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第11話 外の空気

 昼を過ぎるころ、鍋の前には短い列ができた。


 荷運び。魚売り。桶職人。馬丁。子供を連れた女。

 誰もシルヴィアを令嬢とは見なかった。

 珍しい女だとは見た。

 杖をつき、片目を閉じ、口が悪く、鍋の前にいる女。


 だが、椀を受け取ると、人はまず食べる。


 食べているあいだ、人の目は皿へ落ちる。


 それが、シルヴィアには不思議だった。


 屋敷の客間では、誰も彼女の顔から目を離さなかった。

 杖を見る。閉じた目を見る。足を見る。

 見ないふりをする者も、結局は見ないふりをするために見ている。


 けれどここでは、湯気が勝った。


 鍋が、彼女の前に立ってくれた。


「塩が少し変わったな」


 さっきの荷運びの男が、三杯目を食べながら言った。


「変えたわ」


「さっきの方が濃かった」


「あなたの汗が足りないのよ。あと半刻働いてから来なさい」


「ひでえ女だ」


「でも食べるのでしょう」


 男は笑って、椀を傾けた。


 ヴィンツェンスは横で銅貨を数えている。


「悪くないですね」


「何が」


「売上が」


「料理の話をなさい。勘定の音ばかり聞いていると耳が腐るわ」


「商人にとっては子守唄です」


「かわいそうな幼年期ね」


 彼は笑わず、鍋を見た。


「うまいです」


 シルヴィアは手を止めた。


「さっきも言った?」


「言っていません」


「では、もう一度言いなさい」


「調子に乗るので嫌です」


「あなた、客に味を聞かれたら黙るつもり?」


「私は売る側です。黙っている方が信用されます」


「確かに、あなたは黙っている時が一番まともね」


 その時、先ほどの荷運びの男が、空になった椀を返した。


「腹が落ち着いた」


 たったそれだけ言って、彼は行った。


 シルヴィアは、鍋の柄を持ったまま動かなかった。


 腹が落ち着いた。


 美しい、とは言われなかった。

 お可哀想に、とも言われなかった。

 立派な伯爵令嬢、とも言われなかった。

 欠けたところも気にしない、とも言われなかった。


 腹が落ち着いた。


 その言葉は、ひどく素朴で、荒くて、飾り気がなかった。

 だからこそ、胸の奥にまっすぐ入ってきた。


 ヴィンツェンスが横で言った。


「いい褒め言葉です」


「分かっているわ」


「泣くほどではありません」


「泣いていない」


「では、玉ねぎのせいにする必要はありませんね」


「あなたを刻めば、もっと涙が出るかしら」


「食材としてはおすすめしません。筋が多い」


 シルヴィアは、鍋をかき混ぜた。


 底が見え始めている。

 売れ残りの豆は、もうほとんど残っていなかった。


 市場の騒がしさは相変わらずだった。

 魚は値切られ、鶏は逃げ、子供は叱られ、老人は天気の悪口を言っている。


 その中で、シルヴィアは初めて、自分が屋敷の外で呼吸していることを知った。


 呼吸は、まだ下手だった。

 けれどできた。


 夕方、鍋は空になった。


 ヴィンツェンスは銅貨を数え、小さく頷いた。


「豆の葬式代は浮きました」


「感謝しなさい」


「誰に」


「豆と私に」


「豆には感謝します」


「私には?」


「考えておきます」


 シルヴィアは杖を取った。


 足は痛む。立っていた時間が長すぎた。だがその痛みは、朝の痛みとは少し違った。


 ただ奪われる痛みではなかった。

 何かをした後に残る痛みだった。


 それが少しだけ、悔しいほど悪くなかった。

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