はむ、失踪
「はむちゃんがいないっ!」
フランに木刀でたたき起こされた。
「な、なんだよ……」
不覚。寝ているところを襲われるとは。
クエンが人知れずショックを受けていることを知らないフランは、なおもしゃべり続ける。
「まさかクエン、はむちゃんを食べてないでしょうねっ?!」
必死の形相で詰め寄るフラン。クエンは心当たりもなく、困惑した表情を向けた。
「どうしようっ、どこにもいないよ……」
クエンのその顔をみてあきらめたのか、フランは再びどこかにいってしまった。
「はあ。寝よう」
最近はことあるごとにラルフが決闘を挑んでくる。また、寝ているときはここぞとばかりに襲おうとしてくるため、おちおち眠っていられない。
ここにいないほうがよっぽど安全だったとすら思った。
でもここ三日間くらい、ラルフが襲ってこなくなった。ぱったりと途絶えた襲撃に、クエンは嫌な予感を感じている。何か、とてつもないことを考えているかもしれない。
だからこうしてラルフの寝ているうちに……、
「起きてたか、くそぶため」
ラルフの顔をみて、ため息をつきながら仕方なく起きあがった。
「おまえはフランのねずみを探しに行かないのか?」
「これから行こうと思っていた」
「まあ、がんばれ」
これでゆっくり眠れると横になろうとしたら、
「ああ。がんばってあのねずみをぶっ殺す」
なにやら物騒な言葉が聞こえた気がする。聞き間違いだと信じて、ラルフをみた。
「フランは探してほしいんじゃないのか? 生死は問わない、みたいなこといってなかったと思うが……」
「あいつは、俺と姫様の仲を引き裂くクソ野郎だ。俺と姫様の間に立ちふさがる奴は、たとえ石でも許さねー」
ラルフは拳を握りしめ、固く誓うように天をみた。
「ねずみに嫉妬すんなよ……」
「うるさいっ。じゃあおまえはあれか?! あのクソねずみが一番姫様と一緒にいる時間が長いって知ってんのかっ? 寝るときも一緒だぞ! くそっ、うらやましいっ!!」
暴れ出すラルフ。木刀を折っては投げ、折っては投げていた。
ラルフの一途さには惚れ惚れするほど気持ち悪いと思う。
「けど、あのねずみがラルフに殺されたってばれたらフランはずいぶんと怒るんじゃないか?」
ラルフの動きがぴたりと止まった。
こちらを向いた瞬間、にまーっと気色の悪い笑みを浮かべる。
「おまえは前からあのねずみに対して冷たかったからな。ねずみがいなくなって真っ先に疑われたのもお前だ」
「お前、まさか俺に罪をなすりつけるつもりかよっ!」
ラルフは得意げにクエンをみやる。
「そのまさかだ……! じゃあ、さらばだ!」
ラルフは木刀をかついで、部屋を走り去っていった。
(まずいっ……)
ラルフよりも先にあのねずみを見つけださないと。
『祭りよっ』
声も危険を感じて警告をしてきた。それほどに、フランの祭りはまずいのかもしれない。
「どうする……?」
どうせラルフはただのバカだから闇雲に探し回るだけのはずだ。それでは効率が悪い。
「フランを探そう」
フランからあのネズミについて色々聞けば、どこにいるのかわかるかも知れない。
クエンは心地よい場所から離れることに抵抗を感じたが、しぶしぶ部屋をでた。
廊下を渡り、階段につく。とりあえず上の階へと進んだ。長い廊下の左右に、いくつもの部屋がある。
数え切れないたくさんの部屋を一つ一つ開けていった。だが、
「誰もいない……?」
どの部屋も使っている様子はなかった。すべてが無人。どれだけの部屋を無駄にしているのか。
そんなことを考えながら再び部屋の扉をあけると、
「どこにいるのよ! あぁ、もうっ」
フランが部屋の中をくまなく探していた。扉をあけたクエンのことも気づいてないようだった。
「フラン」
フランの肩がビクッとはねた。
「誰……? ーーってクエンか」
ほっとしたような顔をすると、フランは作業を再開し始めた。
「どうしたの? 今は少し手が離せないんだけど」
「いや、かまわない。作業したままでいいんだ。少し聞きたいことがあって」
「……お金なら貸さないわよ?」
「俺は誰だよ……」
一回も借りたことないぞ。
あのねずみのことも聞きたかったが、クエンはどうしても気になることがあった。
「どうして誰もいないんだ? 俺ら以外はどこにいる」
「ここは、城の別館みたいなところよ。最上階と、一番下の階とでしか繋がっていない」
フランは特に思うこともないのか、軽い調子でそういった。
「それって、隔離されてるってことか?」
だいぶ、異常だと思った。
「どうしたの?」
フランに言われて、はっとする。
