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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
13/73

04. なんでコイツらが私のルームメイトなの!? 2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

こういうセリフには、聞き覚えがありすぎる。


学校でも、刑務所でも、軍隊でも、「誰もお前がやれるとは思ってなかった」系の文句は散々聞いてきた。違いがあるとすれば、その後ろに続くものだ。


あるやつは、その後に嘲笑をぶら下げる。


あるやつは、その後に意外そうな吐息をぶら下げる。


今日のこれは、辛うじて後者だ。


私は何も言わなかった。ただ、一度だけ頷いた。


真面目に受け止めすぎると、自分のキャラじゃない。途中から教育番組みたいになってしまう。


簡単な確認と説明が終わり、ようやく指揮室から放免された。


ドアが閉まるなり、私は長い息を吐いた。


「……クソ」


隣でデイヴィッドが首をかしげる。


「どうしました」


「上官と喋るの、やっぱり疲れる」


「さっきは、かなり滑らかでしたけど」


「外ヅラの話」私はまだ痛む肩を揉んだ。「ああいう肩章の多い人を見ると、毎回、『この後さらにアホな任務を投げられるんじゃないか』って不吉な予感しかしない」


「それは、合理的な予感ですね」


「それにさっきの『直々に戦功申請』ってフレーズ、いかにも何か大きな社会的トラップの前振りに聞こえない?」


「例えば?」


「例えば、これからみんなが、私のことを『頼れるやつ』だと勘違いし始めるとか」


デイヴィッドは二秒、黙った。


そして、ごく当たり前の調子で言う。


「今日のあなたは、十分頼りになっていましたよ」


足が、ほんの少し止まった。


大きくじゃない。


でも、本当に一瞬、止まった。


……クソ。


この男、だんだんこういう台詞を自然に言うようになってきている。かえって、タチが悪い。


狙って言っているんじゃない。


本気で、事実を述べている。


そういうタイプの人間の言葉は、わざとカッコつけているやつより、ずっと処理が難しい。


咳払いを一つして、そのまま歩き出す。


「あなたも悪くなかったよ」


できるだけ「ついでに言っておく」みたいな口調で言った。


「少なくとも、応外が報告書だけじゃなくて、たまには役に立つって証明した」


デイヴィッドは少し笑った。


「褒め言葉として受け取っておきます」


「今日のあなた、自動翻訳で全部プラスに変換してくるよね」


「職業病です」


「……はいはい、文書官殿」


彼は横目で私を見る。


「まだ正式ではありませんが」


「どうせすぐでしょ」


少し考えてから、言葉を付け足す。


「似合ってるし」


彼はすぐに反応せず、しばらく私と並んで歩き続けた。


廊下の外は帰投中の補給区画で、医療区画より照明が暗い。行き来する兵士たちも、だいたい半分死んでいるような顔をしている。遠くからは、整備アームが装甲を叩く音が一定間隔で聞こえた。カン、カン、と規則正しく。この艦が「まだ秩序ある場所だ」と必死で装っているみたいだった。


デイヴィッドが口を開いた。


「正直、初めての配置転換は、履歴書のおかげだと思っていました」


私は首をかしげる。


「まさか『狂った女と一緒に帝国巡洋艦に突っ込んだから』が理由になるとはね?」


「大体」


思わず吹き出した。


短く。


でも、本当に笑った。


「運が悪いね」


「そうですか?」


「そうだよ」私はポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくり歩く。「私みたいなのに関わると、だいたい平穏な日々は保証されない」


彼は前を見たまま、声のトーンは変えない。


「でも、今日あなたに会っていなかったら、私は艦橋で死んでいたと思います」


……クソ。


その一言は、また反則だ。


重くもない。


感傷的でもない。


けど、その平らさが厄介だ。


半秒黙ってから、鼻を鳴らす。


「じゃあ、これからは近くにいな」


言ってから、自分で止まった。


いや、待て。


今のは、どう聞いてもおかしい。


慌てて修正をかける。


「仕事の上で、ね」


デイヴィッドがこちらを見る。


目の奥に、またあの笑いが浮かぶ。


「分かっています」


「本当に分かってる?」


「ええ」


「その『ええ』が一番信用ならないんだけど」


「そうですか」


……クソ。


こういう、何も言い切らないくせに、半分ぐらい中身を見透かしている感じが、いちばん腹が立つ。


と、そこへ新しい面倒ごとが、タイミングよく割り込んできた。


居住区の配分カウンターに着いたところで、当直の士官が顔も上げずにカードを一枚、私の手に叩きつけた。


「新しい寝台区画。人員再編に伴い、元の区画は無効。新配置に従い入室」


私はカードを見下ろした。


三秒後。


顔を上げた。


「……は?」


士官が、うっとうしそうに私を見る。


「何か問題でも?」


「大ありだよ」


カードをひっくり返して、エリアコードと寝室タイプをもう一度確認する。


六人部屋。


Aブロック混成モジュール。


こめかみがひくりと動く。


「連邦、とうとう隠す気もなくなった?」


隣でデイヴィッドがカードを覗き込んで、黙り込んだ。


私はすぐに現状の翻訳に入る。


「お役所向けの言い方だと、『部隊間の一体感強化』『柔軟な居住管理』『前線における性別平等と資源共有』ってところかな」


カードを指で弾く。


「人間語に訳すと——九島重工くしまじゅうこうが艙内のライフラインを外注したとき、水道管と隔壁のコストをケチるために、男女のベッドを最初からごちゃ混ぜに設計した、って話」


