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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
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03. 九死に一生の脱出 3

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

彼は検傷ベッドの脇に立っていた。近づきすぎず、かといってことさら心配そうな素振りを見せるわけでもなく、ただ静かにそこにいた。私が消毒で眉をひそめるたびに、視線がほんの少しだけ下に落ちる。


変な感じだった。


戦場から帰りがけに、帝国語を読める大学兵だいがくへいを一人拾ってきたつもりだったのに、一戦終えて戻ってきたら、こいつが医療艙いりょうそうで耳を縫われる間ずっと傍に立っていた。


……いや。


これ、少し面倒くさすぎないか。


「同行者の氏名を入力してください」


隣の検傷端末が突然点灯して、登録画面が浮かんだ。


私が無視しかけたところで、そいつは何でもないことのように手を伸ばして、ホロキーボードを何度か叩いた。


端末が読み上げる。


「デイヴィッド・ローゼン。同行関係:同部隊戦闘員」


私は横目でちらりと見た。


ふうん。


デイヴィッド・ローゼン。


正直、思ったより普通の名前だ。


応用外語学部で、艦橋で涼しい顔をして射線軸を計算するタイプなら、もっと学術論文の著者みたいな名前を持っていると思っていた。


見すぎたらしく、彼がこちらに顔を向けた。


「何ですか」


私はすぐに視線を外した。


「別に」


「こっそり名前を確認してましたか」


「してない」


「耳が赤くなってますが」


「傷口が炎症してるだけ」


「そうですか」


「そう」


「なるほど」


クソ。


こういう、見抜いておいて黙って礼儀正しいふりをするやつが、いちばん面倒くさい。


もう一言返してやろうとしたところで、医療アームがちょうど最後の縫合を終えてビープ音を鳴らし、収納された。耳の後ろに透明な修復膜が一層吹きつけられる。


「終わりました」


軍医ぐんいはデータパッドを見ながら言った。


「耳の処置は完了。肩と肋骨は追加スキャンが必要です。上半身、脱いでください」


私は顔を上げた。


「……は?」


軍医は感情ゼロで返した。


「骨折と内出血の確認スキャンです」


「スキャンなのは分かりますが、彼がまだいますよ」


私は顎で隣の目障りなデイヴィッドを示した。


軍医が一瞥する。


「同行者は必要なければ一時退席してください」


デイヴィッドが礼儀正しく半歩下がった。


「では、私は——」


「ちょっと待って」


言葉が出た瞬間、私自身が固まった。


違う。


なんで引き止めた。


頭、まだ直ってないのか。


軍医とデイヴィッドが同時にこちらを見た。


検傷エリアが半秒、静まり返った。


引っ込みがつかないので、そのまま続けるしかない。


「その……もう少しいて」


デイヴィッドが眉を上げた。


動きは小さい。


でも、腹が立つ。


私がこの一言に何か別の意図を持たせていることを、あいつは明らかに分かっている。


「理由は」彼が聞く。


私はすぐに背筋を伸ばした。


「万が一、先生がまた分かりにくい医学用語を並べ始めたとき、通訳が必要になるかもしれないから」


軍医が顔を上げた。


「私は連邦標準語で話しています」


「それはそれで困ります。脳震盪で理解力が落ちているので」


軍医:「……」


デイヴィッド:「……」


私は顔色ひとつ変えない。


「とにかく、もう少しいて」


デイヴィッドはしばらく私を見てから、ごく軽く応じた。


「分かりました」


その「分かりました」が、やけに平坦だった。


なのに、なぜか少し落ち着かない。


本当に嫌だ。


私は俯いて、血で汚れた装甲インナーの固定バックルを外し始めた。


正直、これはどう見ても雰囲気のある場面じゃない。今の私の肩は青と紫が混在していて、脇腹には破片に掠められた赤い痕があって、鎖骨の周りは冷却液が乾いた汚れで覆われている。全体的な状態は「事故現場から引き上げられた直後」と「工業用機甲十台と殴り合った後」の中間あたりだ。


