42. 負傷 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
第二週、三日目の午前。HUDに新しいマーカーが灯った瞬間、最初に出てきた感情は、喜びじゃなかった。罵りたくなった。
蒸発の森では、命綱に見えるものは大抵、首吊り縄だ。違いは、結び方がちょっと上品なだけ。
そのマーカーは雨林区の南西側に現れた。半分、溶けた黒岩層に埋まった公式シェルター。その横に、小さな補給ノードのマークまで付いている。距離は近くはないが、十分「行く価値」がある。そして何より——それが、私のHUDに「点いて」いた。
点いているということは、今の第144班にとって、そこは「生きているドア」だということだ。
点いていなければ、ドアが目の前にあっても、ただ口の厚い棺桶でしかない。
投影を、自分だけがわかる明るさまで絞って、そのマーカーを二秒ほど見つめる。
「フロスト01、進路変更を通達」私は言う。
ジェスは、焼け割れた根っこに腰を下ろして、処理済みの塩水パックを切っていた。顔を上げて、口の端を上げる。
「おや?やっと連邦が、うちらにマトモなドッグフード施してくださる番?」
「感謝は早い」画面を落として背負いベルトを引き、立ち上がる。「エサと一緒に、首輪とケージが付いてくるかもしれない」
ハーヴィーは訊くことが一つだけだった。「距離は」
「二・四キロ。南西。峡谷口を抜けて接近区域に入る」私は言う。「地形は狭く、人間も、その人間よりタチの悪いものも隠せる。フロスト02は前警戒。フロスト03は地面と使える遮蔽物。フロスト04は時間と水。今日は体裁じゃなく、誰が一番遅く焼けるかの勝負だ」
九島真紀はボードを手首に戻して、「了解」とだけ答えた。
彼女の「了解」はいつも軍律みたいだ。冷たく、短く、感情もない。そのくせ、やたらと役に立つ。腹立たしくて、ありがたい。
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焦げた雨林の縁から南西に圧をかけて進むほど、地形は狭くなっていった。さっきまでまだ開けていた焼け林が、徐々に硬く焼き締められた黒岩と、絡まり合った根の塊に挟まれていく。足元ではときどき、半熟の熱の袋を踏み抜きかける。靴底で押しただけで、下から地獄があくびをしたみたいな熱気を噴かれる。
最初の狭い喉を目の前にしたところで、ハーヴィーが手を上げた。
「停」
一斉に止まる。
彼はしゃがみこみ、右前方の焼け白んだ岩肌を工具の柄で突いた。表面には、浅い擦り傷と、靴底で幾度も踏まれて磨かれた灰が残っている。
「新しい跡」彼が言う。
ジェスがすぐに半身で寄ってきて、一瞥しただけで舌の先で犬歯を押した。「一班じゃない。ここで腰を落ち着けてた奴がいる」
九島は峡谷口の両側を見て、一行付け足す。「左の高所に、枝を払った跡があります。視界を確保するためと思われます」
私は無言で、上を見上げた。
峡谷口の上の黒岩のテラスは高くはない。だが、三〜五人なら隠せる。下の接近ラインに、そのまま射線が通る。こういう地形に「生きている」碉堡のマーカーが乗ると、そこにでかでかと、「この規則を読める全てのクズども、ここで互いに教育し合え」と書いてあるのと同じだ。
「伏兵位置あり」私は低く言う。「それでも、門は確認しなきゃならない。フロスト02、左前十メートル。ラインは越えるな。フロスト03は右側の迂回の余地を見ろ。フロスト04は撤退ラインを記録。先に人影を見つけた奴は、英雄映画みたいに顔を出すな。まず報告」
ジェスは小さく鼻を鳴らした。英雄映画をバカにしているのか、私がまだ「バカをするな」と口に出して念押ししていることを笑っているのか、半々だ。だが、指示通り動く。
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私たちは足音を殺して前に進んでいく。峡谷の中は、誰かが炉の扉を開けて、顔面に押しつけてきたみたいな熱さだ。上からも、下からも風は入ってこない。護頸と背負いベルトの下に入り込んだ湿熱だけが、いつまでも剥がれない。
接近区画の外縁に差しかかったところで、岩の裂け目越しに、ようやく碉堡が見えた。
黒い岩壁に半分埋まっていて、正面に突き出しているのは、殴りつけたくなるほど分厚い防爆ドアが一枚きり。ドア脇の識別灯は暗い黄。まだ完全な緑にはなっていない。ドアの前の空き地は広くない。左に小さな半乾きの塩水溜まり、右に中身を抜かれた補給箱の殻が二つ。あそこはいい場所だ。硬くて高くて、焚風をやり過ごすには向いている。だからこそ、最悪だ。誰が見ても「いい場所」だと分かるから。
そこで、二つ目のクソみたいな事実に気づいた。
地面に足跡がある。
古いものじゃない。灰も戻りきってない、新しすぎる跡だ。
しかも一種類じゃない。
