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折に触れて廻る2  作者: 馬場 ヒロシ


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第三章 影

不可思議な現象とエミリとの関係がややこしくなるヒロシはこの先どんな方向性を出すのか?

1982年も8月中盤が過ぎた。

ヒロシは昨日の日中に卒業した高校の担任だった木村に電話し進路の相談のため訪問の約束をした。

無論、1982年の9月3日(金)だ。

佐々木主任にも既に休みの許可を受け、残暑厳しい8月の部屋を避け、相変わらず図書館での勉強を重ねた。

(歪み進む今をどう修正するかだ。先ずは予定通りに事を進めなくてはならない)

「ねえ・・ヒロシ君・・何考えてるの?黙って天井見て。勉強中じゃないの?」

「あゝ・・そうだね。集中しなきゃ。・・でも、何でエミも図書館に?暑いから?」

ここ最近のエミリはヒロシの後を追ってばかりしていたが、ヒロシは特に注意もせずに黙っていた。

「だって・・つまんないでしょう。家でテレビ観ても、本読んでもヒロシ君の声が聞こえない。ここにいれば偶に独り言を言ってるヒロシ君の声がする・・」

「そっか。でもね、エミも少しは勉強しないとダメです。新学期からは学校に行くんでしょう?だったら少しは準備しないとね。もちろん・・分からないところあれば俺が教えるから」

エミリは少し頬を赤らめ「・・なんか、恥ずかしい。面と向かってヒロシ君に注意されると。・・緊張しちゃうわ。お母さんと違って異性だから」

ヒロシは首を傾げたが、まあいいかなとも思い勉強を再開した。

図書館の帰り道・・

「ねえヒロシ君・・」

「うん、なに?」

「再来週の金曜に卒業した高校に行くんだよね」

「うん、そうだけど。それが何かある?」

「受験する大学を相談するんだよね」

「ああ、そうだよ。学力が落ちてるから、先ずは推薦してもらえそうな大学を紹介してもらう。ダメでも試験を受ける。その相談をしに行くよ!」

エミリは複雑な表情で「・・そっか!頑張ってね!応援してるね。きっといい結果を持ち帰れるよ。すごーくヒロシ君・・頑張っていたから」

ヒロシは複雑だった。進路が決まればここを去ることになる。分かってはいても、エミリのことを考えると、どうしても気掛りであった。

「・・ああ頑張ってくるよ。いい報告をエミにできるようにね」「うん!」


ヒロシは集中していたが、ここのところエミリが部屋に来ないことが気掛りだった。週に一度は来ていたが、最近はめっきり来なくなった。

ヒロシには原因は分かっていた。恋人として互いを認知したからだった。

最近のエミリは初めて会った頃に比べても、格段に可愛いくなり、笑い声や喋り方も変化していた。

それは・・ヒロシを異性として意識したからだった。ヒロシも前のようなジャージ姿で図書館には行かず、ジーンズに洗い立てのTシャツで清潔感を出していた。無論だが、タバコや酒も一旦辞めていた。

だから互いに異性として相手に対する、より良く魅せようとする現れだった。


9月になり残暑は厳しかったが、夕方から夜は湿気が和らぎ、過ごしやすくなった。

エミリは取り敢えずはヒロシとの約束通りに、高校に行くようになった。

9月2日の夕刊配達後にヒロシは、小さいカバンに着替えを入れ電車で実家に戻った。半年ぶりだった。

父親に改めて自分の素行の悪さに反省の弁を述べ、母親にも深く謝った。父親は「まあ、過ぎたことだ。これからだ。一から自分を見つめ直してしっかりやるように!」と喝を入れられてヒロシも改めて反省した。

翌日家を10時過ぎに出たヒロシは、高校時代に通っていた喫茶ロマンで遅めの朝食を摂り、アイスコーヒーを飲むのであった。

「あゝ・・そうだった・・あの日、恵美のヒールが俺の頭に当たって・・2人で笑ったよな。凄く昔に思える」ヒロシにとって恵美との再会や苦しみの中でも、共に信じ合い運命を変えていった・・あの時。偶像だったとしてもヒロシには心に残る愛の記憶だった。

