第18章 心残り
ひょんなことから恵美に偶然会うヒロシだったが、彼女の言動に違和感を感じたのであった。一方で“風はるか”はヒロシに急接近してきた。
“風はるか”の車に乗車したヒロシだったが、そこに居るはずが無い恵美に驚きを隠せなかった。
「私がヒロシ君の過去での音楽の話をしたの。Hiroshi Taniだって。そうしたら彼女が凄く興味を持って、あなたに近づき始めたの。大怪我させたあの事件にも私が関わっていたよ・・ヒロシ君は情に脆いタイプだから、好意を持っているフリをすれば・・音楽の指南をきっとしてくれる・・そう“はるか”さんを仕向けたわ。でもあの場面でキスまでするから・・つい頭に来て一緒にいた別のマネージャーに止めに入ってもらったら、大事になって・・」
恵美が一連の事件に関わっていたと知り、脳内にある恵美との過去が崩れて行くのを感じた。
「でも・・君が“風はるか”さんのマネージャーは辞めたと聞いたよ。おかしいじゃないか?」
恵美はキャップを深く被り黙ってしまったが、”風はるか“が説明しだした。
「怒らないで・・谷さん。彼女はあなたが東京の有名大学を辞めてこの静岡の大学に来ていることを、私の話から知ったの。あなたの受験日に偶然?会ったから。私がHiroshi Taniの大ファンであることを知っていたから、私にあなたを誘って欲しいと・・そうしたら谷さんの荒んだ心や生活が変わる筈・・そう思っていたの。だから嵐山は態と私に接近して欲しい・・悪い例えだけど一石二鳥だって・・。別のマネージャーの暴行は想定外だったの。それに・・キスも。するつもりじゃなかったけど、少し・・流れでちょっとだけ、いいかなぁって興味あったし・・」
「や・辞めて!はるかさん!そんな話聞きたくないわ。・・ヒロシ君は大スターの”風はるか“にキスして有頂天だったかもしれないけど、私は!私は・・く・悔しい。でも起きたことは仕方がないわ」
ヒロシには複雑な話であり、目の前の出来事に付いていけなかった。
「よく分からないけど・・要は俺と言うか、Hiroshi Taniが原因でこんなに複雑になったのか?」
「そうじゃないけど・・女心よ。分からないと思うけど、私もはるかさんも心の中が複雑なの」
「私・・あなたに立ち直って欲しくて、マネージャー続けて、”はるか“さんが暴走しない様に同行してたわ。勉強の指南をしてる事も学食で耳にしたから、“はるか”さんに伝えた。だから夏のテスト範囲を聞きにあなたの部屋に行った彼女をずっと見てた。30分で車に戻る様に事前に話をしてた」
ヒロシが思う恵美の生きてる状況は更に疑問に思えてならなかった。互いに複雑になっていた。
「だったら!だったら・・俺に一度でいいから会いに来て欲しかった。高校卒業後も君を想っていた・・どこかで君に偶然に会えるような気がした。だけど・・君は結婚するって聞いて・・俺は自暴自棄になった。だからなるようになれ・・そう自分の生き方を変えたんだ。同級生に勉強を指南して相手の弱みを掴み利用した。食事も風呂も女性との付き合いも、それに欲求不満な時は・・」
「辞めて!辞めてヒロシ君!そんな話はいま聞きたくない!」
恵美は涙を浮かべヒロシの話を止めた。
「谷さん・・ほんと谷さんって女心って分かってないわね?嵐山が結婚するって言うのは、誰から聞いたんですか?私ですよね。嘘って思いませんでしたか?」
確かにそうであった。別の次元では手紙だったり、牛山やマコトなどの話から聞いたが、この次元では確かに“風はるか“以外からは、聞いてはいなかった。
「そ・・そうなんだ。俺は鵜呑みにしてたんだな?だけど・・昔も今も恵美の俺に対する愛し方が難しすぎるよ!・・もっと単純でいいじゃないのかな?俺はストレートだし単純バカかもしれないけど、君への愛はいつも直球だったよ」
