俺の名前は
辿り着いた先の光景は…?
目的の場所へ辿り着いた二人が見たのは、街中に決して溶け込むことがない、悲惨な現場だった。建物は亀裂が走り、空気中へ火の粉が舞う。ネオン色の看板は光を失い灰色へ変色している。シルヴァがいつも薪を燃やすときに見ていた暖かな炎は、
「誰か……!助けてくれ!」
「警官はまだなの!?」
「痛い……、熱いよぉ!」
人の命を奪う、確かな殺意へと変わってしまった。
「これは、中々な被害だな。」
「どうしてこんなことに…!?」
「さぁな。それは、あそこでガヤガヤしている元凶さんたちに聞くとするか。」
「あそこ?」
奏多が指で示す方向へシルヴァが目を向けると、ビルの上半分が地面へ倒れ、中身が剝き出しに見えるオフィスから、怒鳴り声が聞こえてくる。
「何か、聞こえる?」
「近づくぞ。しっかりついてこい。」
二人は瓦礫を避けながら、声の元へ走る。近づけば近づくほど、増え続ける人間のうめき声。生まれて初めて聞く声に、体は震え、故郷とかけ離れた世界での非現実的な光景に、目を背けたくなる。走っているシルヴァの視界に頭から流血し、涙を浮かべる女性の姿が見える。彼女は瓦礫に足を挟まれながらこちらを見て、叫び声をあげる。
「お願い…!助けて!」
「…っ!もちろん、助けるっ!」
シルヴァは女性のもとへ駆け寄り、足元の瓦礫を持ち上げる。が、一人の力では持ち上げることが出来ない。シルヴァがついてきてないことに気が付いた奏多は、すぐさま引き返してくる。
「先に犯人を捕縛しねぇと被害は増え続ける一方だってのによ…ったく仕方ねぇな!」
「ありがとう奏多!行くぞ、せーのっ!」
二人の力を合わせてぐっと持ち上げると、女性を挟んでいた瓦礫の間に隙間ができた。
「おい、早く出てこい!」
「あ、ありがとう…。でも、足が動かないの…。」
「なっ、どうすれば…!」
シルヴァが困り果ててしまうと、奏多は自身の服をちらりと覗く。
「……これは残しておきたかったが、まあいいか。」
「奏多?」
「ほら、お嬢さん。」
そう言いながら、瓦礫を持つ両手を片手に切り替えて、おもむろに服のどこかから液体の入った瓶を取り出した。奏多はそれを「ほいっ。」と女性に渡した。
「これは?」
「俺の先輩の新薬。新たな回復薬を作ったから怪我をしたら試してほしいと言われてな。副作用があるかもしれないが、ここで死ぬよりはマシだろう。ほら、ぐいっといこう!」
「そんな酔っぱらいのおじさんみたいな…。」
女性は手渡された瓶を見て、多少の恐怖を浮かべていたが意を決したようで。
「い、いただきます…!」
と言いながら瓶を飲み干した。
「どうだ?」
「うぅ…!」
「もしかして副作用ってやつが出たんじゃ…!?」
「……いや。これは大丈夫そうだ。」
「え?」
そう言われ女性を注視すると彼女の足が淡い緑の光を纏い始めている。血まみれだった足が完全に光に包まれたかと思うと、次の瞬間には綺麗さっぱり治っていた。
「足が、痛くない…!?」
「ははっ!今回は成功作じゃないっすか。さっすがアイル先輩!」
「な…!…え…!?は!?」
(なんだ今の!あんなの物語の魔法でしか見たことがない!!)
