表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
2/62

01. 最劣なる人生の幕開け-2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

星野霜ほしの・しもさん。連邦軍に入る意志は、ありませんか——」


開口一番、前置きゼロで本題から入ってきた。


……うん、最初の数秒だけは、この男をちょっとだけ気に入った。


少なくとも、妙に正直だ。他の大人みたいに、くだらない前振りで飾り立てて、「君の気持ちを尊重したいんだ」みたいな顔で迫ってくるタイプじゃない。こいつは、そういう芝居を省略してきた。


椅子に腰かけた瞬間から顔に書いてあった。——さあ、お前の人生、これから国家に徴用されるぞ、と。


そのあとで、彼は例によって、「いかにも立派そう」な言葉をいくつも並べてみせた。


更生だの、社会貢献だの、人生の再出発だの。


……撤回する。


やっぱりこいつも、他の大人と同じ、クソだ。


しかも、安いクソじゃない。綺麗な包装紙でグルグルに包んで、リボンまでつけて、「はい、プレゼントですよ」と笑顔で手渡してくるタイプの、高級クソ。


もちろん、その徴兵官も分かっていた。ここで三食昼寝付きの生活をしている私が、好き好んで「軍隊なんてもの」に行くわけがないってことを。


アメで釣れないなら、次はムチ。


やり方は、いつだってそうだ。


「今年から、特定の凶悪犯に対して、新しい処遇方針が適用されることになりましてね」


男はそう言って、書類をテーブルの上に滑らせた。天気予報でも読み上げるみたいな口調で。


前頭葉切除。


氷結惑星送り。


一生涯、鉱山労働。


私は十秒ほど、黙って彼を見た。


ちゃんと、真面目な目で。


ガキが意地で睨み返しているんじゃない。こいつが本気で言ってるのかどうか、見極めるための視線だ。


で、その目の奥に、一ミリも冗談がないと確認できた瞬間——私はあっさり口を開いた。


「サインする」


徴兵官は満足げに笑って、書類を回収した。


その笑みが、死ぬほど胸糞悪い。未成年に高利貸しの契約を結ばせた直後の、クソみたいな成功者スマイルって、きっとこんな顔だ。


「いやぁ、ご心配なく」


彼は眼鏡を押し上げた。口調はやけに穏やかで、まるで塾講師が受験前の生徒をなだめているみたいだった。


「いまの連邦は、とても平和ですから。君の配属先も、おそらくはお茶汲みのような内勤が中心になるでしょう」


……くたばれ。


それを、私は信じた。


本気で信じた。


前頭葉を切り落とす話を、あれだけさらっと語れる男の言葉を、まるっと信じ込んだ。


自分でも、どれだけバカだったのか知りたい。


---


「三十秒後、敵艦に突入」


船体が、ぐらりと揺れた。


半分眠りかけていた頭が、その一撃で無理やり現実に引き戻される。輸送艇の中には、低く唸る警報と金属の軋む音。見上げると、目の前には動力甲冑の列が、赤い非常灯の下でずらりと並んでいた。


絞首台の手前で整列している鉄製の棺桶。そんな光景。


その瞬間、私は心の底から、あの徴兵官の首を締め直したくなった。


隣を見ると、たぶん私と同じく新兵らしいやつが一人。脚が笑っていて、装甲ブーツごとガクガク震えている。マスクの内側から漏れる呼吸音は、今にも泣き出しそうなほど浅くて速い。


……まあ、公平に言えば、私も初陣のときは大差なかった。


ついでに言っておくと、これは三回目の実戦だ。


もし今回も生き延びられれば、晴れて「砲灰部隊」から卒業できる。


そう思うと、ちょっとだけ気分が良くなる。なんというか——


大嫌いな授業を、あと一コマさえ我慢すれば、そのまま長期休暇に突入できるって分かっているときの、あの感じ。ただしその授業の科目名が「敵艦内通路における肉片化回避の基礎」なのが、少しだけ問題だ。