ヒロシは会えた嬉しさもあったが、彼女の回り諄い愛の表現に些か疑問が感じられた。高校時代の別れた時も、遠回しの(俺を想って身を引いた・・的な)理由があったが、今度もアイドルスターのマネージャーとして、ずっと傍観していた・・それで今この様な事を説明している。
愛は一瞬で熱くなるけど、ある一言や行動で一瞬で冷める。まさに今のヒロシの心の中はそれだった。
「ごめん・・俺!ここで降りる。君たちは帰って!」
「あの・・谷さん。ここ高速のパーキングエリアですので、歩いては帰れませんよ?」
「あゝ・・そっか。わ・・分かってますよ。じゃあ、出口までお願いします」
恵美は涙を拭くと、車を出しインターチェンジを降り、バス停の前で停まった。運転中に恵美は小声でブツクサと言っていたが、2人には聞こえなかった。
「じゃあ・・この様に会うことはないと思いますので、活動頑張って下さい。応援してます。・・恵美・・会えて本当に嬉しかったよ。君が一生懸命に俺を想っていてくれたこと一生忘れない・・またどこかで会おうな!それまで互いに頑張ろう!うん!・・さよなら!」
そう言い車を降りてバスに乗り込んでしまった。
恵美はキャップを深く被り直して、車を出し走って行ったのだった。
あれほど会いたかったはずの恵美に会えたヒロシだったが、あり得ないストーリーで歪みが生じ始めたと思うのであった。一つのきっかけが次元を歪ませ、自分のみならず、他人の人生を変えてしまう・・もし恵美に抱きつきキスでもしたら・・先の線路が曲がり畝るだろうと。
翌日もその翌日も、今まで通りに進んだ。
サユリとはヒロシが強引に飲みに誘い、付き合う様になっていくのだった。
大学3年になり、また暑い夏になっていた。
ヒロシはゼミを音楽経済学にした。将来で音楽界に就職するためだった。
ぐうたらも、ギャンブルも飲酒や喫煙・・この頃から酷くなっていった。サラリーマンは悪くないが、過去の出来事から2択であった為、最初から音楽業界を目指してもいいかと思うのであった。
ある暑い日の事だった・・ヒロシが居酒屋のバイトに行くために駅前を歩いていると、突然に走り寄ってくる誰かの気配を感じた。
「谷さん!お久しぶりです!」
“風はるか”だった。
黒のTシャツに黒のキャップ、ホットパンツとスニーカーで、大きいショルダーバックを肩に掛け、ヒロシに声を掛けてきた。ぱっと見は“風はるか”とは気付かれない容姿だったが、やはりアイドルスター、顔の小ささや近くによると、この田舎では嗅いだことのないいい香りが彼女からした。
「えっ?声は掛けない約束では?困ります!」
彼女は昨年、単位が足りず留年してしまいヒロシと同学年になった事を説明して、笑って同じゼミをとった事を話したのだった。
「へー・・あれだけ教えたのに経済学を落としちゃったんだ。妙だな?他の人たちは通っていたのに?」
「・・えっと、出席日数不足でした・・三分の一の出席じゃ無理ですよね?えへへ・・」
「えへへじゃないよ!少しは大学も身を入れたら?このままだと大学に6年も7年も通う羽目になるよ!」
この頃の彼女は新しいアルバム制作で大忙しだったが、今日は珍しく終日大学内に居たらしい。
「そうですよね・・。でも今レコーディングの真っ只中で、ここに来るのが大変です」
「そっか・・やっぱり大スターは違うな。その格好でも、音楽活動が忙しいって言えるんだから」
「えっ!私の格好・・なんかおかしいですか?どこが?汚れてるとか、穴が開いてるとか?」
そう言い彼女はシャツを持ち上げたり、足元を見たりして確認した。
「あゝ・・そういう事じゃないよ。ブラウン管に映る君と今の君の格好にギャップがあって、不思議だと思ったんだ」
