地下道、クエンの死?
「ラルフっ?! どうしてここに……」
まさか先を越されるとは。ラルフはクエンよりも少し前にいた。おいかけるように隣に並ぶ。
「どうしてって、この城を全部探し尽くしたからな。残るはここだけだ」
「どんだけ体力あるんだよ……」
もはや力ばかの次元を越えている。その脳につまっているのは、体を動かすためのエネルギーだけかもしれない。
「お前は何をしにきたんだ?」
「どっかのバカより先に、迷子になっちゃったねずみを探さなきゃいけないんだ」
「へぇ、なんか俺とよく似た状況だな。まあ、がんばれ」
ラルフは木刀でクエンのお腹をえぐりながら、前を向いて歩き続ける。
「ぐっ、ぎぎぎっ……」
自分から挑発した手前、こうやってこられると反撃をしにくい。
「そんなわけだから、俺ちょっと先にいくわ」
表情を崩さずに、できるだけ平気そうな顔をして立ち去ろうとする。
だが、ラルフはそれを許さない。小走りになったクエンと、同じように小走りでついてきた。
「奇遇だな。俺もちょっと急がなきゃいけなかったんだ。途中まで一緒に行こうじゃないか」
小走りは軽いジョギング程度に。さらに、スピードはあがっていき、しまいには二人で全力疾走を始めた。
「邪魔だよ!」
「それはこっちの台詞だっ、この体力バカ!」
狭い通路を駆ける二人だったが、突如ラルフが止まった。
「おい、どうした」
クエンもつられて止まる。(そのときにはすでに体力も尽きてのろのろと走るだけだったが)
よく見ると、一本道だった通路が左右と前の三つに分かれていた。
「まずいな……」
「何があったんだ?」
ラルフは慎重に分かれ道に近づくとどこからか石を取り出し、前に投げた。
石は地面に落ちる寸前で粉々に砕ける。
「なっ?! これは何だよ! トラップ……?」
「そうだ。俺が作った数々の罠が至る所に仕掛けられてある」
ラルフは今度は壁を調べ始め、たたいたり、耳をすませたりした。
「お前、こんなもの作れるのかよ……」
予想外というよりも、感心をしてしまう。
「くっくっく。もしあのねずみがここに入っていたら、すぐにミンチになっているだろうな。そうすれば不慮の事故として……」
ラルフは低い声で小さくつぶやく。まるぎこえだ……。
「どの道も、最終的には同じ場所にたどり着く。その中で一番早いのはこのまっすぐの道だ。だが……、一番死ぬ確率は高いだろうな。……お前はどうする?」
ラルフは、どこか見下すようにクエンをみた。まるで、お前にはここは通れまい、と言っているようで。
ラルフはここを通るつもりだろう。そして、ここのトラップはすべてラルフが作ったと言う。
それならラルフのみている目の前でトラップをかわし続けるのも面白いかもしれない。
それにラルフと一緒にいないと、あのねずみに万が一何かあったときに困る。
「よし、その道を行こう」
ラルフはそれを聞いて、にやっと笑った。ついてこいとでもいわんばかりの背中を、
「いてっ?!」
殴った。
「俺が先頭だ。仕掛けをしってるお前が先にいっても楽しくないだろ」
「死ぬぞ?」
「かまわない」
なぜならクエンには、声がついていたから。
トラップは、高度なものばかりだった。落とし穴や突然でてくる矢。天井から落ちてくる巨大な石に、踏んだだけで爆発する床。さらに、空間上のほとんどがセンサーとなっており、反応するだけで床、天井、壁の全面から光線を浴びせられるもの、同じようなので全面が次第に狭まって押しつぶされる、というものもあった。
だがクエンは声のおかげで、すべてのトラップを見抜けた。目をつぶっていても、全部避けられる。どれも苦戦することなく、くぐり抜けていった。
「そんなばかな……」
ラルフは悔しそうに唇を噛むと、壁を殴った。
