52. 注目の的 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
焼肉屋を出る頃には、街の夜はすっかり落ちていた。
看板の灯りが通りを暖かく染めて、高架を電車が滑っていく。文明社会特有の、規則正しすぎて逆に泣きたくなるような音を立てながら。
誰も走っていない。 誰も隠れていない。 一歩多く歩いたところで、誰かが突然高所から麻痺弾を撃ち込んでくることもない。
正常だ。 正常すぎて、逆にどこか変な感じがする。
私たち八人は店の前でしばらく誰も動かなかった。雨林の中ではあれだけ素早く動けたのに、街に戻ってきたとたん、まるで故障した転送ゲートから吐き出されたばかりで、この場で解散していいものかどうか、まだ確認し合っている怪人の集まりみたいだった。
ハーヴィーが最初に沈黙を破った。
「よし、今日の社交ノルマは切れた」
彼は腹をぽんと叩いて、実に安らかな顔をした。
「このあと二次会に誘われでもしたら、俺は歩道に寝転がって死体のふりをするからな」
「ふりしなくても、もう十分それっぽいけど」
ジェスが腕を組んで鼻で笑う。
「座ってる時点で、だいぶ死体だったし」
「いつも通り温かいお言葉、どうも」
ランとロイが先に帰った。Dが「無事着いたら連絡しろ」とごく自然に言う。その口調は「メッセージ送っといて」というより、戦術撤退時の点呼名簿を読み上げているみたいだった。ランは頷き、ロイは本当に端末を取り出して、「帰着報告」までタスクに組み込もうとしているようだった。
アカリは自分で帰る、送らなくていいと言った。彼女の口からそれが出ると、「どっちがどっちを送るのか、それすら怪しい」という圧があるので、当然誰も食い下がらなかった。
ハーヴィーはジェスと九島に連れられていった――厳密に言えば、タイプは違うが本質的に同じくらい恐ろしい二人の女性に両脇を挟まれて。絵面は完全に犯人護送だった。
気づいたら、店の前には私とDだけが残っていた。
……よし。
急に、空気がまずくなった。
危険、ではない。
気まずいのだ。
しかも雨林でJägerに狙われるより、ずっと処理に困る種類の気まずさだった。
なぜなら雨林では、ただ生き延びればそれでよかったから。
今は敵もいない。ファイアストームもない。頭上からルール問題を投げてくる奴もいない。だから普段なら戦術と減らず口でごまかせていたものが、勝手に立ち上がってくる。
たとえば――
「送らなくていい」って、言うべきか。
そもそもあいつも、ただ礼儀で待ってるだけかもしれない。
本当に「送らなくていい」と言ったら、かえってわざとらしくないか。
言わなかったら言わなかったで、何か期待してるみたいに見えないか。
……十四年しか生きてない人間が、なんでこんな問題を処理しなきゃいけないんだ。
Dが私を一瞥して、先に口を開いた。
「送ってく」
疑問文じゃない。
いかにもDらしい、ただの断定文だ。
雨林で「左に切れ」と言うのと同じくらい自然な声で。
私は喉に一瞬つかえを感じてから、努めて冷静に答えた。
「あ、そ」
……よし。
星野霜、なんとも人格的魅力あふれる返事だ。
私たちは並んで夜の中を歩き出した。
彼の歩幅は私より大きいが、ごく自然にペースを落としている。いつもの私なら、真っ先に「世話焼くな」と難癖をつけていたはずだ。でも今夜は黙って受け入れて、むしろ少しありがたいとすら思った。焼肉を一通り腹に収めたばかりで、怪我はだいぶ良くなったとはいえ右肩はまだ鈍く痛むし、ふくらはぎも本調子には遠い。今いちばん要らないのは、強がりながら「普通の人間」を演じることだ。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
気まずいか。
少しは。
でも、逃げ出したくなる種類のものじゃない。