美的センスの欠片もない。


なのに、こういうときに限って、隣の人間が見ているかどうかが気になる。


外層の衣料を少し引き下ろしながら、先に牽制しておく。


「笑ったら、残ってる眼鏡も叩き割るから」


デイヴィッドは無実そうに言った。


「笑っていません」


「心の中では笑ってるかもしれない」


「気をつけます」


「……本当に最近、殴られたそうなことばかり言うね」


スキャン光が肩から脇腹にかけて走るとき、私は無意識に少し身を固めた。


デイヴィッドがそれに気づいたらしく、手に持っていた温かい飲み物をそのまま差し出してきた。


「飲みますか」


私は一瞥した。


「何これ」


「医療艙配給の栄養補助飲料えいようほじょいんりょうです」


「聞くだけで不味そう」


「飲みましたが、確かに大したことはないです」


「じゃあなんで私に渡すの」


「今のあなたには、味がどうあれ、温かいものが必要そうだったので。工業廃水みたいな味でも」


……まあ。


正直な形容ではある。


私は受け取って一口飲んだ。次の瞬間、カップを握り潰しそうになった。


「クソ、これ何」


デイヴィッドは平然としていた。


「一応、忠告はしました」


「こんなもの飲める人間がいるの?」


「今、あなたが飲みましたよね」


「それは判断ミスです」


また笑った。


今度は目の奥が、はっきりと柔らかくなった。


もう一言文句を言おうとしたところで、スキャンベッド横の端末が検傷カラー分類を表示した。


黒、赤、黄、緑。


私の欄が、黄色で点滅している。


その色を二秒ほど眺めて、私はなんとなく笑いたくなった。


「どうしましたか」デイヴィッドが聞く。


私は顎でモニターを示した。


「今日は黒じゃなかった」


彼も画面を見て、少しの間黙った。


私はごく普通のトーンで言った。


「珍しいでしょ。私みたいなのが、黒いリストから引き上げてもらえる日が来るとは」


その言葉が出た瞬間、空気がわずかに変わった。


気まずいわけじゃない。


ただ、うっかり踏み込んではいけない場所を、軽く踏んでしまったような静けさだ。


別に深く考えて言ったわけじゃない。本当に。


私にとって、これはずっと笑い話として使ってきたネタだ。そうしないとどうする?学校でも、刑務所でも、戦場でも、医療システムでも、ずっと「そろそろ死んでいい側」として扱われてきたことを、真顔で認めるのか?


面倒くさい。


笑い話にしておく方が、ずっと楽だ。


でも、デイヴィッドは笑わなかった。


ただ黄色いマーカーを見つめて、少しの間を置いてから、低く言った。


「珍しくないですよ」


私は眉をひそめた。


「は?」


彼がこちらを向いた。


「やっとシステムが一回、正しく判定しただけです」


……クソ。


これは反則だ。


煽情的でもない。


むしろ、平坦すぎるくらい平坦だ。


でも、だからこそ始末に負えない。


誰かが指先で、いちばん厚く包んでいる場所をそっと突いたみたいだった。強く押したわけじゃない。ただ、ああ、ここにはちゃんと感覚があったんだ、ということを思い出させてくる。


