第九章:
恋愛は、「好きです」と言った瞬間に始まるわけではありません。
むしろ本当に厄介なのは、
言葉にする前です。
気づけば隣にいる。
気づけば探している。
気づけば、その人のことで頭がいっぱいになっている。
それでも人は、自分に言い訳をします。
仕事だから。
放っておけないだけ。
心配しただけ。
そうやって、“特別”という言葉から逃げようとする。
でも周囲は意外と早く気づきます。
本人たちよりもずっと前に。
視線。
距離感。
声のトーン。
名前の呼び方。
好きという言葉がなくても、
空気は勝手に変わってしまう。
そして今回の章では、ついにそれが表に出始めます。
隠しているつもり。
誤魔化しているつもり。
なのに、
* 周囲から見ると完全に特別
* 本人たちだけが必死に否定
* でも全然隠せていない
そんな状態。
特に厄介なのは、蓮です。
元々モテる男が“本気っぽい空気”を出し始めると、周囲は敏感に察知します。
そして真希は、そういう視線に慣れていません。
だから余計に分かりやすい。
この章で描かれるのは、正式な告白ではありません。
けれど確実に、
「もう普通の関係には戻れない」
と周囲まで理解し始める段階です。
つまりこれは、
付き合う前なのに、
付き合ってるみたいになっていく二人の話。
どうか見届けてください。
“否定しきれなくなった距離”を。
第九章:ついに、触れた本音
夜。
街は静かなのに、
人の感情だけが騒がしかった。
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病院から逃走した
神崎 蓮 。
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その捜索は、なぜか。
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警察。
マネージャー。
母親。
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そして。
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“関係ないはずの女”まで巻き込んでいた。
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*
蒼城中央警察署 。
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「まだ見つからないの!?」
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相沢 美玲 の怒声が響く。
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「落ち着け美玲」
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神戸署長 が疲れ切った顔で言う。
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「落ち着けるわけないでしょ!」
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「だから警察を便利屋扱いするな」
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その時。
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ドアが開く。
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入ってきた男に、空気が変わった。
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背が高い。
鋭い目。
圧がある。
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スーツ姿の男。
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「……騒がしいな」
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低い声。
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署員たちが一気に姿勢を正す。
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「斜別管理官……!」
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斜別 管理官 。
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県警本部から来た管理官だった。
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「神戸署長」
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「……何しに来た」
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「芸能人逃走騒ぎと聞いてな」
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視線が美玲へ向く。
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そして。
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一瞬だけ止まる。
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「……久しぶりだな」
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美玲が固まる。
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「え」
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神戸署長が嫌そうな顔をした。
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「おい待て」
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「なんで来るのよアンタ」
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美玲が顔をしかめる。
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真希が小声で朝比奈に聞く。
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「……知り合いですか」
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「ええ」
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朝比奈が静かに言う。
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「最悪の意味で」
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*
空気が妙だった。
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「まさかまだ独身とはな」
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斜別が笑う。
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「うるさいわね」
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「お前が振ったんだろ」
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「は?」
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真希、停止。
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署員たちも止まる。
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神戸署長、頭を抱える。
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「やめろ」
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「待ってください」
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若手署員が震えながら聞く。
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「これどういう関係ですか」
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沈黙。
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そして。
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「三角関係よ」
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美玲が即答。
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署内爆発。
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「えええええ!?」
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「署長!?」
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「管理官!?」
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「修羅場!?」
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神戸署長が机を叩く。
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「違ぇ!!」
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「昔の話でしょ」
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美玲が笑う。
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「お前が笑うな」
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斜別が静かに真希を見る。
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「西園寺」
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「は、はい」
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「余計な詮索はするな」
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「……」
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その圧。
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だが。
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「もう遅いわよ」
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美玲が言う。
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「この子、蓮に踏み込んでるもの」
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真希の顔が赤くなる。
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「ち、違――」
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「あとついでに言うと」
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美玲がさらっと言った。
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「蓮の父親、この人だから」
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静寂。
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真希、停止。
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朝比奈、目を閉じる。
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神戸署長、天を仰ぐ。
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若手署員、死亡。
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「……は?」
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真希の声が裏返る。
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斜別管理官は、静かにため息をついた。
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「黙っているつもりだったんだがな」
