53. 先行履修 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
しかも、縄が飛んでくるのを見ていながら、自分から首を突っ込んだ類の嵌められ方だ。
なぜなら、今この事実を知ってしまった以上、知らなかったふりは絶対にできないからだ。雪風を知り、オリオン座アルファを知ってしまった以上、これから資料を漁り、艦種を調べ、本来一年生が齧るべきじゃない艦隊管理や艦上運用に手を出さずにはいられない。
準備を始めてしまう。
考え始めてしまう。
もう少し後になってから踏み出せばよかったはずの道に、引きずり込まれてしまう。
九島亜紀は私の表情を見て、魚をうまく釣り上げた上に口元まで拭ってやる釣り師みたいな笑みを浮かべた。
「理解してくれたみたいね」
「何をです」私は冷笑した。「また九島家の人間に一杯食わされたってことですか」
「そんな言い方しないで」彼女の平坦な口調は本当に殴りたくなる。「これは投資よ」
一拍置いて、彼女は思いつきのように付け加えた。
「それに、真紀が手伝うわ。図書館でも自習室でも。なんなら私が権限を開放して、二年の艦務教材を回してあげてもいい。なにしろ――」
彼女は私を見つめた。その目に初めて、本物の鋭さが宿った。
「あなたが本当に雪風に乗ることになるなら、少なくとも、一隻の船がどうやって死ぬのかくらいは、先に読めるようにならないとね」
私は二秒黙った。
それから、今すぐ教室に戻って真紀を図書館に引きずっていき、ついでに彼女の姉の名前を私の「一生感謝したくない人物リスト」の上位三名にねじ込んでやりたい気持ちを、全力で抑え込んだ。
寮に戻ると、ジェスは下段ベッドに胡座をかいて、どこから発掘してきたのか分からないポテトチップスの袋を抱え、有料生配信でも観るような顔でそれを食べていた。
私の顔を見るなり挨拶も省き、ポテチを脇に置いて、犯人が自供に戻ってくるのを待ち構えていた刑事みたいに目を光らせた。
「さあ、犯人さん。吐いてもらおうか」
私はノートを机に放り投げ、上着を脱ぐ手を半秒だけ止めた。
「その言い方だと、私が生徒会の金庫から公金を二箱抱えて帰ってきたみたいに聞こえるんだけど」
「まさか、それはないでしょ」ジェスはポテチを一枚齧った。バリッという音が、他人の不幸を喜ぶのに実に手慣れていた。「本当に金庫をやったなら、もっと幸せそうな顔してるはずだから。今のその顔は、笑顔で身売り証文にサインさせられた人間の顔よ」
……腹立つ。正確すぎて余計に。
真紀は自分の机の前に座り、最近何度目か分からない艦隊勤務規程を手にしていた。すぐには振り向かなかったが、私が入ってきた後、机の上の電気ポットをさりげなく少し横へずらした。まだ座っていない誰かのために場所を空けるみたいに。
見えた。
見なかったふりをした。
「で?」ジェスが顎をしゃくった。「また九島家に嵌められたわけ?」
「そのセリフ、生徒会長本人が聞いたら、明日あんたは『左足から教室に入った』って理由で警告一つ食らうかもよ」
「つまり図星ってことね」
「……ちょっとだけ」
「へえー」
ジェスのその「へえー」は、誰かが私の耳元で缶ジュースのプルタブをわざと一気に開けずに、ゆっくり引き延ばしているみたいな長さだった。
真紀がようやく振り返った。姉が姉ではなく、隣でハーブでも育てている近所のおばさんの話でもするみたいに、平然とした顔で。
「姉さん、何て言ってた?」
私は彼女を二秒ほど見つめた。
普通の質問だ。これ以上ないくらい普通の。
だが、まつ毛の震える幅まで計算していそうな九島真紀のあの顔から出てくると、それ自体が高度な罠に見える。答えれば彼女はすぐに動き出すし、答えなくても自力で八割方の正解に辿り着く。
抵抗を諦めて、ベッドの端に腰を下ろした。
「期末実習、だいたい決まったって」
二枚目のポテチに伸ばしかけていたジェスの指が、宙で止まった。
真紀は何も言わなかったが、肩が一センチにも満たない幅で沈むのが見えた。とっくに予感していたことがついに確定した時に見せる、彼女の小さな癖だ。ごくわずかで、親しくない人間には気づかれない。残念ながら、私はもう「親しくない人間」ではなくなっていた。
「随艦」私は言った。「雪風。目的地はオリオン座アルファ星区の前線」
寮が半拍、静まった。
次の瞬間、ジェスはポテチを置いた。初めて野次馬の顔じゃなくなっていた。
「……生徒会長本人が言ったの?」
「うん」
「じゃあ脅しじゃなくて、後始末――じゃなかった、予習の準備をしろっていう通知ね」彼女は眉間を揉み、心底からの悪態をついた。「クソが。この連中、本気で私たちにまともな一年生をやらせる気がないじゃない」
私は冷笑した。
「しかも言い方が丁寧でね。炎の星で妹の面倒を見てくれたお礼に、先にちょっとした秘密を教えてあげる、だってさ」
ジェスがその場で膝を叩いた。
「それ、九島家の定番話術じゃない。『あら、これは打算じゃなくて投資よ』ってやつ」
真紀が本を閉じた。ぱたん、という音。大きくないが、はっきり聞こえた。
「姉さんは確かにそう言う」
「ほら、妹も認めた」ジェスは「事件解決」という顔で真紀を指した。「で、あんたはどうする気? 二年の範囲を前倒しでやれって言われたようなものでしょ」
「それだけじゃない」私は後ろに倒れ込み、ベッドに沈んで天井を睨んだ。「雪風とオリオン座アルファの名前を知ってしまった以上、聞かなかったふりはできない。これから艦隊管理も艦上運用も補っておかないと、乗艦した瞬間、現実にスパナで頭を殴られるだけ」
