部突っ込めば、Bプランの中で一番堅実な中位から下位のモデルに手が届く。もう少し切り詰めれば、保険、駐輪場代、初回の点検費用まで全部カバーできる。」


「切り詰めるって、具体的に?」


「今後二週間、外でミルクティーを買う回数を減らす。ジェスと一緒に夜食を買い食いするのをやめる。ハーヴィーに丸め込まれて、使いもしない工具キットを買うのをやめる。」


「……あんた、私に消費監視モジュールでも埋め込んでる?」


「埋め込んでない。」彼女の口調はひどく落ち着いていた。「ただ、あなたのお金の使い方は特徴的だから。高いものを買うわけじゃない。乱雑なの。」


ひどい言われようだ。でも、反論できない。


私は咳払いをし、平静を装って次のページをめくった。


そして、九島真紀がなぜ今日まで暗殺されずに生きてこられたのか、一瞬で理解できる内容を目にした。


タイトルはこうだ。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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