61. 星野の運転免許 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
鉑橋街二十二番地に引っ越した初日、最も危険な部分はすでに「夕食で誰も死ななかった」という事実をもって終わった――私はそう思っていた。
甘かった。
本当の共同生活というのは、夕食から始まるものではない。
夕食の後、誰が先に風呂に入るか。冷蔵庫をどう分けるか。地下室に誰が触れていいか。
この三つのうちどれか一つでも単独で取り上げれば、普通の家庭なら三日は冷戦できる。
だが、私たちは普通の家庭ではない。
第144班だ。
つまり、冷戦など必要ない。最初から熱戦でいい。
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一、三階・入浴順序戦争
問題は、ごく自然な形で発生した。
女子が七人、完備された浴室が二つ。
理論上は、十分すぎる数だ。
だが、第144班において「理論」とは、たいてい現実に殴り倒されるために存在するものだ。
夕食の片付けが半分も終わらないうちに、ジェスはすでにタオルを肩にかけ、「先に取ったもの勝ち」という軽やかな足取りで階段へと向かっていた。
「先に言っておくけど、私が最初に入るから」
真紀は顔も上げずに、手で皿を拭き続けながら言った。
「駄目」
「なんで?」
「さっき唐揚げを盗み食いしたとき、ほとんど汗をかいてないから」
ジェスは階段の入り口で足を止め、信じられないという顔で振り返った。
「それ、どういう基準? 入浴順序って今から夕食への貢献度で決まるの?」
「違う」真紀は淡々と言う。「実際の必要性と、信頼性で決まる」
「信頼性って何よ」
「お前が先に入ったら、四十分は出てこないと思ってる」
「ちょっと、私の入浴は効率的なんだけど」
アカリは長テーブルの端に座ったまま、姿勢一つ変えずに、気だるげに一言を添えた。
「この前、寮で風呂に入ったとき、二十八分間歌ってた。残り十二分はトリートメントの研究」
「それを生活の質って言うのよ」
「公共資源の占有って言うんだよ」と蘭。
私は流し台の前に立ち、半分だけ拭いた茶碗を手に持ったまま、この戦争の前半戦に私が参加する必要がないことに気づいた。三階の女子フロアには、すでに見えない形で完全な食物連鎖が出来上がっている。ジェスはたいてい「一番騒ぐが、必ずしも勝つとは限らない」ポジションにいる。
エヴリンが端末を抱えて脇を通り過ぎながら、静かに一言だけ言った。
「誰が先でも構わない。ただ、お湯を使いすぎて水圧が乱れるのだけは困る。洗髪するから」
アイダはさらに端的だった。
「私は十五分以内に終わる。私の前に誰が入っても構わないが、時間超過は困る」
「……上院の人間って、入浴を戦術ウィンドウみたいに語るの、共通の習慣なの?」私は思わず聞いた。
アイダが少し首を傾けて私を見た。
「生活とは本来、資源配分の問題だから」
「その言い方、腹立つな」
「でも、使える」
残念ながら、彼女は正しかった。
結局、真紀はあの「引っ越し暫定入居チェックリスト」の裏面をひっくり返し、さらさらと時間割を書き始めた。
「第一陣、アイダとエヴリン。速いから。第二陣、アカリと蘭。第三陣、私とシモ。最後がジェス」
ジェスはその場で抗議した。
「なんで私が最後なの?」
真紀がようやく顔を上げた。表情は、きわめて平静だった。
「お前が入浴を個人ライブにする可能性が一番高いから」
「言いがかりもいいとこ!」
「歴史的記録だ」とアカリ。
私は「なんで私と真紀が同じ陣なんだ」と言いかけて、その言葉が口から出る前に、彼女がさらりと先を取った。
「シモは髪が短いから、早く終わる」
「……ああ」
その理由は、完全に筋が通っていた。
筋が通りすぎていて、反論しようとすると逆にこちらが後ろめたくなる。
ジェスはすかさずその隙を拾い上げ、実に殴りたくなるような笑顔を浮かべた。
「わあ、シモ、その『ああ』、おとなしすぎない?」
「黙れ」
「真紀が組んだら素直に従う。この従順さ、危ないよ?」
「今夜、日付が変わるまで風呂に入りたくないだけだ」
「私だってそうよ」
「お前が想定してるのは、別の種類の日付越えだ」とアカリがまた一刀を入れた。
