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第30話 共同経営者

 開店初日の客は、三人だった。


 一人は港の荷運び。

 一人は船大工。

 一人は、雨宿りのつもりで入ってきた老人。


 老人は、扉を開けるなり言った。


「ここ、前は不味い粥屋だったろう」


 シルヴィアは鍋の前から顔を上げた。


「今も不味いかどうかは、食べてから言いなさい。発言には順序があるわ」


 老人は目を丸くした。


「口の悪い女将だ」


「舌は悪くないわ」


 ヴィンツェンスが横から言った。


「銅貨二枚で確認できます」


「高いな」


「女将の機嫌よりは安いです」


「そうかい」


 老人は笑い、椅子に座った。


 その日出したのは、港の魚と豆の煮込みだった。

 魚は新鮮だが、安い切れ端。豆は白鳥亭でもらったものの残りに、港で買い足したもの。

 玉ねぎ、香草、塩。少しだけ酸味を加えた。


 味は悪くなかった。

 シルヴィアは、そう判断した。


 荷運びは無言で食べた。

 船大工は匙で鍋底をさらった。

 老人は、最後に言った。


「前よりましだ」


「ひどい褒め言葉ね」


「港では最上級だよ」


「なら港の言葉は貧しいわ」


「また来る」


「次はもっとまともな褒め言葉を持ってきなさい」


 老人は笑って出ていった。


 ヴィンツェンスは銅貨を数えた。


「赤字ですね」


「初日から黒字になる店は、たいてい何かを水で薄めているわ」


「うちもスープは水を使います」


「屁理屈を煮込まないで」


 赤字だった。

 翌日も赤字だった。

 三日目は、ぎりぎり赤字だった。


 だが五日目には老人が二人を連れてきた。

 七日目には船乗りが来た。

 十日目には、港の魚売りの女が、売れ残りの魚を安く置いていった。


「腐る前に、あんたの鍋で働かせてやってよ」


「魚にも再就職先が必要なのね」


「人間より素直だよ」


「同感だわ」


 客は少しずつ増えた。


 杖をついた片目の女将を珍しがる者はいた。

 口の悪さに怒る者もいた。

 だが料理が出ると、たいてい黙った。


 黙らせるために料理を出しているわけではない。

 少なくとも、表向きは。


 ヴィンツェンスは仕入れに出て、夕方に戻る。

 シルヴィアは店に残り、鍋を見る。

 足が痛む日は椅子に座って味を決めた。

 客の前で座ることに、最初は腹が立った。

 けれど、グレータの言葉を思い出した。


 ――座って味を決める女将もいる。


 なら、それでいい。


 ある夕方、ヴィンツェンスが南の塩を仕入れて戻った。


 袋を台に置き、息をつく。


「高かった」


「では高く売ればいいでしょう」


「料理屋の女将は強欲ですね」


「元伯爵令嬢ですもの。育ちが悪いのよ」


「それは知りませんでした。私はてっきり、生まれつきだと」


「あなた、今日の夕食を抜かれたいの?」


「共同経営者への脅迫は、店の評判に関わります」


「では黙って働きなさい。評判より先に鍋が焦げるわ」


 ヴィンツェンスは笑い、袖をまくった。


 共同経営者。

 その言葉を、彼は時々使う。


 恋人とは言わない。

 婚約者とも言わない。

 夫とも言わない。


 けれど共同経営者という言葉は、この店の床板のように、二人の足元に少しずつ馴染んでいった。

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