喉が少し、乾いた。


「あなた、今日は……」


咳払いをして、視線を外す。


「口が回るね」


デイヴィッドは少し間を置いた。


「死にかけたせいかもしれません」


「それ、コントロールした方がいい。このままだと、応外系じゃなくてヤリチン系の単位を取ってたのかと疑い始める」


「それは褒め言葉ですか」


「警告です」


そのタイミングで軍医がスキャン結果を読み終えて、私の命を救ってくれた。


「肋骨軽度骨折、肩部軟組織挫傷、内出血なし。修復パッチ、鎮痛ゲル、二日間の活動制限を処方します。筋力トレーニング、近接戦闘、過負荷作業は全面禁止」


私はすぐに顔を上げた。


「二日?」


「問題がありますか」


「大いにあります」


「例えば」


「今、前線にいます」


軍医は瞼ひとつ動かさなかった。


「だからこそ、二日必要です」


「無理です。午後に——」


言いかけて、止まった。


軍医が私を見ている。


デイヴィッドも私を見ている。


クソ。


言いそうになった。


私は半秒固まってから、取り繕おうとする。


「……とにかく、予定があります」


軍医は淡々と言った。「キャンセルしてください」


私は即座に苦悶の表情を浮かべた。


「キャンセルできません」


「なぜ」


沈黙が二秒続いた。


デイヴィッドが隣でごく静かに聞いた。


「キャンセルしても返金されないやつですか」


私は勢いよく振り向いて睨んだ。


「黙って」


彼の目の奥に、はっきり笑いがある。


軍医もついに「ああ、そういうことか」という顔をした。


その顔が気に入らない。「この狂女は、あれだけ衝突機動をやらかしておきながら、頭の中では個人の施術予約を気にしていたのか」と言いたそうな顔だ。


……最悪。


見透かされた。


「とにかく」軍医は薬の包みを私の膝の上に置いた。「二日間は馬鹿なことをしないでください」


私は薬を抱えて、ぼそっと言った。


「今日だけで、もう上限を超えています」


隣で誰かが声を出して笑った。


見なくても分かる。


私は首を回した。


「面白い?」


デイヴィッドは両手を上げて、無実を主張するような仕草をした。


「少しだけ」


「じゃあ自分で帰って」


「さっき帰らないでって言ってましたよね」


「今、気が変わりました」


「そうですか」


彼は一歩前に出て、何でもないことのように私の膝の上の薬の包みから修復パッチを一枚取り上げ、使用説明を確認してから、返してきた。


「これ、自分で貼れますか」


私は位置の図を見た。


肩甲骨の後ろ側。


……なるほど。


これが連邦の医療システムがいちばんユーモアのある点だ。いつでも、本人がいちばん自力で対処しにくい場所に処置を指示しておいて、それを「セルフケア」と呼ぶ。


私は黙った。


デイヴィッドも黙って私を見ていた。


数秒後、彼はごく静かに聞いた。


「手伝いましょうか」


嘴硬くしたかった。


本当に。


でも肩を上げると痛くて、脇腹を引っ張っても痛くて、今ここで意地を張ったら、ただの負け犬みたいに見える。


私は不本意ながらパッチを彼の手に押し込んだ。


「……手が変なところに触れたら、戦場に送り返すから」


デイヴィッドはパッチを受け取り、声が平らだった。


「大丈夫です。生きて卒業したいので」


「それならいい」


彼が私の後ろに立ったとき、背中が反射的に少し強張った。


怖いからじゃない。


たぶん、怖いからじゃない。


問題は、今の医療艙が静かすぎることだ。静かすぎて、パッチの包装を開ける音まで聞こえる。彼が近づいてきたときのかすかな気配——香水じゃない、血の匂いを洗い落とした後に残る、清潔な布と医療消毒の匂い——まで、はっきりと分かってしまう。


少し、困る。


この距離も。


この静けさも。


余計なことを考えさせてくる。


「星野」


突然、彼が呼んだ。


ただ短く、私の苗字を。


肩がまた少し強張った。


「何」


「力を抜いて」


私は意地を張った。


「抜けてます」


彼は少し間を置いた。


それから、ごく低く言った。


「アホ毛まで立ってますよ」


……クソ。


今すぐ振り返って薬の包みを投げつけたかった。


でも今は体を捻るのが難しいので、我慢するしかない。


「もう一言言ったら、本当にセクシャルハラスメントで訴えますよ」


「客観的な事実を述べているだけです」


「今日、本当に度胸がありますね、デイヴィッド・ローゼン」


名前を口にした瞬間、自分でも少し驚いた。


医療艙も一瞬、静まり返った。


背後で彼はすぐには答えなかった。


それから、かすかな笑い声が聞こえた。


「覚えてたんですね」


私の耳の根元が熱くなった。すぐに声を鋭くする。


「端末があんなに大きな声で読み上げたんだから、誰でも覚えるでしょ」


「それもそうですね」


パッチが肩の後ろに貼られるとき、彼の指の腹が皮膚の縁をほんの少し掠めた。


ほんの一瞬。


ごく短く。


でも、私の全身は瞬時に固まった。


クソ。


こういうとき心拍が上がるのは、傷のせいなのか、薬のせいなのか、それとも別の何かのせいなのか、本当に判断がつかない。


非常に、判断がつかない。


私はいつも、答えのない問題が嫌いだ。


「終わりました」彼が半歩下がった。「これで大丈夫だと思います」


私はゆっくりと衣料を引き戻して、落ち着いた顔を作って、うん、と言った。


それからもう一言、負けたくないので付け加えた。


「まあ、貼り方は悪くない」


デイヴィッドは素直に応じた。


「ありがとうございます」


「褒めてない」


「そういうことにしておきます」


私は睨んだ。


彼は私を見た。


それから、二人同時に、何となく視線を外した。


……まあ、いいか。


少なくとも、まだ取り返しはつく。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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