41. 信号弾 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
その乾いた根の稜線を東南に切り込んで、十五分も経たないうちに、私のHUDがようやく周辺地形を「人間の言葉」に近い形で表示し始めた。
「公式シェルタールート」とは書いてあるが、実際に見えるのは、校方が礼儀正しく用意してくれた「味の違う二種類の死に方コース」だった。
一本は北北東。低地の水溜まり帯を抜けて、最寄りの公式休憩所に至る。メリットは速さ。直線距離が短い。デメリットは、その水溜まり帯が熱像図で発熱死体みたいに赤々と光っていることと、周辺樹冠の不自然すぎる陰影だ。肉食性の虫は湿熱を好む。このクソ惑星の雨林は「湿熱」という概念を、悪意のある芸術作品レベルまで昇華させている。
もう一本は西。岩の切れ込みが作る峡谷を迂回して、第二休憩所へ接続する。距離は長く、地面は硬いが、途中に狭い通路が二ヶ所ある。伏兵には最適で、整然と死ぬのにも向いている。
私は板根の陰にしゃがみこんで、HUDの輝度を落とした。汗が顎から首当てに垂れ込み、誰かが蟻を使って首筋を擦っているみたいにむずがゆい。
「停」声を落として言う。
ジェスが最初に滑り込んできた。半身を沈めて私の左に並び、さっき空降倉から外してきた金属板をまだ手に持っている。脚の擦り傷はもう止血しているが、口のほうは一ミリも止まっていない。
「どうする、フロスト01。ベッドとシャワー付きの高級墓を選ぶ?それとも自分で掘る庶民の穴?」
「縁起でもないことばかり言うなら、穴の入り口に埋めて門番にする」HUDの画面を三人に向ける。「公式ポイントが二つ。近いのが北東、遠いのが西の峡谷向こう。問題は行けるかどうかじゃない。着いてから生きたままドアを閉められるかどうかだ」
ハーヴィーは片膝をついて、一瞥しただけで口を開く。「近いほうは人が多い。水も多い、虫も多い、人間はもっと多い。ドア閉めて七十二時間。早く入りすぎるのは自分で脚を切るのと同じだ」
九島真紀が一歩近づいた。額は汗で濡れているのに、声は音節の間隔を定規で計ったみたいに均等な、あの平静さだ。
「公式シェルターに早期入場すれば、その後七十二時間の機動力を失います。期中評価の構成から考えると、校方がベッドとシャワーをタダで提供するはずがない。公式休憩所そのものが採点ポイントで、かつ衝突の集中点になる可能性が高い」
横目で彼女を見る。
正しい。ひどく正しい。正しすぎて腹が立つ。
さらに腹立たしいのは、ポケットに九島亜紀が押しつけてきたメモがまだ入っていることだ。
——公式休憩所は使用のたびに、十二時間以内に校方が資源を補充する。
ありがとうよ。
こういう情報が他人の手にあれば「情報」だが、私の手にあると「呪い」に変わる。意味するところはひとつ——休憩所は補給ポイントであると同時に、ノードだ。人が来る。物が動く。記録も、おそらく動く。校方が檻の中央に肉を置いて、監視カメラまでつけておいて、私たちが自分から飛びつくのを待っている。
その不気味さを意識の底に押し込んで、三人の顔を見る。
「フロスト01、決定」いちばん人に嫌われる、そしていちばん今この場に合った口調で言う。「第一ラウンド、休憩所には入らない」
ジェスが「ほーん」と一声、語尾を刃の背で人の神経を削るような音程で上げた。
「残念。他の班がベッド一枚のために歯を飛ばし合うとこ、見たかったのに」
「見たいなら、後で遠距離観戦できる」HUDを南側に引く。「この乾いた根筋を進んで、まず自掘りの隠れ場所を探す。条件:背風、地面が硬い、頭上に垂れ蔓なし、近くに甘い水の匂いがない。公式ポイントから、二次接近できるが、うっかり見つかる距離にはない位置を確保する」
ハーヴィーがうなずく。人間というより、喋れる工具ナイフみたいな潔さだ。
「妥当。まず生き延びて、後から奪う」