「え〜・・それって、アイドルは普段もフリフリの服で過ごしてると思っていたんですか?確かに今日はノーメイクだし、髪も束ねて他の学生に混ざり込んでいたから・・普通の女子に見えるかもしれませんが」
「ううん・・今の君もとても素敵だと思う。普段の方がテレビで観るより、親近感があるし・・ううん」
「・・何ですか?親近感があって・・なんです?」
「ううん・・言い難いな」
「いいですよ!テレビに比べ、ノーメイクだとブスですよね。意外と鼻が低いとか言いたいんですよね!」
「ち・違うよ!・・親近感があって、可愛い・・そう言おうとしたんだ・・化粧しない“風はるか”は、凄く可愛いって思ちゃったんだ・・あゝ、別にテレビの君がどうのこうのと言うわけじゃない。普段の君も眩しい・・そう思っただけだ。変だよね・・上から目線で言うの・・」
ヒロシは珍しく彼女が普通の学生に見える事に不思議さを感じていた。
「そっか・・私、スイッチオフの時は、あまり自分の格好や見られ方なんて気にしなかった。谷さんからはそう映るんだ・・そう思った。でも?可愛いってどこが?顔?この格好?それとも胸とかお尻?それとも脚?」
矢継ぎ早に攻め立てる“風はるか”にヒロシはおどおどしてしまった。
(確かに・・オッパイもアイドルにしては大きいよな。それに160cmくらいの背に、細い腕と細い脚・・出てる所は出てるし・・顔も目が大きくて、低いけど鼻筋が通っていて、唇は厚めのおちょぼ口だ。可愛くない訳がないよ)
そんなことを心で呟いたヒロシだった。
「ちょっと!じろじろ見ないで!恥ずかしい!」
「ああ・・ごめん。」
「やっぱり男の人って、カラダが目当て?とか・・」
「ええっ!・・そんな事はないけど・・恋人同士同士ならする事だってあるよね?・・」
「やっぱり・・谷さんって、嵐山とエッチしたんだ。いいわよ!隠さなくても想像つくわ。美人だもの嵐山は!彼女って女優になればいいのに!」
「ちょっと!声が大きいよ!誰かに聞かれたら勘違いされるだろ!まったく」
2人は歩きながら話が妙に盛り上がり、店の前で30分もの長話をしたのだった。
「じゃあ失礼します。アルバイト頑張って下さい!」
駅に向かい歩き出した彼女を見たヒロシは気づき、
「ちょっと待って?・・電車で帰るのか?迎えの車は?いつも来てるのに今日は?」
「あゝ・・今日は私の講義がめい一杯あって、一度返したら渋滞に嵌ってるみたいです。だから・・」
ヒロシはアイドルスターが電車とは流石に不味いのでは?と思い、店の店長に1時間ほどの時間を貰い、彼女を静岡県と神奈川の境まで送って行くのだった。
「谷さん・・ありがとう。助かる。私も電車はかなり危険だな?って思ってはいたの」
「いいよ!同級生になった記念に車で送るよ!熱海駅まででいいよね!ここからだと30分位だから!」
ヒロシは自分のおんぼろ車に大スターを乗せ、30分のドライブを楽しんだ。
車の中でも2人の話は盛り上がり、いつ間にか心の蟠りもなくなり穏やかになった。
「君のあの(さざなみ)って言う曲いいよね。何か切ないけど、勇気を与える曲調と歌詞で・・」
「あゝ・・あの曲?イマイチ!どこかありきたりの歌詞で、曲調も単純だわ。・・本当は気づいてるわよね?イマイチって?」
「ああ・・困るよ。そう聞かれても。コメントに」
「どこ?どの部分?ねえ!教えて!」
「うーん・・発売されてるから、訂正は効かないけど、直せない前提で言うと・・歌詞の(波の音に心が揺れる)というとこだけど、(波の音)という所は(波の響き交わし)として、(揺れる)は(寄せる)とすれば、(波の響き交わし 寄せる 私の心が)と感情がさざなみの様に音を立てている様を出せる。キーは・・元々はDmからのAで、チャチャチャーン・・だけど、(寄せる)のところの2音だけ半音下げて、チャーチャチャ・・とすれば、深みが出て歌詞の感情に合うかもね」
