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離婚できないなんて…  作者: マーたん


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壊れる音は、静かだった

雨の日は

第三章:壊れる音は、静かだった


 人は。


⸻


 本当に大切なものを失う時。


⸻


 案外、静かに壊れる。


⸻


*


 夜。


⸻


 雨。


⸻


 薄暗いホテルの部屋。


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 ベッド。


⸻


 乱れたシーツ。


⸻


 そして。


⸻


 黒瀬 恒一 は、自分の呼吸音だけを聞いていた。


⸻


「……っ」


⸻


 頭が真っ白だった。


⸻


 隣。


⸻


 眠っている少女。


⸻


 水城 みく 。


⸻


 ――ひよりの友達。


⸻


 自分の生徒。


⸻


「なんで……」


⸻


 掠れた声。


⸻


 思い出す。


⸻


 飲み会帰り。


 偶然の遭遇。


 相談。


 泣き顔。


⸻


「先生だけは優しいと思ったのに」


⸻


 その言葉。


⸻


 疲れていた。


⸻


 弱っていた。


⸻


 言い訳はいくらでも浮かぶ。


⸻


 でも。


⸻


 全部、最低だった。


⸻


 黒瀬は顔を覆う。


⸻


「俺、何やってんだよ……」


⸻


*


 朝。


⸻


 スマホ。


⸻


 通知。


⸻


『旦那様、今日早い?』


⸻


 送信者。


⸻


 橘 ひより 。


⸻


 黒瀬の呼吸が止まる。


⸻


『シチュー作る』


⸻


 いつもの文面。


⸻


 普通。


⸻


 幸せな日常。


⸻


 なのに。


⸻


 黒瀬は返信できなかった。


⸻


*


「……先生」


⸻


 みくが目を覚ます。


⸻


 黒瀬は振り向けない。


⸻


「ごめん」


⸻


 先に言ったのは、みくだった。


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「私、分かってた」


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「……」


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「先生、ひよりのこと好きなの」


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 黒瀬が固まる。


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「でも」


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 みくが苦く笑う。


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「昨日だけは、私見てくれたから」


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 痛かった。


⸻


 全部。


⸻


 自分の弱さも。


 みくの孤独も。


 ひよりの笑顔も。


⸻


 全部。


⸻


「……忘れろ」


⸻


 最低な言葉だった。


⸻


 みくは少し黙る。


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 そして笑った。


⸻


「教師って、ずるいね」


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 その笑顔が、ひどく苦しかった。


⸻


*


 帰宅。


⸻


 アパート。


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 ドアを開ける。


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「おかえりなさい、旦那様」


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 いつもの声。


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 ひよりが笑う。


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 エプロン姿。


⸻


「今日シチューなんです」


⸻


 黒瀬の胸が軋む。


⸻


「……ひより」


⸻


「?」


⸻


 言わなければ。


⸻


 でも。


⸻


 言った瞬間、全部終わる。


⸻


 頭の中がぐちゃぐちゃだった。


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 ひよりが近づく。


⸻


「疲れてる?」


⸻


 その手が、黒瀬の頬へ触れる。


⸻


 優しい。


⸻


 あまりにも。


⸻


 だから。


⸻


 黒瀬は耐えられなかった。


⸻


「……ごめん」


⸻


「え?」


⸻


 ひよりが目を瞬く。


⸻


「旦那様?」


⸻


 黒瀬は目を逸らす。


⸻


 言え。


⸻


 今言え。


⸻


 でも。


⸻


 怖かった。


⸻


 失うのが。


⸻


 全部。


⸻


「……何かあった?」


⸻


 ひよりの声が少し不安になる。


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 黒瀬は拳を握る。


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 喉が痛い。


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 息が苦しい。


⸻


 そして。


⸻


「……ひより」


⸻


 震える声。


⸻


「俺……」


⸻


 そこで言葉が止まった。


⸻


*


 人は。


⸻


 間違える。


⸻


 弱いから。


⸻


 寂しいから。


⸻


 逃げたいから。


⸻


 でも。


⸻


 本当に苦しいのは。


⸻


 間違えた後、


“どう向き合うか”


だった。

何をやってるのだろう


⸻


 愛していた。


 だから、一番壊した。

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