「そっか・・もう二度と同じ事は起きず、この場面にもこの先の生活にも恵美はいないだろう・・それが結果だし、元々は無かった事象だ。これが・・本来の俺たちの世界なんだ」

ヒロシはそう呟やいたが、自分では気付かないが、一筋の涙が目から流れていた。

時間が13時になり、ヒロシは学校に移動するため店を出た。その時・・コツって!「痛っ!」

「・・これはあの時のヒール靴だ」

ヒロシは慌てて周りを確認した。・・だが、誰も居なかった。しかも道には誰も歩いていなかった。

ヒロシはヒールを拾い・・「確かに・・あの時と同じものだ!どこから飛んできたんだろう?空から?それとも次元の裂け目でもあるのか?」摩訶不思議な事象はあの時の図書館と似ていたが、大きい括りでは違っていた。今日の出来事は現実味がある。カセットウォークマンは消えたけど、ヒールは俺の手の中にある・・この2種類の現象は何を示しているんだ。そう考えるヒロシだった。

ヒロシは犯人探しを後回しに学校に向かうことにした。

学校に着くとあの日と同じような照り返す太陽が照り付け暑かった。ヒロシは過去に朱音に校門の前で刺され、多くの次元を彷徨(さまよ)い、本当の愛を求めた。だが、裏切りや騙し討ちにあい何が本当なのかを見失った。その闇・・気付かせた恵美の存在。だが本来は2人の縁は高校2年生の冬に終わっていた。

(そうだ・・ここで朱音は刺して自分勝手になった。俺のせいだ。俺が選択を変えた為に朱音の運命を変えてしまった。彼女にも彼女の人生があった・・筈。どうしようもない俺の欲望がさせたパラドックス・・もういい!終わらせよう。今日、本来の自分の道を選択して現世に戻ろう・・それがいい)

ヒロシの間違いが始まったこの選択・・左を右に選んでも左に戻ろうとする。変えるたびに恵美の人生も、朱音の人生も酷いことになった。きっと神さまが、最初の左を用意したんだ。これに従い歩くようにと。

ヒロシは両頬を手の平で叩き「目を覚ませ!」そう自分に言い聞かせた。

校舎に入り、職員室で挨拶をして、木村と面談室に移動した。

「ヒロシ、どうしたいんだ?大学に行く事に反対はしない。だが・・1年のブランクは後々響くぞ!」

木村は大学を辞めてしまったヒロシに杭を刺したのだった。きっちりと進んで欲しかったのだ。

「分かっています。ここ半年間、独学で勉強して気付きました。確実に卒業当時と比較しても学力が落ちてるからと。でも先生、僕はここで諦めず進みたいんです。先生が用意してくれる大学に推薦して頂きたいです。それが周囲の人たちを安心させる方法かと思っています」

ヒロシは多くの経験をし、多くのものを失ってきた自分には、今を生きる・・本来の路線だけが残っていた。

「そうか。分かったよ。ヒロシの成績ならブランクが有っても推薦できる学校はあるから心配するな!・・えっと・・ああこれだ。この大学はちょっとここからは遠いけど、今のお前にはピッタリだ」

木村はそう言いパンフレットを渡した。

ヒロシは驚愕してしまった。渡されたパンフレットはあの静岡の大学ではなく、埼玉の新設大学だった。しかも県立で学費も安く、成績優秀者には奨学金の支給もある。

「先生?静岡の大学・・ありましたよね?私立だけど学費が安い・・ところ」

そう確認するのだった。

「うー。あのさ、お前、今新聞店で働いてるだろ?それを活かせよ!そこで卒業まで頑張りなよ!学費の心配も衣食住の心配も要らない。俺が新聞店の社長に昨日電話しておいたから、何も心配はないから」

