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ラルフの過去

「よし、姫様の敵、排除完了。じゃあ、あとはあの小汚いねずみを……」

 ラルフの小さな呟きが、クエンの意識を覚醒させる。

「俺をほっとくつもりか?!」

 クエンは勢いよく立ち上がると、ラルフを殴り飛ばした。

「いってぇ?! じょ、冗談だよ……」

 ラルフは焦ったように体の向きをクエンの方へと変えた。あきらかに立ち去るつもりだったことがわかる。

「全部っ、お前のせいだろ!?」

「と、とりあえず歩いて話そう」

 ラルフに促されるまま、歩き出すクエン。

 最初は文句を言っていたクエンだったが、次第に疲れて無言になってしまった。

「…………」

「…………」

 急に、よそよそしい空気になる。

 クエンは、ふとフランの言っていたことを思い出した。

「どうしてお前はフランの護衛をやってる」

「あれは、雪のふる寒い夜だった……」

 哀愁漂う追憶モードに勝手に入るラルフ。つっこむのも面倒なので、黙って話を聞いていた。

「俺は姫様の部屋に忍び込んだ」

「この犯罪者っ!」

「違うっ! いや、違くないか……?」

 そこはお願いだから否定してくれよ。ラルフはしばらく何かを考えながら悶絶していると、納得したのかこちらの世界に戻ってきてくれた。

「俺は、姫様を殺しにきたんだ」

「…………? お前、もしかして暗殺者だったのか?」

 捨てられた子供がろくでもない集団に拾われ、暗殺者として教育されることはめずらしくない。クエンもそうだった。

「まあな。お前とはレベルが違うけど」

 ラルフは横からでてきた矢を、眉一つ動かさずに手でとる。

「そんなに強かったのか?」

 クエンは不敵に笑って、これもまた真正面を向いたまま短剣を上にひと振りした。何かのはじかれる音が通路にこだまする。

 声に従って、ではあるが……。

「そういう意味じゃない。むしろ逆だよ。俺は、剣すらまともに握れなかった。ただ姫様に、お前は命を狙われているんだぞって知らせるための捨て駒さ」

 まさか、ラルフが暗殺者だったとは。フランが言いずらそうにしていたわけが、なんとなくわかった。

「俺は姫様の暗殺に失敗した。ただ暗殺されかけたという事実さえあればよかったから、俺はすぐに逃げようとした。けど、姫様に止められた。一緒にここに住まないかって、言われたんだ」

 まさかフランはここにくる暗殺者全員を、自分のところに誘っているのか?

(……違うな)

 ラルフは、特別だったんだろう。殺す気もないやつが、殺しをやらなければいけないのを憂いたのだ。

(じゃあ……俺は?)

 考えようとして、だがすぐにそんなつまらないことで頭を使うのをやめた。

「姫様は、俺の未来になってくれた。姫様のおかげで、明日がある。そう思ったら、感謝してもしきれなくなった。だから、姫様を守ろうと思った。たとえ一生会話ができなくても、姫様のためにこの一生を使おうと誓った」

 ーー俺は姫様を一生守るってきめた。だからまだ死なない。姫様が死ぬときは、俺が死ぬとき。姫様が死なない限り、俺は死なねぇっ!ーー

 クエンは以前ラルフと戦ったときに言っていたラルフの言葉を思い出した。

 フランを、言葉通り死ぬまで守るとラルフは誓ったのだ。フランが死ぬまで、守り続けると。

「でも、俺はある日。驕ってしまった。姫様を守り続けていると、自分が強いんだと、勘違いしたんだ。そのとき、はむが現れた」

 ラルフがあのねずみを名前で呼んでいるのを初めて聞いた。敬意を払ってか、それとも憎しみ故にか……。

「はむは、俺を救ってくれた。姫様と、会話できるようにしてくれた。だがそれと同時に姫様の笑顔は、誰のものでもなかった笑顔が、はむのものになった」

「…………えっ」

 ラルフは目頭を押さえて、上を向いた。

 その様があまりにも神秘的だった。

 どうして人は憎しみ合うのか。

 そんなことを考えているような、崇高で聖なる雰囲気だった。教会で、隙間から差し込む光に照らされてこんな表情をしていたら、きっと人々はなんて敬虔深い信徒なんだと思うだろう。

 それほどまでに清廉された表情なのに、考えている内容はねずみへの嫉妬。

 クエンは神に、どうかこの男が生まれ変わったらまともな人格のねこかなんかにしてくださいと、切に願った。

 再び無言が辺りを支配した。居心地悪いってレベルじゃない。

 一刻も早くこの場所を離れたかった。

 あの一つの道全部破壊してしまうボタンを押したい……。


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