「敵艦甲板、溶断完了! ハッチ開放! 全員――突撃!! 突撃!!」


怒鳴り声が、鞭みたいに叩きつけられる。


私は、内心で小さくため息をついた。


……せめて、まともな軍規格の装甲を配ってくれないかな。


今着ているこのガラクタ、どう見てもどこかの農業コロニーから徴発してきた中古品だ。一昨日まで前の持ち主が灌漑パイプでも直してたんじゃないかってレベル。


肩はガバガバ、関節はギチギチ、インナーには安物の消毒液が染みついた匂い。連邦のこのケチり方、別枠の戦争犯罪として条約で禁止すべきだと思う。


私はバイザーを下ろした。


HUDが点灯し、視界の周囲に今回の作戦目標が浮かび上がる。


——最低、十人は殺せ。


二秒ほど黙る。


……なるほど。今日もノルマが重い。


ハッチが解放され、溶断で開いた敵艦の通路が、白く焼けた穴から覗いたその瞬間。私はほとんど反射で一歩、後ろに引いた。


その直後だ。


背後にいた老練兵のクソジジイが、ビビったのか、手柄を焦ったのか、一発きれいな前蹴りを私の腰に叩き込んできた。


「っだろ――!」


私は前につんのめる形で敵の射線に飛び出し、次の瞬間、向こうから怒鳴り声が飛んできた。


「Feind gesichtet!」


……礼儀正しい連中だな。


撃つ前に、わざわざ「見つけたよー」と声をかけてくれるとは。カードでも添えてくれたら、感謝状を送り返してやりたいところだ。


直後、十数条のビームが一斉に廊下を貫いた。灼けるような白い線が空気を裂き、通路全体が一瞬で火花と煙の渦になる。


罵声を吐く暇もなく、私は横へ飛び込むように身を投げ出し、通路脇に積まれた何かの資材の影に転がり込んだ。


ほとんど同時に、さっき私を蹴り出したバカが、「いける」とでも思ったのか、得意げに身を乗り出す。


で、一発で顔を撃ち抜かれた。


バイザーごと前半分の顔面が吹き飛び、血と破片が壁にべちゃりと張り付く。あまりにストレートな光景に、さすがの私も一瞬だけ言葉を失った。


……うん。


世の中、因果応報って、たまには仕事する。


私は遮蔽物越しに顔を出した。


後ろの連邦兵たちの数人が、その場で固まっている。魂ごと置いてきたみたいな顔で。


笑わせんな。


「見てんじゃねえ、撃ち返せ!」


私は怒鳴った。


「何突っ立ってんだよ! 帝国軍にお茶でも出してもらう気か、コラ!」


ようやく、彼らの頭の中のスイッチが入る。慌てて銃を構え、撃ち返し始めた。


ビームが行き交い、壁と床には次々と焦げ跡が穿たれていく。金属の焼ける嫌な臭いが、血の匂いより先に鼻を刺した。


ついでに言っておくけど——


ビームライフルって、別にそんなに強くない。


正面から顔を撃ち抜かれない限り、現代戦場じゃ大抵は牽制と足止めの道具でしかない。まともな装甲板を着ていれば、何発か貰ったぐらいじゃ、そう簡単には死なない。


だから、本当に頼りになる武器は、昔から変わらない。


近接武器だ。


——生きて距離さえ詰められれば、の話だけど。


私は足元に目を落とした。


ちょうど、誰かが握っていたカーボン・タングステン製の戦斧が、持ち主の死と一緒に床に転がっている。刃には、まださっきまでの血がぬめってこびりついていた。エッジに沿って、フィールド・ジェネレーターが微かな、危うい唸りをあげている。


