60. 部屋割り戦争 4
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
第144班が鉑橋街二十二番地に正式に入居した日、天気はよかった。
これは悪い兆候だ。
私の経験上、引っ越しにうってつけで、新生活のスタートにふさわしく、BGMでも流しながらゆっくり荷物を広い玄関へ運び込みたくなるような天気であればあるほど、最終的には現場が制御不能の惨事へと転がり落ちやすい。
結果は、案の定だった。
私たちが採ったのは、分散搬入方式だった。
この決定自体は、極めて合理的だ。
だが、実行する主体が第144班である以上、どんなに合理的な決定も、最終的にはどこかしら歪んでいく。
朝早くから、二十二番地の玄関前にはすでに第一陣の荷物が山を成していた。段ボール、本、端末機器、折りたたみテーブル、衣類、工具箱、戦術ボード、こまごまとした日用品、そして――外見からは中身がまったく判断できず、私としては絶対に自分から聞きたくない気持ちにさせられる、箱型の荷物がいくつか。
私は玄関先に立ち、Dとハーヴィーがそれぞれ重い箱を担いで中へ運んでいくのを眺めながら、最初に浮かんだのはこんな考えだった。
――これは引っ越しじゃない。
――どこかの小規模な非正規部隊が、拠点を移動しているようにしか見えない。
ジェスがスーツケースを二つ引きずって入ってきて、玄関をくぐるなり大声で宣言した。
「先に言っとくけど、一番採光のいい部屋は私がもらうから」
その後ろから真紀が、整理されたファイルの束を抱えて入ってきた。ジェスを見もせずに言う。
「その案は、昨日すでに却下されてる」
「昨日却下されたのは『隣接権』であって、『採光権』じゃないでしょ」
「お前の人生には、主張する権利の項目が多すぎるな」
「私は居住環境の質にこだわるタイプなの」
「お前がこだわってるのは、ドラマチックな展開のほうだろ」私は口を挟んだ。
「両方とも成り立つわ」
蘭はもう、軍需品リストみたいに細かい入居チェックシートを取り出していた。
「先に喧嘩はやめて。今日の流れは三段階。荷物の搬入、部屋の確定、共用エリアの整理。第一段階で部屋の取り合いを始めた人間は、名前を違反欄に記録するから」
ハーヴィーが手を挙げる。
「違反欄に入ると、どうなるんだ」
「キッチン担当に回される」
「……俺、急に自分がすごく規律正しい人間に思えてきた」
「結構なことね」蘭は無表情で言った。「じゃあ、その工具の箱、まず地下室に運んで」
地下室。
そう。
その二文字を聞いた瞬間のハーヴィーの目は、餌を許可された工兵系の捕食獣みたいに輝いた。
彼が入居初日に一番気にしていたのは、ベッドでも、机でも、風呂でもない。
地下室だった。
「メインユニット、先に下ろすか」彼は声を潜めてDに聞いた。
「置くだけにしろ。まだ繋ぐな」Dが答える。
「なんでだ」
「お前が繋ぎ始めたら、今日の夕飯まで二度と上がってこないからだ」
「……一理あるな」
私はその会話を横で聞きながら、頭が痛くなった。
この二人の今の口調は、もう「新居への入居」なんかじゃない。「指揮ノードを構築するのにうってつけの地形を、ついに確保した」という類の声だ。
一方、女子フロアでは、すでに別種の戦争が幕を開けていた。
三階のドアが開いた瞬間、ジェスが真っ先に飛び込んだ。
「先に、あの採光のいい部屋を――」
言い終わらないうちに、真紀が後ろからスーツケースの持ち手をぐいと掴んだ。
動きは小さいが、正確だった。
「昨日の暫定配置どおりに動いて」
ジェスが振り返り、傷ついたような顔を作る。
「真紀って、本当に青春をぶち壊すのが得意だよね」
「お前は本当に、面倒事を起こすのが得意だな」
「そのほうが賑やかでしょ」
「賑やかさを増やすのに、お前の力は要らない」
私は自分の箱を引きずりながらゆっくりと階段を上がり、廊下の真ん中で睨み合う二人を眺めながら、心の中でひとつだけ感想を漏らした。
――上出来だ。入居初日、戦線は予定どおり順調に展開中。
アカリはといえば、とっくに音もなく、自分の少ない荷物を一番静かな部屋に運び終えていた。その効率のよさは、彼女がそもそも人間の社交圏に属していないことを証明しているかのようだった。
蘭は自室と浴室の距離を確認している。
エヴリンは、とある部屋の戸口に立ち、コンセントの配置と、壁面が引き起こしうる電波干渉の可能性をチェックしていた。
そして私は――
自分の部屋の前に立ち、二秒ほど黙り込んだ。
広すぎず、狭すぎず、ちょうどいい。
位置は中央寄りで、階段からもさほど遠くない。真紀の部屋とは壁一枚隔てて隣り合い、反対側は予定どおりのフリースペースだ。
昨日、グループチャットでは外交危機並みに揉めたくせに、実際にドアの前に立ってみると、妙に現実味が薄い。
