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第12話 雨上がりの町

 翌朝、リントハーフェンの町は雨上がりの匂いをしていた。


 市場の土は踏み固められ、ところどころに水たまりが光っている。

 屋根から落ちる滴は、朝日に細くきらめいた。

 魚屋はもう店を開き、パン屋の煙突からは白い煙が上がっていた。


 シルヴィアは宿の裏庭で、昨日空にした鍋を洗っていた。


 水は冷たい。指先が赤くなる。

 屋敷なら、こんなことは使用人がしただろう。

 だが、使用人の手に任せれば鍋の底の焦げを見落とす。

 焦げは、見落とされた罪のように後で味を悪くする。


 ヴィンツェンスが横から覗き込んだ。


「お嬢様に鍋を洗わせると、グラウベルク家の先祖が墓から起きそうですね」


「起きたら働かせるわ。先祖代々、家計を食いつぶして眠っているのだから、鍋の一つくらい磨くべきよ」


「その発想は革命的です」


「革命なら、まずあなたの帳簿から焼きましょう」


「革命は中止で」


 ヴィンツェンスは馬に水をやり、荷を積み直した。

 昨日、豆は売れた。

 代わりに、塩と針と蝋燭が少し売れ残った。

 行商とは、売れ残りを次の町へ運ぶ仕事でもあるらしい。


 シルヴィアは鍋を布で拭きながら、ふと思った。


 昨日の客たちは、今日も自分を覚えているだろうか。

 片目の女。杖の女。口の悪い料理人。豆の煮込み。


 どれでもよかった。


 少なくとも、アルトシュタインの客間で呼ばれるよりはましだった。


 出立の前、昨日の荷運びの男が宿の前を通った。

 彼はシルヴィアを見つけると、手を上げた。


「今日は煮込みはないのか」


「あなたの腹は昨日から成長がないのね」


「うまかったから聞いたんだ」


「次に来たら、もっと高く売るわ」


「ひでえな」


「褒め言葉として受け取っておく」


 男は笑って去った。


 シルヴィアは、少しだけ口元を緩めた。

 その瞬間を、ヴィンツェンスが見ていた。


「何」


「いえ」


「言いたいことがあるなら言いなさい。黙っている顔が腹立たしいわ」


「客商売に向いていると思いまして」


「喧嘩を売る客商売?」


「昨日、売れていました」


「あなたの銅貨勘定よりは上品よ」


「それは自信を持って否定します」


 馬車は町を出た。


 西の道は、昨日の雨でぬかるんでいる。

 馬は慎重に歩き、車輪は時おり泥に取られた。

 ヴィンツェンスは焦らず、道の固いところを選んで進む。


 シルヴィアは御者台の後ろ、荷台の入り口近くに座っていた。


 幌の中にいるより、外の風に当たりたかった。

 町を出る時、誰かが自分を探して駆けてくるのではないかと思ったが、誰も来なかった。


 それは自由だった。

 同時に、少しだけ空ろだった。


 家とは、逃げたい場所であるくせに、逃げた後も影だけはついてくる。厄介なものだった。

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