53. 先行履修 3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
言い終えると、彼女はさっさと歩き出した。今のほとんど一線を越えかけた発言が、「今日の気温は二十六度です」程度の日常報告だったとでもいうように、ごく自然に。
教材を抱えたまま廊下の真ん中に取り残された私は、手の中の『艦隊管理基礎』を彼女の背中に投げつけたい衝動に駆られた。
でも、投げなかった。
惜しかったからじゃない。
本が分厚くて、壊したら結局自分で弁償しなければならないからだ。
連邦軍学校中央図書館は、とにかく大きかった。
校舎の見栄えのための空虚な「大きさ」じゃない。初めて足を踏み入れた人間が、「この建物、近所三ブロック分の建造物を密かに飲み込んでるんじゃないか」と疑いたくなるくらいの、本物の大きさだった。
正面入口から入ると、小型輸送艇が方向転換できそうなほど吹き抜けになった中庭があり、透明なドームが正午の光を格子状に切り取って床と手すりに落としていた。ある種の高性能監視システムの、穏やかな版とでも言うべき明るさだった。四方の書架は弧を描く壁に沿って幾層にも積み上がり、金属の歩道橋が二階、三階、その上の資料区画を繋いでいる。遠くから見ると、幾重にも積み重なった知識型の罠のようにも見えた。
学生は多かった。
入口に立っただけで、いろんな光景が目に入る。
資料を抱えて階段を駆け下りてくる者は、一歩遅れたら単位に殺されるとでも言いたげだ。窓際の長机に陣取る者は、すでに人生を中間レポートに売り渡した顔をしている。三、五人で連れ立って歩きながら話す者たちは、声を潜めているつもりでも、実際は全然潜められていない。そして隅の席に座り、頭を下げてページをめくり、キーを叩き、表を作っている連中は、みんなまだ起きていない何かの災害に向けて遺書を前もって書いているように見えた。
教材を抱えて二階東側に上がる頃には、この場所も軍学校本体と同じ、文明社会の皮を被った圧力容器なのだと心底思った。違いは、片方が教官とグラウンドで人を搾り、もう片方が本と静寂でじわじわ煮込んでくるというだけだ。
東側閲覧エリアは中庭より少し静かだった。長机が整然と並び、両側には人の姿を半分隠せるほど高い書架がそびえている。奥にはいくつか半個室型の読書スペースもある。光はそこまで強くなく、足音も絨毯に吸われ、ページをめくる音だけがやけに際立った。書架の近くで、かつ通路が見える席を選んで座り、あの新しい教材の束を机に置いた。
表紙を見ただけで胃が痛くなる。
まず『艦隊管理基礎』を開いた。
一ページ目は連邦標準艦隊編成図。
二ページ目は指揮系統。
三ページ目からは、著者があと一言だけ人間の言葉を足せば大勢の学生の命が救えるはずなのに、律儀にそれを書かない文章が並び始めた。
五分読んで、私はふとフェーンが恋しくなった。
少なくともフェーンは、殺す気があることだけは最初から最後まで誠実だった。
「まず艦隊管理概論から。いきなり操作構造に入らないほうがいい」
聞き慣れた声が斜め横から降ってきた。
顔を上げる。
真紀が紙袋を二つとペットボトルを一本持って、机の脇に立っていた。少し急いで歩いてきたのか前髪がわずかに乱れていたが、呼吸は落ち着いていて、顔もいつも通り平静だった。ただ、机に物を置く手つきだけが、いつもより丁寧だった。
「それ、何」
「昼ごはん」
「頼んでな――」
「チキンサンドイッチ、二つ。カロリーは足りるし、食べるのに時間もかからない。あとスープ」一つずつ取り出しながら、艦上の物資点検でもするみたいに淡々と言った。「読みながら食べたいなら、簡単なものから。空腹でこれを読むのはお勧めしない」
机の上の昼食を見て、それから彼女の手にまだ自分の分が残っているのを見た。
「私の分まで買ってきたの?」
「うん」
「なんで」
真紀はナプキンを私の手元に置き、ようやく目を上げて私を見た。
「シモは自分の世話をよく忘れるから」彼女は言った。「低血糖になった人間と一緒に同じページを二周するのは、時間の無駄」
……この女は、本来ならかなり一線を越えているはずの言葉を、完全に合理的な「学習コスト管理」に変換するのが本当に上手い。
しかも、その変換があまりに理に適っていて、文句のつけようがない。
紙袋を開けてサンドイッチにかじりつく。チキンは温かく、パンの耳は少し硬かったが、食堂の、工業ラインのどこかで魂を失ったようなセットメニューよりずっとましだった。真紀は私が本当に食べ始めたのを確認してから、向かいに座り、自分の本とノートを広げた。
どちらもしばらく口を開かなかった。
彼女は私の教材の順番を整理し、『艦隊管理基礎』を一番上に、寿命を縮めそうな『連邦駆逐艦標準操作構造抄録』を一番下に押し込んだ。
「まず艦隊がどう動くかを知って、それから駆逐艦一隻がどう生きるかを見る」余白に鉛筆で短い矢印を書いた。「順番を逆にすると、用語に溺れて死ぬ」
サンドイッチを齧りながら、彼女の字を見つめた。
整っていて。
安定していて。
そして、腹立たしいくらい頼りになる。