真紀が後ろから近づいてきた。足音がとても軽い。
「どうかした?」
「別に」私は箱を部屋の中に引きずり込んだ。「ただ、本当に始まったんだなって」
彼女は私の隣に立ち、部屋の中をひと目見た。
「そうだね」
それから、ごく自然な動作で、私の手にあった本の入った袋を受け取った。
「これは私が運んでおく」
「自分でやる」
「あんた、この後もう一往復するでしょ」
「……なんで分かるんだ」
真紀は私をちらりと見て、腹立たしいほど平然とした顔で言った。
「服より本のほうが多いから」
私は口をつぐんだ。
事実だったからだ。
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昼を過ぎると、家全体が第二段階の混乱に突入した。
共用エリアが、本格的に占拠され始めたのだ。
一階のあの巨大なダイニングテーブルは、まず段ボールで埋め尽くされ、次に半分だけ片付けられ、そこにジェスが飲み物を並べ、ロイが入居チェックリストを広げ、ハーヴィーがネジの箱を仮置きし、私が教科書を積み上げ――最終的には、集会用テーブル兼食卓兼臨時倉庫兼精神汚染源という、複合怪物へと進化を遂げた。
キッチンは、さらに見事だった。
あの巨大な冷蔵庫の電源が入った瞬間、それは地盤争いの開戦宣言に等しかった。
「デザートは上の段ね」
「飲み物と生鮮食品を一緒にするな」
「野菜室にエナジードリンクを突っ込んだのは誰だ」
「そこは野菜室じゃない、私の仮置きスペース」
「冷蔵庫にお前の仮置きスペースなんてものはない」
「今できた」
「できてない」
私は出入り口に立ち、真紀とジェスが、プリンを冷蔵庫の二段目に入れるべきかどうかで、極めて文明的でありながら火薬の匂いのする交渉を続けているのを眺めながら、ふとひとつの真理を悟った。
――戦争は、前線に出なくても起こる。
――人間を一つのキッチンに放り込み、十分に大きな冷蔵庫をひとつ与えれば、それで足りるのだ。
蘭は食器と乾物棚の整理を担当していた。
その手際は恐ろしいほど無駄がなく、二十分足らずで、「引っ越し業者に爆撃された直後」みたいだった流し台まわりに秩序をもたらした。ロイはその横でリストを片手に、何が足りないかを書き留めながら、補充にいくらかかるかを計算していた。
Dは重量物の配置とドアの施錠を確認し、動線を一通り見て回った。
アカリは居間の長テーブルの端に座り、見るからにぼんやりしているくせに、誰かが物を見失うたびに、「さっき、左から二個目の箱の後ろに置いてたよ」と、気だるげに、しかし正確に言い当てた。
私は疑っている。彼女はぼんやりしているのではない。
ただ、働いているように見られたくないだけなのだ。
ハーヴィーはといえば――
地下室にいた。
午後二時から、彼は一度も完全には地下室から出てきていない。
一定の間隔で、貨物用エレベーターのあたりから顔だけ覗かせては、手に工具やテープ、あるいは見た瞬間に用途を聞かないほうがいいと直感する変換プラグを持ち、「ここは本当にいける」「思ったより通風がいい」「電力が安定しすぎてて逆に怪しい」などとぶつぶつ呟いていた。
ある意味、彼はもうこの家に恋をしているのだろう。
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夕方になり、引っ越しはついに「大規模物資侵攻」の段階から、「初めての本格的な自炊」の段階へと移った。
本来なら、これはとても温かい場面になるはずだった。
新居での最初の食事。みんなで広いキッチンに立ち、役割を分担し、温かい照明の下で香りが漂い、時折日常的な軽口を挟みながら、最後は十一人が大きなテーブルを囲んで、新生活の始まりを象徴する。
普通の作品なら、そう書くだろう。
残念ながら、私たちは普通じゃない。
現実はこうだった。
「誰だ、包丁を違う引き出しに入れたのは!」
「間違ってない、暫定配置よ!」
「暫定配置ってのは、つまり間違いってことだろ!」
「この鍋、大きすぎないか?」
「十一人分作るのに、個人用の戦闘糧食鍋でも使うつもり?」
「誰だ、こんなに肉を買い込んだのは」
「俺だ」とD。
「誰だ、こんなにお菓子を買い込んだのは」
「私」とジェス。
「誰だ、高カフェイン飲料を三種類も買ったのは」
「……俺だ」地下室からハーヴィーが顔を出す。
「誰だ、入居初日から後方補給システムを設計し始めたのは」
「……全員だな」ロイは実に正直だった。
私は流し台の前で野菜を刻みながら、この光景があまりにも荒唐無稽で、そのままドキュメンタリーが撮れそうだと思った。
タイトルは、こう。
『十一人の士官候補生が、明らかに出所不明の高級住宅で、まともな最初の夕食を作ろうとした記録』