長く餓えさせられた獣が、牙を研いでいるみたいな音。


私は身をかがめて、それを拾い上げた。


意外なほど、手に馴染む。


重く、安定していて——人の人生を上下二つに割るのに、ちょうどいいバランスだ。


私は斧の柄を握り込み、フィールド・ジェネレーターを起動した。刃の縁に、ぼんやりとした歪んだ光の縁取りが浮かび上がる。


振り返って、後ろでまだ撃ち合っている連邦兵たちにニヤリと笑いかけた。


「ちょっと。撃つのはいいけど、私に当てたら殺すからね」


斧を肩に担ぐ。


「マジで撃ったやつから先に、な」


……よし。


目の前の帝国兵は、全員が艦艇クルータイプだ。


つまり——動力甲冑は着てない。


神様ありがとう。宇宙ありがとう。ついでに、気まぐれな運命の女神さまも、今日は珍しく仕事してくれてどうもありがとう。


これがもし装甲擲弾兵の部隊だったら、私はたぶん斧をそっと床に置いて、両手を挙げて、涙目でこう言っていたはずだ。


——皆さん、人生ってつらいですよね。ここは一つ、話し合いでどうにかしませんか。


けど、目の前の連中は違う。


だから、泣く役目は私じゃない。


一人目のラッキーさんが、真正面から突っ込んできたときには、まだ銃口すら私に向け切れていなかった。


私は両手で斧を握り、走り込みの勢いそのままに、奴のヘルメットめがけて叩き下ろす。フィールドを纏った刃が金属を裂き、そのまま頭蓋を割っていく。


あの音は、ちょっと言葉にしにくい。


よく熟れた果物を、石段に叩きつけたみたいな——


べちゃっ、という、あれ。


白っぽい脳漿が血と混ざって噴き出し、隣にいた新兵の顔面にまで飛び散る。まぶたの上のまつ毛に、一筋だけぴとっと張り付いたのが見えた。


私は、その新兵と目が合った。せいぜい半秒。


その瞳の奥から、はっきりと読み取れたセリフは、こうだ。


——俺、カウンセリング受けたほうがいいかな?


ごめんね。


もしPTSDになったら、ちゃんと戦争被害の補償申請しろよ。


……まあ、こいつがその心配をする時間は、すぐにいらなくなった。


二撃目の斧を、私は横薙ぎに振り抜いた。やつの首は、きれいに飛んだ。


頭は空中で半回転してから、祭りの場外に蹴り出された安いボールみたいに、壁にぶつかって、熱い血の線を一筋残した。首のない身体はその場でぐらりと揺れ、ようやく「自分はもう死んでる」と思い出したみたいに、ゆっくりと膝をついた。


通路の帝国兵が、じり、と後退した。


……は?


ちょっと待て。


退くなよ。それじゃ私の戦果が減るだろ。


一瞬ぽかんとしたあと、私は我に返って声を張り上げた。


「おいコラ、逃げんなって——!!」


血と薬莢でずるずるになった床を蹴って、私は戦斧を引きずるようにして追いかける。昼休み前ラスト三分、購買の限定弁当を狙って全力疾走する女子高生、ただし手に持っているのはトレーじゃなくて、人間の頭蓋骨を缶詰みたいに開ける斧。


私一人が吠えながら突っ込んでいくのを見て、後ろの連邦兵も、ようやく自分たちが観客じゃないことを思い出したらしい。慌てたように、一斉に突撃してきた。


人によっては、私を「やたら強い」と思うかもしれない。


でも、それは大きな誤解だ。


私がここまで容赦ないのは、別に殺しが好きだからでもなければ、突然「戦神の血」が目覚めたからでもない。


理由はもっと単純だ。——あと三十分で、昼休みだからである。


慢性的な睡眠不足は、いつだって女の敵だ。


クソみたいな男よりタチが悪い。生理より厄介。それどころか、「推しキャラが運営にナーフされた」と知った瞬間に湧き上がる殺意より、まだ始末が悪い。


だから、長期睡眠不足で、イライラだけで目玉焼きぐらい焼けそうな女子が、昼休み前に叩き起こされて敵艦で接舷戦をやらされている場合——今の私みたいな狂犬モードになるのは、かなり合理的だ。


……たぶん。


戦闘薬のせいじゃないか、って?


