40. 強襲 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
隊形を、さっきより少し高い根台まで押し込み、周囲に第二弾で地面から湧いてくるサプライズがないことを確認してから、やっと全員に「整備」を許可した。
休憩じゃない。
まだ死んでないうちに、さっきのミスを分解しておく時間だ。次は本当に命で追試を受けさせられかねない。
ハーヴィーはまずジェスの脚、それから私の前腕にかかる。
中和スプレーをアーマーの縁に押しつけると、白い泡が腐蝕跡に沿ってじわじわ染みこんでいき、さっきまでの灼けるような痛みが、もっと別の種類の、やたら間抜けな痺れに変わる。
思わず眉をしかめる。
「痛いなら言え」ハーヴィーは顔も上げない。
「言ったら優しくしてくれる?」
「しない」
「じゃあ質問の意味ある?」
斜めの板根に座ったジェスが、切断された外付けストラップを引っ張りながら、それを聞いて吹き出す。
「いいね、フロスト01はまだ罵れる。つまり脳は無事」
「さっき、自分の脚を巣に寄贈しかけた人間が、よくそんな余裕あるね」横目で見る。
彼女はちぎれたベルトを振って、嫌そうな顔をする。
「さっきのは戦術的なスリップだから」
「戦術的?あれは足運びで地面に宣戦布告してただけ」とハーヴィーが冷ややかに刺す。
ジェスは派手に白目をむいた。
「はいはい、全部私が悪ぅございました。次からは情書みたいに軽く、良心みたいに薄く、植物に謝りながらそっと地面を踏むわ」
「まず、"生き延びるつもりのある人間"みたいに踏むところからだ」私が乗せる。
ジェスは二秒ほど私を見て、口元を少し動かして、珍しくそれ以上噛みついてこなかった。代わりに、ちぎれたベルトを地面に放り出す。
「分かった。今回のは私の足が重かった。そこは認める」
一瞬、拍子抜けした。
感動したからじゃない。ただ、認め方があっさりしすぎて、この後に用意してた罵倒の後半が全部、行き場を失ったからだ。
もったいない。
九島は横で立ったまま、ボードの新しいページにさっきの接敵を整理している。視線を落とし、一つ一つにチェックを入れてから、平板な声で口を開いた。
「彼女だけじゃないです」
顔を上げる。
「あなたも反省枠?」
「ええ」こくりとうなずく。「根瘤の異常に最初に気づいたのは私なのに、即座に停令をかけず、まずあなたに確認を取った。半拍遅れ」
鼻で笑ってみせる。
「その半拍、割と高値で売れるけどね」
「だからこそ記録するんです」顔を上げ直して、「次、似た異常を見つけたら、まず『停』をかける。クロスチェックはその後」
それには異論はない。
ここは報告書を書く机の上じゃない。正気かどうかの証明は、止まってからいくらでもやれる。
ハーヴィーが私の腕の処置を終えて、やっと視線をこちらに投げた。
「お前は?」
「私が何」
「お前もミスってる」
……はい来た。
この男の一番タチの悪いところは、相手が組長だろうが、息を整えたばかりだろうが、事実を真正面からぶん投げる遠慮のなさだ。
バカのふりをしても意味がない。
「分かってる」腕を軽く回して、内側に問題がないことを確かめる。「さっき、地面の巣ばっかり見て、足元と右上で意識が割れた。反応が遅れた」
ジェスがすかさず手を挙げて私を指さす。
「見た?奇跡よ、奇跡。自分から反省始めた」
「その奇跡、ここで終わらせてやろうか」じろりと睨む。
笑いはしたが、さっきよりは目が笑ってない。このやり取りが「おふざけタイム」だけじゃないのは、さすがに分かっている。
べっとりした空気を肺いっぱいに吸いこんで、話を本筋に戻す。
「じゃ、並べ直す」切断鉗の先で、根台の湿った土に手早く図を描く。「さっきのパターンで問題は三つ。
一つ、停令が遅い。二つ、撤退ルートに事前マーキングがない。三つ、全員が第二巣の可能圏に寄りすぎ」