テーブル全体が笑いに包まれた。
ジェスは笑いながらアカリを指差した。
「あんたの普段の死んだ魚みたいな目、全部演技じゃないかって疑い始めてる。追撃が上手すぎる」
アカリは肩をすくめた。
「省エネモードなだけ」
かくして三階に、第144班初の入浴ローテーション草案が正式に誕生した。
その表が冷蔵庫の側面に貼られるのを見ながら、私は人生の荒唐無稽さをしみじみと噛みしめた。
まだ雪風号にも乗っていない。
前線にも出ていない。
敵に追いかけられてもいない。
なのに、最初に生まれた制度は作戦命令ではなく、女子の入浴時間割表だった。
軍校生活の未来は、なかなかに見事だと思う。
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二、冷蔵庫・ゾーニング戦争
入浴順序戦争が三階の内戦だとすれば、冷蔵庫のゾーニング問題は全館合同作戦だった。
一台の大きな冷蔵庫は、決して一台の大きな冷蔵庫ではないからだ。
それは階層だ。
主権だ。
資源配分だ。
そして、深夜に誰かが何かを盗み食いするときの犯行現場だ。
しかも第144班には、そういう犯罪的素質を持つ人間が一人ではないことが、すでに判明していた。
戦争の発端は、ジェスが冷蔵庫の二段目にタピオカミルクティーを二杯とプリンを一個入れ、当然の顔でこう宣言したことだった。
「この段、デザート専用ね」
次の瞬間、ロイが彼女の背後から顔を出した。
「駄目だ。二段目は使用頻度の高い共用エリアで、朝食材料とすぐ食べられるものに使うべきだ」
「なんで?」
「みんなが一番よく手を伸ばすから」
「だったらデザートをここに置くのが一番合理的じゃない」
「違う」蘭がノートを持って近づいてきた。「デザートは共用の主食には当たらない」
「誰が共用じゃないって言ったの?」ジェスが驚いた顔をした。「私、気前がいいのよ?」
「お前の気前のよさは、『自分が先に選んだ後』を前提にしている」私は言った。
「それを品質管理って言うんだよ」
一方、反対側ではハーヴィーが高カフェインのエナジードリンクを三本、野菜室に押し込んでいた。
エヴリンはそれを見た瞬間、眉をひそめた。
「そこは飲み物置き場じゃない」
「冷えればいいんじゃないか?」ハーヴィーは言った。
「よくない」エヴリンは眼鏡を押し上げた。「野菜室は湿度が高い。缶の表面が結露して、取り出した後に機器類に近づけると危険だ」
ハーヴィーは一瞬、呆気に取られた。
「……電子機器の安全性の観点から冷蔵庫を管理してるの、本気で?」
「本気だ」
「この家、本当に私たちに向いてる。冷蔵庫まで技術会議の議題になる」
そこへDが大袋に入った肉を持って歩いてきた。口調は落ち着いていた。
「下の引き出しは生鮮専用。混ぜるな」
「それは同意する」とロイ。
「デザートが上段に追いやられるのは同意しない」とジェス。
「お前のデザートに、肉と対等に並ぶ資格はない」私は言った。
「シモ、その発言は文明への背信だよ」
「いや、タンパク質への敬意だ」
アイダはしばらく脇から眺めていたが、最終的に公文書でも審査するように、この騒ぎに結論を下した。
「冷蔵庫の整理はこうする。上段は個人の小物と薬品。二段目は共用の朝食材料と即食品。三段目は飲み物。下段は生鮮食品。デザートは独立した一区画を設けて、早い者勝ちで置く。ただし朝食エリアへの侵食は禁止」
ジェスがすかさず手を挙げた。
「『早い者勝ち』には反対。早朝の抜け駆けを奨励することになる」
私は彼女を見た。
「なんでお前が一番最初にそれを思いついたんだ」
ジェスはまばたきをした。
「だって、私がやるから」
正直すぎて、むしろ気持ち悪い。
こうして冷蔵庫の側面には、入浴ローテーション表に続いて、二枚目の文明の産物が貼り出された。
二十二番地冷蔵庫停戦協定(暫定版)
条項は少ないが、精神は明確だった。
一、デザートは主権国家ではない。 二、生鮮食品とエナジードリンクの同居を禁ずる。 三、共用朝食を深夜に盗み食いした者は、翌日補充すること。 四、名前の書かれていない食品に明日の保証はない。
この条項を眺めながら、私は思った。このまま長く住み続けたら、私たちはきっと一冊の『共同生活基本法』を書き上げることになるだろう、と。