ヒロシは更に驚いた。木村が先に手を回して佐藤新聞店に話を付けていた。佐藤は佐々木主任の義理の父親で新聞店と折込み会社の社長だった。

「でも・・これじゃ変わらない」

「う?何がだ」

「いいえ・・独り言です」

「この大学への推薦を出せば、少なくとも奨学金も出るだろう。しかも新聞配達もすれば、いつかは自分のアパートだって借りれるだろ?一石二鳥だ。どうだ」

ヒロシは困ってしまった。この状況では断るのも難しいが、かと言って静岡の大学に行く理由が少ない。条件が勧めてきた埼玉の大学の方が遥かに良い。

「分かりました。推薦の書類をお願いします。それと・・卒業証明書をもう1通ください。推薦落ちた時に使いますので・・」

ヒロシの心は(何としても静岡に行かなきゃ!埼玉の大学は当日に腹痛とか言って欠席すれば体裁は守れる・・それしかない今は)

ヒロシは木村にきっちりと挨拶して、家路急ぎ両親に今日の結果を伝えた。無論だが両親も木村の話をありがたく思い、母親が木村に電話でお礼を伝えていた。

夕刻・・ヒロシはバスで駅に向かった。

自分が戻そうと躍起になると今度は、歪める餌が動き出し、ヒロシが食いつくのを待っているようであった。

(父さんも母さんも嬉しそうだったな。裏切りはしないけど・・元の道に戻れば、父さんに世話かける・・だけど、それが本来の谷家が背負う運命のはずだ。)

ヒロシは母親が手渡した袋を開け、中身を確認したのだった。

「まったく手土産は要らないよって言ったのに・・いつも母さんはいいから持っていけだ」

ヒロシはブツブツと言いながら中身を確認した。

中には土産用の干し芋と、主任の奥さんが好きなシソ漬けだった。ヒロシが新聞店にお世話になる際に、ヒロシに母が手土産として持たせて、主任の奥さんは余りの美味しさに電話してお礼をした程だった。

「まあいいか・・ん?何だこの箱は?」

ヒロシは和菓子の空箱にテーピングされた箱を見つけた。(分からないけど、同級生という人が持ってきた)

そう母親のメモが貼ってあった。

ヒロシは何だろうと思いながら、箱を開けて息が止まりそうになった。

「こ・・これは恵美のカセットウォークマンじゃないか。何でここにあるんだ。第3の人生で一緒のバスに乗り、一緒に聴き頭を寄せ合い眠った。借りて聞いたら、恵美の肉声が録音されており、恵美を忘れるどころか、自分の女房にしようと奔走したきっかけのカセットウォークマンだ。・・なぜここにあるんだ」