九島がしゃがみこみ、私が描いた二つの巣の位置をペン先で突いた。
「間隔、もっと開けるべき」「最低、体一・五人分。誰か一人が踏み外しても、他がまだリカバリーできる距離」
ハーヴィーもうなずく。
「先頭と左翼は横並び禁止」「俺が半歩前。前だけじゃなく根も見る。フロスト02は同じラインに並ぶな。一人滑っただけで、まとめて巻き込まれる」
「ありがとう、安物の連鎖爆薬みたいに言ってくれて」ジェス。
「さっきはそうだった」ハーヴィー。
笑いそうになって、こらえる。
「よし」続ける。「役割も調整。フロスト03は引き続き前で踏む。ただし、半歩前に出る。地面も根も両方見ろ。
フロスト02は前に食らいつくのをやめて、左翼を半マス下げる。耳と目を人の声と水音に回せ。それから——」
視線を、彼女の足元に転がった二枚の金属板へ。
「使い捨ての硬い物体を、最低二枚、常時持ち」
ジェスが瞬きをする。
「え、ちょっと昇格した?第二通信から、"プロの撒き餌要員"に?」
「さっきのスローイングは悪くなかった」「どうせ手癖が悪いなら、正しい方向に使え」
一瞬ぽかんとした後、口元がにやりと上がる。
「それ、褒められたってことでいい?」
「資源の再利用だ」
「はいはい、承りました。フロスト02の新しい肩書き、"ポータブル騒乱源"ね」
九島が、珍しくごく淡々と一行足す。
「適性は高いと思います」
「二人でグルになって私をいじって楽しい?」ジェスが睨む。
「違う」「お前を、"なるべく全滅要因にならない方向"に調整してるだけ」
白目をもう一回転がしたあと、今度は黙って飲みこんだ。
私は鉗の先を、今度は九島に向ける。
「フロスト04は、上を見るだけじゃない。もう一つ追加。"うますぎる資源"を見たら、即報告。水、果実、開けたスペース、歩きやすそうな抜け道。全部、まず罠だと思え」
「了解」九島は短くうなずく。「それと——」と間を置いてから、「さっきのお礼は、もう聞きました」
「さっき言ったのは第一版」「今のは修正版。あんたの引き込みは正しい。私がまた足元でバカやったら、とりあえず引っ張れ」
ジェスが笑い声を上げる。
「うわ、その一言、重っ。銘板に刻んどく?」
睨む。
「本気で今日中に埋めてほしい?」
「違う違う。"フロスト01、仲間愛という概念を渋々インストール中"の歴史的瞬間を——」
「インストールしてるのは、"初日に泥の中で組長死なせたクソ隊長"って肩書きを避けるための危機管理」
ハーヴィーが中和剤の残りをまとめて、ひと言で締めた。
「……まあ、さっきよりは格段にマシになった」
この男の「マシ」は、他人の部隊にとっての「よくやった」くらいの重さがある。
切断鉗を戻し、手袋の泥を払って立ち上がる。
「最後にもう一個、コマンドを決める」「今から、明らかな異常を見たら、即『停』って叫べ。誰でもいい。
先に退路を見つけたやつは、『移』。
『停』は、どんな雑談より優先。『移』は、どんなプライドより優先。
異議ある?」
「フロスト02から質問」ジェスが手を挙げる。
「ちゃんとした質問なら」
「私が叫ぶのが『クソ』だった場合、それはどっちに分類されるの?」
二秒ほど無表情で見てから、答える。
「遺言」
肩を震わせて笑いながらも、最後にはきちんとうなずいた。
「了解、フロスト01」
これで一連の押し問答は一応終わりだ。
別に仲良く丸く収まったわけでもないし、誰かが急に感情をこぼしたわけでもない。
ただ、さっきの「かなり見苦しくなりかけた」生物接敵を、「ただのぐちゃぐちゃ」から、「使えるルール」にまで分解できた。
このクソ惑星じゃ、それだけで十分「進歩」と呼べる。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