カチッと音がした。
「あ、やべっ……」
ラルフが地下道にきて、初めて焦った顔をした。
『どこでもいいから、別の道に入って!』
声も警告をしてくる。だが、いつものような具体的な指示ではない。
……一刻も早く、ここを離れる必要がありそうだ。
「走れっ、あそこまで行くんだ!」
ラルフが指さしたのは、ついさっき通った道。分かれ道になっていて、こっちの道を選んだのだ。
光線が飛んできた。石がふってきた。矢が飛んできた。
後ろで爆発音が聞こえた。
「これはなんなんだよ!」
必死に走りながら、ラルフに怒鳴りつけるようにして聞く。
「自滅装置っ、全部のトラップが発動して、最後にこの道自体が消滅するものだ!」
「ふざっけんな! なんでそんなもん発動させてんだよ!!」
クエンがラルフを殴った。だが走り続ける。
「事故だっ! 心からお詫びをしよう!!」
再びラルフを殴ろうとしたら、かがんで避けられる。だが、全力で走ってる最中にかがんだらどうなるか……。
「うっ、わぁ?!」
ラルフが転んだ。派手に、顔面をぶつけていた。一度、立ち止まるクエン。もう爆発はすぐそばまで迫っていた。
「大丈夫か!」
「俺にかまうなっ。先に行け! お前だけでも……」
「じゃあそうさせてもらう!」
再び走りだそうとすると、足首を掴まれてクエンも転んだ。
「そこは助けろよっ!」
「お前が先に行けっていったんだろっ!」
ラルフは本当に動けないのか、動く気がないのか、倒れたまま動こうとしない。ただしっかりとクエンの足首を掴んでいた。
「ちぃっ!」
クエンはラルフに掴まれていないほうの足を軸にして、その場を回り始める。
どんどん上がっていくスピードを利用して、ラルフを……勢いよく飛ばした!
うまく安全な道へとゴールインする。
「わあああああああ!!」
ラルフの叫び声が爆発音にかき消される。
『爆発まで時間がない』
「わかってるよっ!」
爆発の余波はすぐ近くまで迫っていた。細かい粉塵が舞い上がり、視界をうめつくす。
クエンは目を閉じた。
『早くしないとっ……!』
意識を背中に集中させて、迫りくる熱風を感じる。
「大丈夫」
そういうと、声はそれっきり黙り込む。
頭の中で数をかぞえた。どうして、ラルフを助けたのか、自分でもわからない。もし失敗したら、クエンは今ここで死ぬだろう。
ふとスイッチが切り替わった。その中のクエンは、すごく焦っていて。
ーーここで死ぬわけにはいかないんだ!
ラルフを助けた自分を呪ってやる。あのときラルフが死んでいても、ただの事故ですんだだろう。
ねずみと一緒だ。
ふいにスイッチが再び切り替わる。演技のクエンへと。
そうだ、ねずみと一緒。死んだら、フランが悲しむ。フランが悲しむのはいけないこと。
何故? 何故、フランが悲しんではいけない?
切り替わる。
任務の為だ。フランの心に入り込むためには、フランが悲しんでいてはいけない。悲しませてはいけない。警戒をされてしまう。
切り替わる。
フランが悲しんだら、クエンも悲しい。彼女は笑っていてこそ、魅力的だ。
切り替わる。
あの少女のためだ。フランなどどうでもいい。
切り替わる。
切り替わる。
切り替わる。切り替わる。切り替わる。切り替わる。切り替わる。
頭の中がぐちゃぐちゃと絡まりあい、わけがわからなくなる。
すっと、すべてが消えた。今ここがどこで、なにをしなければいけないのかが明瞭に理解できた。
もう避けることはできない距離にまでなっていた。だから、すべてを受け入れる。
タイミングをはかって、そのまま爆風を背中に受けた。爆風の勢いを利用して、クエンは飛んだ。
世界の終わりのような爆発音がいろんな場所に飛び交う。
衝撃を受けて、クエンはゆっくりと意識を沈めていった……、




