第42話 彼女は頷きました
『――ぁぁぁああおおぉぉぁあぁいいぃいぃぃー!!』
監視塔ゾンビが、叫び始めた。
茜はそれを視認し、頷いてから手を離して飛び降りる。
「み、見つかったの!?」
ゾンビの叫び声を聞いてビビり始めた佳子に、茜は首を振る。
「慌てないで大丈夫です。監視塔ゾンビ自体は何もしてこないので」
そうして、茜は改めて、塀に『張り付いた』。
視線を動かし、路地奥のゾンビを確認する。
すると、その場所で立ち尽くしていたゾンビが、ゆっくりと周囲を見回しているのが見えた。
「あんな感じで、監視塔ゾンビの叫び声を聞くと、有効範囲内のゾンビが全て警戒状態になります。徘徊型は立ち止まって周囲を確認し始めますし、自縛型は見回し始めるんですよね」
「だ、大丈夫なの……? それ……」
「視界に入らないようにすれば、見つからないので大丈夫です。むしろ、視界が限定されるので歩きやすくなるくらいです。ただ、普段より音に敏感になるので、近付く場合は絶対に音を立てないようにしないとダメですが」
そんな説明を垂れ流していると、路地奥のゾンビが、ゆっくりと身体を回し始めた。
周囲を確認するために、動き始めたのである。
「おっと、きましたね。ではいきましょう! 静かに!」
「……!?!?」
そして、路地奥のゾンビの視線が、路地入り口から外れた瞬間。
茜は佳子に『指示』すると同時、『中腰』で堂々と歩き始めた。
『あああぁぁぁいいいいぃぃぃええええぇぇえええぇぇぇー!!』
「…………」
『中腰』状態は無音で移動できる。
また、警戒状態のゾンビは音に敏感になるのだが、そもそもこの『警報音』が響いている現状では、多少の音はかき消される。
よって、茜はかなり大胆に移動していた。
同様に、『指示』されている佳子も、茜に続いて『中腰』で歩く。
路地奥のゾンビは、完全に後ろを向いていた。
その隙に、茜は佳子を先導しながら路地を歩き、途中の住宅の門扉前まで来た。
「……開けて入ったら、すぐに右の影で『しゃがんで』『張り付いて』」
「……!」
佳子が、『指示』の通りに門扉の取っ手に手を掛け、開けた。
ガチャリと留め具が音を立て、ギイ、と門が開く。
佳子がそのまま敷地に入り、指示の通り右に移動する。
その後に続き、茜も門扉を抜け、すぐに後ろ手で門を『閉めた』。
取っ手の金具が、ガキンと嵌る。
それを確認することもなく、茜は左に移動、門柱の影に『しゃがみ』、『張り付いた』。
『…………』
その瞬間。
ガチャン、という音と共に、誰かが門扉に手を掛けた。
「…………!?」
「…………」
両手で口を抑えた佳子が、バッと茜に顔を向けた。
茜は佳子に目線を向け、そっと人差し指を立てた右手を、自分の口元に持っていく。
『…………』
ガチャ。
ガチャガチャ。
ガチャン。
誰かの手が、門扉を揺する。
『ぁぁあぃいいあぁぁぁ……!』
サイレンが、尻すぼみに消えていく。
ガチャ、ガチャン、ガチャ、ガチャ。
その間も、門扉を揺する手は止まらない。
そして。
ぬ、と。
無表情の中年男性の頭部が、門の上から突き出された。
「…………!!」
佳子は気配でそれを察知したのか、必死に両手で口を押さえたまま、壁に背を押し付ける。
そうして、時間にして1分ほど。
『…………』
門扉の上から中を見回していた中年男性のゾンビの顔が、すっと引っ込んだ。
「…………」
茜が、人差し指でシーッとしたまま、『中腰』で佳子のそばに移動してくる。
「……そろそろ、しゃべっても大丈夫です」
「……はああぁぁぁぁ……」
茜にそう言われ、佳子は大きく息を吐いた。
「心臓に悪いよぉ……」
「監視塔ゾンビのサイレンが鳴ると、ああやってゾンビが警戒するようになるんですよね。気になることがあったら、大体1分くらい周囲を観察してくるんです。下手な隠れ方をしていると、見つかっちゃうんですよね」
「そ、そうなんだ……」
先ほどはゾンビが後ろを向いている間に通り過ぎたため、見つからないはずだった。
しかし、警戒状態になったゾンビは、音にも敏感になる。
そのため、門扉の開閉音を聞きつけてこちらにやってきたのだ。
「幸い、あの程度の音ならゾンビが走ってくることはありません。ゆっくり歩いて気になるところを見にくる感じなので、慌てず隠れればやり過ごせます」
「……。私には、色々と無理なことは分かったから、茜さんに全部お任せするね……」
なんでもない風に解説する茜に、佳子は力なく首を振った。
「だいたい、1分くらいしたら普通の状態に戻るので、それまでは隠れて動かないようにすれば大丈夫です」
「おっけー……」
わかってくれたか、と、うんうんと茜は頷き、佳子を促して立ち上がった。
「では、鞄君を迎えに行きましょう。すぐ近くです」
「か、かばんくん……? なんかさっきも言ってたけど、それって誰……」
「鞄君を仲間にするのとしないとじゃ、難易度が倍は変わりますからね。無理に仲間にする必要はありません」
「????????」
混乱する佳子には気付かず、茜は彼女の手を引いて裏庭を目指して歩き始めた。
サバイバーを仲間にすることで、茜の『指示』の量は倍になる。
だが、茜は全く気にしていなかった。
そう、その程度の操作、彼――彼女には、お手の物なのだから。