ヒロシは驚きカセットテープの中身を聴きたかったが、イヤホンがなく仕方がない為、自分の部屋に戻ってから、確認する事にした。

バスが駅に着き駅のホームに佇んでいた。

今日の出来事を1から紐解いていた、歪みの生じた原因を模索していた。

そこに「ああっ!・ヒロシ!久しぶり!」

それは高校時代の盟友である牛山ヒロミだった。

「おお・・ご無沙汰」

「ヒロシは東京に帰るところ?私も隣駅に用があって今から行くところ」

「うん。帰るところだ。元気だった。卒業以来だから半年ぶりだよね」

「そうね!私は見ての通り元気モリモリです。ヒロシは細いのにまた痩せた?」

「まあバイトが忙しくてね・・」

電車を待つ間に2人は笑いながら話すのであった。

電車に乗った2人はシートに座り「ねえ!ヒロシ!言いづらいけど」

「何?言って!」

「うん・・あのね、恵美の事だけど。」

「・・やっぱり?別にいいよ!俺気にしないから言って。とっくに別れた彼女だし」

ヒロシは恵美が見合いをした話だと直ぐに気付いた。本来の世界では恵美は20歳で3つ上の男性と結婚する。で、再会する事は一生涯無かった。これが現世だ。

牛山は神妙な顔で「ううん。何でもない・・また話すわ」そう言うのを辞めて、「ああ駅。ここで降りるわね。じゃヒロシまたね!頑張ってね!」

牛山はヒロシに手を振り、改札口に向かっていった。

1人になったヒロシは「やっぱり・・言いづらいよな。俺がどれだけ恵美を好きだったか・・牛山さん知ってるから。見合いしたなんて俺に言える筈ないや」

ヒロシはそう呟き新聞店のある駅まで帰るのであった。

新聞店に戻ると早速、エミリが部屋にきた。

「ヒロシ君・・どうだった?上手くいった?」

エミリはそう聞いてきたので、佐藤社長からは何も聞いていないのだな・・そう思い「ああ上手くいったよ」そうエミリに言うのであった。

「ねえ!どこの大学?遠いの?それとも近場?」

エミリは矢継ぎ早に質問するのだった。

「う・・遠いかな?ここからは」

「えー!どれくらい?私が週一位で行ける場所?」

ヒロシはエミリに気を使い言うのであった。

「うん・・そこまでは遠くないから、たまには会える距離だよ!」

「良かった・・ヒロシ君が私の手の届かない場所に行ってしまうのかって思って・・私・・心配で・・え〜え〜・・」

「おいおい・・何も泣く事ないよ。大丈夫だから・・心配しないで!」

ヒロシはそう言いながらも心では静岡に行く決心をしていた。無論・・黙って出て行くしかなかった。


ヒロシは寝ながら考えた。

(どうして木村先生は俺に違う大学を推薦したんだ。運命が変わらないなら、静岡学院を進めたはず・・なのに変わってしまった。仮に無理やりに静岡に行ったとして変わるのか?元の線路に・・)

ヒロシは先ずはここに来てからの事を考えた。

(自宅からあの公園にタイムスリップしたのはこの新聞店に来て1週間過ぎたところだった。因果関係といえば自分が書いた自分宛の手紙だった。あの手紙にもあったように、人生も運命も変わらない。だから正直に生き最後を迎えろ・・そう書かれていたが、裏を返えば、運命はある地点や接続点で変わる・・そうも言える。実際、今ここでもおかしな事が連発してしている。・・待てよ。と言うことは、間違った路線を歩いているわけじゃない。俺を囲む次元が歪んでいる!俺の勝手な行動で壊したことによるパラドックスだけでなく、他の要因でも起きている・・何かそうも思える。ならばここも偶像の世界だ。今までと同じだ。エミリが違う姿で現れたのも、木村先生が違う大学を勧めたのも頷ける)

ヒロシの仮定が正解か否かは証明できる(すべ)は無かったが、歪みが自分だけの問題ではないと思い始めたのであった。


翌日配達が終わり店に戻ったヒロシは作業場の掃除をしていた。そこにエミリの母親が来て「ありがとう・・谷君・・」

「えっ!何がですか?」

「エミリのこと。ここのところ仲良くしてくれたみたいで。あの子が最近凄く明るくて、元気に学校に行く姿見れたの。何年ぶりだったか・・」

ヒロシは意味深な主任の奥さんに困った。

「いいえ。僕はエミリさんとよくお喋りしたくらいですから、歳も近いから自然に打ち解けたかと・・」

ヒロシがそう言うと主任の奥さんは真面目な表情で話した。

「エミリの過去のことは知っての通りだけど、ここ3年間はふさぎ込んでいたわ。でもあなたが変えてくれた。それに・・あの子が異性を受け入れるのが嬉しいの。だからなんなら・・えっと・・ねえ・・ナニをしてもいいわ。こっそり・・でも、大事にならないように・・それだけお願いね・・」