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三、地下室・使用権戦争
その夜、最も危険な戦いはこれだった。
浴室と冷蔵庫は、せいぜい人間文明の表層における摩擦に過ぎない。
地下室は違う。
地下室は権力だ。
情報だ。
設備だ。
そして、第144班がいずれ精神衛生上は問題があるが効率だけは極めて高い指揮中枢へと改造するであろう、その場所だ。
そして、最初にそれを実行しようとした人物は、やはりハーヴィーだった。
夜の十時にもならないうちに、彼はすでに工具箱を三つ、ケーブルを二束、そして型番は分からないが一目で「普通の学生が持つべきものではない」と直感できるプロジェクターのメインユニットを引きずって地下へ降りていた。
てっきりDが止めるものだと思っていた。
ところがDは地下室の入り口に立って三秒眺めてから、ただこう聞いた。
「今夜、何時までやるつもりだ?」
「進捗次第で」とハーヴィーは、この上なく不穏な答えを返した。
「つまり、遅くなる、ということだな」
「分別はある」
その一言が出た瞬間、その場が丸一秒静まり返った。
アカリまでが、眼を持ち上げて彼を見た。
私は思わず口を開いた。
「ハーヴィー、お前が一番説得力を失う瞬間は、『分別がある』と自分で言うときだ」
「星野、それは偏見だ」
「偏見じゃない、統計結果だ」とロイ。
アッシュが階段のほうからゆっくりと降りてきて、地下室をひと目見てから、落ち着いた声で言った。
「あそこを最終的にシミュレーション空間にするなら、使用権の整理を先にしておく必要がある。でないと、誰かが私的な工房にする」
ハーヴィーはすぐに振り返った。
「俺への当てつけか」
「未来の描写をしているだけだ」
ここでアイダもついに口を開いた。
「今夜はメインシステムの設置を禁止する」
ハーヴィーが驚いた顔をした。
「なんで?」
「今夜は初日だから」アイダは腕を組んで彼を見た。「それに、誰も深夜二時に、お前が一本ケーブルを繋ぎ間違えて建物全体のブレーカーを落とすのを見たくない」
「間違えない」
「間違えないほうがいい」とD。
エヴリンも技術的な死刑宣告を横から加えた。
「電磁シールドの検査がまだ完了していない。今日は基礎的な整理のみ許可する。メインユニットは不可」
ハーヴィーは地下室の入り口に立ち、クリスマスプレゼントを早く開けることを禁じられた大型犬のような顔をした。
「お前ら、本当に浪漫がない」
「地下室と浪漫に、何の関係がある?」私は聞いた。
「あると思う。技術者なら誰だって、厚い壁、独立した空間、安定した電力、それに貨物エレベーターが裏庭に直通しているような地下室を見たら、心拍数が上がるはずだ」
「その発言、法律的に聞くとかなり危険な響きがあるな」私は言った。
そのとき、真紀が整理し終えたばかりのファイルを抱えて階段を降りてきた。状況を一瞥し、すぐに最終判決を下した。
「地下室は今日、封鎖」
ハーヴィーが振り返った。
「お前まで?」
「そうだ」
「理由は?」
「今夜、お前が下に入ったら眠らないから」真紀は言った。「明日、第二陣の機材を搬入しなければならないのに」
「……」
「それと」彼女はさらりと一刀を添えた。「シモは明日、勉強がある。今夜、誰も建物全体を機械室にしてはならない」
私はその場で半秒、固まった。
そして非常に不本意ながら気づいてしまった。その言葉が心の中に生んだ最初の反応は「なんで彼女が私の代わりに言うんだ」ではなく――
――そうか、明日は勉強がある。
終わった。
私は本当に、彼女に管理されることに慣れ始めている。
地下室戦争は最終的に「今夜は整理のみ、通電禁止、正式な使用権は明日以降に改めて議論する」という形で、一時停戦となった。
ハーヴィーは名残惜しそうな顔をしていたが、D、エヴリン、アイダ、真紀の四方包囲を前に、結局は空気を読んでメインユニットの蓋を元通りに閉め直した。
私は地下室の入り口に立ち、灯りが消えるのを眺めながら、妙な予感を覚えた。
あの場所はいずれ、何かの現場になる。
しかも、一度では終わらない。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




