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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
120/139

33. 全員、集結 2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

その横に、小さく一行。


決定権順位は声量に依存しないものとする。


この一文を見た瞬間、頭の血管が跳ねた。


「おい!」


ジェスはベッドの上で大笑いだ。


「はははは、完全に狙い撃ちされてる! 星野、これ、完全にあんた用の条文だよ!」


「どこがだ。これは純然たる名誉毀損。」


九島真紀は顔色ひとつ変えず、こちらを見上げた。


「もし不満なら、『感情の爆発速度に依存しない』に書き換えます。」


「命が惜しくないの?」


「星野。」まだ笑いながらジェスが言う。「セカンドバージョンのほうが正確だと思う。」


私は深呼吸を一度。


もう一度。


さらに一度。


よし、落ち着け。せっかくそこそこ使える上院のお嬢様が手に入りかけているんだ。少なくとも、残り二ページを書き終えるまでは首を絞めるのは我慢しろ。


まだ何か突っ込みどころを探してやろうと口を開きかけた、そのとき——


ドアの外から、軽いノック音がした。


リンデの、あの息切れ気味の必死ノックでもない。さっき九島がやった、拍子を測った事務的なノックでもない。


どちらかと言えば——


中に人がいるのはわかっているけど、別に急いでもいないから二回で十分、という叩き方。


コツ、コツ。


「星野。」磨き過ぎて鈍く光る刃みたいな、聞き慣れた声がドアの向こうからした。「まだ生きてるなら、ちょっと出てこい。昨日の速乾インナー、サイズが合わなかったから、差し替え持ってきた。」


私とジェスは同時にドアを見た。


ジェスの目が、途端にきらきらする。


「おお〜。」わざとらしく声を伸ばしながら、実に性格の悪い顔で笑う。「工具クソ野郎の話してたら、工具クソ野郎本人が来た。」


首筋がひやりとする。


タイミングが悪いからじゃない。


良すぎるからだ。


九島真紀が補給表の半分を改造し終え、部屋にはコーラの香料とインクの匂い、それから「とりあえず第一ラウンドは殺さずに終わった」みたいな妙な空気が漂っている。そのど真ん中にハーヴィーを放り込むとか、火にガソリンをぶちまける儀式か何かか。


「ちょっと待て。」私は九島に手で合図し、自分でドアへ向かった。


扉を開けると、ハーヴィー・ノックスが立っていた。


いつもの、死にかけとも生きてるともつかない無表情。片手には透明な収納袋。中身は差し替え用インナーと、新しい医療テープ二巻きと、用途不明だがどうせ私がまた何かやらかすのを防ぐための部品だろうという小袋いくつか。灰色の目がこちらをひと撫ですると、すぐ私の肩越しに部屋の中へ視線を滑らせる。


そして——止まる。


彼は黙った。


私も黙った。


どちらも、同じものを見ていたからだ。


白い上院制服の九島真紀が、私たちの机の前に座り、手にペンを持ち、私とジェスの補給表を広げ、その横には半分減ったチェリーコーラ。


どう見ても怪しい。


学部を跨いだ違法取引現場のほうが、まだ説明しやすいかもしれない。


ハーヴィーは二秒ほど沈黙してから、平板な声で言った。


「部屋、間違えたか。」


ジェスが中から大声で応じる。


「間違ってないよ。ようこそ第144班臨時精神病棟へ。本日新規患者一名、上院。」


「ジェス。」私は額を押さえた。


「空気を温めてあげてるだけ。」


ハーヴィーは無視して、視線を九島の顔に戻し、机の改訂プランに落とし、それから再び私の顔に戻した。


その目が言っているのは、ひとつだけだ。


——説明。


私だって、できればもっとましな説明をしたい。


あいにく、嘘を塗る時間も余裕もない。


「サイラスが入院した。」私は身をどけ、彼が入れるようにする。「補充申請者。上院、九島真紀。自分からここに来て、今うちのプラン表をいじってる。ついでに私のコーラも削った。」


ハーヴィーは黙って聞き終え、さほど表情を変えないまま中に入り、収納袋を机の上に置いた。


「何本削った。」


「三本。」ジェスが即答する。


ハーヴィーは軽く頷いた。


「足りないな。」


「ふざけんな。」


九島真紀が顔を上げ、ハーヴィーを見る。


「ハーヴィー・ノックス?」


「ああ。」彼も彼女を見た。「お前が、自分から補充申請出したやつか。」


「そうです。」


「理由。」


「第144班は現状で平均より成功率が高く、かつ埋められる構造的欠損があるからです。」


ハーヴィーは短く固まった。


どのくらい面倒くさいかを脳内リストアップしているのが、眉の動きだけでわかるレベルだ。こいつとはそれだけ長く付き合っている。


「上院って、下院に慈善事業しに来るのが好きだよな。」彼は言った。


「私は慈善をしに来たわけではありません。」九島の返しは早い。


「じゃあ何しに。」


「平均より生存性が高くて、中盤以降に構造欠損が致命傷に化ける班に、穴を埋めに来ました。」


ハーヴィーは彼女を二秒ほど見た。


「今の、人間の言葉で。」


「穴埋め要員です。」彼女は言った。


ジェスがすかさず「うわぁ」と声を上げる。二本の手術刀が火花を散らしているのを見物している観客の顔だ。


私は半歩横にずれた。真ん中に立っていると、二本の刃の真ん中でスライスされる肉片の気分になる。


ハーヴィーは修正済みの補給表を手に取り、目を通し始めた。


一気に、部屋が静まる。


彼は速く読むが、雑ではない。項目を一つずつなぞるたびに、頭の中で小さなシミュレーションを走らせているのが見て取れるタイプだ。私はその状態をよく知っているので、口を挟まない。九島真紀も、座ったまま背筋を伸ばし、視線をハーヴィーに固定して、まるで口頭試問の結果を待っている受験生のように黙っていた。


