第16話 片目の料理人
昼になると、広場の長椅子は旅人で埋まった。
シルヴィアは女の手伝いとして、鍋の前に立っていた。
ヴィンツェンスは少し離れたところで荷を広げている。
ときおり客に針や蝋燭を売り、合間にこちらを見た。
見張られているようで、シルヴィアは腹が立った。
けれど不思議なことに、その視線は煩わしくなかった。
少なくとも、客間で浴びた視線とは違った。
そこへ、小さな男の子が来た。
年は六つか七つほど。手には木の匙を持ち、椀の中を覗いている。
頬に煤がついていた。
鍛冶屋の子だろうか。
シルヴィアが粥をよそって渡すと、子供は彼女の顔をじっと見た。
見すぎだ、とシルヴィアは思った。
その次の瞬間、子供は言った。
「お姉さん、目の色が違う」
広場の音が、ほんの少し薄くなった。
誰かが匙を止めた。
女が「あ」と小さく声を漏らした。
鍛冶屋の男が子供の肩を掴もうとする。
シルヴィアのまぶたが、反射的に動いた。
左目を閉じる。
いつものように。
母と同じ琥珀色を隠すように。
けれど完全には閉じきらなかった。
その前に、ヴィンツェンスの声がした。
「珍しいものを見る時は、まず皿を空にする。料理人への礼儀だ」
子供は振り向いた。
「食べたら見ていいの?」
「食べた後なら、感想を言う権利があります。目の感想より先に、味の感想をどうぞ」
「うん」
子供は素直に椀を抱え、匙で粥を食べ始めた。
周囲から、小さな笑いがこぼれた。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
シルヴィアはヴィンツェンスを見た。
彼は荷物の前に座り、何事もなかったように古い蝋燭を並べている。
腹立たしい男だ。
腹立たしいほど、場を壊さなかった。
鍛冶屋の男が気まずそうに言った。
「すまんな、子供が」
「子供は目についたものを言うだけよ。大人みたいに、見ていないふりをしながら値踏みするよりはまし」
男は黙った。
シルヴィアは子供の椀を見た。
「どう」
子供は口をもぐもぐさせながら言った。
「おいしい」
「そう。では目より舌の方がましね。大事にしなさい」
「お姉さんの目、きれいだよ」
今度こそ、シルヴィアは言葉に詰まった。
きれい。
その言葉を、何度も聞いたことはあった。
母と同じ琥珀色ですね。
奥様を思い出します。
なんてお可愛らしい。
違う色の目も、珍しくて美しい。
けれど、そのどれもが彼女を母の影や見世物にした。
子供の言葉は、ただの言葉だった。
きれい。
花を見て言うように。石を拾って言うように。
シルヴィアは左目を閉じなかった。
「味の感想を先に言いなさいと言われたでしょう」
「おいしいって言ったよ」
「ならよろしい」
子供は笑って走っていった。
女がそっと言った。
「あの、気を悪くしたなら」
「したわ」
「ああ、やっぱり」
「でも料理は出す。客の無作法で鍋を捨てるほど、私は優しくない」
女は、少し困った顔で笑った。
昼が終わる頃には、鍋は空になっていた。
ヴィンツェンスは荷をしまいながら言った。
「今日は客の入りが良かった」
「目の話?」
「料理の話です。あなたはすぐ自意識を皿に混ぜる」
「あなたはすぐ人の痛いところに塩を振るのね」
「料理人の隣にいると、塩加減が移ります」
「その塩、質が悪いわ」
「仕入れ先に問題がありますね」
シルヴィアは左目を指で触れた。
開いている。
まだ。
風が通り、少し寒かった。
「見えていると、落ち着かないわ」
「何がです」
「世界が」
ヴィンツェンスは少し黙った。
「片目で見るには、世界は少し広すぎますからね」
「両目でも広すぎるわ」
「では、狭いところから見ましょう。鍋の中とか」
「あなたの人生は、鍋と帳簿しかないの?」
「最近、余計な荷物も増えました」
「誰のこと?」
「返品不可の方です」
シルヴィアは杖を握り直した。
「失礼ね」
「ええ」
「反省は?」
「検討中です」
「長い検討になりそうね」
「商人ですので」
広場の端で、子供がこちらに手を振っていた。
シルヴィアは返さなかった。
ただ、目を閉じなかった。
それだけで、今日は十分だった。