どちらかといえば――話すことはあると二人とも分かっていて、ただ唐突すぎない切り出し方を探っている、そういう間だった。
先に口を開いたのは私だった。
「ほんとに、考査の前から焼肉屋の予約入れてたの?」
Dは前を向いたまま頷く。
「ああ」
「その予約習慣、けっこう怖いよ」私は言った。「普通、あんな考査の前ってさ、『生きて帰れたらどうしよう』って考えるもんじゃないの。『生きて帰れたらどこで肉食おう』じゃなくて」
「それが『生きて帰れたらどうしよう』の答えだった」
「……焼肉が、あんたの人生設計でそのレベルの答えなわけ?」
「肉は話が早い」
私は少し堪えたが、結局笑ってしまった。
「それ、いかにもあんたが言いそう」
「悪いか?」
「悪くない」私は横目で見た。「説得力がありすぎるだけ」
彼の口角が、わずかに動いた。
ごく薄く。
でも、見えた。
私はふと気づいた。こいつは盾もなく、戦場でもなく、「次の瞬間に人か火力かどっちかを担がされるかもしれない」という状態から外れると、思っていたよりずっと静かな奴なんだと。
冷たいわけじゃない。
陰気なわけでもない。
ただ普段から口数が少ないだけで、実際に二人きりになってみると、何も考えていないんじゃなくて、無駄口を叩く気がないだけなんだと分かる。
こういう人間は危険だ。
うっかり、次の言葉を聞きたくなってしまうから。
私は足元の小石を蹴って、今夜ずっと胸につかえていた話に戻った。
「今日、船の中であった補講の通知」私は言った。「今思い出しても腹が立つ」
Dが低く「ああ」と応える。
「俺もだ」
私は首を傾げて彼を見た。
「あんたでも腹が立つんだ」
「立つさ」
「あのとき、けっこう冷静そうだったけど」
「冷静なのと、腹が立たないのは別だ」
……それも、筋が通っている。
また少し歩いた。
交差点の信号が赤で、前では下校中らしい生徒の群れが、コンビニの飲み物を片手にわいわい渡っていく。何でもない、ありふれた光景なのに、胸の奥が少し締めつけられた。
あまりにも普通すぎるから。
その普通を見ていると、この二週間で私たちが経験したあれこれが、無理やり別の世界から突っ込まれた異物みたいに思えてくる。
「あのとき、本気で一瞬考えたんだよね」私は声を落とした。「筆記と模擬戦で補講できるって最初から分かってたら、一週目でさっさと降参してた方が良かったんじゃないかって」
「ああ」
「でも九島の言う通りなんだよね。あれは逃げ道じゃなくて、分流なんだって」
「そうだな」
「一番腹が立つのはさ」私は前の信号機を見上げた。「それが正しいって分かってるのに、それでも思っちゃうことなんだよ。最初からちゃんと説明されてたら、命懸けで試そうとしなかった奴が、たくさんいたんじゃないかって」
Dは数秒黙った。
赤が青に変わって、私たちは一緒に渡る。
向こう側に着いてから、彼は口を開いた。
「いただろうな」
「何が」
「最初から言われてたら入らなかった奴が」彼は言った。「あと、自分が同じ試験を受けてるわけじゃないって、最後まで気づかなかった奴も」
私は鼻で笑った。
「だから学校側は絶対言わないわけだ」
「言わない」
「ほんと最悪」
「ああ」
こいつは本当に面倒くさい。
なぜって、道理を並べて慰めてくるタイプじゃないからだ。ただ事実を正確に射抜く。正確に射抜かれると、こっちはそれ以上八つ当たりできなくなる。
私はポケットに両手を突っ込んで、歩道の縁を蹴りながら歩いた。
「これって、公平だと思う?」
今度は、彼はすぐに答えなかった。
てっきり「不公平だ」か、「制度なんてそんなもんだ」のどちらかを言うと思っていた。
だが彼は少し考えてから、こう言った。
「公平かどうかと、こういう使われ方をするかどうかは、別の話だと思う」
私は彼に顔を向けた。
「どういう意味」
