05. 入浴一時休戦協定 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「クソ、今日の衝突機動の人、本当にこのエリアに住んでるのか……」
私はドア口で彼らが去るのを見送りながら、心の中で一つだけ感想を持った。
よし。
手間が省けた。
私は林薇と韓汐の方を振り向いた。
「見た?」
林薇が意地悪く笑った。
「何を?」
「評判ってやつは、普段はただの邪魔。」私は扉を押し開ける。「でも、たまに風呂の順番を奪うくらいには使える。」
こうして、六A倉浴場停戦協定が成立した。
内容は単純だ:
- 女兵優先。
- 負傷者はさらに優先。
- 一人二十分。
- 勝手に割り込んだやつは、自己責任で「社会的に教育」される。
韓汐が時間を計る。林薇が入口の見張り。そして「これは冗談じゃない」と全員に信じさせる役が、私。
十分ほど後。熱いシャワーの下でようやく髪にこびりついた血と埃を洗い流したとき、危うく感極まって泣きそうになった。
別に、お湯が気持ちよかったからじゃない。
やっと自分の身体から「本日地獄の撮影現場から直帰しました」って匂いが、少し薄れた気がしたからだ。
林薇が頭を洗いながら、しみじみと言う。
「正直さ、あたし最初、あんた斧担いで風呂場の前に立つタイプかと思ってた。」
私は髪の泡を毛先から絞り落とす。
「それも一瞬、考えはしたよ。」
隣で韓汐が、ごく淡々と付け足す。
「でも今のほうが、省エネ。」
私はうなずく。
「そう。ほんとに大人ってやつは、できるだけ『もう一回殺さなくていい方法』から選ぶの。」
林薇がちらりと私を見る。
「そのセリフ、あんまり大人っぽくないけど。」
「だって私、十四だし。そもそも大人じゃない。」
彼女は一瞬、言葉を失った。韓汐でさえ、珍しく半秒ほど固まる。
いいね。
たまにこうやって口に出すと、まだ人をびびらせる効果があるのを、すっかり忘れてた。
正直言うと、自分でも時々忘れる。普通の十四歳の女の子なら、今ごろ気にしてるのはテストとか部活とか、片想いの相手から返事が来るかどうかとか、その辺だろう。
で、私が気にしてるのは、風呂の時間帯、鎮痛ジェル、それから共用浴場でうっかり二度目の殺人を犯さない方法。
人生、じつにバランスよく発展中。
林薇は最後に、ひとこと吐き捨てる。
「……連邦って、ほんと病んでる。」
私は顔の水をぬぐって、静かに答えた。
「うん。でも、少なくとも今は二十分の熱いシャワーがある。」
大事なのはそこ。
宇宙戦争だの、連邦制度だの、九島重工の手抜きだの、男女混浴の軍艦風呂っていう大型社会ゴミの話は——
髪を洗い終わってからにしよう。
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二十分後。まだ熱の残る身体と半乾きの髪、それからかろうじて洗い戻した人間としての尊厳を連れて、私は六A倉に戻ってきた。
本当に、髪にこびりついた血の塊やら冷却液やら、誰のものか知りたくもない皮膚片やらを洗い落としただけで、帝国の巡洋艦に体当たりするより意味のある戦闘を終えた気分だ。
お湯を浴びたとき、一瞬だけ連邦に感謝しかけた。
もちろん、そういう感情はだいたい発熱と同レベルで危険なので、すぐさま排水溝に流しておいた。
六A倉の扉を開ける。中の、あの馴染みつつある複合バイオ臭が、またもや私を包み込む。
ただ、さっき入ってきたときの「うわ死ぬ」って衝撃に比べれば、今はもう「はいはい、これが現実ね」くらいの諦めで済む。
少なくとも、自分の身体は今、ちゃんと清潔だ。これは大きい。
前線の人間が持ちこたえられるかどうかを決めるのは、信念でも国旗でもないときが多い。
「今日はちゃんと頭を洗えたかどうか」だ。
部屋の連中が、ほぼ同時に顔を上げた。
レイスが最初に口笛を鳴らす。
「ほぉ?」
くわえ煙草のまま、彼は廊下のほうを一瞥してから、再び私に視線を戻した。
「ほんとにルール作ってきやがったな。」
上段ベッドからアルヴィンが身を乗り出す。目の奥が「面白いこと起きろ」と言っている。
「さっきゴミ出しに行ったときさ、外にほんとに列できてたぞ。」
いやらしい笑い方。
「しかも他の倉の連中まで、『六A倉に最近めちゃくちゃ怖い女兵入ったってマジ?』って。」
私はタオルをベッド脇に放り投げる。
「女兵じゃない。」
一拍置いて、言い直す。
「連邦のクソ制度にうんざりした、普通の人間。」
レイスが煙を吸い込む。
「お前の『普通』の定義、新時代だな。」
「そりゃそっちもでしょ。」私は彼の口元の煙草を見る。「今夜もこの部屋で吸うつもりなら、あんたを風呂場の入口に吊るして見せしめにするけど。」
ちょうど後ろから入ってきた林薇が、その一言で吹き出した。
「いいね。上にデカく書いてさ——『違反喫煙者の末路・実物展示』。」
アルヴィンが上でベッドを叩いて笑う。
「うわ、それ効くわ。」
レイスは別に怒りもせず、ただゆっくりと煙草を口から外した。一本見下ろし、それから私の肩のパッチをちらりと見る。
そして、舌打ちまじりに、しぶしぶ。
「……わかったよ。」
立ち上がって換気口のほうへ歩き、そこで火をもみ消す。
「今日は負傷者に免じてな。」
私は片眉を上げる。
へえ。思ったより話が早い。
もう数発脅し直す手間を覚悟してたのに、この男、意外と空気を読む。
どうやら六A倉の生存ルールは、声のデカさじゃなく、タイミングを読むやつが勝つ仕組みらしい。
ユリクは自分のベッドの端に座り、ちょうど髪を拭き終えたところだった。相変わらず、言葉を出し惜しみして税金でも取られてるんじゃないかってレベルで、寡黙。
彼は一度だけ私を見る。まだ水気の残る私の髪と、韓汐が扉に掛け直した臨時告示を見比べ、ようやく二文字だけ落とす。
「効いたな。」
私はうなずく。
「そりゃね。」
少し考えてから、もう一行足す。
「世の中の問題ってさ、解決不能なわけじゃないのが多いんだよ。今まで、そこまでしつこく噛みつくやつがいなかっただけで。」
洗い替えの服を畳んでいた韓汐が、顔を上げずに返す。
「しつこいんじゃない。」
「ん?」
「怖いほう。」
二秒黙る。
それから、素直に認めた。
「……まあ、それもある。」
林薇は自分のベッドに腰を下ろし、クリームを塗りながら、満足そうに私を眺める。
「でもさ、さっきのあんた、ドアの前に立ってた時の顔、完全に『みかじめ料回収』だったよ。」
「みかじめじゃない。」私は訂正する。「最低限の風呂権利。」
アルヴィンがまた顔を出す。
「ってことは、この《六A倉浴場停戦協定》、今後も正式運用ってことで?」
私は彼を一瞥する。
「そうだね。」
「長期政権?」
「気分次第。」
「わー、完全に独裁政権。」
「そう。」私は薬袋から修復パッチと鎮痛ジェルを取り出しながら、静かに言う。「そのうえ、戦斧で改憲するタイプの独裁。」
アルヴィンは即座に「はい黙ります」のジェスチャーをした。
よろしい。
この部屋の連中には少なくとも一個だけ美点がある。
「引き際」という概念を、ちゃんと知ってる。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




