近づいてはいけない距離
登場人物(第二章時点)
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■ 橘 ひより(たちばな ひより)
年齢:18歳
立場:高校三年生/黒瀬の妻
橘 ひより
本作のヒロイン。
学校では普通の女子高校生。
* 少し無気力
* 冷めている
* 空気を読むのが上手い
* でもかなり感情が深い
周囲からは「マイペースな子」と思われている。
しかし実際は、
“黒瀬を独占している”
という最大級の秘密を抱えている。
学校では教師と生徒として距離を保つが、家では完全に甘えるタイプ。
家での呼び方は、
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「旦那様」
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本人は半分ふざけて使い始めたが、最近は普通に定着している。
嫉妬も強め。
黒瀬が女子生徒に囲まれると普通に機嫌が悪くなる。
ただし学校では隠す努力をしている。
また、黒瀬の弱さや孤独にかなり敏感。
「この人を放っておいたら壊れる」
という感覚から、どんどん本気になっていく。
一言でいうと
“先生”ではなく、“一人の男”を見つけてしまった女子高校生
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■ 黒瀬 恒一
年齢:27歳
立場:高校教師/ひよりの夫
黒瀬 恒一
国語教師。
女子人気が高い。
理由は、
* 顔がいい
* 優しい
* 落ち着いている
* 少し危なそうな雰囲気がある
ため。
だが本人はかなり真面目。
教師としての“線引き”を何より大切にしている。
だからこそ、
ひよりとの関係に誰より苦しんでいる。
本当は、
* 間違っている
* バレたら終わる
* 失うものが多すぎる
と理解している。
それでも、ひよりを手放せなかった。
学校では、
* 「橘」
* 「補習」
* 「教師の顔」
を徹底。
しかし家へ帰ると完全に力が抜ける。
ひよりから、
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「おかえりなさい、旦那様」
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と言われるたびに少し照れる。
家での呼び方は、
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「ひより」
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自然で優しい呼び方。
また、元々かなり孤独に慣れていた人間。
ひよりと結婚してから、
“帰る場所”
というものを初めて実感している。
一言でいうと
理性で止まろうとして感情に負けた教師
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■ 七瀬 美月
年齢:18歳
立場:ひよりの親友
七瀬 美月
明るく社交的。
教室の空気を回すタイプ。
黒瀬のことも普通に「顔がいい先生」として見ている。
しかし最近、
* ひよりの視線
* 放課後の動き
* 黒瀬との空気感
に違和感を抱き始めている。
まだ真実には気づいていない。
だが、
「なんかこの二人、おかしくない?」
という感覚を持ち始めている危険人物。
一言でいうと
秘密へ最初に近づき始めた親友
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■ 私立霧崎学園
私立霧崎学園
物語の舞台。
自由な校風の高校。
教師と生徒の距離感も比較的近い。
だからこそ逆に、
“本当に越えてはいけない線”
が際立つ場所でもある。
この学校で二人は、
* 他人のフリをし
* 距離を取り
* 感情を隠しながら
毎日を過ごしている。
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■ 二人の現在の関係
学校:
教師と生徒
* 近づかない
* 触れない
* イチャイチャ禁止
* 名前呼びも制限
完全にルール化されている。
しかし。
その“我慢”が逆に二人を意識させている。
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家:
完全に夫婦
* 一緒にご飯
* 一緒に買い物
* ソファで寄り添う
* 「旦那様」
* 「ひより」
かなり新婚感が強い。
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■ この物語の核心
この物語は、
「禁断の恋」
だけではありません。
むしろ描かれているのは、
“愛しているのに隠さなければならない苦しさ”
です。
夫婦なのに他人。
好きなのに距離を取る。
触れたいのに触れられない。
その歪さが、この物語の核心。
第二章:近づいてはいけない距離
本当の秘密は、恋じゃない。
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もっと面倒で。
もっと壊れやすくて。
もっと、終わった時に全部を失うもの。
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――結婚。
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私立霧崎学園 。
誰も知らない。
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教師の
黒瀬 恒一 と。
生徒の
橘 ひより が。
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すでに、夫婦であることを。
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*
三ヶ月前。
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夜。
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区役所。
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「本当に出すの?」
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黒瀬が最後に聞いた。
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ひよりは即答した。
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「出す」
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「……人生変わるぞ」
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「先生とならいい」
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黒瀬が目を閉じる。
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「俺、教師だぞ」
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「知ってる」
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「お前、高校生」
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「知ってる」
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「めちゃくちゃ間違ってる」
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「でも好き」
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沈黙。
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負けたのは、黒瀬だった。
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*
そして現在。
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朝。
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学校。
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「おはようございます、黒瀬先生」
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ひよりは完璧な生徒の顔で言う。
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「ああ、おはよう」
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黒瀬も完璧な教師の顔。
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距離は遠い。
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触れない。
見つめすぎない。
名前を呼びすぎない。
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それが二人のルールだった。
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学校では。
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“ただの教師と生徒”。
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*
「ねえ見た?」
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「黒瀬先生今日も顔いい」
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「結婚してそうな余裕あるよね」
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女子たちが騒ぐ。
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ひよりは無表情でノートを開く。
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だが。
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ペン先が少し強い。
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「ひより?」
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友人の
七瀬 美月 が覗く。
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「怖い顔してる」
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「してない」
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「してる」
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その時。
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「橘」
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黒瀬の声。
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ひよりが顔を上げる。
秘密には、温度がある。
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冷たい秘密は隠しやすい。
でも。
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温かい秘密ほど、隠せない。
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笑った時。
安心した時。
自然に名前を呼びそうになった時。
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人は、つい“いつもの顔”になる。
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それが。
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教師と生徒で。
しかも夫婦なら、なおさらだった。
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*
私立霧崎学園 。
朝。
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「起立、礼」
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教室。
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前に立つのは
黒瀬 恒一 。
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「はい、現代文開けー」
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いつも通りの声。
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少し眠そうで、やる気がなさそうで。
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でも女子生徒たちは騒ぐ。
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「今日も顔いい」
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「黒瀬先生って絶対モテるよね」
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「彼女いるのかな」
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教室後方。
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橘 ひより は無表情で教科書を開いていた。
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だが。
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ペンを持つ手が、少し強い。
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「ひより?」
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隣の
七瀬 美月 が小声で言う。
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「怖い顔してる」
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「してない」
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「してる」
