第40話 彼女は疑問を持たれました
「……行きましたね。それでは、そろそろ動きましょう」
「……あのムキムキのやつ、いなくなった……?」
自警団ゾンビは、基本的に同じ経路を周回している。
この家に逃げ込む前、ゴミステーションを破壊していた自警団ゾンビはその場を立ち去ったのだが、肉じゃがを作ったり食べたりしている間にも移動し続けている。
1時間以上滞在していたため、何度か経路を周回しているはずだ。
出発する支度を調え、しばし待つ。やがて現れた、ガラガラと手にした獲物を引きずりながら歩くその巨躯が、遠ざかるまで監視し。
ようやく、茜は動き始めた。
「しばらくは、あいつは現れません。今なら、多少音を立てても大丈夫です。今のうちに移動しましょう」
「……わかった」
茜が床に置いていたリュックサックを『背負う』と、佳子も慌てて自身のリュックサックを手に取った。
「裏口から出ます」
「うん」
茜が裏口に向かって歩き始めると、佳子は何か、微妙な表情をしたまま、彼女の後をついて歩き始める。
「……茜さん」
「……ん?」
裏口の扉に手を掛けたところで、意を決した佳子が、茜に話し掛けた。
「ちょっと、訊いてもいい……?」
「……ん」
当然、まさか話し掛けられるとは思ってもいなかった茜は、やや挙動不審気味に、手を止めて振り返った。
視線は、佳子の首あたりに向けられている。
相手の目を見て会話するなんて、とんでもない!
「さっきの、あのムキムキのやつ……壊し終わったら立ち去ったみたいだけど、ああいうものなの……?」
「ん……。そう。……自警団は、前回と変化があった物とか、人間が見えた場所とか、音が聞こえた場所やものを、徹底的に破壊します。破壊し終わったら、満足して元の巡回ルートに戻ります。もし遭遇してしまったら、物陰に隠れてやり過ごすのが鉄則です」
「……茜ちゃんは、その自警団、とかいうのが、居るのは知ってたんだ……」
「…………」
はて。
茜は、僅かに首を傾げた。
佳子は、何を聞きたいのだろうか。
「さっき、あの自警団?が来る前に、ごみ捨てるところのフタを開けてたよね……何で……?」
「あぁ……」
そういえば。
自警団ゾンビが来る直前に、茜はゴミステーションの蓋を開けてから物陰に隠れる、という行動をしていた。
ちゃんと見ていたのか、と茜は感心する。
「ええと……。あれは、自警団を釘付けにするためですね。自警団は、前回通ったときと変わったものを見つけたら、とりあえず壊れるまで叩くっていう習性があるんです。なので、わざと蓋を開けたりすることで、その場所に誘導することができるんです」
「……。隠れたまま、やり過ごせなかった?」
佳子のその疑問に。
茜は、大きく頷いた。
それに佳子が気付いた、ということだ。茜のテンションが、少し上がった。
「そう。静かにしていれば、やり過ごせます。隠れていたあの場所なら、道路からは見えないですからね。あそこでずっと隠れていれば、やり過ごせたと思います」
「ええ……? な、ならなんでわざわざ……」
ここにきて、ようやく茜は納得がいった。
どうやら佳子は、茜がわざわざ危険な行動を取ったのではないか、と疑問に思ったらしい。
この娘は、しっかりと状況を認識し、そして自分で考えることができている。
茜の、佳子に対する評価が、ぐーんと上がった。
「ええと、理由はいくつかあるんですが……」
とはいえ、ここで時間を使うと、またしばらく動けなくなるかもしれない。
「まあ、それは道中説明するということで。とりあえず出発しましょう」
「あ……はい……」
茜は、先を急いでいるのだ。
裏口を静かに開け、耳を澄ませる。
音は、何も聞こえない。
「しばらく大丈夫そうですね。さ、今のうちにあっちに渡りましょう」
裏口から2人は外に出ると、茜が先頭になり裏門の傍の壁に張り付いた。
「…………」
周囲を確認する。
ゾンビの姿は、無い。
「よし。いまのうちに、あっちの家を目指します。この道、ゾンビは歩いていないんですが、窓から発見されることがあるので注意してください。基本、中腰で歩きましょう」
「う、うん」
そうして2人は『中腰』になり、右手の壁沿いを歩き始めた。
「で、あの自警団なんですけどね」
「……普通に話し始めるんだ……」
「巡回中は、目もいいし耳もいいんです。なので、ちょっとでも姿が見えたり、あるいは音を立てたりすると、まず間違いなく見つかっちゃうんですよね。もちろん、しっかりと隠れて動かなければ、見つからないんですが」
そろそろと、2人は歩いて行く。その行く先は、住宅の塀が途切れているようだ。どうやら、家の建っていない空き地があるらしい。
「発狂モードって呼んでるんですが、あの自警団、発狂すると破壊に集中するんですよね。そうすると、少々動いても、音を立てても見つからなくなるんです。発狂中なら、背後を歩いてもバレないくらい集中してくれるんですよね」
もちろん、壊したものが飛んでくるので危ないんですが――と、そう付け加える。
さすがにいくら茜とて、自警団ゾンビ暴れている傍に近付くような真似はしない。
何度やっても破片に当たって怪我してしまうため、諦めたのだ。




