第8章 変わるものと変わらないもの
静岡の地にきたヒロシは元の次元に戻すために、今までのように勉強にバイトにそして、勉強の天狗に奔走していく。だがある事件が彼を襲う。
ヒロシは思うのであった・・
俺は・・どうしてエリカが好きになっただっけ?
あのコンサート会場で・・
「風はるかが俺の茜雲を熱唱してたよね?その後・・眠くなって、気付いたらここに来ていた。・・どうーも分からない?俺って、風はるか・・好きだった?」
ヒロシは自問自答を繰り返しながら駅に向かうのであったが、ふと足を止めた。
「確か・・俺が虚になっている状態で俺の手を引き・・?ん??・・ステージに上がり歌ったかも・・しれない。で・・歓声が響いていた!それにあいまるように、風はるかが叫んだ。俺を好きだって!えっ・・?・・なんで?俺は一介の素人・・だよな?なのに俺に向かって“好き”って?おかしいわ!何もかも。信じがたい事があの時に起こった。」
ヒロシは“風はるか”のステージに立ち、茜雲を彼女とセッションしていた。眠くて堪らないのに・・
歌が終わると・・
「ごめん!みんな!・・私ね!・・この人が好きなの!・・分かって!くれる・・この人はこんな格好だけど・・あの私の憧れのHiroshi Taniです。・・そう!あの伝説のミュージシャン・・でもね!私は別に引退する訳でもないし、この人が好きなだけだから安心して!」
ステージが終わりヒロシは床に倒れて眠ってしまった。その時だった。無意識に“風はるか”を抱き寄せ、熱くキスをヒロシはしてしまった。・・無意識だったが、照れた“はるか”が「もうHiroshiったら・・」
そう言いヒロシに今度はディープキスをおみまいするのであった。
そのままヒロシは気絶して・・現在だ。
「あゝ・・そういう事だったか・・それで、井上の誘いにのり白糸の滝に行く事にしたら、そこにエリカが来ていて、久しぶりの再会で盛り上がったよな」
「でも・・それだけだったよな?」
ヒロシは駅前の売店でいつものように新聞を買い、電車に急いだ。
電車はいつもにようにやって来てヒロシはいつものように、電車の四号車にに乗るのであった。
車内で新聞を広げて社会情勢や海外情勢を読んだ後に、スポーツ欄を見ていたが・・新聞の小窓に
<風はるか・・今はどこに?>
そんな週刊誌の広告がありヒロシはみいいった。
(居るよ・・我が家に。今も綺麗だし、アイドルの時と変わらずイケてるよ)
そう心で思っていた。
その小窓の記事を見ていたヒロシはふと気づいた。
(そうだった・・あの白糸の滝に行った後に俺のバイト先の居酒屋に行って、周りが騒ぎ立てぬように、彼女を変装させて入店したよな。・・だいぶ飲んだな。互いの音楽性を語り合いながらね)
ヒロシはそんな微かな記憶を思い出していたが、当時の記憶が急にフィードバックされてきた。
(居酒屋で飲んだ後に・・2人とも酔って、気付いたらホテルのベッドに横たわっていた・・急に彼女が服を脱ぎ出して、「抱いて・・」えっ!俺・・ここで彼女と・・)
ヒロシは急に思い出した記憶で少し勃起した。
(ブラを外して・・パンティを脱がして・・俺も裸になって・・夢中で抱いてしまった・・気持ち良かったけど。急に男のマネージャーが部屋に入って来て「何してるんですか!」って裸のまま離されたよな・・)
ヒロシは如実に当時を思い出したのだった。
それから3ヶ月後のコンサートで、“風はるか”が急に引退宣言をして、事務所を辞めたんだった。・・妊娠してた俺の子を・・損害賠償沙汰となったけど、彼女は自分で貯めていた相当の巨額貯金を崩して、事務所やスポンサーに渡し和解した・・
(そうだった・・俺が原因を作った。安易に大スターであったアイドルを抱き妊娠させてしまった。しかも金も地位や人間性も未熟な俺が・・だけど彼女は「大好き・・だからいいの。ずっと私と一緒にいて!私とこの子を幸せにして・・」そう言われた)