隣で真紀が食材を処理している。動きは無駄がなくきれいで、作業中は口数が少なく、自分の腕前を見せびらかすこともない。だが、彼女のそばにいると、リズムが彼女によって静かに整えられているのがはっきり分かる。
私が人参を一枚、斜めに切り損ねると、彼女は何も言わずにまな板を少しこちらへ寄せた。
「包丁、もう少し寝かせて」
「分かってる」
「今のは、分かってる人間の切り方じゃなかった」
「最近、私へのツッコミの頻度、上がってないか」
「上がってない」彼女は淡々と言う。「ただ、事実を口にする回数が増えただけ」
……上出来だ。
この進化は、まったく祝う気になれない。
反対側では、ジェスが焼きたての何かをつまみ食いしては、蘭に追いかけ回されていた。
「それ、まだ盛り付け前!」
「品質検査だってば」
「それ、盗み食いって言うんだよ」
「両方成り立つでしょ」
「お前、今日一日で『両方成り立つ』を何回言った」私は言った。
「便利だからよ」
最初の夕食の出来は、意外にも悪くなかった。
むしろ、引っ越してきたばかりで、昼間は部屋の取り合いをしていた連中が、本能と分担だけで一卓分の料理を仕上げた結果としては、不気味なくらい上出来だと言っていい。
キッチンが十分に広かったからかもしれない。
テーブルが十分に大きかったからかもしれない。
あるいは単に、私たちという集団は、普段はバラバラの砂と時限爆弾みたいなくせに、いざ何かを成し遂げようとする段になると、自然とそれぞれが収まるべき場所に収まってしまうだけなのかもしれない。
十一人が最後にその大きなテーブルを囲んだとき、私はふっと、内側だけで静かになった。
灯りがついている。
食器がぶつかる音が細かく弾ける。
誰かが「塩、足りなくない?」と文句を言い、誰かが最後の一切れの肉を取り合い、誰かが明日までに何を買い足すかをメモし、誰かが地下のシミュレーションシステムはいつから組めるのかと訊いている。
騒がしい。
うるさい。
そして、この状態はこれからますます悪化する一方だと、私にはよく分かっていた。
だが、なぜだろう。そこに座っていたとき、心の中に真っ先に浮かんだのは、頭痛ではなかった。
――ああ、本当に住み始めたんだ。
仮定じゃない。
計画でもない。
グループチャットでひっくり返りそうなほど揉めた平面図でもない。
本物だ。
今日から、鉑橋街二十二番地はもう、「宿舎所在地」の欄を埋めるためだけの住所じゃない。
私たちの場所になり始めている。
ジェスがグラスを持ち上げた。
「第144班の、非合法だけど筋の通った新しい巣に、乾杯?」
「非合法じゃない」ロイが即座に訂正する。
「少なくとも、書類の上では」蘭が付け足す。
「少なくとも、今のところは」ハーヴィーが地下室のほうから、さらに悪い一言を寄越した。
私は額を押さえた。
「お前ら、初日の夕飯くらい、人を眠れなくさせる話題を減らせないのか」
Dは静かにグラスを掲げた。
「期末のために」
真紀もグラスを持つ。
「入居して一週間で、殺し合いにならないように」
アカリがゆっくりと手を挙げる。
「現実的な目標ね」
私は彼女たちを見回し、最後に自分のグラスを取った。
「……私たちが、まだ生きてることに」
グラスが触れ合って、小さな音がした。
大きな音じゃない。
だがなぜか、何かが本当に動き出した合図のように聞こえた。
テーブルを囲む面々を眺めながら、私はふと、強い予感に襲われた。
――この二週間の長期休暇は、私たちを楽にはしてくれない。
――ただ、この家に第144班の色が染みつく速度を、早めるだけだ。
冷蔵庫は、いずれきっちりゾーニングされる。
地下室は、完全に占領される。
三階の廊下は、顔見知り以外立ち入り禁止の領域になる。
二階は、徐々に何らかの雄性生物専用の機能的生息地へと進化していくだろう。
そして私は――
きっとすぐに気づくことになる。本当に面倒なのは、引っ越すことそのものじゃない。
本当に住み始めてから、この連中を、このテーブルを、この頭が痛くなるほどうるさい声を、「ごく当たり前の日常」として受け入れ始めることだ。
それこそが、一番危ない。
なぜなら、一度慣れてしまえば、いつかそれを失うとき、きっとひどく痛むから。
……嫌だな。
私はうつむいてスープをひと口飲み、その場違いな考えを心の奥に押し込んだ。
少なくとも、今夜はそこまで考えなくていい。
今夜はまず、この最初の食事を生き延びること。ジェスが最後の唐揚げを掠め取ろうとするのを、ハーヴィーが地下室をサーバールームに改造しようとするのを、そして真紀が私の明日の補修科目の時間割を組み始めるのを、とりあえず生き延びるだけで十分だ。
そして――これはまだ、始まりに過ぎない。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