ヒロシは驚いてしまった。親承認のSEX・・とは。いささか馬鹿げた話だった。現時点でそのようなことはないが、大いに気をつけるべきな話だった。

引き込まれないように近過ぎは厳禁だと思うヒロシだったが、彼自身もエミリに好意を持っていた為、10代の性欲を抑えられか?自分自身不安であった。

「・・分かってます。まだ10代の子供です。そのようなことは起きないし起きません。」

「うん!いいのよ。谷君の考えで。あの子のことを一番理解しているのが、谷君らしいと思う。食事の時のあの子の表情見れば分かるわ」

ヒロシは今の状況では、母親にエミリを押し付けられそうでかなり怖くなっていた。

ここで足踏みすれば、周囲の歪みがもっと大きくなり、取り返しがつかない事態になると考えていた。


夕食後にヒロシはそっと部屋を出て、駅前の居酒屋に行くのであった。

短期間で起こった事件事象に余りにも精神が疲れており、部屋にいてもエミリがいつ来るか分からず、気を休める場所がなかった。

「・・う。そういえばこの居酒屋・・第二の人生でユウジと朱音と飲んだ店に似てるな。・・あゝそっか、同じチェーン店だわ。だからか」

ヒロシは未成年だが生ビールを一気に飲み干し、お代わりを頼んだ。

「すみません!おかわり下さい!」

店員が来て「はい!なんでしょうか?」

ヒロシは「生ビールと・・枝豆下さい」

そう言うと店員は「生イッチョウ!それに枝豆!」

そう言いながらジョッキを持った。

「うん?・・お客さん。もしかして・・この間のギターのプロフェッショナル?」

ヒロシはそう言われて店員を見た。

「・・ああ、あの時の学生の方ですね。その節はすみませんでした」

ヒロシは夏祭りでギターを100円で借りた学生だと気がついた。

「君って・・もしかしたら、Hiroshi Taniだったりするの?あの時に名前聞き忘れて、ずっと気になっていたんだよ。あのギターの繰り返されたリフは、Taniだって一発で分かったんだ」

ヒロシは中学生時代に最初の作曲をした。悲しくて余りにも切ない曲で、DmとDの繰り返すリフは、当時のコマーシャルに採用された。ヒロシは自分だとバレないように高校時代はこのリフを伏せていた。

「人違いです・・僕は違います」

面倒になりそうだった為、ヒロシは即座に否定したのだった。が、その学生は「絶対にそうだ!長渕剛の曲なのに君のリフはあの時と同じように泣いてたよ!」

ヒロシは見透かされた気分だった。

素人の学生に・・自分も素人だが。そこまで気づかれるとは思いもしなかった。

「違うから違います。人違いです」

そこに来て欲しくない人が来てしまった。

「おおー!谷君!どうしたんだ。こんなところで」

西方さんだった。いつもヒロシの話を聞いてくれる、職場の先輩だった。

「・・見つかった・・ああ、こんばんわ西方さん」

「谷君?・・あゝ!やっぱりHiroshi Taniだ!」

店員は自分の予想が当たり大喜びだった。

「お客さんいらっしゃい!ここにどうぞ!」

そう言いヒロシの前の席に案内したのだった。

「何にします」「じゃあ・・とりあえず生で」

「ご新規さん!生、頂きました!」

「ところでこの人ですけど、谷・・ナニさんですか?」店員は図々しく西方に聞いた。

「ああ・・ヒロシ君だ。ねえ!谷君」

ヒロシは下を向き「・・はい」小さな声で答えた。

「ああ!やっぱりHiroshi Taniだ。やったー」

店員は喜び奥の従業員にも自慢げに話していた。

「・・どうした?谷君?顔色悪いけど?」

ヒロシは仕方なかったが、できればバレずにいたかった。過去の栄光や輝きは今の自分にはそぐわないことで、現世のように堕落していくためには、目立ちたくはなかったのだ。

ヒロシは暫く西方とビールを飲み過去の話を説明するのだった。

「そうか・・そんなことあったんだ。・・でも悪いことじゃないか!自信持って自分の武器を使えばいいさ。俺みたいに新聞しか知らないより、よっぽどいいと思うよ。・・だろう」

「違うんです・・音楽は好きで特技でもありますが、本来の俺に戻るには、堕落してどうしようもないバカな人間にならないといけないんです」

西方には全く理解できなかったが、ゆっくりと話すのであった。

「君の細かなことまでは分からないけど、でもね・・堕落した人生を選択するのは如何かな?俺は俺なりに一生懸命に生きてきた。だけど・・今は配達員だ。別に配達人が悪いとは言わないし、我々みたいな人間もいないと新聞はいろんな人に届かない・・だろう?だから天職だと思って頑張っている。」

