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第22話 車輪は嘘をつかない

 翌日、山道へ入る前に、二人は東へ少し逸れた。


 理由は、車輪だった。


 雨と泥と山道で傷んだ車輪の留め金を、ヴィンツェンスは何度も見ていた。

 帳簿よりも熱心に見ていたので、シルヴィアは少し気味が悪くなった。


「車輪に恋でもしているの」


「車輪は裏切りません。壊れる時は音で知らせてくれます」


「人間も壊れる時は音を出すわ」


「あなたの場合は、壊れる前から音が大きい」


「歩いて帰りたいの?」


「その足で?」


 言ってから、ヴィンツェンスはわずかに口を閉じた。


 シルヴィアは彼を見た。


「続けなさい」


「失言でした」


「珍しいわね。あなたにも失言という概念があったの」


「商人にも在庫管理くらいはあります」


「今のは、売れ残り?」


「廃棄します」


 彼はそれ以上言わなかった。


 シルヴィアも、それ以上刺さなかった。


 刺せた。

 いくらでも刺せた。

 けれど、刺す気が少し萎えた。


 それが気に入らなかった。


 車輪を直すには、近くの荘園に鍛冶場があるという。

 そこはグラウベルク家と古くから縁のある小貴族、ハルデンベルク家の屋敷だった。


 ヴィンツェンスは渋った。


「別の村まで行きましょう」


「なぜ」


「あなたの顔を知っている可能性があります」


「私の顔はそんなに有名ではないわ。悪名はあるかもしれないけれど」


「悪名は顔より早く旅をします」


「あなたの商売より優秀ね」


「まったくです」


 だが車輪は待たなかった。

 山道へ入る前に直さなければ、荷馬車ごと谷へ落ちる可能性がある。


 昼過ぎ、二人はハルデンベルク家の屋敷へ着いた。


 それは城というほどではないが、石造りの立派な館だった。

 丘の上にあり、古い塔と広い馬場を持っている。

 門番はヴィンツェンスを見て、次にシルヴィアを見た。


 そして顔色を変えた。


「グラウベルク伯爵令嬢……?」


 シルヴィアは杖を突き、まっすぐ立った。


「そう見えるなら、あなたの目はまだ使えるわね」


 門番は慌てて中へ走った。


 ヴィンツェンスが低く言った。


「だから嫌だったんです」


「遅いわ。車輪に言いなさい」


「車輪は謝りません」


「あなたより立派ね」


 やがて、ハルデンベルク男爵夫妻が出てきた。


 男爵は丸い顔をした五十代の男で、服は少し時代遅れだった。

 夫人は痩せていて、首に古い真珠を巻いている。

 二人とも、シルヴィアを見て困惑しながらも、礼を尽くそうとしていた。


「まあ、シルヴィア様。どうしてこのようなところへ」


「車輪が社交を望んだのです」


「は?」


「壊れかけているの。鍛冶場を貸していただけるかしら」


「あ、ああ、それはもちろん。ですが、その……お連れの方は」


 男爵の目がヴィンツェンスへ向いた。


 ヴィンツェンスは帽子を取った。


「ヴィンツェンス・レンテンハイマーです。行商をしております」


「ああ、レンテンハイマー。グラウベルク家に出入りしている」


「はい」


 夫人は、すぐに形を作った。


「シルヴィア様、お疲れでしょう。どうぞ中へ。お部屋をご用意いたしますわ」


「車輪の修理が先よ」


「それは使用人に」


「私の荷馬車よ」


 ヴィンツェンスが横から言った。


「私の荷馬車です」


「今は私も積まれているわ」


「災害保険に加入していないのが悔やまれます」


 男爵夫妻は、二人のやり取りをどう処理してよいか分からない顔をした。


 結局、車輪は屋敷の鍛冶場へ運ばれることになった。


 だがシルヴィアは客人として館へ通され、ヴィンツェンスは行商人として裏手へ回された。


 そこで、二人の道は分かれた。


 それは誰かが悪意を持ってしたことではない。

 むしろ、誰も疑わないほど自然なことだった。


 だからこそ、シルヴィアは腹が立った。

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