第63話 彼女は降り立ちました
「え……!?」
突然出現した『矢』に、佳子が驚いて声を上げる。
克也もさすがに驚いたようで、目を見開いて足元の『矢』を見下ろした。
そして。
「『声を出さないでくださいね』」
茜は冷静なまま、2人にそう『指示』を出した。
現在、3人が居るのは橋脚部分の避難通路だ。
そして、すぐ近くには避難用の梯子があり。
橋の上部には、ゾンビがうろついていた。
『……ぃいイイマァすううぅぅー?』
そして、金属の床に矢が突き立つという『音』は、確実にゾンビを呼び寄せる。
『ダァれれれレレレェかァー、いマだれッすううぅぅー?』
上を見上げる茜。
硬直する2人。
そして、下を覗き込む、ゾンビ。
『――ダレレぃいマスううぅぅゥゥーッ!!』
ゾンビと茜の目が、合った。
ゾンビは即座に、下の通路に人間が居ることを認識した。すばやく周囲を見回し、下に降りるための避難用の梯子を確認、そこに飛びつく。
『だアァれかああぁァイィますううぅぅー!?』
「居るんですよねぇ」
ゾンビは梯子を下りるため、後ろを向いて足を下ろし。
――ストンッ!
そのゾンビの頭部に、横から飛来した『矢』が突き刺さった。
『ィヨッ?』
思考中枢が収まる頭部に損傷を受けたゾンビは、ビクンを身体を跳ねさせ、力を失った。
そのままバランスを崩し、崩れ落ちるように梯子を落下する。
ガタン、と音を立て、ゾンビは梯子に引っ掛かった。
「……そのまま『動かないで』」
茜達3人は、その場で『立ち止まる』。
この場所は、橋脚を外側に通路が膨らんでいる構造になっている。
その手前で3人は立ち止まっているため、対岸から見ても、茜達の姿は橋脚に隠れている状態だ。
『……ェッ……エエェええェエぇぇッ』
そして、梯子からぶら下がるゾンビがビクビクと動き出した。
ゾンビの肉体は、通常の人類と同様に衝撃に弱く、すぐに壊れてしまう。
だがそれでも、簡単な負傷であれば気にせず動き続けるし、重篤な損傷であっても時間経過で回復していくという特徴があった。
そして、脳神経周辺を破壊されたゾンビもそれは同様だ。
何らかの作用で破壊された神経を修復しようとするが、突き立った異物がそれを邪魔する。
よって、目の前のゾンビはガクガクと醜悪なダンスを踊り始めるのだ。
「……!!?!?」
梯子に引っ掛かってぶら下がったまま、ビクビクと動き続けるゾンビ。
そんな姿を目の前で見せられ、佳子は涙目になりながら茜にすり寄った。
茜は、まかり間違っても押し出されて“監視者に見つからないように”、その場に踏みとどまる。
そうして動き続けるゾンビの首筋に、三度、矢が飛来した。
ストン。
脳と身体を繋げる脊椎神経を断たれたゾンビが、今度こそ力を失う。
「ではあと30秒、待ちましょう」
そして茜は、カウントを開始した。
ゾンビに3本目の矢が刺さってから起算して、30秒。
それが、このデストラップを切り抜けるために必要な時間なのだ。
「……29、30。はい、これで大丈夫です。先に『進みましょう』」
時間が経過したのを確認すると、茜はそう『指示』した。
「う、うん……」
不安そうな佳子の手を握り、茜は再び歩き出す。
躊躇無くゾンビの横を通り、それに佳子も引っ張られ。
「ひぃッ……!?」
ギョロギョロと眼球を動かすゾンビと目が合って、悲鳴を上げたりもしたが。
茜ら3人は、それから何事も無く最後の橋脚、避難通路の終点に到着した。
「では、こちらの梯子で地上に降りれば、クリアも同然です! あとはセーフティーゾーンに駆け込むだけなので!」
「セーフティーゾーンって……今日の宿ってことだよな……?」
茜を先頭に、佳子、克也と続いて梯子を下りていく。
内側からしか開けられない扉を開き、地面に降り立ち。
3人は遂に、大流川新橋からの脱出に成功した。
「この周辺にゾンビは居ませんので、橋脚の影から出なければ、ゆっくり休んでも大丈夫です」
「つ、つかれたぁ……!」
「…………」
茜の言葉に、佳子はとすん、と尻餅をつくように地面に座り込む。
克也も相当に疲労したようで、無言でリュックサックを下ろす。
茜はそんな2人を横目に、周囲を見回していた。
基本的に、茜は油断しない。まるでそれが生態かのように、常に周囲の状況を把握する。
それが、死にゲー実況界隈で生き残ってきた男の生き様なのだ。
今は、女だけれども。
「もうすぐ夜が来ますので、もう少ししたら出発しましょう。すぐ近くなので、食事とか水分補給は着いてからで大丈夫です。まあ、ここで摂っても問題は無いんですが」
「そ、そうか……分かった。本当にゆっくり休める場所なら、早く行きたい……」
「今日のお宿だよねぇ……。それなら、もう行っちゃおう!」
茜の解説に、2人は慌ててリュックサックを背負い直し、立ち上がった。
ここで休みたいという気持ちもあるようだが、やはり寛ぐことまではできない。
それに、安全と言われても、いつゾンビが駆け込んでくるかと怯え続けるのは辛い。
もちろん、茜は本当の意味で、ここが安全だと知っているのだが。
それを、同行者の2人が察することはできないのだから。