新聞の僅かな小記事から全てを思い出したのだった。
ヒロシは愕然としたのだった。こんな事が起きる筈が無い!絶対に歪んだ次元だ!そうに違いない。
電車に乗るヒロシは自分のしたことに後悔をしたのだった。
その瞬間だった・・
「Tani!Taniってば!起きろバカ!」
ヒロシはどうやら電車に揺られ寝てしまったようだった。
「はああー、寝ちゃったよ。・・エリカ?なんで居るんだ?俺は電車の中で・・えっ!・・ここ何処?」
「何言ってんだよ!急にカップル席で寝ちゃって!ここまで運ぶの大変だったんだからね!まあ・・私は運んでないけどね」
「ええっ!・・夢だったんだ。とにかく良かった。安心した」
ヒロシは“風はるか”のコンサート中に本当に眠ってしまったいた。しかもコンサート終了まで。
何がなんだか分からないが、取り敢えずは夢で良かったと思うヒロシだった。
「それで・・どうなの?私の曲?何処直せばいい?」
ヒロシは焦った。寝てしまい、ひと節も彼女の曲を聴いていなかった。
「あゝ・・ごめんなさい。寝ていて全然聴いていなかったんです。コメント難しい・・です」
彼女は眉を上げ「ちょっと!話が違うじゃない!」
そう言いヒロシの胸元をギュッと掴み睨んだ。
「・・あゝでもですね、事前にあなたの曲はウォークマンで聴いていましたので、それに関してコメントできますよ」
そう焦り言うヒロシだった。
「ほお!じゃあ言ってみて!」
ヒロシは彼女の曲の弱点を次々と話をした。それも1曲で10以上のコメントだった。
彼女が首を傾げるとヒロシは、楽屋の隅にあったキーボードを弾き、修正点を弾いてみせて説明した。
「なるほど・・さすがだわ。Hiroshi Tani・・」
「でも・・ここのリズムだけど変わってるね?」
ヒロシは1900年代に一時期流行るアメリカ特有のリズム&ブルースのテンポを取り入れて説明した。
“風はるか”は納得したように、笑顔になりヒロシを事務所のワゴン車に乗せ、東京駅まで送ってくれた。
「あゝ・・ありがとうございます。これであなたとの約束は守りましたよ。もう、僕に声掛けないで下さいね。大学では他人のフリでお願いしますね」
「分かった、分かったよ。そうするわ。・・だけど私の歌もたまには聴いてよ!いい曲作るからね!」
2人は互いに手を振り別れ、暫く会うことは無かった。ただ“風はるか”は益々人気が上がっていった。アイドルの域を超えアーティストとしての地位を確立していったのであった・・。
ヒロシは帰りの新幹線で胸ポケットのメモに気付いた。無論、恵美がそっと忍ばせたものだ。
彼は文字ですぐに彼女と分かり、じっと目を通した。
彼には涙も笑みも無かった。要因はここでは記載しないが、今後の課題だった。
ただ「恵美・・ありがとう」そう呟いた。
それから半年が経った。
ヒロシは井上の誘いを乗れずにいた。
(この出会いが<サユリ>なのか?<風はるか>なのか?)展開が読めずにいたヒロシだった。
どちらかと言えば“サユリ”が来て欲しい・・そう思ったが、心の底では美人で自分好みの“風はるか”がいい・・そう思ってしまっていた。しかし・・あれは夢だった。現実では起きないから彼女は現れない。
「おいおい、ヒロシよ!早く決めてくれよ!じゃないと女性陣にも声を掛けにくいからさ・・困るよ!」
「で!井上!女性人はお前の彼女以外に2人来るんだよな。名前知ってたら教えてくれよ!」
「無理だよ。お前が行くことが決まってから、マコ(井上の彼女)から声掛けするんだから。候補が絞れないみたい。だから決めてくれって言われているよ」
ヒロシは迷っていたが、これは行くしかない!そう思い決心を井上に伝えたのだった。
「じゃあ!10月10日の体育の日ね!」
それを聞いた井上は「えっ!なんで日にちまで知ってるんだ!俺はまだ言ってないけど!」