「クソ」低く呟く。
ほぼ同時に、左前方からジェスの声が、押し殺した調子で入ってくる。「人影」
遅かった。
先に動いたのは、左側の高所だ。
「シュッ——パアン!」
最初の一発は実弾の爆音じゃない。訓練用の高速マグネットピンが岩に弾着した、鋭い音だ。黒岩の縁から熱い灰が一散り舞い上がる。反射で身を伏せる。右肩が岩をかすめ、耳元を二発目が掠めていった。
「掩護!」私は怒鳴る。
第144班は、一瞬で散開した。
ハーヴィーは右側の根の塊の陰に滑り込む。ジェスは左前の低い窪みへと転がり込む。九島は半分割れた焦げ木の後ろにしゃがみこむ。私は門前の外れにあった低い石の縁に飛び込み、顔を上げる。上には少なくとも四つの影。
開幕から殺しにきている射撃じゃない。
まず押さえ込み、まずルートを塞ぎ、まず私たちを的として地面に貼りつかせるための弾だ。
三発目が頭上を掠めて、背後の焼け木を撃った。「キン」と鳴って、半分炭になっていた枝が、大きく灰を落とした。
上から声が飛んできた。声量は無駄に大きくて、自分が正しい側だと思っているような、あの癪に障る響きだ。
「下の連中、動くな!」
笑いそうになった。
もう地面に貼りついてる相手に「動くな」はないだろう。教育ビデオのナレーションか。
続いて別の声。男。年は私たちと大して違わないくせに、わざと先輩ぶったイントネーションだ。
「隊長のHUDルートを渡せ!このポイントは先に俺たちが押さえた!お前らが引くなら、追いはしない!」
ジェスは左の窪みの陰で冷笑を漏らし、その声がイヤホン越しに入ってくる。
「うわ、感動。強盗サービスに、丁寧な挨拶まで付いてくる」
ハーヴィーはもっと端的だ。「四人。上に二、中央に一、右に予備一の可能性」
九島は、点呼でもしているみたいな調子で報告する。「射線制圧、概ね完備。左高所二名、中央岩稜一名、背面に一名の気配。近接突入は不利」
「不利なのは分かってる」私は歯を噛みながら、碉堡のドア脇の、まだ完全には点いていない識別灯を見た。「でも、門は生きてる」
その一言で、通信の中が一瞬だけ静かになった。
意味は全員分かっている。
このポイントはただの墓じゃない。「今、本当に喰える餌」だ。
同時に——私が生きている限り、ここが開くかどうかを知っているのは、私だけだということでもある。
上の連中も、それには見当がついているらしく、声色がさらに図々しくなった。
「星野霜、いるんだろ?隊長HUDのルートを渡せ!ルートだけでいい、命までは取らない!」
背中に冷たいものが走った。
怖いからじゃない。鬱陶しいからだ。
こいつらは偶然ここに居合わせたわけじゃない。
私たちを張っていた。安定して動き、急にラインを変え、明らかに隊長がノードを拾いながら進んでいるこの小隊を、碉堡に向かっていると確信するまで追ってきた。
やっぱり、シェルターは「安全地帯」じゃない。きっちりした罠だ。
「フロスト01」九島が低く私を呼んだ。「長引かせられません」
「分かってる」
分かっていても、どうにもならない。第144班の弱点は、今まさに定規で測られて、骨の隙間に突き立てられているところだ。
私たちが持っているのは近接武器、工兵ツール、短距離制圧装備ばかりだ。夜間、接近戦、狭い場所での乱戦には向いている。だが今みたいな高所からの射線制圧は、ディナーナイフで狙撃手に向かうようなものだ。生き延びられないわけじゃない。ただ、ひどく見苦しい生き延び方になる。
ジェスが先に限界を迎えた。
「十秒くれ、左側に——」
「ダメだ」即座に遮る。
「このまま伏せてても詰むわよ、フロスト01」
「分かってる」低く返す。「でもお前が頭を出した瞬間、向こうはまず脚を撃つ。ここはヒーローごっこをする場所じゃない。教材になる場所だ」
上からまた二発のマグネットピンが降ってきた。一発はハーヴィー側の根の塊を叩き、もう一発は私の前の石の縁に直撃して、手首がしびれるほどの衝撃を伝えてくる。
あいつらの火力は重くない。ただ、やり方が汚い。
頭を上げさせない角度だけを狙い、致命傷にはならないが十分に痛くて動きを封じる場所を撃ってくる。
要するに、殺したいわけじゃない。虫みたいに地面に釘付けにしたいんだ。
「最後にもう一度言う」上の男の声がまた響く。「ルートを渡せ!」
乾いた唇を舌でなめて、怒鳴り返す。
「自分で教務処に頼んで来世やり直せ、このクソ野郎!」
いい。少なくとも、口だけはまだ動く。
次の瞬間、右側の予備配置が動いた。嫌らしい角度からマグネットピンが斜めに飛び込んできて、九島が隠れている焦げ木をかすめ、彼女を大きく後ろに押し戻す。
「右側に五人目!」彼女が即座に報告する。
クソ。ハーヴィーの読みより多い。
局面が一気に悪化した。
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