“風はるか”は目を丸くして、そっと口を塞いだ。
「さっすが・・Hiroshi Tani。私が出したいフレーズをいとも簡単に表現できちゃう!よし!これ使わせてもらおうっと!・・無論だけど、(さざなみPart II)作成時にね」
「参ったな・・君は君のフレーズや音で勝負しなよ!俺のはあくまで参考に!」
「まあ・・分かってるけど、私も完璧を目指していきたいの!協力して!お願い・・」
そう両手をむすび握りをして、大きな瞳でヒロシにお願いするのだった。
その時だった・・
峠道で車が止まってしまった。
「えっ!ボンネットから煙?」
ヒロシがボンネットを開けると、完全にオーバーヒートであった。
「暑くない?クーラー止まっちゃったから・・」
そう言い車にあった団扇で、”風はるか“を扇いだ。
「大丈夫!標高高いから。それに日も暮れて涼しいかも。・・でも噂通り、女性には優しいんですね?」
ヒロシは少し赤くなり車の外に出て歩き出した。
「公衆電話探してくるよ!待っていて!」
だが“風はるか”は社外に出て後を付いてきて
「私を置いていくの?どこかの誰かに襲われるかもしれないのに・・」
「ああ・・そうだね。ごめん・・」
暫く歩くと峠の茶屋らしきものがあり、公衆電話ボックスも見えた。
「助かった・・あそこに行こう!」
そう言い歩き出したが、彼女が歩をとめた。
「どうした?」
「無理・・です。私の靴合わなくて・・足痛くて」
見ると運動靴から薄っすらと血の様なものが見えた。明らかに靴づれを起こしていた。
仕方がなくヒロシは自分の靴を脱ぎ、彼女の足に履かせたのだった。
「これなら痛いところがあたるけど、少しは緩和されると思うからあそこまで履いて!」
そう言い靴紐を軽く結んだ。
「あ・ありがとう・・でもあなたが靴下だわ」
「大丈夫!後200m位だから・・我慢できるよ。さあ!俺の手をとって」
ヒロシは“風はるか”の手を取り歩き出した。
履きずらそうな靴だったが、踵に余裕があって痛さを軽減できた。
「やっぱり・・谷君って優しいのね!」
ヒロシは少し頬を赤らめ「か・勘違いしないで!別にそういうんじゃないから・・」言うのであった。
だが確りと握った彼女の細い繊細な手と指が、暑さで少し汗で濡れ彼女を感じ取っていた。
間も無くして茶屋に到着した2人は互いに公衆電話で連絡を取った。
「ああ嵐山・・どこかって?なんか国道の峠道で、茶屋みたいな・・ドライブインみたいなところ・・」
「ああ轟自動車ですか?谷です。・・そうなんです。エンコして動けませんので、レッカー車お願いします。あの・・熱海に行く途中の峠道の茶屋です」
互いに連絡を取ることができ、各々1時間未満でなんとかなりそうであることを報告しあった。
「ちょっと・・“はるか”さん足診せて」
そう言い彼女の右足を自分の腿の上に置くと、免許証入れから絆創膏を取り出し、彼女の足首に貼り応急手当てをした。
「ありがとう・・もう大丈夫よ」
そう言いヒロシの顔を見つめた。
「あゝ・・俺が悪いんだから、お礼はいいよ。俺の車がおんぼろだから・・君にかえって迷惑かけたよ」
そう言い笑うのであった。
「そう言えばさっきの話だけどどう?私にバイトでいいから協力してくれる?」
ヒロシは社内での話を振り返され困ってしまった。
「無理無理!俺忙しいから!」
「えー。バイトにパチンコと深酒に女遊びに忙しい?」
ヒロシは“風はるか”にズバリ言われ「まあ・・ね」
そう言い下を向いた。
「だから私がアルバイト代出すわ。週一でいいから、スタジオで指南してよ。・・ねえ!いいでしょ?」