ヒロシは過去の記憶でこの日だと分かっていたためつい口にしたが、これはまずいと思い誤魔化した。
「・・うううん。だって10月10日って大体は晴れだから・・なんか日程的にそうかな?と思ったよ!」
井上は少し怪訝な表情であったが、とりあえずは誤魔化しが効いたようだった。
この頃のヒロシは井上を含め3人程度の学友に、勉強を教えていた。と言うよりは期末試験の出題範囲の伝授だ。それの対価として、昼飯やお風呂の提供を受けていた。
このことは第一の人生に沿うように行動するのであった。堕落の一歩目である。
9月末に近づき前期試験の日が近づき、ヒロシも友人たちの試験前の勉強に勤しんでいたが、テスト前には多くの友人がヒロシを頼りにしていた。
夜になり皆が帰るとやっと静かになり、ヒロシも前期試験の準備をするのであった。
「そうだったな・・こうして過ごしてた。今日一日で10日の昼食は稼げたし、風呂に入れたし、よし!頑張るか!」そう呟きながら、机に向かって講義ノートを広げ部屋を歩きながら暗記をしたのだった。
夜10時過ぎになり、明日の経済学のテスト範囲をほぼ暗記したところで、ヒロシは早目に寝ておこうと思った。
だがその時「トントン・・」
誰かがドアをノックしてきたのであった。
「はい・・」(夜遅くに誰だ・・)
ヒロシはドアを開ける前に「今日は終わりですよ。経済学のテストは明日ですから、ご自分で頑張って」
そうドア越しから話をした。
「・・・」
ドアの前からは声は聞こえなかった。
ヒロシは帰ったと思い鍵を掛けようとした。その瞬間にドアがどーんと開き、睨み立つ人物が居た。
「いいじゃない!まだ10時だから、テスト開始まで10時間もあるよ!私にも教えなよ!Hiroshi Tani!」
なんとそこに居たのは、トップスターとなった“風はるか”だった。このおんぼろアパートに鶴?
「な・何んですか!いったい・・もう現れないでくださいよ!僕の役目は終わりましたよ!ね?」
ヒロシは例のコンサートでアドバイスで彼女とは会うことは無いと思っていた。
「それになんで僕のアパート知ってるんですか?」
“風はるか”はズカズカと部屋に入ると、部屋を見渡しヒロシを睨み言うのであった。
「へえー!こんなおんぼろなんだ。音楽センスとは別世界だね。・・音楽で成功すれば、高級マンションに住めるのに・・勿体無いわ」
「別にいいじゃないですか!僕が何処に住もうと自分の勝手でしょう!構わないでください・・それに何しに来たんですか?明日から期末試験ですよ」
彼女はヒロシの顔を覗くと「だから来たんじゃない」
そう言うのであった。
「聞くところによると、あなた・・勉強がすごいらしいじゃない。唯一の友達のマコから聞いたわよ。で・・友達にテストの範囲や出題傾向を伝授してる・・ってね。私だって2年連続で留年出来ないわ。一応は芸能人だし」
ヒロシはそう言うことかと思ったが、彼女との縁は切っておきたいと思っていた為言うしかなかった。
「ごめんなさい。あなたにはお教え出来かねます」
“風はるか”は再び睨み、その理由を聞いた。
「・・僕と関わると必ず不幸になります。関わらないのが良いと思っています。貧乏神ですよ。やっとシンガーソングライターになれたんですから、僕みたいなしみったれた人間と関わらないのがあなたの為だと思います。それにこんな時間に男の部屋に来るところ誰かに見られたら、週刊誌沙汰ですよ。困りますよね」
「分かって無いわね!私のマンションは静岡市内にあるけど、そこには沢山いるわ、そんな人たち。でもね、ここに来る前にマンションの玄関前で、東京に戻るからって言って、彼らを撒てきたからOKだよ。誰もこんなボロアパートに私が居るって思わないわ。」
そう言いヒロシの机の前の椅子に座った。
ヒロシは仕方がなく、彼女に経済学のテスト範囲を伝授するのであった。