ジェスは二秒黙り、それから極めて誠実な感想を述べた。
「九島亜紀、マジでろくでもないわね」
「姉さんが聞いたら――」
「ここにいないでしょ」ジェスは両手を広げた。「それに、手口の鮮やかさを褒めてるのよ。あんなに自然に罠を張れるなら、政治家にならないと勿体ない」
真紀は反論しなかった。
ただ立ち上がり、私のベッドの傍まで来て、見下ろした。窓からの逆光が彼女の輪郭を綺麗に切り取っていて、それが少し腹立たしかった。こういう時の彼女はいつも、すでに状況を整理し終えた人間に見え、対する私は、罠から引き上げられたばかりで、自分が何にサインしたのかもまだ分かっていない間抜けに見えるからだ。
「手伝う」彼女は言った。
たった四文字だった。
保証書もなく、長い説明もなく、「信じて」というような甘ったるい前置きもない。
ただ、とっくにスケジュールに組み込まれていた予定を告げるように、静かに、自然に、当然のこととして。
「誰があんたの手伝いなんか――」と言い返そうとしたが、言葉が喉の手前で引っかかり、結局もう少し骨のない一言に変わった。
「……せいぜい役に立ってよね」
ジェスが声を上げて笑った。
「翻訳すると、『手伝ってもいいけど、頼ってるみたいに見せないで』ね」
「ジェス」
「はいはい、黙る」彼女は両手を挙げて無実を装った。「でも先に言っとくけど、あんたたち二人が図書館で勉強してて空気がおかしくなっても、私は助け舟出さないから」
「そんなことにはならない」私と真紀が同時に答えた。
言い終えて、目が合った。
……よし。余計にそうなりそうだ。
その夜、寮は珍しくあまり騒がしくならなかった。
ジェスは先にシャワーを浴び、出てきてからも髪を拭きながら「雪風かあ。チェリーコーラは私に残すって、遺言書いとく?」と付け加えるのを忘れなかった。私が「あんたが先に死んだら、遺言を笑い話集にして出版してあげる」と返すと、彼女は「それもいいわね」と満足そうに言った。
真紀は静かに自分の机に戻り、書き物を始めた。
「おすすめリスト」なんかじゃない。
順序、難易度、前提知識、相互参照まで全部組み込んだ、恐ろしい代物だった。
こっそり覗くと、一番上にこう書いてあった。
一年生補強用:**艦隊管理概論**、艦橋勤務基礎、CIC情報フロー概説。
その下に小さく一行。
分からないところは先に印をつけておくこと。無理に暗記しない。
その一行を二秒ほど見つめ、そっと視線を逸らした。
……この女は本当に、文句のつけようがない場所を的確に突いてくる。
翌朝の授業が終わった時、私の魂は三割ほどしか残っていなかった。
授業が難しかったからじゃない。三か月後に軍艦に放り込まれて前線に送られるかもしれないと知りながら、標準化管理帳票と装備のローテーション時差についての講義を大人しく聞いていられるほど、人間の脳はできていないからだ。
荷物をまとめ終えたところで、助教に呼び止められた。
「星野、新しい教材」
彼女は昨日の私の気分より重い一束の本を、私の腕に押しつけた。
表紙は清潔で、文字は硬く、人を早死にさせる教材特有の匂いがした。見下ろすと――
『艦隊管理基礎』 『艦上勤務ローテーションと調整』 『前線補給フロー概論』
そして、タイトルを見ただけで胃が痛くなる一冊、『連邦駆逐艦標準操作構造抄録』。
その束を抱えて廊下に立ちながら、私は初めて、古代人が山崩れを見た時の気持ちが少し分かった気がした。
「昼、行かないの?」
後ろから声がした。
振り返ると、真紀が教室の入口に立っていた。手にはもう食券を持っている。表情はほとんど変わらないが、視線ははっきりと、私の腕の中の新しい教材を一度なぞってから、私の顔に戻ってきた。
その目の意味は明白だった。
――まさか、今すぐ読み始めるつもりじゃないでしょうね。
少し黙ってから、正直に答えた。
「……数ページだけ、先に見ておこうかと」
真紀は私を二秒見た。
「まだ昼、食べてない」
「後で食べる」
「朝は牛乳を半分しか飲んでない」
「パンは食べた」
「あの防火レンガみたいに乾いたやつは、物理的に存在してたというだけで、食事にはカウントされない」
言い返そうとしたが、正論すぎて切り込む隙が見つからず、教材を抱えたまま突っ立っているしかなかった。死刑宣告を受け取った上、その副本にまで自分でサインさせられている人間の気分だった。
真紀は小さく息をついた。
大きくない。
でも聞こえた。
それは彼女が「この人、本当に面倒くさい。仕方ない、私がやるか」モードに入る前の、いつもの予備動作だった。
「先に図書館に行って」
「もとから図書館に行くつもりだけど」
「席取りが先って意味」食券をポケットに戻し、平坦な声で続けた。「二階の東側閲覧エリアに行って。お昼は後で持っていくから」
一瞬、呆気に取られた。
「あなたは食べないの?」
「私が買ってくる」彼女は私を見た。目が澄み切りすぎていた。「あなたが今食堂に行けば、人の多さに苛立って、並んだらさらに苛立って、苛立ち終わる頃には今日の進度がなくなってる」
眉をひそめて彼女を見た。「普段からそんな風に人を分析してるの?」
「違う」真紀は正直に言った。「管理が必要な人にだけ、こうする」
「誰があんたの管理――」
「あなた」
「……」
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