「バイト代って・・時給いくら?俺も生活掛かってるから・・君には悪いけど、気になるよ!」
「う・・んと、じゃあ成功報酬でどう?1万枚売れたら、3%の報酬出すわ。」
「3%?実感が湧かないな?」
「10万枚で、私の印税はxxx万円でその3%だから、x万円だわ。安い?5%にしようか?」
「いいよ!そんな具体的に言わなくても!夢ある仕事なんだから・・」
「私がアイドルだから?」
ヒロシは“風はるか”との関わり合いをお終いにすべきだと思っていた。歪みが酷くなれば、彼女も巻き込んでしまうと考えたからだった。
「遠いよ・・」
「何が?」
「君と俺の生きているこの世界観の距離・・それを考えたら、俺が君に指導するなんて・・あり得ない」
「私は・・純粋に音楽が好き!アイドルだけど、生きていく為にしてる事。本当は曲や歌詞を作って自分の音楽を高めていきたい・・ゴールは無いけど、自分が満足できる音楽を皆んなに聞いて欲しいの!」
“風はるか”は普段のキラキラしたアイドル感を感じさせず、高校時代にヒロシが一時思った、自分の目指す音楽を作りたい・・その時を思い出させた。
「俺たち・・もう22歳だけど、君はいつまでアイドル続ける?10代から続けてヒット曲を歌ってきたけど、もうキラピカなアイドルの限界を感じてるんじゃ?」
彼女は薄っすらと笑い下を一瞬見るといった。
「そうよ!限界・・自分より年下の娘がデビューしてきて・・生き残れるのは聖子さんや明菜ちゃんみたいな、独自のものを持っている人だけ・・今のわたしには無いわ。最近は事務所の社長もドラマや映画の出演や、美幸ちゃんみたいなバラドルの話をするわ。だけど・・無理。私は・・音楽で生きて行きたいの。このままだと女優やバラエティーのお笑いに導かれる。だから・・独立するわ。事務所を来月で辞めるの。新たにHK企画を創設させるの」
「でも・・辞めたら、事務所のバックアップがなくなるんじゃ?そうなればテレビ出演も遠くなっていくよ!大丈夫?」
「私は元々、貧しい家に育った。事務所の社長に拾われ、毎日同じ様に言うことを聞き、休み無く過ごした。だから今があるのは事務所のおかげと思っている。たくさん売れて、確り稼いで!だから・・もういいかなって。社長にも事務所の人にも恩返しできたと思うし、後輩のアイドルに力を入れ出したから・・このタイミングだと思った」
ヒロシは“風はるか”の話を聞き、彼女の申し出を断りにくくなっていた。
「・・困ったなぁ!断りづらくなった。でも・・俺が居ても売れるとは限らない。それに逆に沈むかもしれない・・俺って疫病神だから。それに君がいう様に、酒飲みのギャンブル好きで、相当な女たらしだよ!」
彼女は和かに笑うと言った。
「無論、知ってるわよ。偶に大学に行くと噂を聞くわ。谷ヒロシに騙されたとか・・お金貸したとか、勉強教わる代わりにエッチした・・とか。でもそれだけじゃないわ。公園でギター1本で歌うあなたの周りにはいつも人だかりだったし、バンドの練習風景も見させてもらった。そうしたら思ったの。谷ヒロシは自分の生き方をそのまま歌にできる人だって。Hiroshi Taniが(茜雲)を作り、CMソングに使われたけど、全くメディアには現れず、その時のあなたの境遇がそうさせたと嵐山に聞いた。荒んだ生き方をすれば、そのままを歌にできる。好きな女性がいれば、優しく思う気持ちで曲を作れる。だから・・あなたが適任!」
ヒロシは日々の生活を見透かされる様で恥ずかしく思ったが、自分のことを良く知る人物に会い嬉しくも思った。そして決意した。
「俺・・分からないけど、少しだけやってみるよ。君にどれだけ協力できるか分からないけど、俺の持っている音楽を君に少しでも譲れるなら・・」