「さあ、お嬢さん。もう動けるよな?」
「はい!ありがとうございます!」
女性は二人に礼を言うと、すぐにここから避難しに行った。
「ほら、行くぞ。」
「あ…。ああ、うん!」
「にしても、お前もお前だ!お人好しにもほどがある。」
「ご、ごめん!つい体が動いちゃって…。」
「まあ、そこがお前の良いところなんだろうな。それにあんたのお陰で一人の命を救えたから良しとするか。目的地までもう少しだ。走るぞ!」
「うん!」
奏多と共に中心へ向かい走っていくうちに、だんだんと呼吸が浅く、息苦しくなってくる。黒い煙が消えることはなく、延々と燃え続ける炎は、美しくも悍ましい光景を作り出す。
「おい、大丈夫か?」
「へ、いき…っ!」
「出来るだけ姿勢は低くして走れよ。あと何かしらの布で口を覆え。砂塵の対策にはなる。そして、煙を吸うな。煙には有毒なガスも混じっている。一酸化炭素中毒になったらあんたがお陀仏になるぞ。」
「ああ、分かった!」
奏多の言ったとおりに着ていた上着の裾を口元にあて、走るのに支障がない程度に姿勢を低く保ち、走り続ける。ようやく辿り着いたビルへ、二人はすぐさま潜入した。
内部は机や椅子、紙類が辺りに散らばっており、綺麗なオフィスとは似ても似つかぬ姿だった。
「階段は何処だ?」
奏多と同様にシルヴァも階段を探すと、緑色のランプが付いた扉を見つけた。非常口と書かれていて、人のような形のマークが扉から逃げているように見える。
「奏多、あれは?」
指で指し示すと、奏多はニヤリと笑いながらこちらを見る。
「お、非常口!やるじゃないか異世界人!この先に階段があるはずだ!」
二人が非常口の扉を開けると、そこには無事とは言い難いが少なくとも登ること自体は可能な階段があった。
「さて、足場は悪いかもだが登るぞ。」
「登るってここをか!?」
「仕方ねぇだろ、登るより、”外からジャンプで飛んでいく方が楽”だが、後々面倒になるんだから。」
「え、ジャンプで飛ぶ…?」
「脱出時はそうするけどな!ほら、無駄話は止めて……走れ!」
「ちょっ、置いてくなよ奏多ー!」
軽口を言い合いながら、一つ一つ階段を登っていく。幸いそこまで崩れきっていないからか、瓦礫を避ける、熱さに耐える以外には特段苦労することなく、登ることが出来た。
階数を重ねていくと、段々とあの怒鳴り声ははっきりと聞こえてくる。
ついに剥き出しのオフィスの階数まで到達すると、中にいる数十人と、その中心にいる小太りの男性の会話が見えた。
「それでのこのこ逃げ帰ったと?情ねぇにもほどがあんだろうが!!」
「す、すんませんボス!!」
「そもそもお前には偵察を頼んだだろうが!!それも得たものはバッグ一つだけ、しかも女性もの。…かっこわりぃなぁ?」
「申し訳ありません!!」
「いいか!!俺達『リベルティラバー』はこれからこのクソったれたアストレアを変えるべく狼煙を上げるんだ!!おめおめと負ける弱者はいらねぇんだよ!!そんなやつはとっとと帰れ!!」
「ひっ、ど、どうか許してください!俺を…まだここに置いてください!!」
「りべ…なんとかバー…。またよく分からない単語が…、奏多は分かるか?」
「んー?あれ、あそこで怒られてるやつどっかで見たような…。あっ!」
奏多の脳裏に浮かんだのは、シルヴァと出会う前に自身が追いかけて気絶させた強盗犯だった。ロープを探している途中でシルヴァを見つけ、その後目覚めるまでシルヴァの側から離れなかったからか、すっかり存在を忘れてしまい放置してしまったのだ。
当然、ただ恐怖で気絶して、傷一つなく拘束もされていない犯罪者など、すぐに目を覚まし逃げるに決まっているだろう。
「…あいつ、俺が拘束し忘れた強盗犯だ。」
「強盗!?てか、拘束し忘れたって?」
「いやぁ、あんたの事を注視しすぎちゃって、あいつのことすっかり忘れちゃってさ!悪いことしちゃったな!」
「んん?つまり、犯人を逃がした…?」
「そうとも…!」
「そんなドヤ顔で言うことじゃない!!」
「ん?おい、そこにいるのは誰だ!!?」
会話の音量が大きくなりすぎたのか、気がついたら二人はニタニタと笑いながら近づく輩に囲まれてしまったようだ。
「奏多…どうする!?」
「……。」
「奏多…?」
「ふっ…。やあやあ、さっきぶりだな犯罪者さん。さっきはまさか攻撃する前に気絶するとは思わなかったよ。その姿も、ごく普通の一般人っぽくて様になってるよ。」
「はあっ!?」
(何煽ってんだよ奏多~!!)