士官の表情は、一ミリも動かなかった


明らかに、文句を言いに来たのは私が最初ではなかった。


カードを見れば見るほど、頭が痛くなる。


「六人部屋? しかもAブロック? 軍功を立てたからって連邦が急に良心を取り戻すはずがないと思ってたけど、ご褒美はここに用意してあったわけだ」


隣でデイヴィッドが、かなり控えめに聞いた。


「少なくとも……八人大部屋よりはマシでは?」


私はすぐに彼を見た。


「もうこういう制度のゴミに良いところを探し始めてるの?」


「生き延びようとしているだけです」


「それは早いね、習得が」


もう一度カードの艙番号を確認して、最後に長いため息をついた。


「まあ、いいか」


カードをしまって、配分エリアの方へ向き直る。


「どうせ私はこれまでに、陸橋の下、排水管の脇、刑務所の大部屋、砲灰兵ほうはいへいの雑魚寝艙と渡り歩いてきた。今更、連邦のコスト削減混成モジュールが一つ増えたところで、人生特別新しい屈辱でもない」


二歩ほど歩いてから、もう一度カードを見下ろした。


そして今日いちばん正直な一言を付け加えた。


「……ただ、せめて独立した冷蔵庫だけはあってくれ」


---


六A倉ろくエーそうのドアを開けた瞬間、連邦が私に一秒たりとも良い思いをさせる気がないことを、改めて確認した。


最初に鼻に突き刺さったのは、煙草の臭いだ。


高級バーに漂っていそうな「後味にウッディな余韻が」なんてやつじゃない。長く、安く、フィルターまで人生に疑問を持ち始めそうなほど吸い込んだ、廉価な軍用煙草の臭いだ。


二番目は、男の臭い。


汗、軍靴、乾ききっていない衣類、戦術ベストの中で一日蒸れた体温、それに「たぶん二日ちゃんと風呂に入っていないけど自分では認めたくない」という正直な気配が混ざり合って、生物化学兵器の特許を申請できそうな前線の芳香を作り出している。


三番目が、いちばんきつかった。


女の安い香水の臭いだ。


誰かが、甘ったるくて安物の、三本買えば一本おまけ系の香りで、前の二つの惨事を上書きしようとしたらしい。上書きには失敗した。むしろ、灰皿と汗臭い軍靴と夜市の香水屋台を一緒に洗濯機に放り込んで三十分回した結果になっていた。


私はドア口で二秒、黙った。


そして結論を出した。


ここは寝室じゃない。


六人の生存者と三百種類の細菌が共同で署名した停戦協定の現場だ。


デイヴィッドも隣で足を止めた。


すぐには喋らなかった。たぶん、まだ正常な頭で、人間がこの環境でどうやって呼吸を続けながら昇天せずにいられるのかを、真剣に考えていたんだと思う。


私は横目で見た。


「どうです、文書官殿。想像していた前線の宿舎と、少しイメージが違いましたか」


彼は正直に答えた。


「『少し』と言ったら、『少し』という単位への侮辱になります」


よし。


少なくともこの人は、嗅覚も良心も、まだ生きている。


部屋の中の人間たちは、すでに私たちに気づいていた。


最初に顔を上げたのは、ドア寄りの下段ベッドに寄りかかっていた男だ。


煙草を指に挟んだまま、軍用ベストを半分はだけさせて、腕にレーザーで焼かれた古い傷跡を晒している。全体的に「俺は面倒くさいぞ」という四文字を顔に直接刻んでいるような男だ。髪は短く刈られ、目は気怠そうに細められている。あまり動きたくないが、本気で怒らせたら噛んでくる老いた野良犬みたいな雰囲気がある。


煙草を指に挟んだまま、私を上から下まで一度眺めた。


次に、デイヴィッドを一度眺めた。


最後に口の端を引いた。


「ほう」


のんびりと言う。


「衝突機動の小娘が来たか」


私は見返した。


「そう」


部屋のカードをドア枠に叩きつける。


「軍功申請書に名前を刻み込んだ小娘がね」


彼は一拍止まった。


それから笑った。


友好的な笑いじゃない。「面白い、とりあえず今すぐ嫌いにはならなくてやる」という種類の笑いだ。


「レス」煙草を挟んだ指で自分を示す。「機械工兵きかいこうへい。煙草は吸う、やめない。夜中にいびきをかく、直さない。生活の質について話したいなら、先に連邦の後方支援部長と宇宙平和について話し合ってこい」


……なるほど。


最初から自分のいちばん嫌われそうな部分を全部並べてくる。これは馬鹿じゃない、効率がいいやり方だ。


私は頷いた。


星野霜ほしの・しも。人を斬る。機嫌が悪いときはもっと斬る。夜中に煙草の煙で目が覚めたら、物理的な禁煙補助をしてあげる」


レスは二秒ほど私を見て、口の端の笑みをもう少し広げた。


よし。


この野良犬は、人の言葉が分かる。


二人目は、奥の壁際に座っていた。


でかい。


普通のでかさじゃない。「このベッドに体がどうやって収まるんだ」と最初に思うタイプのでかさだ。肩幅は広く、腕の筋肉は鍛えた綺麗な形じゃなくて、長期間重いものを運び、装甲を引きずり、弾薬箱を引っ張り続けた結果の、厚みのある筋肉だ。煙草は吸っていない。口も開かない。ただ、薄い灰色の目で私を一度見た。


一度だけ。


それで十分だった。


こういうやつは、話しかけなくても、座っている姿勢を見るだけで「友達を作りに来たわけじゃない」と分かる。


私は心の中で即座にラベルを貼った。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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