まあ、それもあるかもしれない。


三本目をぶち込んだあたりから、私は完全にハイになっていた。


視界はやけに明るく、耳に入る銃声と悲鳴は、全部どこか妙なリズムに聞こえる。心臓は胸の中でパーティーを開いているみたいに暴れ、敵兵の血飛沫さえ、照明の下では少し綺麗に見える。


——うわ。


この薬、マジですげえな。


今なら素手でこの艦をバラして、その足で刑務所に戻って、あの徴兵官の首をひねり折れる。真剣にそう思った。


……まあ、楽しい時間は長くは続かない。


システムが強制的にハイを落としてきて、その興奮をトイレの水みたいに一気に流されてしまった頃。私は壁に片手をついて息を整えながら、やっと自覚した。


——やべ。


大損した。


さっきまでの「超殺戮モード」が、全部どこかへ消えた。


あの感じは、何に近いだろう。


せっかくフルメイクして、お気に入りの服に着替えて、勇気を振り絞って会いに行こうとした瞬間に、玄関で犬のフンを踏んだとか。


やっとの思いでSSRを引き当てた直後に、「緊急メンテナンスのお知らせ」が画面を埋め尽くすとか。


とにかく、ひどく空虚だ。


……とはいえ、朗報もある。


帝国軍がパニくったのか、うちの部隊のツキが今日だけ異常に良かったのかは知らない。とにかく私たち八人は、斬って撃って斬っているうちに、そのまま艦橋まで辿り着いてしまった。


艦橋にまだ生き残っていた帝国の士官とクルーは、全員、幽霊でも見たみたいな顔で私たちを見ていた。


無理もない。


今の私たちの格好は、「地獄から借金取りが這い出してきました」と言われても信じるレベルだ。特に私。装甲の外殻には半乾きの血がべっとり張り付き、戦斧からはまだ赤い液体がぽたぽた落ちている。自分で見ても、「ちょっとやりすぎたコスプレ」感がある。


私は斧を持ち上げ、図書館の中で「お静かにお願いします」と注意するのと同じくらいのトーンで言った。


「抵抗したら、皆殺し」


艦橋をぐるりと見回す。


「動いたやつから順番に、いくよ」


場内は、一瞬で静まり返った。


よろしい。


私は、空気の読める連中が好きだ。


それから、視線を中央のコンソールに移す。


その瞬間、私は心の底から理解した。——勉強って、裏切らないんだな、と。


びっしり並んだ帝国語の文字列。各種インジケーター、スイッチ、レバー、ホログラム・インターフェイス。視界いっぱいに広がるそれは、戦艦の制御系というより、理工系のガチオタが見たら喜びの悲鳴を上げそうな、宇宙製の高級炊飯器だ。


私は三秒、じっと見た。


もう三秒、見た。


で、正直に結論を口にした。


「……クソ、読めねえ」


振り返って、全身血まみれの連邦兵どもを見渡す。


「帝国語、読めるやついる?」


眼鏡をかけた男が一人、すぐに小走りで前に出てきた。


「報告します。読めます」


私は、そいつを上から下まで眺めた。


いかにもインテリな顔つきで、この血の匂いが充満した艦橋の空気と、まったく同じ世界の生き物とは思えない。正直、こういうやつが陸戦隊にいるってこと自体、人生設計をミスったのか、それとも連邦の徴兵システムが酔っぱらってるのか、どっちかだ。


私は眉をひょいと上げた。


「経歴は?」


男は本当に、会社の面接か何かと勘違いしたみたいに背筋を伸ばし、きっちりした口調で答えた。


国立連邦大学こくりつれんぽうだいがく・応用外語学部卒です」


……ああ、なるほど。


文系か。


どうりで、「本来ならカフェでレポート書いてるはずが、なぜか今ここで血の海にいる人」の顔をしてる。


私は彼を見ながら、珍しく、ほんの少しだけ同情を覚えた。


ほんの少しだけ。


「いいね。墓石に刻んでやるよ」


斧の柄でコンソールをこん、と叩く。


「じゃ、教えて」


にっこり笑ってみせる。


「この中で——武器を撃つボタンはどれ?」

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