第15話 焦げた鍋底
森を抜けると、道は少しずつ明るくなった。
昨日の泥はまだ車輪にまとわりついていたが、
空は晴れていた。
雲は薄く、遠くの丘に白い羊の群れが見えた。
春はまだ頼りない顔をしていたが、確かにそこに来ていた。
シルヴィアは荷台の端に腰かけ、杖の先を見ていた。
昨夜、ヴィンツェンスが巻いた革は、朝の光の中でいっそう不格好だった。
黒木の杖に、茶色い革が巻かれている。
貴婦人の杖ではない。
旅人の杖だった。
それが腹立たしいほど役に立った。
森の中の湿った土でも、杖の先は前より沈みにくい。
滑りにくい。
左足の痛みが消えるわけではない。だが、痛みと転倒のあいだに、小さな猶予ができた。
その猶予を作ったのがヴィンツェンスだと思うと、やはり腹立たしかった。
「その杖、見過ぎると穴が空きますよ」
御者台から、ヴィンツェンスが言った。
「穴が空いたら、あなたに修理させるわ」
「私が作ったものではありません」
「勝手にいじったでしょう」
「改善です」
「あなたの改善は、見た目が悪い」
「見た目で雨道は歩けません」
「正論は、もう少し美しく言いなさい」
「美しい正論は、たいてい高くつきます」
シルヴィアは鼻を鳴らした。
昼前、二人は小さな宿場町へ着いた。
町というより、街道沿いの広場に家々が寄り集まった場所だった。
旅籠が二軒、馬小屋が三つ、鍛冶屋が一つ。
井戸のそばには、旅人や荷運びが座れる長椅子が並んでいる。
広場の端で、女が大きな鍋を前に困っていた。
その女はまだ若い。
茶色い髪を布でまとめ、袖をまくっている。
鍋からは、焦げた麦と薄い肉汁の匂いがしていた。
ヴィンツェンスが荷馬車を止めると、女がこちらを見た。
「レンテンハイマーさんじゃないか」
「どうも。今日も馬は元気で、私の財布は不健康です」
「そりゃいつものことだね」
女は笑ってから、シルヴィアを見た。
杖。片目。外套。
その順に視線が動く。
シルヴィアは黙って女を見返した。
女は慌てて目を逸らした。
「そちらは?」
「荷物です」
「誰が荷物よ」
「話す荷物です」
「売れ残るわね」
「返品もききません」
女は目を丸くした後、吹き出した。
「変わったお連れさんだね」
「ええ。毎日、神の試練を荷台に積んでいます」
「あなた、神に失礼ね。神でもここまで口は悪くないわ」
シルヴィアは鍋の方を見た。
「ところで、その鍋は何?」
女の顔が曇った。
「昼に旅人へ出す麦粥なんだけどね。母が腰を痛めて、私が見てるんだ。けど、どうにも焦げ臭くて」
「焦げ臭いのではなく、焦げているのよ」
「そこまではっきり言う?」
「鍋に遠慮しても味はよくならないわ」
シルヴィアは荷台から降りた。
ヴィンツェンスは木箱を置く。
シルヴィアは何も言わずにそれを使った。
言わないことが、少し増えている。
それに気づいて、彼女はまた不機嫌になった。
鍋に近づき、木匙で底を探る。
「底が死んでいるわ」
「死ぬのかい、鍋の底って」
「ええ。料理人が殺すの」
女は困ったように笑った。
シルヴィアは鍋を火から下ろすように言い、上澄みだけを別の鍋へ移させた。
焦げた部分は捨てる。麦は一部だけ助かる。塩が弱い。肉は少ない。玉ねぎがある。乾いた香草も少し。
「レンテンハイマー、干し肉は?」
「売り物です」
「知っているわ。売れ残りそうな端を出しなさい」
「慈善事業ではないのですが」
「焦げ粥を旅人に出すより、あなたの干し肉を少し失う方が世のためよ」
「世の中はいつも私の財布に厳しい」
ヴィンツェンスは、端肉を出した。
シルヴィアはそれを細かく刻ませ、玉ねぎと一緒に炒め直した。
焦げた匂いを完全に消すことはできない。
ならば、別の香りを上に置く。
麦の甘みを少し引き出す。
塩は少しずつ。
最後に香草。
広場を通る旅人が、匂いに気づいて足を止めた。
「何だ、今日はましな匂いがするな」
鍛冶屋の男が言った。
女が顔をしかめる。
「いつも悪いみたいじゃないか」
「いつもは、腹に入ればいい匂いだ」
「それを悪いと言うのよ」
シルヴィアは木匙を男に向けた。
「食べるなら黙って座りなさい。食べないなら匂いの邪魔よ」
男は目を丸くし、それから笑った。
「怖い料理人だな」
「料理人が優しい必要はないわ。優しいだけの料理人は、たいてい肉を煮すぎる」
ヴィンツェンスが横で言った。
「この方は、肉にも人にも厳しいです」
「あなたには特にね」
「光栄です」
「嘘がお上手」
「商売道具です」
やがて、麦粥は別のものになった。
粥というには具が多く、煮込みというには少しゆるい。
けれど、焦げた失敗ではなく、寒い日に腹へ落ちる一皿になっている。
女が味見をして、目を丸くした。
「すごいね。焦げてたのに」
「焦げは消えていないわ。隠しただけ」
「それでも十分だよ」
「十分で済ませるから、鍋底が死ぬのよ」
「手厳しい」
「鍋は反省しない。料理人が反省するしかないわ」
女は笑った。
その笑いに、嫌な湿り気はなかった。