“風はるか”は椅子に座り、ヒロシは椅子代わりの段ボールに座り、約100頁程の範囲からチェックポイントの数頁と飛び飛びのマーカーが布かれた部分を指差し、「分かりました?今言った部分を暗記して下さい。そうすれば少なくともCはとれます」と言った。
彼女はヒロシの指さす部分をパッチリとした大きな目で見つめ、暗記するように小声で読んでいた。
その横顔がとても・・綺麗だった。この世のものとは思えぬ、小顔と大きな瞳に細く高い鼻に、少しだけ厚い小さな唇が素敵でヒロシはドキッとしていた。
それに・・机の上に載せていた白い手が細く、隅々まで手入れされた爪まで・・やはりアイドルだと。
「で・・ここの部分を丸暗記って事でいいの?他からは出題されないの?あとこれだけのページあるけど?・・なんか不安だな」
そう彼女は言いヒロシを見つめた。
ヒロシは彼女をガン見していた為ハッと思い、顔を赤らめながら「大丈夫です。僕の予想は90%以上当たります」
「なんでそんな事が断言できるの?」
「経済学の馬場教授は講義中の癖があって、テストに出す範囲だけ、黒板にキーワードを書くんです。出しそうに無い部分は書きません。説明は長いですが、実際にはテストに出さないんです。(テストに出るぞ)と言うのが口癖ですが、出る確率は非常に低いです」
彼女は目を丸くし驚くのであった。
「Hirosi Tani!あんた、音楽センスだけでなく、勉強センスもあるんだね!驚き・・さすがマコが言うくらいだわ」
そうヒロシを覗き込む彼女のジージャンの下のブラウスから胸の谷間が覗き見え、さらに顔を赤くした。
「わ・分かったのなら帰って下さい。あとは暗記するだけですから・・」
だが“風はるか”は椅子に座ったまま、ヒロシが教えた範囲を暗記していた。
「ちょっと困りますよ。いつまで僕の部屋に居るつもりですか?布団も敷けないし寝れないですよ」
「あのね・・Hiroshi Tani!今、私は暗記中で、このままマンションに帰ったら週刊誌の記者に東京に行っていないってバレるわよ。そうしたら、それこそ問題視されるわ。あなたまで追求されるわよ。マネージャーとは明日の試験後に大学で待合せだから心配いらないわ」
ヒロシは更に赤くなり「ち・ちょっとですね」
彼女はヒロシを無視しながら暗記に夢中であった。
「ここに居るつもりですか?」
「うん・・」
ヒロシは呆れかえった。そして部屋を出て井上の部屋で寝ようとしたのだったが、彼女はすくっと立ち上がりヒロシに言うのであった。
「大丈夫よ。これ覚えて朝早くに・・そっと出て行くから。君に迷惑は掛けないわよ。それに何処に行くつもり?友達の部屋に泊まって、私に何かあったら・・と考えない?音楽と勉強はセンスあるけど、女性にはダメだね。君って」
ヒロシは仕方がなく、部屋に座り込みため息をつくのであった。
ヒロシの椅子に座り1時間以上、風はるかは暗記をしていたが、急に慌てるように言うのであった。
「ああ・・トイレ!トイレ何処!」
ヒロシは立ち上がり、おんぼろのアパートの共同トイレに彼女を連れて行くわけにはいかず、
「少し我慢できますか?」
「うん・・でも少し」
ヒロシは“風はるか”とそっと部屋を出て、アパートの前にあるファミレスに彼女を連れて行った。
「さあ・・こっちがトイレです。」
ヒロシは散々だと思うのであった。
確かにアイドルが自分の汚いアパートに来るには意外だが、超アイドルが来るのは・・絶対にあり得ない。それも日本全国で知られた彼女がだ。
ヒロシは逃げたい気分を抑え、なんとかこの事態を収集すべく考えていたが、事態収集にはまずは耐えるしかなかった。
ファミレスの客も彼女が如何にも普通の人物では無いと感じ見ていた。
「まずい・・これでは“風はるか”だと分かってしまう。なんとかしないと・・」
ヒロシは彼女がトイレから出てくるなり言うのであった。