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*
つまり。
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蓮は。
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芸能界の母。
県警トップクラスの父。
そして暴走する環境。
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その全部の中で育った。
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「だから面倒なのよあの子」
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美玲が腕を組む。
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「プライド高いし、無駄にモテるし」
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「母親が言うな」
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「事実でしょ」
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*
その頃。
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街外れ。
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海沿い。
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ベンチ。
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そこに、蓮はいた。
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フードを被り、夜空を見ている。
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「……見つけた」
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声。
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振り向く。
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真希だった。
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蓮が少し笑う。
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「警察って怖ぇな」
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「病院から逃げる人が悪いんです」
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「迎えに来た?」
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真希は数秒黙る。
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そして。
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「……違います」
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「嘘」
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蓮が笑う。
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「お前、最近そればっかだな」
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真希が近づく。
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「なんで逃げたんですか」
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「疲れた」
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短い答え。
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「全部」
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真希が黙る。
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「仕事も」
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「……」
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「周りも」
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「……」
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「自分も」
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その声は、初めて弱かった。
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真希の胸が痛む。
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「……みんな心配してます」
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「朝比奈?」
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「はい」
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「母親も?」
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「……はい」
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蓮が苦笑する。
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「面倒だろ」
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「かなり」
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少しだけ。
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二人が笑う。
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夜風が吹く。
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「……真希」
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初めて名前で呼ばれる。
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真希の呼吸が止まる。
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「なんですか」
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蓮が真っ直ぐ見る。
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「お前だけなんだよ」
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静かな声。
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「俺に普通に怒るの」
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真希の目が揺れる。
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「……怒りますよ」
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「なんで」
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「逃げたからです」
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「それだけ?」
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沈黙。
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そして。
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「……心配したからです」
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言ってしまった。
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蓮が少し目を見開く。
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「そっか」
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静かな返事。
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その距離が近づく。
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逃げない。
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今度は、どちらも。
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「……帰りますよ」
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「命令?」
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「警察官なので」
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「またそれ」
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笑う。
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でも。
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その笑顔は、今までで一番弱かった。
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そして。
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真希が、そっと蓮の手を掴む。
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初めて、自分から。
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蓮が驚く。
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「……帰りましょう」
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その瞬間。
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蓮は初めて、“逃げるのをやめたい”と思った。
第九章を読んでいただき、ありがとうございました。
今回の章では、ついに真希が自分から蓮へ触れました。
これまでの二人は、
* 蓮が踏み込む
* 真希が逃げる
* でも完全には拒絶できない
という関係でした。
しかし今回は違います。
真希のほうから手を掴んだ。
これは非常に大きな変化です。
しかも本人は、まだ“付き合っている”つもりではない。
ここがこの関係の危うさであり、面白さでもあります。
周囲から見ると、
* 病院を抜け出した男を探す
* 夜中に二人きり
* 名前呼び
* 手を繋ぐ
完全に恋人です。
ですが本人たちは、まだどこかで
「違う」
「関係ない」
「これはそういうのじゃない」
と言い聞かせている。
だからこそ余計に、空気だけが先に恋人になっていく。
そして今回、蓮は初めてかなり弱い姿を見せました。
今までの彼は、
* 余裕がある
* 人をからかう
* 嘘をつく
* 本音を隠す
という人物でした。
しかし今回は、
「疲れた」
「全部」
と、自分から弱音を吐いている。
これは真希だからこそ出た言葉です。
つまり蓮にとって真希は、
“格好をつけなくていい相手”
になり始めています。
さらに今回重要なのは、家族です。
母・美玲。
父・斜別管理官。
この二人が加わったことで、蓮の背景が一気に重くなりました。
特に父親の存在は大きい。
警察上層部という立場は、今後真希との関係にも大きく影響していきます。
つまり二人の問題は、
もう感情だけでは済まなくなった。
立場。
世間。
仕事。
家族。
全部が絡み始めています。
それでも最後に、真希は蓮の手を取った。
それは、
「帰りましょう」
という言葉以上の意味を持っています。
逃げる男を引き止めたのか。
壊れる男を繋ぎ止めたのか。
あるいは、自分自身がもう離れられなくなったのか。
答えはまだ出ていません。
ですが確実に言えるのは、
この瞬間から二人は、
“他人ではいられなくなった”
ということです。
次章では、
* 手を繋いだ後の空気
* 朝比奈の本音
* 父・斜別管理官の圧力
* 署内に広がる「付き合ってる疑惑」
が描かれていきます。
もう誰も、“ただの知り合い”だとは思ってくれません。