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その瞬間。
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「橘」
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黒瀬の声。
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ひよりが顔を上げる。
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「放課後、補習」
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「……え」
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「語彙力不足」
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「八十点でしたけど」
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「国語は点数だけじゃない」
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教室が笑う。
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ひよりだけが理解した。
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これは。
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“帰りに牛乳買って帰るぞ”
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という意味だと。
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*
放課後。
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教室。
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夕焼け。
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誰もいない。
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「……先生」
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「学校」
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即答。
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ひよりが少し笑う。
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「分かってます」
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黒瀬は机へプリントを置く。
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「で、最近どうした」
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「何が」
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「顔」
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「顔?」
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「俺見る時の」
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ひよりが止まる。
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黒瀬が小さくため息。
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「分かりやすすぎ」
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「旦那様も」
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黒瀬、咳き込む。
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「学校!!」
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「小声でした」
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「そういう問題じゃない」
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ひよりが笑う。
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楽しそうに。
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その笑顔を見るたび。
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黒瀬は思う。
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ああ。
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もう戻れないな、と。
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*
「先生ってさ」
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「なんだ」
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「なんで教師になったの」
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黒瀬の動きが少し止まる。
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「急だな」
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「気になった」
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少し沈黙。
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夕日が教室へ差し込む。
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「昔」
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黒瀬が静かに言う。
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「助けてもらったから」
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「誰に?」
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「教師」
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ひよりは黙って聞く。
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「高校ん時、結構荒れてて」
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「意外」
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「だろ」
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少し笑う。
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「どうでもよかったんだよ、色々」
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その言葉。
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ひよりは少しだけ分かる気がした。
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「でも、一人だけちゃんと怒る教師いてさ」
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「……」
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「面倒だったけど」
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黒瀬が窓の外を見る。
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「救われた」
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静かな声。
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ひよりは、その横顔から目を離せなかった。
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「だから教師?」
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「まあな」
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「似合わない」
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「まだ言うか」
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「でも」
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ひよりが少し笑う。
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「優しいのは分かる」
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黒瀬が黙る。
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そして。
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「……そういうこと簡単に言うな」
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低い声。
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ひよりの胸が少し鳴る。
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*
帰り道。
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スーパー。
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「牛乳」
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「カゴ入れた」
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「豆腐」
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「ある」
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「ネギ」
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「忘れた」
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「旦那様」
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「その呼び方やめろ外」
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「照れてる」
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「恥ずいんだよ」
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ひよりが笑う。
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黒瀬も少し笑う。
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学校では絶対見せない顔。
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*
夜。
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家。
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狭いアパート。
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でも。
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帰る場所。
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「ただいま」
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「おかえりなさい、旦那様」
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その瞬間。
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黒瀬の肩から、力が抜ける。
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学校では教師。
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外では大人。
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でもここでは違う。
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「疲れた……」
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ソファへ倒れる。
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ひよりが隣へ座る。
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「お疲れ様」
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自然に肩へ寄りかかる。
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黒瀬も自然に頭を撫でる。
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沈黙。