「それと、そこのあんた。アストレアを変えると言ってるが。残念ながら、俺程度を倒せないようじゃ、アストレア全土を敵に回したところで、誰にも勝てないぞ。」
「こんのぉ、調子に乗るなよクソガキィ!!」
「意外とあんたより精神年齢は上かもな。」
数々の煽り言葉に怒りを顕わにする彼らに対し、流石のシルヴァも困惑状態。奏多の肩を強く揺さぶっても、言葉は止まるどころか、さらに皮肉が増しているように聞こえる。
「めっちゃ怒ってんじゃん!!どうすんの!?」
「ん~?まあ、ちょっとした時間稼ぎだよ。まあ、俺にとっては怒ろうがそうでなかろうが、どっちでもいい。所詮は武器を得た一般人。どんなに武装しても、俺には…勝てねぇよ!」
奏多が自信を持って言うと、いつの間にか彼の手には大きな鎌が握られていた。
「えっ?どこから出した!?」
「ちょっとした魔法さ。お前はどうする?戦う術がないなら下がってな。必ず守るから。」
「なっ、奏多!!」
シルヴァが静止する前に、奏多は敵の前に躍り出る。
「今日だけで何回言うんだろう、この挨拶。まあ、いいか。改めまして…。」
「Hello,World!銀河戦士団がここに一人。澄風奏多、ここに推参……ってな!」
勇敢に対話をする奏多に、猛々しい輩の圧に、自分が駄目なやつに思えてくる。
(俺も…動かないと!でも、何ができる?武器もないのに…。せめて、斧。あれさえあれば俺も戦えるのに…!!)
「銀河戦士団…か。で、後ろのやつもか?」
「彼は関係ないだろう。」
「つまり無関係者か。」
(いい人質になりそうだな…。)
「……。」
(人質、なんて考えてるんだろうな。とんでもない力を秘めてるもんだから連れてきたが、やはり危なかったか?けど、もし。もしも、彼がこの銀河の救世主になるのならば、俺は……。)
「さあ、行くぞ、野郎ども!!」
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉーー!!!!!」
「…来るか。何処からでも来い!」
_すうぅっ。
「待て!!」
両者が睨み合い、今まさに戦う直前。一人の声が響き渡った。
(何が武器があれば、だ。俺は俺の力で戦う。だって俺は…!)
炎の中で声を上げる青年はあまりに青く、星空のように輝いていた。誰もが、目を釘付けにされ、離せなくなるほどに。特に一人の青年は、特に輝く右腕に注視していた。
シルヴァは歩き、奏多の横へ並び立つ。
その瞬間、彼の右手には刻印が宙へ浮かび上がり何かの召喚陣が描かれた。それが瞬く間に煌めいたかと思うと、彼の手には一つの銀色の斧が握られていた。まるで、女神からの祝福のような美しさ。奏多は一瞬目を見開き、隣の青年を見つめていた。
手元の斧をギュッと握ると、妙に馴染み深く、心地良い。その重みがこれは夢ではなく、現実だと教えてくれる。ふぅ。と息を吐くと、青年はただ前を見る。そして高らかにこう叫ぶのだった。
「俺の名前はシルヴァ。この銀河を終焉の運命から救うため、異世界からやってきた『変革者』だ!!」
_シルヴァは武器を手に入れた!
ご読了ありがとうございました。




