絶望と一筋の希望
「それよりもあいつ等の事を訴えましょう」
と菜々子さんが憤慨しながら言う。
「そうね、私達は犯されそうになったところを、ちゃんと法廷に言うべきだわ」
「あの公園に防犯カメラがあったでしょう。証拠は全部そこにあるわ」
「そうだね。でもあいつの父親は市議会委員をしていて、相当な権力者だ。何度も同じような事があったけれど、あいつの犯行をもみ消せるほどの力を持っている」
と僕は何度も奴にやられたが、奴が市議会委員と言うことで僕がいじめられて入るところを見て見ぬ振りをしていた先生達の事を思い出される。
そこで光さんが「市議会委員だか何だか知らないけれど女性に暴力を振るったのよ、許して置くべきではないわ」
「あいつにお腹を蹴られた時の痛みはまだうずくわ」
そこに中年ぐらいのおじさんが中に入ってきた。
「失礼します」
「あなたは?」
「私は少年科の毛利と申します。君が木之元アツジ君?」
「はいそうですが」
「ちょっと良いかな?」
「はい!」
光さん達が被害に遭ったことを僕が公言するんだ。
「君に逮捕状が出ているよ」
「はあ!?どうして僕に逮捕状が出ているんですか!?」
「木之元君、とりあえず署まで来て貰おうか」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ、何で僕に逮捕状が出ているんですか?」
「話は署でする来たまえ」
廊下に数人の警察官が待機していて、僕は取り押さえられる。
「離して下さいよ!!」
僕の声が光さんと菜々子さんに響いたのか、何があったんだと部屋の中から、廊下に出てきた。
「あっ君!?!?」
光さんが言って、「何をするのあなた達は?」
そこで菜々子さんは「どうしてあっ君が連れていかれなきゃいけないの?」
「何でもない。君達はこの男の被害者だろう!?」
「違うわ、あっ君は私達を助けようとしてやったまでよ」
光さんは必死に僕を捕まえる警察官を止めようとしたが、男の警察官の力には歯が立たずにはじかれてしまった。
そして僕は外に連れ出されて、パトカーに乗る羽目になってしまった。
ご丁寧にサイレンまで流して。
いったい何が起こったと言うのだ。
警察署まで運ばれて、尋問室に連れて行かれた。
「小柳君の言う事によると、君が彼女たちに暴行を加えて、それを助けようとしたら、君に暴力をふるわられたっていうよ」
「何ですかそれは、暴力を受けたのは僕達の方だ」
「僕達じゃなく僕がだろ!!!」
僕のおでこに凸ピンをして怒鳴りつける。
「おい。顔はやめておけよ佐原」
こいつの名前は佐原と言うのか?その佐原と言う者は僕の腹部に何発も思い切り、パンチを繰り出した。
僕は嗚咽を漏らしながらも、「違います。僕達は被害者です」
「被害者じゃなく加害者だろう!!」
僕の腹部に何発も何発もパンチを喰らわし、僕は食べた物を吐き出してしまった。
「違います。ぼ・・く・・た・・・ちは被害者です。あそこの図書館の公園に防犯カメラ・・・があります。それを見て確かめて下さい」
「確かめたけれど、君が彼女たちに暴行を加えていたよ」
「嘘です。僕達は被害者です」
「お前がやったって自白すれば、年少行きは勘弁してやるって言っているんだよ」
何発もお腹やあばらを殴られて、僕は父親が市議会員の小柳の力を思い知らされる。
この人達に何を言っても無駄だ。
あばらやお腹を殴られてこんな体が引き裂かれそうな痛みを感じたのは初めてだ。
もう痛くして欲しくないなら、観念するしかないみたいだね。
力の前では、僕達は為すすべもなく、やられるだけだ。
この世に神も仏も何もない。
せっかく天国にたどり着いたと思ったのに。
神様も仏様も入るなら、真実をこいつらに諭してあげてくれよ。
「はい。僕が彼女達に暴行を加えました」
と僕は涙を流しながら答えた。
「良くちゃんと答えられたな!公園で散歩していたら、君みたいな欲求不満の人間じゃあ、女の子に不埒な事をしても仕方がないことだよな」
僕の頭をなでる佐原。
これが警察官なのか?