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静かな夜。
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「ねえ旦那様」
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「んー?」
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「後悔してる?」
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黒瀬の手が止まる。
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「……何を」
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「私と結婚したこと」
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少しだけ不安そうだった。
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黒瀬は数秒黙る。
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そして。
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「してない」
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即答だった。
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「でも」
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「?」
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「怖い」
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その本音に。
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ひよりは目を見開く。
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「失うのが?」
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「全部」
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学校。
仕事。
人生。
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そして。
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ひより自身も。
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黒瀬は怖がっていた。
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ひよりは静かに、黒瀬の袖を掴む。
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「大丈夫」
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「……何が」
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「私、旦那様から逃げないから」
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黒瀬が苦笑する。
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「高校生が言う台詞じゃない」
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「奥さんですし」
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その返しに。
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黒瀬はとうとう笑ってしまった。
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*
間違っている。
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そんなこと、二人とも知っている。
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でも。
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学校で他人のフリをして。
家で夫婦になるたび。
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“本物”になっていく。
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秘密は。
幸せになるほど、苦しくなる。
家での二人
夜。
アパート。
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「ただいまー……」
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玄関から疲れた声。
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黒瀬だった。
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ネクタイを緩めながら入ってくる。
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「おかえりなさい、旦那様」
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キッチンから、ひより。
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黒瀬が止まる。
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「……それまだ慣れない」
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「えー」
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「むず痒い」
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「夫婦なのに?」
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「そこ強調すんな」
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ひよりが笑う。
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学校では絶対見せない顔。
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黒瀬も少し力が抜ける。
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「ご飯できてますよ、旦那様」
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「遊んでるだろ絶対」
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「ちょっと楽しい」
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「認めた」
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でも。
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黒瀬は嫌そうにしながら、ちゃんと嬉しそうだった。
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*
食後。
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ソファ。
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「旦那様」
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「なんだ、ひより」
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「今日、女子に囲まれてましたね」
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「授業だ」
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「楽しそうでした」
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「仕事だ」
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「ふーん」
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嫉妬。
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黒瀬はすぐ分かった。
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「……お前なぁ」
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「なんですか」
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「顔に出る」
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「旦那様こそ」
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「俺は出してない」
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「今、“面倒だけど可愛い”って思いました」
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黒瀬、固まる。
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「なんで分かる」
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「旦那様だから」
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強い。
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*
深夜。
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黒瀬は仕事をしていた。
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テーブル。
ノートPC。
山積みのプリント。
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「旦那様」
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「んー」
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「寝ないんですか」
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「もうちょい」
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ひよりが後ろから抱きつく。
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黒瀬が少し止まる。
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「……ひより」
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「疲れてる顔してる」
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「教師は大変なんだよ」
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「知ってる」
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ひよりが肩へ額を乗せる。
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「頑張りすぎ」
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「生活かかってるからな」
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「私も働くのに」
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「高校卒業してから言え」
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「むぅ」
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黒瀬が小さく笑う。
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そして。
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後ろ手で、ひよりの頭を撫でた。
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「ありがとな」
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その言葉に。
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ひよりは少しだけ目を細める。
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「どういたしまして、旦那様」
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*
学校では、絶対に触れない。
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教師と生徒。
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完璧に距離を守る。
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でも家では違う。
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疲れた時に寄りかかる。
名前を呼ぶ。
隣で笑う。
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誰にも言えない。
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でも確かに、
二人は夫婦だった。