ジェスは私の隣ににじり寄り、私にだけ聞こえる声でささやく。


「さっきも言ったけどさ、今の空気、マジで『メーカー違いの殺人計算機二台がドライバ互換性テストしてる』って感じじゃない?」


「してる。」私も声を落とす。「どっちが先にフリーズするか、ちょっとわかんないのが嫌。」


ハーヴィーは最後のページをめくり、決定権順位の一行で一瞬止まってから、顔を上げた。


私は先手を打つ。


「それ、私じゃない。」


ジェスの追い打ちが即座に飛んでくる。


「でも事実に基づいた条文。」


「お前は黙ってろ。」


ハーヴィーの口元が、ほんのわずかに動いた。笑ったかどうか判定不能なレベルだ。彼は再び九島のほうに顔を向ける。


「これ、全部お前がいじった?」


「はい。」


「第二セットの硬式発火器をばらして、メイン一個と予備コア一個にしたのは、俺の工具にスパークモジュールが入ってる前提だから?」


「そうです。」


「もし入ってなかったら?」


「私の判断ミスです。出発前に訂正します。」


ハーヴィーは小さく頷き、「良い」とも「悪い」とも言わず、さらに目を走らせる。


「浄水タブレットは分散保持、単点に寄せない。夜間見張りはロールじゃなく役割割り。コーラ九本残し……」


そこでまた止まり、私を見る。


「よく飲んだな。」


「交渉した結果だから。」私は不満を込めて言う。


「この人、最初十本主張してたんだよ。」ジェスが実況する。


「で、お前はどっちについた。」


「公平と正義の側。」


「嘘つけ。完全に『面白いほう』側だろ。」


ハーヴィーは私たちを無視して、紙を机に戻し、ある欄を指でつついた。


「ここは外れ。」


私は身を乗り出す。


「ほら、言った。」


九島真紀も視線を落とす。


ハーヴィーが指していたのは、工具・修繕の欄だ。


「交換用バックルは四セットじゃ足りない。最低六。熱帯雨林の高湿だと、パックと外付けポイントの故障率は紙面の見積もりより上がる。特に、誰かさんが自分のザックを移動ゴミ箱扱いするなら——」


途中で私を見る。


瞬間、全身がむっと熱くなる。


「お前ら、今日は示し合わせて私の悪口を言う日か?」


「違う。」九島真紀が言う。


「でも、そこは彼のほうが正しいです。」きっぱり足された。


思わず彼女を見る。信じられない。


「もうハーヴィー側に付くの?」


「側に付いているわけではありません。」彼女は言う。「事実認定です。」


「その言い方が殴りたくなるって自覚ある?」


「今日は二度似た評価をいただきました。」


「何度でも言う。似合ってる。」


ハーヴィーは表の別の欄をトントンと叩く。


「それとここ。共通メディカルパックを固定しすぎてるってことは、『ジェスは全行程、動けて当然』って前提置いてる。」


自分の名が出た瞬間、ジェスが手を挙げる。


「すみません、見た目ほど耐久度高くないんで。私を医療自販機扱いすると、そのうち固まります。」


九島真紀は表を見下ろし、半秒間だけ止まった。


それから、ごくあっさりペンを取り、欄外に書き足す。


共通メディカルパックを二段構成に分散。主パックはジェス管理、副パックは星野またはハーヴィーが携行。単点障害を回避。


書き終えて、顔を上げる。


「これで。」


ハーヴィーはちらりと見て、短く答えた。


「いい。」


ただそれだけ。


だが、こいつを知っている人間からすれば、それは相当な評価だ。


ジェスもそれがわかるらしく、大げさに息を吸い込んで、左右を見回した。


「おお、歴史的瞬間。ハーヴィーが初回で『いい』って言った。九島さん、おめでとう。チュートリアル突破だ。」


「脳みそ持って来てるからな。」ハーヴィーが淡々と言う。


「それ、彼女を褒めてるの? 私たちを貶してるの?」


「両立する。」


……うん、実にハーヴィーらしい。


私は机に腰を預けたまま、二人のやりとりを見ていて、ふと妙な感覚に襲われた。


九島真紀とハーヴィーは、見た目はまるで違う。


白い制服で、言葉がフォーマットされた公文書みたいな女と、灰色の目で、口が紙やすり並みに荒い男。


だが、「物の見方」は奇妙なほど似ていた——「まあこれでいいか」を信用しない。まず最悪のケースを前提にして、細部の中に生存を押し込んでいくタイプ。


違うのはやり方だ。


ハーヴィーは、まず「バカ」と罵ってから直す。


九島真紀は、罵りもしないで、間違いを数字で囲む。


……クソだな。このコンビが本当に班として固まったら、たしかによく生き残れそうだ。


こっちの寿命は、確実に削れるけど。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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