西方はビールをグッと飲み干した。

「堕落するか否かは結果だろう?君は若いのにもう諦めたんか?諦めたら・・俺みたいに後悔する・・」

そう言いヒロシに意見をしたのだった。

「ありがとうございます。でもですね、その人生を選択するんです。きっと僕は・・廻るんです。悪運も人との出会いも。避けても除けてもついてきます。だから栄光や優雅さは一瞬なんです。夢だと思います。過去・・追いかけ、死ぬほど努力して掴んだこともあります。でも引き戻されました。結果は同じだった」

ヒロシはビールを飲みながらコンコンと話したが、西方は酔い潰れていた。

「全く・・西方さん!帰りますよ!すみません!タクシーお願いします!」

ヒロシは西方を抱きかかえタクシーに乗せ、タクシー代を渡した。西方は帰って行った・・現実へ。

ヒロシは会計をして帰ろうとしたが、例の店員がやってきて「バンドしない?・・あゝ天才肌だから面倒か?だったら俺たちのバンドのディレクターしてよ!曲とか・・」

「あのですね!僕は忙しいんです。仕事もあるし、勉強もある。音楽してる時間はないよ!」

ヒロシはそう答え帰ろうと出口に出たがいきなり店員が言ってきた。

「いや!絶対にあなたは僕たちの仲間になる!分かってる・・君がある人を探していること・・知っている。だから君から将来、寄ってくるよ。恵美が待ってるからって・・」

ヒロシはドキっとして店員に駆け寄った。

「えっ!今なんて言いましたか?」

店員は正気に戻ったように「えっ?・・ナニか?バンドするの?良かった・・」

(おかしい・・確かに恵美と言った。でも俺の聞き違いか・・幻聴かもな)

ヒロシは店員の襟を掴んでいたが、手を緩め離し外に出て帰るのだった。

(何も考えをせず飲みたかったのに・・素性(すじょう)がバレたり、余計なことを西方さんに話したり。あゝ・・ますます疲れた)

ヒロシは公園のベンチに座り久しぶりにタバコに火をつけ吸うのであった。

10月になって少し夜は肌寒かった。

「この俺が、これからの道を変えられる?笑ってしまうよ。・・変えたらこのありさまだ。恵美も子供達も失って、1人になってここに舞い戻って・・どうすればいいかも分からないよ。本来の自分に戻ろうとしたら、周りが歪み道を閉ざす。無理に進もうとするとまた歪んで、その先の先を閉ざす。八方塞がりだ。あゝ・・」

「恵美って誰ですか?子供達って・・?八方塞がりってどう言うことですか?」

ヒロシはしまった!と一瞬で思ったが、顔を上げエミリを見た。

「うん?どうしたこんな時間に?」

「ヒロシ君こそ。何をぶつぶつ言ってるんですか?」

「あ・・あゝ、聞いていたんだ」

「うん。聞いてたけど不思議ちゃんの言葉だった」

ヒロシは(そうか・・今までは俺が未来の人間だとバレないように生きてきたけど、この次元も偶像なら、エミリに正直に話してら歪みが変化するはず・・)

ヒロシはそう思いエミリに話し始めた。

「うん。不思議だよね。・・俺ね実はね2026年からタイムスリップしてきたんだ。君は俺が19歳のヒロシに見えるだろうけど、本当は63歳のおじさんだ。昭和38年生まれの卯年だよ。まあここでは19歳だけど。恵美というのはエミリでなく、俺の女房だった人だ。27で結婚して子供も2人いた。本来の姿は年寄りだ。彼女は一度別れたけど、度重なる苦難を乗り越えてやっと一緒になったんだ。でも、ここにくる少し前に忽然と消えて・・俺は独りぼっちになった。絶望感の中で、当時ここで働いていたことを思い出したんだ。その時・・この木の下に自分宛の手紙を書いて入れた。63の俺はそれを2026年に掘り起こして読み解いた。そして自分がしてきたことによって、恵美も子供達も消えたのだと気付いたんだ。読み終え納得した俺は手紙に火をつけ、燃やし始めたけど俺に飛び火して、俺は火だるまになったはずだった。・・でも気づくとここに19歳となって舞い戻ったんだ。これが俺の不思議ちゃん」