いつのまにか、フランに向かって手をのばしていたようだ。あわててごまかすために、手を開いては閉じてを繰り返す。
「囚われの姫君、って感じがしてかっこいいでしょ?」
「そう……だな」
フランがなにも言わないのに、クエンが何かを言うわけにはいかなかった。それはクエンの自己満足になってしまうから。
「でもそんなことを聞きにわざわざ私を探しにきたわけじゃないでしょ?」
手を後ろに組んで、フランはクエンの顔をのぞき込むような体勢になった。
「お前のねずみについてだ」
「……なにを知りたいの?」
フランは少し複雑そうな顔をした。やはり今聞くのはよくなかったのかもしれない。いなくなってしまったばかりだから、あのねずみの話はあまり気持ちの良いものではないのだろう。
「どうして、あのねずみを飼っているんだ?」
手をとめ、クエンをみるフラン。
「ラルフが何で私のところにいるか知ってる?」
「……知らない」
「そう……。それなら、本人に今度聞いてみて」
フランは部屋にあった椅子に腰掛ける。昔を懐かしむように、外を眺めた。
「私とラルフ、最初は何の会話もなかった。ラルフが私を一方的に守ってくれるだけ。そんな関係が続いていたある日、いつものように暗殺者が襲ってきた。想像してみて、無口で表情のないラルフ」
クエンは何となく想像しようとしたが、うまくいかなかった。まったく考えられない。
フランはそんなクエンの顔をみて、小さく吹き出した。
「無理でしょ? でも、本当にラルフはそんな感じだった。そのときも、暗殺者を倒して私を守ってくれた。けど、暗殺者はまだ意識があったの。ラルフは暗殺者を倒してすぐ、後ろにいた私に顔を向けた。小さくお辞儀して、そのまま帰ろうとして、」
すぐに想像できた。敵を前にためらってはいけない。決して油断してはいけない。完全に勝ったと確信するまでは、背を向けてはいけないのだ。ラルフはそれを守らなかった。
「ねずみが、鳴いたの」
「…………は?」
今の流れでどうしてそうなった。クエンは理解に苦しむと言いたげな顔でフランをみつめた。
「だから、ねずみが鳴いたの! それを聞いたラルフが再び暗殺者の方を向いた。そっちの方から聞こえたから」
うまく伝わらなかったことにいらだちを覚えたのか、はたまた恥ずかしくなったのか、フランは赤くなった顔のまま無理矢理話を進める。
「間一髪だった。ラルフが暗殺者の倒れていた方を振り向いた瞬間、その暗殺者の短剣が飛んできた。ラルフはぎりぎりのところで致命傷をさけることができた。けど、もし少しでも遅れていたら……」
「……死んでいたかもしれない」
「私はあわてて近寄った。そこで初めて会話をしたの。ラルフはそんな状態でも、私が無事でよかった、っていってくれた。ラルフの気持ちがようやくわかった。それは、そのねずみのおかげだと思ったの」
フランは憂いを帯びた顔で、外を眺める。どこかにいってしまったあのねずみのことを考えているのかもしれない。
「だから、私はそのねずみを、はむちゃんを飼おうと思ったの。私は化け物だからラルフと一緒にいることはできない。私とラルフの証。ラルフの代わりに、せめてこの子に恩返しがしたいと思った。ラルフを助けてくれたはむちゃんに」
これほど必死に探していたのはラルフとの大切な証だったからか。それなら、よりいっそうラルフに殺させてはいけない。
「ねずみがどうして逃げたのか、心当たりはないのか?」
「私を避けているようだった。なぜかはわからないけど」
「どこを探した?」
考え込むフラン。一つ、二つと指を折っていく。
「食べ物のあるところ、寝心地のいいところ、お気に入りのところ。はむちゃんのいきそうな場所は、ほとんど全部いったけど……。行っていない場所といったら、あとは使われていないただの部屋と、地下道……かな」
「地下道?」
だが、フランは首を横にふった。
「でも、地下は絶対にないわ。あそこは一度入って死にかけていたから。それ以降、一階におりるのすら嫌がるようになったし」
死にかける地下道、という部分に非常に疑問を持ったが、あえて聞かなかった。
「わかった。俺の方でも、いろいろ探してみる」
「あ、ちょっと……」
クエンはフランのことをみることなく、足早に部屋をでた。フランの視界からはずれてすぐ、全力で走り出す。
もし、クエンの想像が正しければあのねずみは地下道にいる。
ラルフよりも早く。ねずみをみつけるために、クエンは階段を飛ぶように降りた。
地下へとたどり着く。するとそこにいたのは……