「つまり」彼は歩きながら、言葉を最小限まで削るように話した。「実戦を耐え抜ける奴と、耐え抜けない奴は、もともと違う。その差自体は、嘘じゃない」
私は眉をひそめた。
「じゃあ、あんたはこの分流を認めてるってこと?」
「やり方を認めるとは言ってない」彼は私をちらりと見た。「差があるとは言った」
私は一瞬、言葉に詰まった。
そして、理解した。
……こいつ、本当に面倒くさい。
こういう言い方が一番厄介なんだ。
制度に向かって気持ちよく怒鳴らせてもくれないし、道徳的な高みに気楽に立たせてもくれない。ただ、認めたくないけどたぶん本当だろう部分を、目の前にぽんと置いてくるだけだ。
私は下唇を噛んだ。
「でも、だからってこういうやり方をしていい理由にはならない」
「そうだな」彼は言った。「だから俺も好きじゃない」
「その答え方、ずるいよね」
「なんで」
「一番反論しにくいところだけ、きれいに拾っていくから」
彼は本当に少し考えた。
「それはたぶん、お前に嘘をつきたくないからだと思う」
……よし、今の反則だ。
足がもつれそうになったが、ちょうど街灯の少ない歩道に差し掛かっていたのが救いだった。もっと明るい場所だったら、顔に出たものを相当ごまかせなかったと思う。
「なんで急にそういうこと言うのよ」できるだけ普段通りの声を装う。
「どういうことだ」
「……人を誤解させそうなやつ」
Dが足を止めて、首を傾げて私を見た。
「お前、誤解するのか」
「するなんて言ってないでしょ!」
「なら大丈夫だ」
「……ちょっと!」
彼の口角が、ふっと上がった。
大笑いじゃない。
でも、確かに見えた。
私はその場で、あの普段やたら安定した顔をぐちゃぐちゃに揉みくちゃにしてやりたい衝動に駆られた。
「今の、わざとでしょ」
「少しだけな」
「あんたって、そういう意地悪するタイプだったわけ?」
「今、分かっただろう」
「遅すぎるでしょ!二週間も一緒に地獄をくぐり抜けてから、隊員の性格に追加コンテンツがあるって分かるとか、情報開示のタイミング、武士道に反するでしょ!」
今度は、本当に声を立てて笑った。
低く、短く、でも確かな笑いだった。
私はそれを見て、ふっと黙り込んだ。
これはたぶん、戦場のプレッシャーが一切ない状態で彼が笑うのを見た、初めての瞬間だった。
焼肉のテーブルで、皆に囃し立てられて引き出された苦笑いとも違う。
雨林の中で、肩の力を抜くみたいにこぼれた短い笑いとも違う。
ただ、会話そのものが楽しくて出た笑いだった。
この感覚は……思っていたより、ずっと危険だ。
家の近くの少し静かな道に曲がるころには、私の気持ちもだんだん落ち着いてきた。
私は低く言った。
「正直、まだ『生存者』って言葉を素直に受け入れられない」
「ああ」
「生きていたくないって意味じゃないよ」慌てて付け足した。「なんか……選ばれた結果みたいに聞こえるのに、その中にどれだけ運が混じってたか、自分がいちばんよく分かってるから」
「運はあった」Dが言った。
「でしょ」
「でも、それだけでもない」
私は返事をしなかった。
彼はそのまま続けた。
「補講の制度にムカつくのも、分流のやり方に吐き気がするのも、自分が生き残って誰かが耐えられなかったことに居心地の悪さを覚えるのも、全部普通のことだ」声は相変わらず落ち着いていた。「でも、それは君がただ偶然最後まで立ってただけだって意味にはならない」
私は前方の街灯の影を見つめたまま、喉が少し締まるのを感じた。
「あんた、誰にでもそんなに口が上手いわけ?」
「普段はそんなに口数が多くない」
「それ、答えになってない」
「じゃあ答えは、いいえだ」
……よし。
またこれだ。
「明言せずに人の心拍数だけ乱す」ことに関して、こいつには何か生まれつきの才能があるんじゃないかと疑い始めた。
私はわざと視線をそらした。
