第52話 彼女は後ろに陣取りました
茜たち一行は、茜の基準でごく簡単で安全なルートを辿り、夕陽新町の境界近くにたどり着いていた。
行く手には、大流川の高い土手が見えている。
「さて、もう少し右の方に行けば、目指す橋があるんですが」
「や、やっと休める……?」
「着いたのか……?」
たかだか30分程度走ったくらいで、軟弱な人達である。
茜はそう思いつつ、一応口には出さない配慮を示して、軽く頷くだけにとどめた。
「先に、攻略に使うアイテムを集めないといけません。ちょっとその辺のお宅に訪問させてもらって、不要物を回収しましょうか」
「不要物……」
「茜さん、今日は橋を渡るところまでだっけ?」
「はい、橋を渡って今日はおしまいの予定です。向こうは向こうで、結構気を使うことになるので」
「ええ……」
そんな爆弾情報を落としつつ、茜は隠れている路地から目の前の道路を確認する。
「おっと、左からお散歩中の女性が。そのままだと見つかっちゃいますので、一旦隠れましょう。さあ、『下がって』、下がって」
「…………」
「…………」
茜の指示に、2人はすり足で後ろに下がる。そして、その後ろにある住宅の塀の影に、順番に入っていった。
「お姉さんが通り過ぎたら、後ろをついていきましょう。その先に、お目当てのお宅がありますからね。お二人は、並んでついて来てください」
「はぁい」
「……わかった」
そんな相談をしていると、路地の入り口に若い女性と思しきゾンビが姿を現した。
『…………』
その女性ゾンビは、無言でゆっくりと歩いている。
そして、その右手には犬用と思しきリードがぶら下がっていた。
「お散歩中のお姉さんゾンビですね。犬の姿は見当たりませんが。では『ついて来てください』」
女性ゾンビが路地前を通り過ぎた瞬間、茜たちは歩き始めた。
『中腰』で、足音を立てないようゆっくりと移動する。
路地を出る前に、茜は左右を確認した。
「稀に、タイミングの問題で別のゾンビが顔を出す可能性がありますので、必ず左右を確認しましょう。これは、どの曲がり角でも同じです。常に周りを見るようにしてくださいね」
そう言って、茜は道路に足を踏み出した。
茜達の数m先には、ふらふらと歩くお姉さんゾンビの後ろ姿が見える。
「まずは、お姉さんに追いつきましょうか」
『中腰』での移動は、通常の『歩く』より遅い。とはいえ、ノロノロと歩くゾンビよりは速く移動可能だ。
もちろん、移動速度が速いゾンビも存在するので、このあたりは相手によるのだが。
女性ゾンビは、右手のリードを引きずりながら、ゆっくりと歩いていた。
その左斜め後ろに、1列になった茜達一行が接近する。
女性ゾンビを先頭にした、変則的な1列縦隊だ。
「……位置はこの辺りで、付かず離れず……」
ゆっくりと歩き続けるお姉さんゾンビ。
が、突如。
茜が右手を掲げ、停止の合図を出した。同時に、お姉さんゾンビもぴたりとその足を止める。
「……!?」
その茜の『指示』に従い足を止めた2人だったが、もちろん、何が起こっているか、これから何が起こるか、分かっていない。
だが、茜がわざわざ、左斜め後ろに陣取っているのだ。
『ついついツイちゃんツイときてツツいいぃ?』
女性ゾンビが後ろを振り向く。
その視線は、右斜め後ろの足元に向けられていた。
「…………」
「…………」
おそらく、散歩中の愛犬に向けた視線、なのだろう。
左斜め後ろの3人は、ギリギリ、その視界に入らない。
『…………』
女性ゾンビは、視線を前に戻すと再び歩き始めた。
茜も、右手を動かして後ろの2人の『指示』すると、女性ゾンビにあわせて歩みを再開する。
そんな感じで、さらに2件ほど住宅を通り過ぎた後。
道路に沿って歩いていた女性ゾンビが、急に右手に進路を変えた。
「……!」
その挙動に驚いて、佳子がびくりと肩をすくめる。
とはいえ、茜は特に驚きもせず、普通にそのまま歩いていた。
であれば、この女性ゾンビの挙動は、予定されていたもの、ということである。
『…………』
女性ゾンビは、道路の右端に立つ電信柱の前で、立ち止まった。
その隙に、3人は女性ゾンビの後ろをすり抜け、茜に導かれるままに左手の住宅の敷地内に入る。
「……さて、それでは。お二人は、ちょっと『ここで隠れていて』くださいね」
「こ、ここ?」
茜が指定したのは、隣家との境界に建てられた塀の陰である。向こうからは見えないだろうが、正面は普通に空いている場所だ。なんなら、その反対側からは丸見えである。
まあ、茜がそう言うのだから、反対側からゾンビがくる可能性はないのだろうが。
「ちょっと、かるーく作業してきますので、ここから動かないで下さいね」
「ええ……」
茜はそう伝えると、1人で歩き始めてしまった。
茜は、再び電信柱の前に佇む女性ゾンビの後ろを歩いて通り過ぎ、そこで立ち止まる。
『いいももいうもういいいぃんのんもいー?』
そして、女性ゾンビは、何かを呟きながら視線を上げると、元のルートに戻って歩き始め。
「さて、ここでもう1個使いましょうねぇ」
茜はその瞬間、懐から取り出した吹き出し花火に、かちりとライターを鳴らして点火した。