“風はるか”は急にキャップを脱ぎ捨て、ヒロシに抱きついた。それも頬を寄せ合う様に抱きついた。
「ありがとう!谷君!私の夢が少しずつ近づいたわ。本当に分かってくれてありがとう!」
そう言いヒロシの頬にキスした。
「だ・ダメだよ!誰かに見られたら互いに困るよ!」
彼女は少し距離を置き「ごめんなさい・・ついつい嬉しくて。最近はあまり良い事なかったから」
そう言い反省した。
ただヒロシは彼女の大きな胸が自分の胸にあたり、少し興奮して赤くなった。
そんな2人を車で迎えに来た恵美が車内から見ていた。
クラクションが鳴り2人は迎えの車に気付いた。
「・・見られたかな?嵐山に。まずいわ・・」
「大丈夫だよ。彼女はそんな小さな人間じゃない。訳言えば勘違いされないよ」
「そうか・・でも勘違い?勘違いじゃないけどね」
“風はるか”はヒロシにメモを渡して「連絡するね!」そう言い走って車に乗り込んで行った。
家に帰ったヒロシはどうしようもなく何故か“風はるか”のことが気に掛かった。
自分の音楽について、まるで評論家の様に喋り、眩しいほどの笑みで語る声が・・
(あの声は歌っている時の彼女の声とは別物だ。アイドルとして作られた声は、どこかありきたりであったが、普段の喋りはまるで・・俺の好きな音だ。恵美の時と同じだし、喋っていると何故か・・安心する)
一方・・社内の“風はるか”は・・
「なんか、“はるか”さん嬉しそうですね?」
恵美が尋ねた。
「ううん・・何でもない!見える?」
「一つ聞いていいですか?」
「何を?」
「・・“はるか”さん・・ヒロシ君が好きですか?」
「えっ!(汗)何を言うのよ!私たちそんなんじゃないわよ。偶々、彼が駅まで送ってくれるって言ってくれたから・・エンコしたけどね」
そう言い嬉しそうだった。
「・・見ましたよ。あなたがヒロシ君にキスしたの」
「あゝ・・あれは彼の顔に髪の毛が付いてたから取ってあげたの。見る方向でキスしてるみたいに見えるけどね・・そう髪の毛だよ」
「・・私、正面から見てました。しっかりと頬にキスしてたわ・・嘘言わなくていいですよ」
「ああ・・正面・・なの。・・別にいいじゃない!私だってそれくらいのことをするわよ。・・えっ?嵐山・・もしかしてヤキモキ?。大丈夫よ。私たちそんな仲じゃないから安心して!」
恵美は被っていたキャップを取ると、結ってあったピンを取り背中まである髪を解き言うのであった。
「いえ!いいんです。ヒロシ君の女性との付き合いも結婚も将来も私にはどうにもできませんから。あの人が好きなら進んでください。私には止める権利はありませんから・・」
“風はるか”は首を傾げ、恵美の言葉に不信を持った。
「どうしたのよ嵐山!貴方らしくないわよ!いつも谷君の自慢を私にしていたくせに、今度は突き放す様な言葉を言って!今夜はおかしいわよ!」
恵美は薄っすらと涙を浮かべていたが、車を走らせていったのであった。
その晩・・
ヒロシは公園のベンチでギターを爪弾いていた。
今までの出来事を思い出した様に、歌詞が呟きとなって出てきた。
優しく優麗で上品で偶に強い恵美を思った。だが一方で“風はるか”というか自分の理解者が気になって仕方がなかった。そんな心の葛藤で1曲の楽曲が生まれた。
(心残り)・・
恵美への想いが何度も何度も繰り返された次元に、少しだけ疲れ果てたヒロシだったが、何度も次元を超えてきたのは、彼女への心残りがあったからだ・・
この曲が最終的に終焉に結びつく。
続く
恵美との距離感を感じた瞬間に飛び込んできた、“風はるか”というかアイドルスター・・彼女の事務所のバイトに行く決心をしたのだが、恵美とはどうなっていくのか?




