第26話 思うがゆえに
シルヴィアを見つけたのは、ヴィンツェンスだった。
彼女は、果樹園の乾いた草の上に座り込んでいた。
正しく言えば、座り込んだというより、倒れてなお起き上がろうとして失敗した形だった。
杖は手の届くところにあった。
だが彼女の左足は、少しも言うことを聞かなかった。
遠くで、屋敷の者が呼ぶ声が聞こえていた。
家令か、使用人か。どうでもよかった。
人の声は、こういう時に限って遠い。
近づいてくる足音がした。
軽くもなく、重くもない。
急いでいるのに、急ぎすぎない足音。
「見世物は終わりよ」
シルヴィアは、相手を見る前に言った。
「まだ開演にも間に合っていません」
ヴィンツェンスの声だった。
「遅いわ」
「呼ばれていませんので」
「呼ばなくても来るのね」
「馬がこちらに行けと」
「その馬、本当に余計なことばかり喋るわね」
ヴィンツェンスは、すぐそばで膝をついた。
手は出さなかった。
ただ、彼女の顔を見た。足を見た。杖を見た。周囲の草を見た。
「立てますか」
「立てるわ」
「今ではなく、事実として?」
「あなた、嫌な聞き方を覚えたのね」
「師がよいもので」
「最悪の弟子ね」
シルヴィアは杖に手を伸ばした。
指は届いた。握る。力を込める。
立とうとした。
左足に、白い痛みが走った。
声が出そうになった。出さなかった。出さなかったが、息が喉で切れた。
ヴィンツェンスは何も言わなかった。
それが、逆に彼には分かったのだと告げていた。
「抱えたら、殺すわ」
「物騒な救助要請ですね」
「要請していない」
「そうでした」
彼は立ち上がり、少し離れた果樹の枝を見た。
それから、自分の外套を脱いで、草の上に広げた。
「何」
「座面の改善です。地面は交渉に応じませんでした」
「私は地面と交渉していたの?」
「かなり強引に」
「黙りなさい」
シルヴィアは外套の上へ、少しだけ身体を移した。
屈辱だった。
だが乾いた草の冷たさが和らぐと、足の痛みもわずかに落ち着いた。
ヴィンツェンスは、離れたところから小さな水筒を差し出した。
「飲んでください」
「毒?」
「毒を買う余裕はありません」
「安い毒なら?」
「あなたには効かなそうです」
「褒めているの?」
「かなり」
シルヴィアは水を飲んだ。
冷たい水が喉を通る。
息が少し戻った。
しばらく、二人は黙っていた。
果樹園には、薄い風が吹いている。
若い葉が小さく鳴った。
屋敷の方では、人々がまだ彼女を探している。
だが今は、ここだけが妙に静かだった。
「この足が嫌いよ」
言葉は、急に出た。
言ってから、自分でも驚いた。
ヴィンツェンスは、驚かなかった。
「知っています」
シルヴィアは笑った。
「慰めないのね」
「嫌いなものを好きになれと言われても、腹が立つだけでしょう」
「あなた、たまにまともなことを言うから嫌いよ」
「常にまともではないので、ご安心を」
「この足がなければ」
シルヴィアは自分の膝を見た。
「もっと早く歩けたわ。舞踏会にも出られた。階段も、庭も、馬も、こんなふうに私を止めなかった。客間で誰かが目を伏せることも、父が黙ることも、継母が守る顔をすることも、少しは少なかったかもしれない」
ヴィンツェンスは黙って聞いていた。
「母と同じ目も嫌い。足も嫌い。嫌いなものばかり、自分の身体に縫いつけられているみたい」
「ええ」
「ええ、だけ?」
「他に何を」
「普通は、そんなことはないと言うところよ」
「そんなことはない、で足が軽くなるなら、いくらでも言います」
「ならないわ」
「でしょう」
シルヴィアは水筒を握った。
「あなたは本当に、優しくない」
「よく言われます」
「誰に」
「最近は主にあなたに」
彼女は少しだけ笑った。笑ったというより、息が崩れた。
ヴィンツェンスは、ようやく少し近づいた。
「戻れと言ったことは、取り消しません」
シルヴィアの顔から、笑みの影が消えた。
「今それを言うの」
「今でないと、また逃げられそうなので」
「足が動かない相手に言う台詞?」
「だから今です」
「最低ね」
「ええ」
彼は静かだった。
「戻る道があることは、知っておいた方がいい。あなたがそれを選ばないとしても」
「私は選ばされるのが嫌いなの」
「知っています」
「あなたに戻れと言われたら、同じなのよ」
「そう聞こえたなら、私の言い方が悪かった」
「珍しいわね、謝罪?」
「返品は不可です」
「安物ね」
シルヴィアは目を閉じた。
左目だけではなく、両方を。
「私は、戻ったら何になるの」
「伯爵令嬢です」
「違うわ」
声が少し震えた。
腹立たしい。
「戻ったら、私は“家出をしたが許された娘”になる。“足と目に難があるが受け入れられた女”になる。“寛大な男に拾われた妻”になる。私の皿はどこにも出ない。私の味は、誰にも聞かれない」
ヴィンツェンスは返事をしなかった。
「私は、鍋の前なら立てるの」
それは、グレータに言われた言葉だった。
鍋の前なら立てる。
長くは無理でも。
足が痛んでも。
座ってでも。
「戻ったら、鍋は遠くなるわ」
「ええ」
「それでも戻れと言うの」
「私は」
ヴィンツェンスは言いかけて、やめた。
めずらしく、言葉を選んでいた。
「私は、あなたが戻れなくなることが怖い」
シルヴィアは目を開けた。
風が、果樹の枝を揺らす。
「あなたが?」
「ええ」
「商人は怖がらないのではなかった?」
「商人はよく怖がります。怖がらない商人から死にます」
「何が怖いの」
「あなたが、私の荷馬車に乗ったせいで、全部失ったと思うことです」
「私が?」
「いつか」
「勝手ね」
「ええ」
「あなた、自分の影響を高く見積もりすぎよ」
「商売では安く見積もるのですが」
「私は、あなたのせいで来たわけじゃない」
「知っています」
「いいえ、知らない。あなたは知らないふりをしている。私が自分で乗ったことを、まだ信じきっていない」
ヴィンツェンスは、少しだけ目を伏せた。
その沈黙は、答えだった。