「ああ、全くお前は、どんだけアバズレなんだよ!ここはファミレスだ!いくらおしっこしたいって言っても、飲み物くらいは頼めよ!アホが!ああ恥ずかしい!やってられないよ!まったく!」
ヒロシは店員を呼び「あそこ空いてる?」
「えっ!あゝ・・空いてます・・よ」
ヒロシは“風はるか”の手を引き「あゝ!ここに座って。それでバイトの店長のこと?誰だってそうだよ!」
ヒロシは即興で芝居をして皆を煙に撒くたのだった。
周りの客も「なんだ・・痴話喧嘩かよ。有名人かと思ったよ。」そんな小声が聞こえた。
2人は窓際の席に座り、カフェオレを飲んだが、“風はるか”は???だった。
一時の休憩をとった2人は部屋に戻り、彼女はまた暗記を始めた。
ヒロシは付き合いきれず、壁に背をあて頭を膝の上に乗せ、いつの間にか眠ってしまった。
朝起きるとヒロシは布団の中にいた。
「あゝ・・やっと帰ってくれたんだ。ふーう、安心した。あんな子がここに居たら大騒ぎどころじゃ無いからね。・・まだ6時だ。もう少し寝よ」そう言いながら布団を被るのであった。
「ねえ!寒い!布団引っ張らないでよ!」
「・・??」嫌な予感・・
ヒロシは眠気が失せた・・と言うより死の宣告だった。嘘だろと思った。
ヒロシはそっと布団を上げ中を覗いた。
「きゃー!うそだ!えっ!えっ!」
布団の中で“風はるか”が寝ていたのだった。
「ううう、嘘でしょ?あり得ないよ!こんなの」
ヒロシはそっと布団から出たのだった。
「・・・どうしてこんな事に?この人・・かなりおかしい人?こんな煎餅布団で・・よく?寝れるよね?大スターが・・」
ヒロシは正直怖くなっていた。この彼女のことが。
あのテレビで見る超アイドルが、この煎餅布団で寝るなんて・・どうかしてる?この子アホなの?そう思いながらそっと布団から足を抜き、立ち上がった。
彼女もスッと起き上がり、髪を掻きながら言うのであった。
「あーあ、良いわね。恵美は・・こんな今のこの格好はイマイチだけど、イケメンで音楽センスあって、頭がいい元カレがいるなんて。・・今でも恵美を愛してるんだね。彼女も私の前では決して君のことを言わないけど、私は知ってたよ。陰で思い出しては泣いていた。・・そりゃ泣けるわ。こんな良い男と別れたら。惜しい・・」
ヒロシは正直に言うのであった。
前にあなたが言った様に既に縁が切れてますし、そんなにいい男ではないです。こうやって女性がそばにいると“俺を好きなのかなあ”って思いますし馬鹿です。
“風はるか”は髪を整え起き上がり、布団から出て言うのであった。
「そう言う所がセクシーなの!だから恵美も忘れられないのかもね。・・でも悔しいな!私だって、Hiroshi Taniは憧れの人だわ。私にも少しは分けてよ、その彼女への想いみたいな感情を」
ヒロシは頭を抱えて「何、馬鹿な事を言ってるんですか?あなたはアイドルスターですよ!こんな掃溜めみたいなボロアパートの住人に言う言葉じゃないですよ。それに・・うっ・・ううっ!」
ヒロシが話を続けようとしたが、“風はるか”が急にヒロシにキスをしてきて口を塞ぐのであった。
(柔らかい・・それに感じる・・彼女が)
ヒロシは突然の彼女のキスに驚いたが、いつしか彼女の小さな顔を手のひらで優しくあて、舌を絡ませながら、キスをしたのであった。
その時だった。ドアを激しく叩く音がした。
「すみません!居るんですよね!出てきて下さい!」
「やば〜い!マネージャーだわ。はは!」
ヒロシは慌てて服を着ていたが、ドアをぶち破りマネージャが入って来た。
「お前ー!なにしたんだよ!彼女に何をしたんだ!」
マネージャはヒロシの胸襟を掴んで、鬼の形相に変貌していた。
「ぼぼ僕はただ・・」
「辞めてよ!彼は悪くないわ。私が誘った!の!」
マネージャは頭に血が上り、ヒロシに殴る蹴るの暴行を加えた。ヒロシはただ蹲り、暴行に耐えていた。
(なんでこうなるんだよ・・うううう!あゝあゝ!)
