64. 不穏な空気 3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
理にかなっている。行政システム最大の弱点は、たいてい退屈な正当理由には興味を持たないことだ。「車を買うのは、誰かを乗せて船を見に行き、ついでに山道を走って風に当たるためです」とでも書きさえしなければ、大半の人間はそれ以上調べようとはしない。
そこまで考えて、私はたまらず彼女を一瞥した。
「じゃあ、その『船を見に行く』ってのも、あんたの中では最初から計画のうちだったわけ?」
彼女の表情は変わらない。
「雪風号の停泊位置は、もともと事前に確認しておく必要がある。」
「で、確認したあとは、港区の高台から見る外周の視野も重要ってわけ?」
「とても重要。」
「山道を回り込むくらい重要?」
「その道からの視角で泊地、外海、そして出入りする航路が完全に見渡せるなら、当然価値がある。」
大真面目な顔でとんでもない詭弁を並べる彼女を見て、私は吹き出しそうになった。
「真紀。」
「なに。」
「あんた、人をドライブに誘うのを『作戦前偵察』に包装するの、本当に向いてるよ。」
彼女はついに、一秒だけ沈黙した。たった一秒。
それから、耳の先がほんのわずかに赤くなった。
リビングの灯りが十分に明るくなければ、見間違いだと疑っていたかもしれない。
彼女は無表情のまま、視線を逸らした。
「ドライブに誘ってるわけじゃない。」
「へえ、じゃあ公務なんだ。」
「……そう。」
「じゃあ、なんで赤くなってんの。」
「赤くない。」
「赤い。」
「シモ。」
「はい。」
「これ以上わざとそっちに話を持っていくなら、艦艇補給規程の第五章をもう一度出してきて、最初からテストするから。」
私は即座に口を閉じた。
彼女が怖いからじゃない。この女なら本気でやりかねないと、わかっているからだ。
リビングが少し静かになった。でも今度の静けさは、午後の、古傷を踏んだあとに冷えていくような硬さじゃない。さっきまでの、二人ともお互いの出方を待っているような気まずさでもない。何かがようやく少しだけ横にずれた、そんな感じだった。下にはまだ傷があるけれど、少なくとも、もう力任せに押さえつけてはいない。
私は表に目を落とし、「推奨車種」の欄を指先でとんとんと叩いた。
「で、あんたのおすすめはどれ?」
真紀は、いつもの仕事の話をするときの顔に戻った。
「目立たない濃色の民間仕様車。新しすぎず、かといって今にも壊れそうなほど安っぽくもないもの。中古の展示上がり整備済みが一番いい。整備記録が明確で、外見は普通、性能は安定している。一人と少量の物資を積むには十分だけれど、上級生の権力者が校外に私用の機兵を飼っているみたいには見えない程度のもの。」
「その描写、やけに具体的だね。もう型番まで頭に浮かんでるみたいだけど。」
「……候補はいくつかある。」
「九島重工の?」
彼女は一拍置いた。
「その中の一つ。」
私は笑い出した。
「『その中の一つ』の翻訳:ほぼそれ、でしょ。」
「客観的な評価よ。」
「客観的な評価の結果が、たまたま自分と同じ苗字のメーカーに行き着くんだ。」
「それは偶然。」
「この世界で、あんたより意地っ張りなものがあるとしたら、たぶん隣の二十四番のインターホン脇にある『政治家は押すな』くらいだよ。」
彼女は少し虚を突かれた顔をした。
「隣に行ったの?」
「うん、誤配された手紙を届けに。」私は紙袋を少し前に押し出した。「これも隣の奥さんがくれたの。クッキー。めちゃくちゃいい人だった。」
真紀は紙袋を一瞥して、表情が一瞬だけ緩んだ。
「午後は、それをしてたの?」
「じゃなきゃ何だと思ったの。家出でもしたと思った?」
彼女はごく軽く言った。
「思ってた。」
その一言は、あまりにも直球だった。
直球すぎて、胸の奥を何かにそっと触れられたみたいだった。
