君を知りたい
僕らは、先ほどまで居ただだっ広い大広間の奥を抜け、こじんまりとした談話室へきた。と言っても、平民の民家に比べれば何倍もの大きさがある。壁には蝋燭が吊るされ、部屋の中央には王宮にも引けを取らないほどの大きな机が置かれていた。正面にはご丁寧に肖像画までかけてある。先代の肖像といったところか。しかし、肝心の角がない。これではまるで……
「人間みたい?」
肖像をじっと見つめる僕の横に立ち、アンラは呟いた。
「あぁ。」
「彼は人間よ。貴方と同じように私の意見に賛同し、この城を提供してくれたのよ。」
なるほど、通りで。僕は肖像の人物にうっすらと見覚えがあったのだ。誰だったかなどいちいち記憶してはいなかったが。
「それよりも、君たちについて知りたい。名前も知らない相手に命を預けたくはないからな。」
「そうね。私はアンラ、魔王よ。あなたは?」
「僕はウィスタリア・ウォーリア、王宮直属の聖騎士を務めている。」
「その割には随分と若いのね。」
不思議そうに僕を見つめていたが、そう口にしたアンラも歳は僕とあまり変わらないように見えた。口にはしなかったが。
確かに僕はまだ十八を過ぎたばかりで、騎士の中でもかなり若い。数少ない聖騎士の中でといえば尚更だ。十代で騎士を務めている者など僕を含めても三人程しかいなかった筈だ。
「それにしても暑いな。水を用意して貰えないか?」
王都の周辺は、至って穏やかな気候に恵まれている。湿度も低く、時々吹くサラサラとしたそよ風は、旅路で疲弊した身体を癒してくれる。しかし、少々気温が高く、太陽が精を出している日などは水分補給が欠かせない。
「それなら食事にしましょう。少し待ってて貰えるかしら。」
わざわざ自分で用意するのか?料理などとても魔王には似つかわしくない。
僕はこの城に訪れた時から抱いていた疑問をアンラに投げかける。
「この城に君以外の魔物はいないのか?」
これほどの城を構え、自身を魔王だと称していながら、使用人の一人も居ないというのは、可笑しい。
アンラは少し顔を歪めたが、元の笑顔でこう言った。
「ここは王都が近いから。騎士の進行を防ぐために、皆出払っているのよ。」
違う。僕がここへ来る際には、魔物こそ見かけたが、むやみに襲い掛かってくる者など居なかった。それに、王都が近いと言うのなら尚更、護衛の一人でも付けておかねばならない。人手が足りないと言うのなら、それほどの窮地に立たされていながら何故、悠々と構えているのか。
簡単だ。彼女は嘘を付いている。
僕の憶測に過ぎないが、彼女はずっと一人だったのではないだろうか。そう考えれば合点がいく。昔はそれなりに栄えた一族だったのか知らないが、現の当主が平和だ、友好だ、等と意見していては、部下は遠のいていく。例えそれが人間側の話であっても同じことだろう。それほどまでに、人間と魔物との溝は深い。少しだけ、彼女が哀れに思えてきた。
僕はアンラが奥の部屋へ入っていくのを見届けると、堅苦しい聖騎士の鎧を外して机に置いたあと、ひじ掛けのついた豪勢な椅子に腰を下ろした。
しばらくすると、アンラは両手にかごを抱えて戻ってきた。二つのかごの中には、パンや果物が所狭しと詰められている。何だその量は。宴会でも開くつもりか。そもそもどうやって用意したんだ。 幾つか疑問が生まれたが、先ほどの彼女の顔がふと頭をよぎり、むやみやたらに質問をするのは少し憚られた。
アンラは食事をテーブルに並べ終えると、向かいの椅子を引きながら僕に声を掛ける。
「遠慮しなくてもいいわよ。今の貴方はお客様だもの。」
心なしか、彼女の絵に描いたような笑顔も一層輝いているような気がする。
僕は香ばしい焼き色のパンを手に取ると、一口ほおばった。
「美味いな。」
思わず感嘆の声を上げる。ほのかに温かいが、よもやお手製と言うこともあるまい。まさかな。
「そう言って貰えると嬉しいわ。私が、今朝焼いたのよ。」
アンラは洋梨を齧りながら、フフッと笑みをこぼした。
近頃の魔王はパンも焼けるのか。これは敵わないな。
「ふぅ…」
腹を満たすと、思わずため息をついた。それはそうだ。僕は元々彼女を討伐するためにここへ訪れた。魔王と談笑するとは思いもよらなかったが。予期せぬ方向へと事が運び驚いた。それでも、ひとまずは安堵しているのだろう。しかしだからと言って油断はできない。神に誓いを立てた聖騎士様が魔王と手を組んだ、などと王都に知られれば、ただでは済まない。
「一度僕と共に王都にきてくれないか?」
彼女は驚いた表情を見せると、少したじろいだ。
「貴方のことを疑っている訳ではないわ。でも……」
この反応は想定済みだ。
「僕はこれから、一度王都へ戻り、この件について報告しなくてはならない。このままここに居ては、王からあらぬ誤解を受けかねないからね。その後で、情報を集めたいんだ。人々の魔物に対する認識や、近隣諸国の意向について知りたい。僕は支度をしてくるから、考えておいてはくれないか?」
彼女が言い終わる前に、僕は早口で告げた。アンラに背中を向け、扉のほうへと足を向ける。けれど、足が進まない。振り返ると、アンラが僕の服の裾を掴んでいた。
「私も……貴方たちのことが知りたい。でも……」
そう言いかけたところで、口を止める。
「僕もまだ、君に隠していることは山ほどある。君にどんな過去があったのかは知らない。だからこそ君と共に旅がしたい。もっと君たちのことを知りたい。」
今度ははっきりと言葉にする。少し照れくさかったが、彼女にも決心がついたようだった。
「わかったわ。私を信じてくれた貴方を、私も信じる!」
他者との意思疎通、などと言うものは不得手だが。彼女とならうまくやれるかもしれない。いや、そうでなくては困る。
僕はそんな、柄にもないことを考えていた。
いやはや、序章は結構考えてあったのですが、今回は殆ど0からと言うこともあり、中々考えさせられました。ここは可笑しいんじゃないか?もっといい表現があるのでは?試行錯誤しましたがこれが僕の完成形です。
楽しんでいただけたら幸いです。