エミリは少し驚いたが、目を丸くし話すのであった。

「あり得ない・・ヒロシ君が未来人だって言うの?だったら、その2026年で日本の総理大臣は?流行ってる歌って?レコード大賞は?」

ヒロシはそのことぐらいは説明できると思い言うのであったが。

「△$$首相・・流行ってるのはサブ%}>?で・・」

ヒロシは答えようとしたが、口から正確な言葉が出ず、モゴモゴと表現できなかった。

「ほら!分かんないでしょ!・・作り話はいいから、帰りましょう!明日の朝刊休みだからって夜更かしはダメでは?」そう言うのであった。

(そうか・・未来の事はダメなんだ。口にも出せないし、表現もできないんだ。そう言うことか)

ヒロシはある程度悟った。今の自分がここで生きる為に・・未来は持ち込めない・・と。

次の日・・朝刊が休みであった為に、受験対策の本を購入するため駅前の本屋に行った。

「・・えっと、静岡学院は・・おっ!あった」

ヒロシは対策本を購入して図書館で内容を確認した。だが驚きだった・・この大学が人気で競争倍率が55倍になりそうな記事が記載されていたのだった。

「あり得ないよ!絶対に!この大学はここまで人気はない筈・・しかもどの学部も10倍以上の競争倍率で、手が抜けない事となった。

ヒロシはあり得ない倍率の原因を図書館の雑誌や新聞、週刊誌等で調べた。

「明菜・・マッチと付き合いたい・・聖子ととしちゃん付き合っている現実!・・全くこんな記事ばかりだ。・・うん?これは<歌手の風はるか・・静岡学院大学に進学・・>誰だ?風はるか・・?」

ヒロシは2026年でのこの歌手に聞き覚えもなく、きっと一発屋の歌手だと想像した。しかし他の雑誌も風はるかの特集で水着姿すら登場しており、聖子、明菜とのスリーショットもある。この1年前に彗星のごとく芸能界に現れ、デビュー曲の<いつだって齧ってる>がいきなりオリコンで10位を獲得して・・その後はあっという間にトップアイドルになった。高校卒業後に片田舎の静岡学院大学の法学部に進み話題となる・・

「まあ・・可愛い顔してるし、細くて華奢(きゃしゃ)だな」そう思うヒロシだった。

「えっと・・1964年3月2日生まれの18歳か。恵美と同じ誕生日だ。ううん。千葉県xx市出身で演奏が得意。特にピアノは幼稚園から習っている・・俺の家の近くだけど、こんな同級生はいなかったな。引っ越し組かな?ピアノのか・・だからデビュー曲も作詞作曲してんだ。若いのに印税がっぽりだな」

ヒロシは‘風はるか’のプロフィールを知り、

「これじゃ倍率上がるわ・・でもなんで態々(わざわざ)静岡に行くんだ。都内にしてくれよ!迷惑だ。・・まあ薬師丸ひろこも当時は倍率が高くないT大学に入学して、それが話題となって倍率が上がってたよな・・相乗効果ってやつだわ。アイドルが大学なんてこの時代じゃ珍しいからな。2026年じゃ、アイドルもお笑い芸人もインテリだが」

ヒロシは正直困っていた。受験をするにも、受かる可能性は高いとしても、万が一も考えられたからだ。

「こうなると・・滑り止めに埼玉学院大を受けるしかないな・・行く確率は0.5%だけど」

ヒロシは明日の推薦入試を受けるため準備を始めたのだった。




続く




この次元での不可思議な現象が増えて困り果てるヒロシ。

彼はいったい何処に向かうのか・・

埼玉県と静岡県・・どちらが吉と出るのか?

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