図書館の物音は遠く、ガラスと書架に隔てられた潮騒みたいだった。天窓から光が斜めに差し込み、机の上に落ちて、彼女の指の縁にかかると、骨の節まで妙にくっきり見えた。スープを一口飲むと、熱気が顔に当たって、その妙な意識の逸れを焼き戻してくれた。
「シモ」
「なに」
「飲み込んでからしゃべって」
「……」
「それと、分からなくても無理しないで。眉間に皺が寄るからすぐ分かる」
顔を上げて彼女を睨んだ。
彼女は顔色一つ変えず、ノートを少しこちらへ押し出した。
「ここから、一緒に読む」
その瞬間、少し奇妙な感覚があった。
心臓が一拍飛ぶような、安っぽい少女漫画の反応じゃない。
「ああ、優しいな」なんて言葉を使ったら自分で自分を殴りたくなる類の感傷でもない。
どちらかといえば――
フェーンを生き延びた後、私はこれから先の戦場は全部もっと硬く、もっと冷たく、もっと鉄みたいになっていくんだろうと思っていた。
なのに今、人声と紙の音でいっぱいの図書館で、人を直接殴り殺せそうな教材の山の真ん中で、誰かが昼ごはんを買ってきてくれて、本の順番まで整えてくれて、私がいつ自尊心を発動させて無茶をするかまで、あらかじめ計算に入れている。
これは危険だ。
彼女が私を死なせるからじゃない。
彼女が隣にいることに、自分が少しずつ慣れ始めているからだ。
残り半分のサンドイッチを口に押し込み、わざと語気を尖らせた。
「先に言っとくけど、お昼を買ってきてくれたから仕方なくこの強制自習制度を受け入れてるわけじゃないから」
真紀はノートを開いたまま、顔も上げなかった。
「分かってる」
「何が分かってるの」
「シモが本当は、雪風に乗った時に恥をかくのが怖いだけだってこと」
スープでむせそうになった。
彼女はようやく目を上げ、私を見た。唇の端に、ごく薄い、ごく薄い弧があった。
「大丈夫」彼女は言った。「恥をかく前に、私が引き上げてあげるから」
……くそ。
この一言、ちょっと反則だ。
真紀はその言葉を言い終えると、まるで「今日は雲が多いですね」とでも確認したみたいに、何事もなく顔を伏せて、ノートの最初のページを開いた。
私は二秒ほど彼女を見つめ、最後に、喉に詰まりかけたスープをどうにか飲み下した。
「先に言っておくけど」湯呑みを机に戻し、できるだけ人格の尊厳を保った声を作った。「全然読めないわけじゃない。ただ――」
「ただ、一言で済むことを三ページに薄めるタイプの教材が大嫌いなだけ」真紀が静かに引き取った。
「……そう」
「知ってる」
彼女は『艦隊管理基礎』を数ページ前に戻し、鉛筆を取って余白に素早く三本の線を引いた。
「まずこれを軍艦だと思わないで」彼女は言った。「立ち止まって息をつくことも許されないまま、動き続けさせられている部隊だと思って」
眉をひそめた。「第144組みたいな?」
「それを何倍にも拡大して、しかも誰かが飢えたり、道を間違えたり、寝過ごしたり、持ち物を取り違えたりすれば、最後は船全体が道連れになるくらいの規模」一本目の線の横に人員、二本目に物資、三本目に命令と書いた。「艦隊管理の本質は、この三つを同時に壊さないこと」
彼女の字を見下ろした。
この説明の仕方は――腹立たしいほど有効だった。
艦隊、輪番、補給、配置といった術語が、「誰がどこへ行く」「誰が何を持っている」「誰が誰の指示を聞く」に翻訳された途端、頭の中で固まっていたものがほぐれ始めた。
「ここ」真紀が鉛筆の先でページを指した。「『前線艦艇の運用効率は補給ノードと指揮中継の完全性に依存する』。遺書みたいな書き方でしょ。人間の言葉に直すと――補給点を絶たれて、伝令が死んだら、刀があっても、足があっても、生きる意志があっても、最後は死体になるってこと」
「……あんた、教材の出版社に恨まれる才能があるわね」
「ありがとう」
「褒めてない」
「知ってる」
くそ。この女、私の話を受け取るリズムまで、どんどん覚えてきている。
もう一度ページに目を落とす。今度は確かに、ずっと読みやすい。もともと一年生を脅すためだけに存在しているような名詞が、ただの黒い文字じゃなくなって、形を持ち、動線を持ち、見覚えのある臭いまで帯び始めた――紙の匂いじゃない。「一度でも配分を間違えれば全員道連れ」という臭いだ。
結局、地上でのサバイバルと艦隊管理は、まったく別物なんかじゃない。
以前は泥の中で水と止血パッドを数えていたのが、今は鋼鉄の中で燃料、食糧、シフト表、そして人間の頭がいつ限界を超えるかを数えるだけの違いだ。
「これはまだ暗記しなくていい」真紀は、もう凶器にしか見えない『連邦駆逐艦標準操作構造抄録』をさらに遠くへ押しやった。「今それに手を出したら、まず連邦を嫌いになって、次に造船所を嫌いになって、最後に教材を書く人間全員を嫌いになるだけ」
ページをめくって、乾いた笑いが漏れた。「それ、実体験?」
「うん」真紀は無表情のまま言った。「初めて読んだ時、机の脚の下に敷こうかと本気で思った」
私は顔を上げて彼女を見た。
その表情はあまりにも安定していて、冗談で言っているのか、それとも本当に教材に暴力を振るいかけたのか、一瞬判断がつかなかった。普段の九島真紀の、医療機器の取扱説明書みたいに冷ややかな様子を考えれば、前者を選ぶべきだろう。
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