本当にウケるよな。裏から手が回っていると言うのに、そうやって事件を改竄してしまうのだろうか?
「今からお前の親御さんに連絡する」
父さんと母さんと桃子なら信じてくれるかな?
信じてくれるよね。
僕ははめられたんだって事を。
僕は震えていた。
誰か助けて下さい。
お父さん、お母さん、桃子。
そして父親が警察署にやってきた。
「話は聞いたぞアツジ、お前なんて事をしてくれたんだよ!!!!」
父親は思いきり僕の顔面に拳を加えた。
痛い、僕の事を誰も信じてくれないのか?
先ほどまで僕に暴力を振るっていた佐原が「お父さん、それぐらいにしておいた方が良いんじゃないんですか?本人は反省しているかどうか分かりませんが、あなたの実の息子さんですよね」
「こんな奴、少年院でもどこか遠い施設にでも送り届けて下さい」
目の前が真っ暗になり、僕は震えていた。怖くて怖くてもうどうしようもないほどに。
「とりあえず今回の件は前科一犯と言う事で」
「うちには前科者の息子なんていない。二度とその面を俺の前に見せるな」
父親は去っていった。
僕を見捨てて。
外は雨だった。
僕は傘もささずに歩き、死んでしまいたいと思っていた。
行く宛もなくただ歩いていた。
僕はどこに行けば良いんだろう?
そうだ、光さんと菜々子さんのところに戻ろうかな。
二人なら真実を知っている。
二人なら僕の事を受け入れてくれる。
でも二人は病院だ。
残暑が残っていたこの季節も、雨は冷たい。
しかも夜中の雨はなおさらだった。
どうして僕達はこんなにも無力なのだろう?
市議会委員の小柳がそんなに偉いのか?
世の中間違っているのが当たり前なのか?
佐原に受けた傷がうずく。
父さんに顔面を殴られて、鼻の骨が折れかかっていた。
小柳の奴、許せない。
差し支えても奴を殺してやりたい。
でも僕にはそんな勇気さえもない。
「死にたい」
人知れず呟いたつもりの言葉が、これだった。
「ダメだよお兄ちゃん」
振り向くと大きな黒い傘を持った桃子だった。
「あたしはお兄ちゃんがあんな事をしないと信じているからね」
と笑ってくれた。
それは僕にとっての救いの笑顔だった。
僕は一人じゃない。
そう思うと胸が締め付けられて涙がこぼれ始めて来て、僕は桃子に抱きついた。
「桃子おおおお」
「情けないわね。そんな情けないお兄ちゃんが、あんな事をするなんて私は信じていないから、私までお父さんとお母さんと喧嘩して、家を出て来ちゃった」
情けないか、確かにそうだ。僕は情けない。
三つ下の妹にこんなに慰められるなんて本当に情けない。
でも僕は嬉しかった。
僕を信じてくれる人がいて。
「お兄ちゃん。お腹すいていない?」
良く見ると、妹の桃子は手提げ袋を持っていた。
そこに入っていたのは桃子が握ったおにぎりだった。
近くの公園に行き、屋根のついたベンチに座り、妹特性おにぎりを食べた。
形はいびつであったが、僕の大好物のシーチキンのおにぎりだった。
「おいしいよ桃子」
「お兄ちゃんはあたしがいないと何も出来ないから」
情けないが本当にそうだ。
僕は妹の桃子がいないと何も出来ないかもしれない。
絶望的な気持ちから、一筋の光が見えた感覚に僕は陥る。
そうだ。僕は一人じゃない。
桃子もいる。光さんも菜々子さんもいる。それに英明塾のみんなも。
小柳の陰謀を解き明かすことはまず出来ないだろう。
でもそんなのどうでも良い。
みんながついていればそれで良い。




