第43話 彼女は勧誘しました
茜と佳子は、連れ立って裏庭に回る。
『中腰』で慎重にスタスタと歩く茜、そんな彼女の移動速度に合わせてゆっくり歩く佳子。
そうして、裏庭に辿り着いた彼女らが目にしたのは。
「……割れてる……?」
「そうですね。もしかすると、先客がいるかもしれません」
庭に面したテラス部分の窓が割れた、明らかに『人間』が侵入したと思しき光景だった。
「割れているのは、鍵の周辺だけ。窓はちゃんと閉じられていて、荒れた形跡もありません。熱心な空き巣のゾンビ、という可能性も無くは無いですが、まあ、間違いなく誰か――サバイバーが侵入した形跡です」
「さ、さばいばー?」
「私……私達のような、生き残りです。危険な人じゃないといいですねぇ」
「ええ……」
茜は佳子に解説を続けながら、躊躇無く窓に手を掛けた。
ガラガラと若干建て付けの悪い音を出しつつ、テラス窓が開いていく。
当然、その音は家の中に大きく響いた。
ガタン、と。
中から、何かが動く音がした。
「…………!」
佳子が、びく、と肩を跳ねさせる。
「『お邪魔します』」
そして茜は、何も気にせず、土足で部屋に侵入した。
飛び散ったガラスを踏みつけ、チャリ、と音がする。
「さ、佳子ちゃんも入って大丈夫ですよ。悪い人ではありませんので」
「…………」
茜に手を引かれ、佳子も続けて屋内に踏み込んだ。
佳子が入ったのを確認し、茜はカラカラと窓を閉める。
そうして、2人が振り返った先。
明るい屋外から暗い室内に入ったことで、まだ2人の目には、暗闇としか判別できない、明かりの差さないキッチンに。
「『……こんにちは』」
茜の『あいさつ』に、暗い室内で人影が身じろぎしたのが、僅かに確認できた。
◇◇◇◇
「……そうか。それは……ええと……大変だったな……?」
「ここ、変なゾンビが歩き回ってるし、茜さんはどんどん先に行っちゃうし、もうほんとどうなってるかって……」
「…………」
佳子と、住宅の中から現れた人影。
2人は簡単に(どちらかというと一方的に)打ち解け、主役である茜を差し置きおしゃべりを始めていた。
いや、会話の輪に入れてほしいわけではない。茜は会話が苦手なのだから。
「あ……すみません、私ばっかり喋っちゃって。私、柚野佳子っていいます。それから、茜さん……」
そして、そんな茜の心境を知ってか知らずか。
佳子に促され、茜はうつむいていた顔を上げた。
「……木之下茜」
「……。……。……ええと、ゾンビから逃げて、この家に入らせてもらったんだけど……」
説明は佳子に任せ、茜は改めて、目の前の男の観察を始めた。
リビングに置かれたソファでくつろいでいたらしき、この男。
彼が、『夕陽新町』におけるサバイバー。
通称、『鞄君』だ。
「……僕は、滝多克也。別に、この家の家主って訳じゃない……が、数日ここで過ごしてる」
「あ、そうなんですね。すみません、急にお邪魔しちゃって……」
「いや……別にそれは……いいけど」
克也は、ゲーム内で初めて『サバイバー』として仲間にでき、行動を共にすることができるという重要な立ち位置のキャラクターだ。
ただ、彼を仲間にしたところで、特殊な技量を持っているわけでもないため、どこかでお別れするというのがセオリーだったのだが。
「…………」
さて、と。
茜はゲーム内のシナリオを思い出しつつ、背負っていたリュックサックを下ろした。
なんだかんだ、移動しっぱなしだったのだ。
少し休憩しても良いだろう。
「…………」
急に動き出した茜に、克也は少し警戒を強めたようだった。
だが、茜はそれに気付くことはなく、リュックサックからペットボトルを取り出す。
「佳子ちゃん、いまのうちに少し休憩しましょう。途中で水も飲んでいないですから」
「あ、そうだね……」
ペットボトルを片手に、茜はそのまま、先ほどまで克也が寝転がっていたソファーの端に座った。
「…………」
「し、失礼しまーす……」
唖然とした表情の克也に、佳子は申し訳なさそうに頭を軽く下げ、茜の隣に移動して座る。
ペットボトルからこくこくと中身を飲む茜を見て、克也は大きく息を吐いた。
真っ当に警戒していた風の佳子と違い、茜は完全に無防備、マイペースであった。
「僕も、座らせてもらうよ」
そして、テーブルを挟んで2人の反対側。
1人用の椅子に、克也も座る。
女性を無闇に刺激しないように、という心遣いに溢れた行動だったが、残念ながら茜には通じない。
「克也くん。これから、行く当てはある?」
「あ、え? ……いや、特には無い、けど……」
ここで、ゲーム内では選択肢が発生する。
即ち、克也を連れて行くか、連れて行かないか。
連れて行かなければ、それまでだ。この家には、克也が数日滞在していたということもあり、アイテムは残っていない。
そのまま、お別れである。
逆に連れて行くを選択すると、同行者が増えることになる。それに伴い、持ち歩けるアイテムの数が倍になる。
正確には、克也のインベントリにアイテムを持たせることが可能になる。
故に、『ZOMBIE - ゾンビ』プレイヤー内での克也の俗称は、『鞄君』であった。
他のサバイバーが持つ特殊技能や特殊スキルも無く、インベントリ増加以外の恩恵の無い克也は、まあまあネタ扱いされている不憫枠なのである。