すぐに言い返すつもりだったのに、いざ口に出そうとすると、急に言葉が出てこなくなった。結局、頭を掻いて、ごく自然なふりをして紙袋を開け、クッキーを一枚取り出してかじった。
バターの香りが、反則みたいに濃かった。
二口ほど噛んでから、私はもごもごと言った。
「そこまで子供じゃない。」
真紀は私を見つめ、淡々と付け足した。
「お昼を食べたあと、私を完全に無視して出て行ったくせに。」
「……あれは戦術的撤退。」
「ずいぶん緩い定義ね。」
「ちゃんと戻ってきたんだから、音信不通にはならないでしょ。」
「夕食の時間を過ぎても戻らなかったら、探しに行くつもりだった。」
私は動きを止めて、彼女を見た。
彼女の口調は平坦だった。天気の話でもするみたいに、予定の話でもするみたいに、お湯が沸いたら火を止めてね、というくらいの調子で。平坦すぎるからこそ、それが建前じゃないとわかった。
私は残りのクッキーを紙袋に戻し、椅子の背にもたれた。
「じゃあ次はメモを残しとく。」
「次がないのが一番だけど。」
「それ、なんか人を管理してるみたいなんだけど。」
「もともとあなたの進捗を管理してる。」
「進捗だけ?」
彼女は乗ってこなかった。
それでいい。
こういう時に乗ってこないのは、乗ってくるよりずっと危険だから。
彼女を見つめながら、今夜はこの辺りでいいと、不意に思った。半分だけ開けておく。それでちょうどいい。これ以上めくるのは、めくれないわけじゃないけれど、深くなりすぎるし、速くなりすぎる。私たち二人とも、受け止めきれるかどうかわからないくらいに。
そこで私は手を伸ばして予算表を折りたたみ、テーブルを軽く叩いた。
「よし、じゃあこれで行こう。」
真紀がわずかに目を上げた。
「どれで?」
「目立たない車両購入計画。」私は言った。「ローンなし、生徒会回避、校内駐輪場も使わない。買ったあとは、雪風号の停泊位置確認という名目で、港区の視野分析がやたら得意な某同級生を堂々と乗せて、現地視察に行く。」
彼女は二秒、私を見た。
「某同級生は、スケジュールが許せば同行する。」
「けっこう予約が取りづらいんだね。」
「シモ。」
「はいはい。真紀さん、今日の……補習と、表の作成と、危機対応と、それから、根掘り葉掘り聞かなかったこと、ありがとう。」
彼女は静かに私を見て、それからごく軽く返した。
「どういたしまして。」
一拍置いて、彼女はもう一言付け加えた。
「それと、話したくないことは、話さなくていい。」
私は少し笑った。
「その一言、今の私には『ごめん』よりよっぽど効くよ。」
彼女はほっと息をついたように見えた。肩の線が、ようやくさっきまでの張りを解いていた。
私は立ち上がり、クッキーの袋を手にして、二階へ向かおうとした。階段の入り口まで来たところで、背中に声をかけられた。
「星野。」
私は振り返った。
彼女は灯りの下に座って、こちらを見ていた。表情は相変わらず平穏だったが、その目は午後よりずっと柔らかかった。
「おやすみ。」
私は一瞬呆気に取られてから、言った。
「……おやすみ。」
それから、階段を上った。
踊り場の灯りが影を長く伸ばしていた。木の階段を踏みながら上っていくと、今日一日、胸につかえていたあの何かが、誰かの手によって――ひどくゆっくりと、不器用に、でも慎重に――少しだけ解かれていったような気がした。
全部がよくなったわけじゃない。
一気によくなるはずもない。
でも少なくとも、今、一つだけわかったことがある。
もしいつか本当にあの車を買ったら、初めてエンジンをかけるとき――助手席、いや、後ろのシートには――もう予約が入っているはずだ。
しかも本人はきっと、顔色も変えずに言うだろう。
あれはただの港区現地視察だ、と。
実に、説得力がある。
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