36. 不協和音 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「私」と九島は言った。
「いつ触った?」
「出発前」抑揚のない声。品目を読み上げるみたいだった。「あんたの重心は私やジェスより安定してる。共用医療をあんたに寄せた方が効率がいい」
睨みつけた。腹の底から、火が「シュッ」と上がってくる。
「他人のパックを組み替えるのに、一言もなしか」
「時間がなかった。それに判断の——」
「判断の話をしてない」抜き出した品を掌に載せる。声が硬くなっていくのが自分でもわかった。「他人の装備に手を入れる前に、一声かけるものじゃないのかって話してる」
ハーヴィーが歩み寄ってきた。地面の物を一瞥するが、眉ひとつ動かさない。
「配置そのものは間違ってない」
私は勢いよく振り向いた。
「あんたも知ってたのか?」
「入れ替えるとまでは聞いてない」ハーヴィーが言う。「が、計算は合ってる」
「けっこう。じゃあ、私が何を背負うか、二人がかりで決める段取りってことね」
ジェスは横で、左右を見比べたあと、深いため息をついた。
「おめでとう、諸君。朝の地獄が、正式に隊内紛争へ格上げされました。遺影担当を今からくじで決める?」
九島は私の手のなかの医療モジュールを見下ろしていた。声はやはり平坦で、平坦なぶんだけ、余計に癇に障る。
「これが林間学校なら、あんたが気にすべきなのは手続きじゃなくて結果」
「これが林間学校なら、他人の装備を無断でいじるのは、飯に薬を盛るのと大差ないってわかってるべきよ」
その目が、わずかに沈んだ。
「私はあんたを陥れてない」
「わかってる」私は半歩踏み出した。「でも、あんたは今、私の代わりに決めてる」
空気が、ぐっと張った。
障害区の上をひと吹き風が渡り、ロープネットが小さく揺れる。遠くの運動場、どこかの班も訓練を始めたらしい。笛の音が切れ切れに漂ってきて、それがかえって、こっちの停滞を際立たせた。
ハーヴィーがこちらを見ていた。声は、水から引き上げたばかりみたいに冷たかった。
「終わったか」
私は動かない。
九島も動かない。
ハーヴィーはしゃがみこみ、地面の医療モジュールを拾い上げ、私の胸元にぽんと押しつけた。
「なら、これから規則を言う。聞け」立ち上がり、視線をまず九島に、次に私へ流す。「一、誰であれ、断りなしに他人の装備に触れるな。二、誰であれ、意地で妥当な再配分を拒むな。三、これから共用物資の調整は、必ず面と向かって話せ」
ジェスが即座に挙手した。
「四、その前に一呼吸だけくれる? わたし今、抗争現場の背景遺体になりかけたんだけど」
「駄目だ」ハーヴィーは切って捨てた。「お前は今回、なんで揉めたかを覚えとけ」
「あ、それは簡単」ジェスが真顔で指を折り始める。「星野は仕切られるのが嫌い。九島は効率が感情で止まるのが嫌い。ハーヴィーは私たち全員が嫌い。結論——第百四十四小隊、非常に健全」
危うく笑いそうになった。
九島は二秒ほど私を見つめてから、手を伸ばして医療モジュールを私の腕から抜き返した。
「わかった」と彼女は言った。「今回は私が悪い。先に言うべきだった」
一瞬、面食らった。
謝罪が感動的だったからじゃない。
認めるのが、あまりに速かったからだ。
こちらが用意していた第二弾の火が、行き場を半分失うくらいには。
ところが次の一言で、その半分がまた点火された。
「でも、配置はやっぱり変える」
私は即座に白目を剥いた。
「あんたの謝罪、抱き合わせ販売なの?」
「謝罪じゃない。別件として計算してる」
「あんた本当に、ペン先で人を刺すのが向いてるわよ」
「少なくとも、感情で人を刺すあんたよりは省エネ」
「……九島」
「はい」
「今のあんた、かなり殴りがい」
ジェスが横で、ここぞとばかりに面白がっていた。
「いいねぇ。ついに苗字呼び捨てまで到達か。関係の進み方、早い早い」
「黙れ」私と九島がほぼ同時に言った。
言ってから、二人とも一瞬止まった。
ジェスがその場で腹を抱えた。
「よし、このシンクロ率、いいね。実にロマンチック」
「あんまりロマンチックだと先に埋めるからな」私は言った。
ハーヴィーがうんざりしたように笛を吹いた。
「終わったなら続けろ。無駄にしてるのは自分たちの肺だ」
第二区が始まる前、その場で組み直した。
今度は九島が、動かす物をひとつずつ卓上に並べるように口に出した。彼女の理屈は相変わらず、刃みたいに切れ味がよかった。
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