九島が続ける。「自掘り地点が最初の焚風を乗り越えられれば、後の手札が一枚増えます。それから公式ステーションに入るかどうかを決めればいい」
ジェスは金属板を背負いベルトに差し直して、口の端を上げた。
「分かった。貧乏穴で結構。フロスト02、異議なし」
彼女を見て、わざと半秒止める。
「異議がないなら黙って動け。フロスト03は前方警戒、頭上の蔓と甘い匂いの発生源に注意。フロスト04は地形と風向きを見て、候補地の選定。フロスト02は洞口を補強できる硬い物と根系を探せ。三分後に結果を出せ」
「了解、フロスト01」ハーヴィーが先に返す。
「了解」九島が続く。
ジェスが最後に返した。口元にはまだあの憎たらしい笑みがある。
「仰せのままに、気高き穴の女王様」
相手にしない。従う気があるなら、姿勢の悪さにいちいち文句は言わない。この場所では、礼儀にこだわる奴を礼儀正しい干し肉に仕上げてくれる。
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南へ二百メートルも進まないうちに、雨林の匂いが変わり始めた。
まず、音が減った。
静かになったんじゃない。汚い種類の静けさだ。林全体が喉を絞られたみたいに、鳴かず、飛ばず、響かず、遠くで金属を擦り合わせるような虫の声まで、一節ずつ途切れていく。
次に、風が来た。
肌にべったり張りついていた熱い湿気が動き始めた。でも、心地いい種類じゃない。誰かがオーブンのドアを少し開けて、まず探るような熱を一筋漏らし、それからゆっくり顔全体に押しつけてくる、そういう風だ。
九島が先に立ち止まって、樹冠を見上げた。
「蔓が収縮しています」
私も見えた。
暗紅色の絞焚藤が、死んだ蛇みたいにぶら下がっていたのに、今は一本ずつ幹に張りついていく。表面に光る膠質が滲み出ていて、こいつらも外が溶鉱炉になることを知っていて、先に自分を一皮くるんでいるみたいだ。
地面の羊歯も閉じ始めた。巨大な食口羊歯が、不承不承に口を閉じるように葉を畳み、縁の石灰白い鋸歯が噛み合って、歯の浮くような摩擦音を立てる。
背筋に冷たいものが走った。
寒いからじゃない。まずい、という感覚だ。
次の瞬間、HUDが全面赤に変わった。
【警告:熱災前兆確認】
【大気対流、異常上昇】
【天罰焚風前鋒、形成を確認】
【主熱波到達予測:00:19:43】
広報が耳機に切り込んでくる。死人が時報を読むみたいに冷えた声だ。
『全一年生に通達。超大型焚風の異常前進を検知。繰り返す、超大型焚風の異常前進を検知。推定継続時間、四時間。各班は直ちにシェルターへ移動するか、現地での耐熱掩蔽を構築せよ。二十分後、主熱波到達。期限内に掩蔽を完了できなかった者の結果については、各自が責任を負う。教務処、報告終わり』
笑いそうになるのをこらえた。
「各自が責任を負う」。
教務処の口からこの四文字が出ると、訃報みたいに礼儀正しく聞こえる。
「フロスト01?」ハーヴィーが見てくる。
即答だ。「命令は変えない。候補地を探して、掘る」
ジェスが勢いよく振り向く。「公式ステーションに行かないの?」
「今から行く?」HUDを彼女に向ける。「最寄りの公式ステーションまで直線七分。虫なし、蔓なし、邪魔する人間なし、という前提でな。ついでに、校長が良心の痛みに耐えかねてエアコンも送ってくれるって仮定も加えとくか?」
ジェスは舌打ちして、口を閉じた。
それでいい。口が悪くても、本当にまずいときは何がどう「まずい」かの区別はつく。
九島はもう右前方を指していた。「あそこ。板根の後ろに半崩落の硬土層があります。下に自然空洞があるはず。背風で、側面に石根、荷重に耐えられる」
ハーヴィーは一瞥して動き出す。「使える。フロスト03、入り口を開ける。フロスト04、葉層を除去、甘い匂いのものには触れるな。フロスト01は外周の時間管理と警戒」
「動け!」
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