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第21話 けれど、違う味

 スープは、よくできた。


 白豆は柔らかく、玉ねぎは甘く、燻製肉の塩気が薄い汁に広がっている。

 豪華ではない。

 美しくもない。

 けれど寒い小屋で食べるには、ちょうどよかった。


 シルヴィアは椀にスープをよそい、ヴィンツェンスへ渡した。


「少し冷ましたわ。熱いものを急いで食べる子供だったそうだから」


「記録は恐ろしいですね」


「恥を残したくなければ、まともに生きることね」


「それは難しい」


 ヴィンツェンスは椀を受け取り、一口飲んだ。


 黙った。


 火がぱちりと鳴る。


 シルヴィアは、急に落ち着かなくなった。


「何か言いなさい」


「うまいです」


「それはさっきの豆煮込みにも言ったわ」


「では、困ります」


「なぜ」


「同じ言葉しか出ないので」


 ヴィンツェンスは椀を見下ろした。


「懐かしい味です。けれど、同じではない」


「当たり前よ。母ではなく私が作ったのだから」


「ええ」


「残念?」


「いいえ」


 返事は静かだった。


「同じでなくて、よかったと思います」


 シルヴィアは、左目のまぶたがわずかに震えるのを感じた。


 母と同じ琥珀色。

 閉じていれば、見られない。

 開ければ、比べられる。


 けれどこの男は、同じでなくてよいと言った。


 シルヴィアは左目を少し開けた。


 小屋の中は暗い。火の光だけが揺れている。

 視界が広くなる。

 広くなった分、落ち着かない。


 ヴィンツェンスは気づいた。


 たぶん気づいた。

 彼の目が一瞬だけ止まったから。


 だが彼は何も言わなかった。


 それがよかった。


「レンテンハイマー」


「はい」


「母のスープより、私の方がおいしい?」


「危険な質問ですね」


「逃げるの?」


「逃げ道を確認しているところです」


「商人らしいわ」


 ヴィンツェンスは少し考えた。


「奥様のスープは、空腹の子供に必要な味でした」


「私のは?」


「疲れた大人に必要な味です」


「それ、褒めているの?」


「かなり」


「やはり分かりにくいわ」


「分かりやすく言うと、あなたが調子に乗る」


「もう乗っているわ」


「では手遅れですね」


 シルヴィアは椀を持ち上げ、自分のスープを飲んだ。


 熱い。

 だが、口を焼くほどではない。


 母の味と同じではなかった。

 それでよかったのだと、まだ言い切れない。

 けれど少なくとも、違うことが罪ではないのだと、ほんの少し思えた。


 夜は深くなった。


 小屋の外では、森が静かに眠っている。荷馬車の馬も、軒下で息をしていた。遠くで梟が鳴いた。


 シルヴィアは左目を開けたまま、火を見ていた。


 世界は広すぎる。

 両目で見ても、なお広すぎる。


 けれど今夜だけは、火と鍋と一人の行商人が、その広さを少しだけ狭くしていた。

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