第50話 彼女は走り始めました
茜を先頭に、3人は日本庭園風に整備された庭を横切り、境界となっている金属柵に辿り着いた。
「ここからは、タイミングが重要です」
「タイミング」
オウム返ししてきた佳子に、茜はちらりと目線を向け、そのまま頷いた。
「……橋に辿り着くまでに避ける必要があるゾンビは、ほとんどが徘徊型です。なので、タイミングをうまく取れば、ほぼノンストップで突っ切れます。ただ、かなりシビアなので、ちゃんと練習を重ねるか、あるいは安全地帯を経由して少しずつ進みましょう」
そう説明すると、茜は柵の向こうの観察を再開する。
「……なあ、茜ちゃん、なんの解説をしてるんだ……?」
「さぁ……よく分からないんですが、だいたい正しいんですよね……」
茜の視線の先には、庭に面した一軒家がある。
そのリビングの窓に、カーテン越しに動く影が見えていた。
「真ん中から4秒、そのまま左に移動……。2周目か4周目……」
そこには、住宅内部を徘徊する在宅ゾンビがいるのである。そして、茜はその挙動を眺め、現在が徘徊型のどこのパターンに合致するかを確認していた。
「すぐに戻ってきたから、2周目ですね。このまま、周回が終わるのを待ちましょう」
カーテン越しの影は、一旦その姿が見えなくなった。
しばらくすると、またカーテンの向こうに、歩いて移動する影が現れる。
「3周目……。この後影が見えたら、4周目です」
茜はそうつぶやくと。
影が再び見えた瞬間、スッと歩き始めた。
「『付いてきてください』」
「……!」
「……あぁ」
茜のすぐ後ろに、佳子。そして、克也が続く。
茜はそのまま、庭の端まであるいて辿り着くと、そこに設置された腰ほどの高さの物入れの上によじ登った。
そして、そのまま躊躇無く柵をまたぎ、向こう側に飛び降りる。
「…………」
「…………」
茜に『指示』された2人は、見よう見まねで同じように物入れに上り、柵を越えた。
2人が降りてくるのを確認し、茜は『中腰』になって歩き始める。
歩いているのは、先ほど観察していた一軒家の隣の敷地。
2階建てアパートの駐車場のようだった。
放置された車の間を抜け、茜はアパートの端、人が通れる程度の通路を目指してそのまま歩き続け――
――ガララッ!
「……ッ!?」
「ひっ……」
「おっと」
最後尾の克也がベランダの陰に差し掛かった瞬間、突然、アパート1階のベランダの窓が開いたのである。
「さあさあ、こっちまで来れば見つかりませんので大丈夫ですよ」
「……! ……!」
「おまっ……!」
「『張り付いてください』」
抗議しようとした2人を、茜は『指示』で黙らせると、アパートの表側を睨んだ。
「サバイバーなんですが、あんまりギリギリだと抗議してくることがあるんですよね。『指示』にはだいたい従ってくれるので、即座に封じるようにしましょう。下手に自由にさせると、ゾンビに見つかっちゃいますので」
「……!」
「……!!」
『指示』に思わず従った後、茜のその解説を聞いた佳子と克也が、バッと茜に顔を向ける。
だが、茜は真剣な様子でアパートの向こうを睨んでいた。
その態度で、佳子も克也も、思い出した。
――既に世界は崩壊し、ゾンビが支配しているということを。
◇◇◇◇
アパートのベランダに出てきたのは、室内を徘徊している在宅ゾンビである。
このゾンビは、一定間隔でベランダの窓を開き、しばらくして室内に戻るというルーチンを繰り返している。
その他の部屋のゾンビは、基本的に外には出てこない。
だが、ここで気を付けなければいけないのは、訪問系の徘徊型ゾンビだ。
このアパートには、定期的に歩いてくる散歩ゾンビがいるのである。
そして、その散歩中のおじいさんゾンビが、隠れる茜達の前に姿を現した。
「……あのおじいさんと、一緒に行きましょう」
「…………」
おじいさんゾンビはアパートの敷地に入ってくると、そのまま1階の部屋の前に立ち止まる。
そこで何やらモゴモゴと呟いた後、くるりと踵を返し、敷地の外に戻って行った。
「『行きましょう』」
3人は『中腰』になると、慎重におじいさんゾンビの後ろを歩き始める。
隊列は、ゾンビ、茜、佳子、克也の順だ。
おじいさんゾンビは、足が遅い。
3人は『中腰』のまま、ゆっくりと歩みを進めた。
敷地を出ると、やや狭い路地を右に行く。左側には用水路があり、行き止まりになっていた。
そのまま10mほど歩いたところで、その先にある何台かの車とやや大きめの道路が見えてくる。
「おじいさんゾンビがあの道路を左に曲がるので、角まで行きましょう」
「……!」
茜の言葉に、頷く2人。だが、茜は2人を見ていない。
それも当然で、筋金入りのコミュ障の茜は、相手の反応を確認する習慣が無いのだ。
まあ、そんな事情はさておき。
やがて、路地の出口でおじいさんゾンビが左に曲がり、視界から消えた。
「ちょっと見ますね~」
そして、茜はさっと塀に『張り付く』と、周囲を確認する。
「イレギュラー無し、自警団も姿は見えません。であれば、プランAで。あ、プランはCまであるんですが、全部適当です。はい」