ヒロシは“風はるか”のマネージャーに5分間以上、殴る蹴るの暴行を受けいつしか気を失ってしまった。
ヒロシが気がつくと病院のベッドだった。
(ううう・・痛え!肋骨が折れてるな・・それに脚も)
ヒロシは痛みに耐えながら、天井を見つめていた。
(これがこの次元の結果か・・俺が悪い事をしたしっぺ返しが今回は早いな・・でも俺はここにどうやって運ばれたんだろう・・)
確かにだった。
“風はるか”はマネージャに手を引っ張られて、連れて行かれた。ヒロシはそれを確認して気絶したのだった。朝早くで誰も運んでくれる人はいなかったはず。
「・・いかん。経済学の試験だ。まだ間に合う・・」
ヒロシは点滴の針を抜くと痛みに耐えながら、服を着替え、松葉杖をつきながら誰にも見られぬように、そっと病室を出るのであった。ヒロシはベッドの上に持っていた有り金を全て置き、そっと立ち去った。
ヒロシが大学に着いたのは、10分程遅刻した時間だったが、入室を許され、松葉杖を机の脇に立てテスト用紙を開けた。
無論だが、テスト範囲は思っていた内容であった為、無論だがA判定の答えを出せていた。
余りの体の痛みで汗が湧き出し、テスト用紙に落ちるほどだった。
(留年する訳にはいかない・・。俺はこの次元の人生を生き続けなければならない・・。そして本来の自分に戻るんだ・・この身が砕けても、俺は進むしかない)
テスト時間は過ぎて解答用紙を裏返しし、ヒロシは松葉杖をつき立ちあがろうとしたが、余りの激痛で立てなかった。
・・遠くの席でそれを見つめ涙する“風はるか”がいた。転びそうなヒロシを心配して、掛けようろうとするが、直ぐ後ろにマネージャが睨みを利かせていた。
(・・ごめん。Hiroshi Tani・・私・・間違っていたわ。あなたの平凡な人生に関わって、酷い目に遭わせてしまった。本当にごめん・・許して。)
周囲の生徒が“風はるか”が涙を流している事に気付いた為、マネージャが“風はるか”を連れ、教室を出て行くのであった。
そんなこととは知らずヒロシは、次の試験会場に向かうのであった。
結局は経済学のほか、法学と心理学のテストをこなして、その日の試験を無事に済ませた。
後は明後日の3科目と3日後の2科目をこなせば、前期試験は終わるのであった。
部屋に帰ったヒロシは、激痛と吐き気に見舞われ、吐血し倒れた。とても起きていられる状態ではなかった。彼は完全にノックダウン状態だったのだ。
日が暮れヒロシは布団で目が覚めた。目を開けると、薬とシップ薬が置かれており、肋骨と足首には湿布が綺麗に貼られ、包帯がされており少しだけ痛みが落ち着いていた。
(誰が・・こんな事を。しかもジャージに着替えもされてる・・。どうしたんだ。俺が自分んで?な訳ないよ。それに薬は病院の物だ。自分では取りに行くのは無理だし、吐血した後も綺麗になっている)
ヒロシは暫く布団で考えていたが、面倒見てくれたのは、“風はるか”ではないのは分かっていた。誰かが重症の自分を病院に運び、俺が再び倒れた事を見て、このような事をしてくれたが・・誰なんだ。この事は今時点では不明のままだったが、この次元の助けびと・・そんな人がいるのか?そう思うヒロシだったのだった。
結果、ヒロシは痛みに耐え最後まで前期試験を受け、全てでA判定を得るのであった。