「あんた、そういうところ面倒くさい」
「どういうところだ」
「言うだけ言って、何でもない顔してるとこ」
「何でもなくはない」
「じゃあ何よ」
「お前を宿舎まで送るという用事がある」
今度こそ我慢できずに、腕を伸ばして彼の腕を叩いた。
もちろん、力なんて入れていない。
そして、叩いた瞬間に後悔した。
こういう動作をした途端、空気が一気に――今ここで名前をつけるべきじゃない何かに、寄りかかろうとするからだ。
Dは自分の腕を一瞥して、それから私を見た。
「今のは、攻撃か」
「今のは、矯正」
「了解」
「その『了解』、絶対適当でしょ」
「直す気がないからな」
睨みつけているつもりが、結局、自分の口元のほうが先に負けた。
……まあ、いいか。
少なくとも、一つだけはっきりしたことがある。
こいつは盾だけの男じゃない。
安定剤だけの男でもない。
ただ、普段は色んなものをきれいに仕舞い込んでるだけだ。
しまい方があまりに上手すぎて、中に火があることさえ見落としそうになるくらいには。
寮の前で、二人とも足を止めた。
普通の流れなら、何をするべきなんだろう。
ありがとうと言う。
じゃあねと言う。
また今度と言う。
それぞれ帰る。
でも問題は、私たちはついさっき、普段はあまり口にしないものを半分くらい言い合ったばかりだということだ。ここで急に「普通の流れ」で締めくくろうとすると、まるで誰かが大事な段落の途中で一時停止ボタンを押したみたいに、不自然になる。
結局、先に口を開いたのは私だった。
「その……ありがと」
「宿舎まで送ったこと?」
「それと焼肉も」私は言った。「あと、さっきの話も」
彼は頷いた。
「ああ」
「それと」少しためらってから、それでも口にした。「あんたのさっきの言葉、覚えとくから」
「どの言葉だ」
「自分で分かってるでしょ」
「もう一度、お前の口から聞きたいな」
「あんた、今日ずいぶん図々しくない!?」
彼はまた笑った。
この人間、今まで単に悪さをする機会がなかっただけなんだと、私は今、けっこう確信している。
「分かった」彼はようやく私を解放してくれた。「先に帰って寝ろ」
「もう三日半寝てるんだけど」
「まだ寝られる」
「……それ、なんか妙に説得力あるな」
「事実だからな」
私はエントランスの前に立って、彼を見た。奇妙な安心感があった。
心臓が飛び跳ねるような、大げさなものじゃない。
どちらかと言えば――あれだけろくでもないことが続いたあとで、無理に演じなくても、ずっと気を張らなくても、百パーセント安定してるふりをしなくても、立ったまま最後まで話をしていられる相手がいると気づいた、そういう感覚に近かった。
これは危うい。
でも同時に、とても貴重だ。
私はドア横の認証パネルに手を置いて、最後にもう一度彼を見た。
「次、もしまた焼肉に行くなら」
「ん?」
「先に誘ってよ。予約してから事後報告じゃなくて」
彼は私を見て、一秒だけ黙った。
それから頷いた。
「ああ」
……それだけ?
突っ込もうとしたところで、ちょうどドアがピッと鳴って開いた。タイミングの悪さが妙に完璧で、建物全体が「はいはい、今日はここまで。未成年は各自部屋へ」と言っているみたいだった。
私は一歩、後ろに下がった。
「じゃ、上がるね」
「ああ」
「あんたも早く帰りなよ」
「ああ」
「……じゃあね」
「じゃあな」
よし。
私たちは結局、超がつくほど普通な、普通すぎて少し間抜けなくらいのやり方で締めくくった。
でも振り返ってドアをくぐるとき、気分は意外と悪くなかった。
エレベーターの扉が閉まる直前、隙間から見ると、彼はまだその場に立ったまま、すぐには歩き出そうとしていなかった。
……これは、なかなかまずい。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