彼は考えていた。“風はるか”はなぜ自分にあそこまで固執していたのか?自分の音楽性を好きだとしても、男と女の関係になる筈は無い・・そう考えた。
あの日・・なぜ彼女はヒロシの部屋に来て、危険ある行為を起こしたのか?いくら好意が存在しても、口づけをするのは些かおかしく思えた。
だが彼女の目が潤んでいたことや口づけをした感触も、直感ではあるが嘘が感じられなかった。
だが・・あのマネージャが余りにもいいタイミングで部屋に飛び込んできた。まるで・・自分たちのことを見ていたかの様に・・まさに抱き合っている頃を身測る様に現れた・・試験後に大学前で待合せとしていたのに・・
ヒロシはある事に気付いた。
(もしかして・・マネージャは最初から、“風はるか”が俺の家に来る事を知っていた。だから大学前で待合せの約束をした。だから俺と彼女がこうなる事を気付いていた。と言うより、彼女が仕掛けた・・。でも、なぜ?意味不明だ。自分の唇を俺に差し出してわざと見つかり、焦ったり、涙したり、暴行を止めたり・・まったくおかしい事だ。仕掛けたのなら、キスをするフリでいい筈だし、俺が暴行されても涙なんて無いのでは?)
彼は様々の方向性で考えた。
暴行を受けたヒロシは暫くは自宅療養をしていたので、10月10日の出来事は無くなってしまった。
ヒロシはサユリとの出会いがなくなり、次元の歪みを修正できず憔悴していた。
まさしく・・最初の出会いが無くなった。
「最悪だ・・これで最初の人生が壊れてしまった。俺がサユリに出会い堕落を繰り返しながら、彼女と結婚して取り留めのない・・そんな人生が。」
苦しかった。何もかもが。ヒロシは自分の元通りの人生を歩こうとしているのに、ただそれだけを望んでいたのに・・どうしてエミリや風はるか・・現れんだろう。それは自分が生きてきた過去の罪状もあった。
苦し紛れに曲を作って、デモテープを深夜番組に送り最終的にはお金を得た過去・・有名になりたくなくて、曲はNHKに無償で譲った。でも・・テレビで流れる曲には(作詞作曲:Hiroshi Tani)が写っていた。
僅か14歳でつくった曲だった。
貧乏に心の貧しさ・・執拗になる日々のイジメ・・ヒロシはそんな苦しくて見窄らしい時代を生きた。毎日のように痛みやエスカレートする暴行に耐え生きていた。だからこそ・・女神だったんだ。恵美が・・
目立たいけど、彼女はそこそこモテる存在。ヒロシには遠い存在だった。でも・・一度だけほんと一回きりだったけど、彼女が手を差し伸べてくれた・・女性には特に関心もないヒロシが目覚めた。
「彼女を追う。嫌われてもいいから、俺の気持ちをいつか言おう」そい決めた。
だが人生はうまく進まず、結局は努力して付き合えたが悲しい別れ・・それが現世だ。
それなのに、周りにも含め歪みが起きて・・自分の人生が揺さぶられる。
「変わるもの・・俺と恵美の人生。
変わらないもの・・俺と恵美の記憶。
いくら歪み・・2人の距離が遠くなり、2人の人生の流れが変わっても、俺の記憶も恵美の記憶もあの17のジャムパンだ。俺は、君を探さない・・君との想い出を大切にして生きる。サユリを探して、この馬鹿馬鹿しい次元を元に戻す。君も・・だから幸せをきっと掴んで。君の幸せだと思う人生で」
ヒロシは静かにそう思うのであった。
続く
ぼろぼろになりながらもヒロシは、次元を戻す為あらためて決意をした。




